リレー小説

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読みづらい登場人物名

 前刀傑(さきとうすぐる) 垣内瑠香(かきうちるか) 京美紀(みやこみき) 畔柳赳夫(くろやなぎたけお)


2005年4月01日分 執筆者N島

会話が一段落すると、前刀は瑠香に尋ねた。


「瑠香ちゃんは食事制限等はあるのかな?」


「いえ、私の場合は心臓に関する特異な病気なので・・・比較的、食べ物に関しては自由にしていいと先生に言われています。」


「そうなんだ、それは丁度良かった。甘いものは好きかな?」


「甘い・・・物ですか?」
瑠香が首を傾げた。


「そう、甘い物。」


「ええ、中学を卒業する前までは好きだったのですが、入院してからは・・・」


「じゃあ、久し振りに試してみないかい?」


そう言うと、前刀は鞄の中から、パティスリー・レカヌという銀座の有名店のケーキが入った箱を取り出した。


「口に合うかどうかは分らないけど・・・」


「あ・・ありがとうございます。」


瑠香にはその「パティスリー・レカヌ」という店がかなりの有名人気店であり、朝から並ばなければ、買うことができないという知識があった。

おそらく・・・・
前刀は自分と会う前に、銀座に行き、数十分から数時間かけて並び、ケーキを買ってからここにきたのだ。

仕事をしたことのない瑠香には想像もつかなかったが、毎日終電と聞く過酷な仕事をしている前刀がこれを買うために早朝起きることというのがどれほどの重労働であっただろうか。

それも、会って2度目である自分に対してである。
嬉しいという気持ちもあったが、それ以上に申し訳なかった。

気を遣わせている・・・
子供だと思われているのだろうか・・・
それとも・・・前刀という人間の優しさがもたらせる自分に対する同情なのだろうか・・・

その真意は分らない。

ただ・・・・なかなか「普通の人」がしてくれることではないのは間違いない。
今は・・・素直に感謝しよう。

瑠香は言葉を続けた。


「これ・・・有名人気店のケーキですよね・・・買うの大変だったんじゃあ・・・」


「実は、私は大の甘党なんだ。なので、一度食べたいと思っていたから・・・どうせなら、可愛らしい女の子と一緒に食べられれば、よりおいしいかと思ってね。」


女の・・・瑠香は聞き漏らさなかった。


「嬉しいです・・・本当にありがとうございます。」


「それと、お茶も用意しないとね・・・コーヒーは大丈夫?本当は紅茶の方がいいのだろうけど・・・」


頷く瑠香を確認すると、そう言いながら、前刀はごそごそとこの時のために持ってきた大きな手提げ鞄をかき回した。

新宿に行く時は駅のコインロッカーに入れればいい。
そう思い、いろいろ持ってくるため、今日は大き目の鞄を用意した。

「ああ、あった・・・あった。」
そう言いながら、前刀が取り出したのが南蛮船というコーヒーショップで購入したコーヒー豆と小さな手動のミルだった。

そして、小さいドリップ用の器具を取り出した。
先週来た時に、コンセントつきのポットが置いてあるのを確認している。

「学生の時に、喫茶店でバイトしたことがあってね。コーヒーはその場で挽いた豆で飲むと香りも味もいいんだ。それに、ミルで豆を挽く時の香りが好きなんだよね。」

瑠香の前で前刀はミルにコーヒー豆を入れると、レバーを回し始めた。

ゴリゴリゴリ・・・・

豆が砕かれる音と共に、病室に充満するコーヒーの豊かな香り。
ここが病室であることを一瞬でも忘れることができるのではないだろうか。


「本当にいい香りですね。」
瑠香が匂いを嗅ぐ仕草をする。


「でしょう?」


前刀がしばらくレバーを回すと、ミルの受け口に大分コーヒー豆を挽いた粉が溜まっていた。

前刀はドリップ用器具にろ紙のようなペーパーを敷くと、その紙の上にコーヒーの粉を乗せた。

「準備OK。」

そんな前刀を瑠香は無言で見つめている。

「あとは・・・・」
再び、前刀は鞄をゴソゴソやり始めた。

でてきたのは、紙製の箱に入った2つの白いカップと銀製のスプーンとフォーク、それと赤と白のチェックのテーブルクロスだった。

「ノラエモンのポケットみたいですね、その鞄」
瑠香はくすくす笑いながら、そう言った。


「あははは、そうかもしれないね、確かに。」


ノラエモンとは23世紀の未来からタイムマシーンに乗って現代にやってきた猫型ロボットで、世代を問わず愛されているアニメのキャラクターの名前だ。彼のポケットからはその小さいサイズにどうやったら入るのかと疑問を持たざるを得ない数々のいろんなものが登場する。

一部の物理学者からはとことん叩かれているアニメであるが、子供に夢を与えるという点において、前刀はこのアニメが嫌いではない。

「こうすれば・・・大分雰囲気は変わるよね。ずっと病室じゃ陰気になっちゃうし。」
前刀は言葉を続けながら、テーブルクロスをベッドの横のテーブルに敷いた。


「ソーサーはないけれども・・・・簡易カフェの出来上がり」


色彩のある物を置くと、雰囲気は大分変わる。


「これも本当はたった今、沸かしたお湯のほうがいいのだけれども・・・贅沢は言えないよね。」


前刀はポットのお湯をドリップ用器具の上のコーヒー粉に注いだ。
湯気と共に、淹れたてのコーヒーの匂いが前刀の鼻腔をつく。

コーヒーをカップに注ぎ、準備が終わると・・・・
「さあ、ティータイムだね。」

前刀と瑠香はテーブルを挟んで向かい合って座った。

続・・・・