リレー小説
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2005年3月1日分 執筆者ジョ〜さん
垣内から、受け取った一枚のA3サイズの用紙に目を落とした瞬間、前刀の脳髄を衝撃が走った。
用紙の右上にある、マッチ箱ほどの大きさの写真が丁寧に張ってあるのがすぐさま目に入ったが、その写真に写る雪のように真っ白なカーディガンを羽織った少女が『こんな可愛い子が先輩の妹なんて』と思うほど、私にとって、好みのタイプであったのだ。
写真は、デジカメが流行っている今、少し存在は薄れてしまったように感じるが、まだまだ若い子に人気のある気軽にその場の思い出を映し出せる、ポラロイドカメラ使用のものであるようだ。
写真の背景に、大きな入道雲が浮かんでいる空が写っていることから、秋も近い夏の終わりに撮った写真であろう。
少女は肩ぐらいにまで伸びた髪の毛は、最近の若い子には珍しく、染めている様子もない。
真っ黒で、日の光を反射しているのか、輝きを出しながら絹のように、まっすぐに垂れ下がっている。
顔はフランス人形のように小さく、瞳は、黒目が子猫のように大きく潤いを含んでいる。
口元は、写真を撮られるのを恥ずかしがっているのか、はにかんだ様子がうかがえる。
カーディガン越しでも分かる胸の膨らみは上品な曲線を描き、私を刺激した。
インディゴブルーのジーパンを履いている下半身は・・・
(ここまでジョ〜さん寄稿、以下N島)
その上半身を支えるには頼りないほど、細い足だった。
病的ともいえるほどの白く透き通った肌が目に焼き付く。
前刀は缶コーヒーを握る手をぶらりと下ろし、食い入るように見入った。
そんな前刀の様子を満足気に眺めながらも、垣内は煙草の煙を深く吐いた。
しかし、行動とは対照的にその目は深い憂いを帯びている。
ポライド写真に気を取られた前刀は当然、そんな垣内の様子には気付かない。
前刀は我に返ると、ゆっくりと視線を用紙の下の方に向かわせた。
釣書と題されたそれは、垣内家の構成と本人のプロフィールが書かれている。
垣内瑠香(かきうちるか)
昭和63年5月28日生まれ
本籍地 東京都○○区○○町○○○○○
現住所 同上
学歴 平成15年3月 私立○○女子中等学校 卒
身長148CM 体重39kg
健康状態 (記載が無い)
趣味 読書
そこまで目を通して、前刀は口を開いた。
「垣内さん、からかわないでください。妹さん、まだ16歳じゃないですか。お見合いをするには早すぎますよ。」
「俺はからかったりしていない。本気だよ。確かまだ法的な女性の結婚可能年齢は16歳から変わっていないはずだが?」
垣内が返す。
「それは、そうですが・・・・私が言いたいのは、妹さんにそんなに早くお見合いをする必要性がないのではないかということです。」
それを聞くと、一瞬垣内の顔が曇った。
今度は前刀も見逃さなかった。
「必要性か・・・・・必要性は・・・・・・・・・・ある」
搾り出すような声で垣内が答えた。
「16歳でお見合いをする必要性?まだ子供じゃないですか。普通なら高校生ですよ?確かに目を見張るほどの器量を妹さんはお持ちですが・・・・それにしたって、まだ自分の意思で決断をし、行動を取ったことがあるかも分らない年の少女をどんなご事情があるかは分りませんが、お見合いをさせて、結婚させるなんて許されることなんでしょうか?」
―信じられない。どんな事情があるかは知らないが、16歳の少女をお見合いで結婚させようなどという思考は正気の沙汰とは思えない。憤りすら感じる。
真摯な前刀の態度に、垣内は安堵の表情を浮かべた。
「やはり、適任は前刀、お前しかいないな。」
「何を言っているんですか。本人の意思を無視したお見合いを私は受けるわけにはいきませんよ。」
「いや・・・これは俺の意思じゃない。瑠香の強い希望なんだよ。」
「えっ。それはどういう・・・?」
垣内は灰皿に煙草を押し付けてもみ消すと、重々しい口を開いた。
「前刀・・・・何故、俺が東京に戻ってきていると思う?」
「えっ・・・・それは・・・・分りません。」
「大の大人が遊びや冗談で仕事を放り出してきたりしない。どうしてもこちらでやっておかなければならないことができてしまったんだよ。」
「どういうことでしょうか?」
「前刀・・・・ALSという名称を知っているか?」
「いえ、知りません。」
「ALSとは筋萎縮性側索硬化症と言い、運動をつかさどる神経を侵し、筋肉を萎縮させる進行性神経疾患のことを指す。1874年、フランスのシャ○コー医師によって最初に、定義付けされて以来、現在に至っても、治療法も、進行をおさえる医学的対処法も無いと言われている。有名なホー○ング博士なども患っている疾患だ。それの畸形の病を瑠香は疾患してしまった。」
「・・・・どういう病気なんですか?」
「普通のALSは腕の筋肉、脚の筋肉、姿勢を保つ筋肉、顔の筋肉、舌の筋肉、話す筋肉、ものを飲み込む筋肉、および、最終的には呼吸する筋肉を侵す。つまり、自分の意思で体を動かすことができなくなる。しかし、瑠香のケースは特別で、そういった症状は一切起きていない。代わりに、本来なら侵されるはずのない自立筋の心臓の筋肉が萎縮させられる。」
「つまり?」
「つまりは、病が進行すると、心臓の筋肉が活動を停止する。生存は不可能ってことだ。」
深いため息と共に、垣内は言葉を吐き出した。
先ほどまでの陽気さとは打って変わって、垣内さんは憂鬱そうな表情をしている。
あの陽気さは精一杯の虚勢だったのだろう。
「・・・・・・・・・・・いつ?それはいつ起きるんです?」
「分らない。2、3ヶ月後かもしれないし、10年後かもしれない。瑠香は生きているうちに結婚をしたいと俺に頼んだんだ。兄馬鹿と笑ってくれていい。俺はなんとかその唯一の願いを叶えてやりたいんだよ。」
最後の方は涙声だった。
「・・・・・・妹さんはいつからその病気に?」
「去年の3月、中学を卒業する直前に・・・・・胸の痛みを訴えた。近くの病院では原因が分らず、大学病院で詳しく検査をした結果、分ったんだ。その時点で決まっていた高校は辞退して入院生活。写真は去年の夏に体調が良かった時に俺が撮影したものだ。」
苦しそうに垣内さんが声を出す。
だから、健康状態に記載が無かったのだ。
そして急なのも、時間があまり残されていないってことか。
「頼む前刀、お前にとっては迷惑な話かもしれないが、瑠香の希望を叶えてはくれないだろうか。俺が信用して任せられるのはお前しかいないんだよ。」
深く頭を下げる垣内の姿を見て、前刀は口を開いた。
続・・・・