リレー小説

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読みづらい登場人物名

 前刀傑(さきとうすぐる) 垣内瑠香(かきうちるか) 京美紀(みやこみき) 畔柳赳夫(くろやなぎたけお)


2005年3月20日分 執筆者N島

忘れていた淡い感覚を思い出したかのように、前刀は自分の動揺を驚きを持って受け止めた。

子供だと思った相手だからだろうか・・・

大人を自覚しているつもりだったが・・・・・自分で思うほど、成長していないのかもしれないな。

気付かぬうちに苦笑を顔に浮かべていた。

「前刀、急にニヤニヤしてどうしたんだ?」
垣内さんに気付かれたらしい。

「いえ、ちょっと・・・・兄妹仲が良くて、微笑ましいなと思いまして・・・」

「ああ、年が離れているからな。妹と言うよりも娘という気がするんだよ。」
垣内さんが答える。



「私、そんなに子供?」
急に強い口調で瑠香が垣内に尋ねた。

「ああ、俺から見ればな」

「・・・・・」
瑠香ちゃんは口を噤んでしまった。

気まずい雰囲気が病室内に漂う。
当然かもしれないが、子供扱いされることに抵抗があるようだ。

しかし・・・・自分とひとまわりも年齢が違う女の子。
どうしても、対等と言うわけにはいかない気がする。

これも、自分の固定観念なのだろうか。

そんなことを考えながらも、沈黙に耐えられなくなった前刀は口を開いた。

「入院生活が長いと退屈ではない?読書が趣味なんだよね。だったら・・・今度私の本棚から何か持ってこようか?」


「本当ですかっ!?ありがとうございます。」

瑠香は目を輝かせた。
余程、暇を持て余せていたのだろう。

「どんなジャンルの本が好きなのかな。よければ教えてくれないかな。」

「活字を読んで、その場面を想像するのが好きなんです。ですから、どんな本でも読みますよ。だけど・・・・実はミステリ−好きなんです。」


「本当に!?実は私もなんだ。偶然だね。好きな作家はいるのかな?」


「林博嗣さんが好きなんです。」


「驚いたよ、私も林博嗣のファンなんだ。彼の処女作『すべてがEになる』は面白かったよね。」

「そうですね。あんなに奇想天外なトリックがあるなんて・・・」

意外な共通点があり、前刀と瑠香はミステリー談義に花を咲かせた。
そこに垣内自身も大学時代にミステリー愛好サークルに入っていたことが判明し、奇妙な連帯感が生まれる。

共通の趣味を持つ人たちとの会話というのは楽しいもので、前刀達は時間を忘れて会話を続けた。

話題はいろいろと派生した。

その会話の中で前刀は・・・・

医師の外出許可を取れば、瑠香が外出できること。
昨年の3月に瑠香が入院した時、病院の裏にある桜の花が見事に咲いていたこと。
瑠香の将来の夢は保母になること。
病院内で年齢が近い人がいないため、話し相手がいないこと。
兄の垣内が結婚相手が見つかるか不安に思っていること。

といった情報を知りえた。
気が付けば時刻は12時になろうかとしている。

コンコン・・・

その時、突然病室のドアがノックされた。

「お食事の時間です。」
事務的な中年看護婦の声がかけられる。

「あっ、もうこんな時間ですね。初対面であまり長居しても悪いですから・・・そろそろおいとましなければ・・・」

「なんだ、そんなに急がなくてもいいだろう。」
垣内が引き止める。

「そうですよ。ゆっくりしていってください。」
瑠香が同調する。

とはいえ、食事時に他人がいるのも落ち着かないだろう。
それに、もう話のネタがない。

これ以上、自分の自覚のない子供っぽさが出る前に退散しよう。

「いえ、今日のところはこれで失礼させていただきますよ。まだ、終わっていない仕事もあるんで・・・」

昨晩持ち帰った仕事を思い出した。

「そうか・・・それじゃあ仕方が無いな。じゃあ、俺も一緒に帰るよ。瑠香、じゃあまた明日来るからな。」

「うん。残念だけど・・・・前刀さん、チョーカーありがとうございます。また来てくださいね。」
名残惜しそうに瑠香が応じた。

病室を出ると、来た時と同じように垣内が先、前刀が後ろを歩いた。
エレベーターに乗り込む。

「前刀、忙しいかもしれないが食事を一緒に取らないか?ちょっと話しておきたいことがあるんだ。」

「ええ、私もそう思っていました。」

前刀は合意すると、並んで歩いた。
病院を出るとすぐに軽食を出している喫茶店が見つかった。

どちらが決めるということもなしにその店に入った。

前刀と垣内は13時までやっているトーストとサラダとコーヒーのモーニングセットを注文した。

バイトの女子大生だろう。
ハキハキとした明るい女の子が注文を書き取るとカウンターの奥へと消えていった。

先に言葉を発したのは垣内だった。
「前刀、今日はありがとう。瑠香も喜んでいたみたいだった。俺の有給は今度の水曜までなんだ。だから、しばらくは一緒に行くことはできない。しかし、2週間に1度、いや1月に1度でもいいから、瑠香に会いに行ってやってくれないだろうか。」

「妹さんを紹介してくださった垣内さんの気持ちは分かります。私を信頼してくれているのでしょう。もちろん、そのつもりです。私が協力できることなら、なんでもしますよ。垣内さんにはお世話になっていますし・・・・」

「本当にありがとう。では、明日にでも瑠香には俺から話しておくよ。」

その時、先ほどの女子大生が注文の品を運んできた。

静かにカップを乗せたコーヒー皿とそれぞれの品が前刀の目の前に置かれる。

前刀はコーヒーにミルクだけを入れて、スプーンで混ぜるとカップを口へと運んだ。

それにしても・・・・・
彼女は薄幸の美少女という言葉が似合わないくらい明るく、血色も良かった。
心臓に爆弾を抱えているという話をされなければ、そうとは気付かないだろう。

16歳の少女がいつ死ぬか分らないという運命を背負っているのはどんな心境なのだろうか。

表には出さない苦悩があるに違いない。
自分が16歳の時は何をしていただろうか。

生と死、そんなこと微塵も考えなかった。

そして、目の前の恩人はどれほどの苦痛を抱えているのだろうか。

分らない・・・・
当事者で無い限り。

今すぐ考えて答えがでる内容ではないと判断した前刀は思考を中断させ、目の前のトーストへと取り掛かった。


続・・・・