リレー小説

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読みづらい登場人物名

 前刀傑(さきとうすぐる) 垣内瑠香(かきうちるか) 京美紀(みやこみき) 
畔柳赳夫(くろやなぎたけお) 保科梨花(ほしなりか)


2005年5月17日分 執筆者N島


―泣き出して途方にくれる・・・・・



前刀はこの言葉に引っかかった。


そうだよ・・・・そうじゃないか?


目の前の保科梨花でさえ・・・・20代中盤になるというのに、自分の命に目先に見える期限がついたら取り乱すと言っている。


ましてや年齢は高校生の瑠香だったら・・・・


己の運命を呪い、情緒不安定になってもおかしくない。
それこそ・・・


手がつけられないくらいの我儘を通そうとしたり、ヒステリーを発したり・・・



しかし、瑠香にはそういった様子はまったく見られない。



瑠香は・・・既に死というものを受け入れる覚悟をしているのだろうか?



もしくは、16歳という年齢にして、すでに死を前にして動じないほどの精神的な強さを持っているというのだろうか?


それとも・・・




私の前では平常心を保ちながら・・・・
必死に死というものの恐れと戦っている?





毎晩訪れる病室の孤独な夜に・・・


死がもたらす恐怖に震えながら・・・・


ひたすら・・・・日が昇ることと同時に自分の目が開くことを祈りつつ・・・・


病魔に生を渇望する気持ちを折られないように、戦っているのだろうか?




はたまた・・・・



あるのは悟りのような諦観?
いつ死ぬか分らないというのは何も奇病をもった人ばかりではない。


もしかしたら、明日・・・・
私自身も事故や天災で死を迎いいれることになるかもしれないのだ。


考えた瞬間・・・・・
鮮血滴る、硬直して冷たくなった前刀の手が瓦礫の下から伸びている映像が頭に浮かんだ。


前刀の背中に悪寒が走る。
身をブルッと震わせた。


想像するだけでも恐ろしい。


私自身にも死の恐怖というものが存在する。
本能があらゆる手段を使ってでもそれだけは避けたいと叫び声を上げているのが聞こえる。


彼女よりも一回りも長く生きた私でさえこうなのに、瑠香の不安は一体いかほどのものであろうか・・・・


かなり・・・
瑠香は無理をしているんじゃないか・・・?


前刀は保科の言葉を聞いたわずかな時間のうちに、このようなことを連想した。
そして・・・・口を開いた。

「パニくる・・・そうだよね。それが正常な人間の反応だよね。私も・・・そう思う。」



前刀は言い終えると、緑茶割を手に取った。
グラスの半分ほどを一気に胃袋に流し込む。

緑茶の苦味と焼酎独特の味が、前刀の喉を刺激する。


改めて周囲を見ると・・・


高木は前刀の斜め前の女性と・・・

高木の後輩の四位と言う男はもう一方の端で、もう一人の女性と話を咲かせていた。



目の前の保科に視線を移すと、彼女は灰皿を手元に引き寄せていた。


「ちょっとごめんね、煙草・・・いい?」


「どうぞ」
前刀は例のジッポを取り出すと、保科の煙草に火をつけた。


「前刀さんはいいの?」
そう言って、彼女は灰皿を前刀との中間の位置に戻した。


「いや、私は吸わないんだ。」


「えっ?変わっているね。ライター持っているのに・・・」
保科は不思議そうな顔をした。


「これは、ちょっとしたサービス用・・・・・・煙草は・・・吸わない方がいい、特に女性は。」


「火をつけておいて、そんなこと言うなんて、前刀さんって本当に変わっているよね。」

そう言いながらも、保科は先ほどから奇妙な質問をぶつけたりする前刀に興味を持ったようだった。


「私は変わってなんかいないよ。いたって普通さ。それでももし・・・私が変わっていると思うのなら多分・・・保科さんの周りのみんなは舞台の上で役者を演じきれているためではないかな。」


「役者?」
保科が聞き返す。


「そう、役者。みんなが舞台の上で、一糸乱れず同じ行動を取ろう取ろうと励む、普通を演じるための役者。みんなは見様見真似でお互いの真似をしようとするのだけれども・・・・それでも時々、テンポがズレる。そして、あまりにテンポのズレが酷いと・・・・放り出されるのさ、舞台から。私のように。」


保科はクスリと笑いながら・・・言った。
「前刀さん、やっぱり変わっている・・・・」

「ただ、残念なことに・・・・放り出されても、放り出されたことは当事者には分らない。だから、私はまだ舞台で演じ続けているつもりだよ・・・普通をね。」

そんな他愛のない会話をしながら、時計を見ると時刻は11時を過ぎていた。


続・・・・