Nスポ


9月30日

些細だけれども必要な違い

本日、いつものデニ○ズで深夜に読書をしていた。
といってもいつものビジネス誌なのだが・・・・

今週の特集にまた、ファーストリテイ○グの柳○正氏の話が記載されていて、なかなか興味をそそられた。

○井氏が言うには・・・

個人や会社の成長というのは高いハードルを設けてそこに到達する方法を考え抜くことであるそうです。

そういえば・・・

以前、別の記事で○産のカルロスゴー○社長も同じ事を言っていたかと思います。

ただ・・・・

私が思うに高いハードルを設けて、短い期限を付けなければ意味がありません。

つまり、いつまでにどうするかという目標、人間を成長させるのにこれが必要だという意見は私も間違いではないと思います。

でさらに思うことが・・・・

我々は個人的な目標を持っているかということです。

何も目標を持たずに漠然と生きることは、自らの成長の放棄とも言えます。

ですから・・・

これらの人の言葉を借りる限り・・・・

目標と期限がどうしても必要になる。

私自身の目標は不労所得生活です。
で、それを40代までになんとかしたい。


その方法をどうするかといえば・・・・


自分の労働プラス、自分の持ち物の労働。

つまり、若い時に労働をしながら投資をすることなのですが・・・・

現在の私はその労働の部分で足踏みをしています。

その理由は何故か?

それは価値の生み出す幅の小さい単純労働では、期限に間に合わない。
そう、目標の40代不労所得生活のためには早期に大きな現金を持つ必要があります。

現金の将来価値と現在価値を考えるに・・・

不労所得という生活を手にするためには・・・
先にまとまったお金があればなんとかなるのです。

ですから・・・・

どう考えても、何らかの方法でショートカットしなければならない。

そのショートカットの方法が見つからずに右往左往しています。

投資については実践をしながら確かに学んでいます。

しかし・・・
その投資の元手を作る方法の発見と着手にいたっていない。

目標を持たない個人に比べれば・・・・

マシなのですが・・・・

あくまでマシということだけで実質、何一つ変わりません。

で、冒頭に出てきた人物達の言葉を借りるなら・・・・

この目標に対する手段の設定と実行までの時間の短縮が個人の成長なのではないでしょうか?

そう、彼等の感覚から言えば、目標を持つのは当たり前として・・・

その目標達成のための手段とその実行までの時間の短縮。

ここに個人の能力が出るのではないでしょうか?

ということは・・・・

私の元手を得るための方法の思考段階で留まっていることというのは・・・・

結局、目標を持たない人間となんら変わらない。

早期に手段の発見と実行をしてこそ、一歩先に抜け出したといえます。

今の私の知識等の無形の物を含む持ち物で・・・

価値を生み出せるものはなにか?

