リレー小説

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読みづらい登場人物名

 前刀傑(さきとうすぐる) 垣内瑠香(かきうちるか) 京美紀(みやこみき) 
畔柳赳夫(くろやなぎたけお) 保科梨花(ほしなりか)


2005年7月11日分 執筆者N島

「プレゼントの相手・・・・・・・か。」
前刀は呟いた。

そんな前刀のぼやきのような呟きが聞こえたのか・・・・
京は不思議そうな顔をした。


ふと時計を見ると・・・・
時刻は18時を指している。

さぼわーるを出たのは14時過ぎだったから・・・

4時間弱も美術展を見ていたことになる。
驚いたな・・・前刀は思った。


時間はまだ早い。

どうする?

このまま帰るか?




前刀は最寄の駅に着くと・・・・






京を飲みに誘うことにした。


以前、誰かが言っていた言葉が脳裏を走る。



「世の中には必然しか存在しない。」



仮にそれが正しいとすれば・・・・
ここで京嬢とあったことも必然で何らかの意味があるのだろう。



「京嬢、美術展にお招きいただいたお礼に・・・・一杯奢るよ。」


「えっ・・・・」


「どうだい?ちょっと聞きたいこともできたし。」


時間的に食事に誘った方が良さそうだったが・・・

前刀はあまり食欲を感じていなかった。
それに・・・・

さぼわーるの店長にぶつけたかった質問をこの受付嬢にしてみたい衝動に駆られた。

率直な意見を求めるときはお酒の力を借りた方が良い。

「う〜ん・・・そうですね、じゃあ・・・一杯だけご馳走になります。」
京は少し、迷ったようだが前刀の提案に賛成した。


前刀達は駅前のバー「サンセット」の入り口へと向かった。
たまに「サスーン」の2次会で利用することもあるこの店は、前刀も京も何度か行ったことがある。

今時、ジュークボックスがあるのがいいセンスだ。
前刀は思う。

ここにくると、つい前刀はビートルズを選曲してしまう癖がある。
100円玉を取り出すと、今日は・・・「イエスタディ」を選択した。

曲が流れ始めると、前刀はバーテンに「ブラックトップ(ウィスキー)」のダブルをロックで・・・
京はカシスオレンジをそれぞれ注文した。

クラッカーにチーズを乗せたオードブルといっても良い軽食を注文する。


奥ではダーツの結果に一喜一憂するグループの声が聞こえる。


京と前刀はカウンターに隣り合って座り、しばらくは先ほどの美術館での感想を続けた。
前刀のグラスが氷だけになり、もう一杯注文した時・・・

前刀は切り出した。


「あのさ・・・・・・。」



「京嬢は自分の命に付いている期限が分ったら・・・どうする?」

「えっ?」
突然の質問に京は聞き返す。


「いや・・・正確じゃないな・・・・。期限は分らないが、どうも残された寿命が残り僅からしいと知った場合・・・京嬢はどうしたい?」


「・・・・・・」

京は質問の内容と意図を考えているようだった。
そして、小考した後・・・・

慎重に言葉を選びながら、口を開いた。

「私は・・・・そんなこと想像したこともないですけど・・・・もしそうなったら・・・・証を探すと思います。」

「あかし・・・?」
前刀が聞き返す。

「ええ、証です。私がこの時、この時代に生きたんだっていう証。」


前刀はその言葉でまた、先人の言葉を思い出した。


「死ぬのが怖いんじゃない、忘れられるのが怖いんだ」という。

だとすれば・・・
生きていた証を見つけだし、残すことで他者からの忘却を避けようというのだろうか?

「なるほど・・・証か・・・・・・・。」


「京嬢は・・・・・仮にそうなってしまったとしたらどうやってその証を探すの?」


「それは・・・・・・・世界中を旅行します。そして写真をたくさん取って、現地の人と触れ合って・・・・私がその時、確かにそこにいたんだってことを残したいです。」

前刀は黙ったまま、耳を傾けた。
そうか・・・自分が生きていた証。

もしかしたら・・・・瑠香ちゃんは・・・・・決して忘れられないために・・・・
自分の存在を決して忘れられないように結婚という方法で、自分を相手の胸に刻むために・・・・

生きていた証を残すために、結婚がしたいのだろうか・・・

だとすれば・・・・
焦るのも頷けることなのかもしれない。


思考する前刀の横顔を見ながら・・・・
京は口を開いた。

「前刀さん・・・・どうして急にそんなこと聞くんですか?」

「それは・・・・・・・。」

前刀は少し迷ったが、言葉を続けた。

「身近な人間に・・・・期限・・・・がついてしまったんだよ。ただ・・・・私はその気持ちを知ることができない。本人は相当に苦しいと思う。だから少しでも理解してあげれば、多少は苦しさを紛らわせてあげることができるんじゃないかって思ったためだよ。」

京はその言葉を聞くと、いつも以上のオーバーアクションといってもおかしくない様子で気の毒そうな表情をした。



それを見たとき、前刀は京嬢は本当に感情が非常に豊かな女性なのかもしれないと思った。





「少し・・・・昔話に付き合ってくれるかい?」




京はキョトンとした表情で頷いた。



「何から話そうかな・・・・」


そうだな・・・・・
前刀は呟き、意を決すると、口を開いた。


「実は・・・・私には昔10歳年上の兄がいたんだ・・・・。」



「兄は・・・・非常に頭が良い人だった。」


見ると、真剣そうな表情で京は聞き入っている。
前刀は続けた。



「15年前の・・・・乙鷹山事故は知っているかい?
そう、あの航空機墜落で未曾有の大惨事を引き起こしたあの事故。」


「あの、当時兄は大学生で私は小学生だった。
兄は私と違い、大学の成績が優秀でね。交換留学生として、オーストラリアへ行くことになっていたんだよ。」


前刀は軽くグラスをあおる。


「あの事故の当日、私は父と母と成田空港まで兄を見送りに行った。これからオーストラリアへと向かう兄は大きな希望をもっていたと思う。」


「ところが・・・・・その30分後・・・・兄を乗せた飛行機はT県の乙鷹山へと墜落した。原因は未だに分っていない。車の中でラジオニュースでその事故を聞いた私と両親はすぐに成田に引き返した。」


淡々と前刀は続けた。


「阿鼻叫喚だったよ、空港内は。遺族と思われる人たちが・・・・一様に鳴き啜り怒号を放っているんだ。異様だった。先ほどまで、あれほど未来を感じさせるのに十分だった場所が僅か1時間もかからないうちに・・・・変質するのだから。」


遠い過去の異常事態をイメージしているかのように、前刀はゆっくりと話した。


「ただ・・・兄の遺品が残っていてね。おそらく墜落すると分ってから・・・それこそ飛行機が急激で不安定な飛行を始めた時・・・兄は覚悟したのだと思う。」



「手帳にミミズのような文字で・・・・そうすべての文字を一筆が記したような字で・・・


『傑、どうか仲良く父さんと母さんを守ってください。』


と書かれていた。」

「ほんの30分前までは、希望に満ち溢れていたのに・・・・わずか数十分の間に残り数分という命の期限をつけられるのはどんな気持ちだっただろう・・・」


前刀は少なくなった琥珀色の液体をじっと見つめながら言った・・・


「無念だったと思う。本当にどれだけ悔しかっただろう・・・・。」

「それからだよ・・・・不運にも・・・・期限がついてしまった人は極力理解してあげたいと思うようになったのは。」

前刀は残りのウィスキーをぐいっと飲み干して、静かにグラスをカウンターに置いた。


続・・・・