再度真剣に考えたいと思います。

とりあえず・・・

最近ブログの方の注目度は大きいのでIT広告系の広告代理店に売込みを掛けてみるという行為をしようかと考えています。

その前に・・・・

売り込み方の本をネットで注文しよう・・・

N報告

今日は企画ではなく、報告です。
前にN企画で書いたプライベート名刺の件・・・・

実行しました。

ネットで注文し、10月3日に手元に届く予定です。

友人に配る予定なので、私と会う機会に要求してください。
そうでなくても、私が気付けば押し付けます。



9月29日

確実に存在するニーズ

最近、最も強いニーズの存在を感じる。
それは・・・・

栄養のない美味しい食べ物だ。

本当に日本は金持ち病にかかっていると言える。

何しろ、最近の清涼飲料業界の売れ筋カテゴリーが水と緑茶だと言われているそうです。
そして、その水と緑茶が選ばれる理由が・・・

消去法によってなのです。

つまり、他の飲料だと余計なカロリーを取ってしまうから仕方が無く、水か緑茶を選択している。

そういうことなのだそうです。

だとすれば、ノンカロリーの炭酸飲料や果汁系の清涼飲料水、スポーツドリンクが出ればそれが売れるということなのではないでしょうか。

合わせて、思った事があります。

私も最近自己主張の激しいお腹を抱える身なので・・・

思うことです。

それは、ダイエット食品とされるものは結局、少量なのですよね。
少量で最低限の栄養素を取るという考え方です。

しかし、思うのですが、どうもこれは人間の欲求を無視しています。

空腹が満たされないというのは人間の五欲の部分ですからかなり辛い。

私が思うに、蒟蒻のようにまったく栄養素としてとれないもので味と食感がよく、満腹感を得られる食品が販売されれば絶対に売れると思うのですよね。

一度、私もダイエット食品をネットで見たことあるのですが・・・

どうも業者の消費者の足元をみて、吹っかけるあの価格設定に疑問を持ちます。

それにしても・・・
以前は栄養のある食品が求められていたのに・・・

現在はまったく栄養がなくて大量に食べられる美味しいものが求められている。

矛盾を感じますよね。

栄養素がなくて、満腹感を提供できる食品は存在しないものなのでしょうかね・・・

あれば、一発逆転間違い無しです。

N企画
て○みんとコリラ○クを比較する。



9月28日

ブルーオーシャン戦略

最近、日本語訳された本にタイトルの名前の本がある。

この戦略を簡単に説明すると、競合他社と価格争いや市場のシェア争いをする既存市場をレッドオーシャンと定義して、ここでは体力を消耗し利益が出にくいと説く。

一方で、自ら新しい製品やサービスを提供することで市場を開拓して利益を得ることをブルーオーシャンと呼び、企業はブルーオーシャンで利益を得るようにする必要があると説く話である。

で、日本の企業においては代表的な企業に「てもみ○」を挙げている。

あの駅の近くにある手揉みで10分からの料金でサービスを提供するあの会社だ。

確かに・・・

これは消費者を創出するサービスであると思われる。

あったらいいなを形にしたのではなく、こんなこと始めましたというやり方で、利用してみようという人間を作り出している。

そう、消費者ですら思いつかないサービスを提供することで消費者を作り出しているのだ。

これはビジネスモデルとしてかなり強いのではないだろうか?

そして・・・・

もう一つのブルーオーシャン戦略を取っている日本企業に、ミ○プラを挙げている。
そう、あのソニ○プラザの小型の店舗である。

これが面白いことに駅構内で開店している。

で、普通駅の売店というのは消費者が必要な物を手にするだけなので、迅速に買い物を済ませる場なのだが・・・

このミニ○ラでは買い物を楽しむようなコンセプトにしている。

よくよく考えれば、乗り換えの駅にあるなら、ちょっとした買い物を楽しむのに駅の外に出ることもなくかなり便利だ。

寄り道をしようか迷っているけど、駅の外に出るのは面倒なので諦めるという消費者を見事に囲い込んだ戦略じゃないだろうか。

それに天気も気にしないで済むし、乗り換え駅だからという手軽さもいい。

確かに消費者の創出を行っている感がある。

今後の成長企業かそうでないかの違いは消費者を作り出せるか否かにかかっているのではないだろうか?

そんな企業を探して投資をしたいと思う。

N企画
ミニプ○に行ってみる。



9月27日

組曲

というブランドをご存知でしょうか?

オンワー○樫山の婦人服ブランドで、百貨店でよく販売されているブランドです。

ショッピングセンター用に組曲ファムという類似のブランドも出ていましたが・・・

百貨店とショッピングセンターの顧客の奪い合いの争いで、今は類似ブランドは提供しないという小売店が増加してきて若干苦しい立場にいます。

しかし・・・

ここの現在の社長がブランドについて面白い事を言っていました。

それはブランドとは気持ち・テンションをあげるものではないかという言葉です。

そのブランドを口にする、手に取る、身につけることで自分のテンションが上がるもの。

そして、強いブランドにある共通の項目は名前を聞くだけ、みるだけで連想しやすいものがあることだと言っていました。

確かに役職や物が人間を成長させることもあります。

私も最近オメガの時計を購入したのですが・・・・

やはり、良い物というのは身につけると違う気がする。

もちろん、そこそこの経済力を持っているという情報を発するために買ったのですが・・・

高価であると言う自覚があるので、この社長が言うようにテンションがあがります。

ですから、勝負時はテンションを上げてくれる装いで臨むと良い結果が得られるのではないでしょうか?

再度、最低でもひとつはいいものを持つべきなのではないかと思いました。

自分のテンションを上げてくれそうなお気に入りのブランドはありますか?

N企画
個人用プライベート名刺を作る。



9月26日

ツキをもたらせる物のもう一つ

それは他人の腹の底からの応援ではないだろうか?

25日分の更新内容と似通ってしまうが・・・・

幸運は他人の応援によってももたらせられるのではないかと思う。

昔、読んだ本のフレーズに・・・

収入は喜んだ人の数に比例するとあった。

私はなかなか衝撃を受けた言葉で、鮮明に記憶が残っている。


それと同様に・・・・
幸運は応援してくれている人間の数に比例するのではないだろうか?

だからこそ、応援してくれる人を増やすためにも・・・・

お金を他人のために使うべきなのだ。


実はここ最近、思うところがあった出来事がある。

こちらをご覧になってくださってる方なら、たいていは私のもうひとつのギャンブルブログも見ていてくれると思う。

そこで登場するI氏の事だ。

このI氏は私の大学生時代の友人である。

その頃から・・・・

有り金を競馬に全部張るという生き方をしていたのだが・・・

今年の5月、40万円勝負で的中して以来・・・・

つい先日まで、負け無しで480万円もの現金を馬券で手にしたのだ。

そして、先日480万円をすべてつぎ込んで・・・・

一億円か0かの勝負で負けた。

年収300万円の人間が約500万円分の馬券を買ったのである。

常識人とは言い難い精神構造をしていると言えるだろう。


さて、この方だが・・・・
紙一重の馬券が当りつづけていた時・・・

つまり先日の勝負を行う前まで・・・・

話題性があったのと、私のブログで紹介したこともあり・・・・

常識人にできないその勝負を是非勝って欲しいと多くの人間が応援していたのだ。

そう、あれだけの一般人に不可能な金額を張った勝負では負けて欲しくない。

そう思う人が多数いて、本気で他人の馬券のために祈った。

普段は他人の博打になど無関心なのだが・・・・


あのときばかりは、他人の博打のために本気で祈ったのだ。

そして、我々の祈りは叶えられるように・・・

奇跡とも言える状況で彼は的中しつづけた。

しかし・・・
先日、彼の購入した馬券は・・・・

あまりに無謀すぎて、我々は祈るよりも先に諦めた。
おそらく、他の応援者もそうだったのではないだろうか?


そして、予想通りI氏の馬券は外れた。

が、ここで思った。

このことを考えるに・・・・

幸運という物は応援してくれる人間の数に比例するんじゃないかと思い至ったのだ。

だから、幸運が欲しければ他人に振舞うようにするべきなのではないか?

他人に振舞ってもらっておいて、呪う人物はいないだろう。

寧ろ、応援してくれるのが普通だ。

私はなるべく人に振舞うようにしてから・・・・

信じられない幸運に見舞われている。

明確な根拠はないが、他者の応援と幸運は比例するのではないかと思う。

N企画
ふぐ料理店に行く。



9月25日

コリラ○ク

という指圧の店がある。
私は予算に余裕があると、いつもそこで指圧マッサージを受けることにしている。

1回60分で5000円。

なかなかリーズナブルな価格だと思う。

皆さんご存知の通り、最近の私は博打で凌ぐという人として恥ずべき生活をしている。

そして、その博打は非常に私に肩凝りや眼精疲労を与えるのだ。

それを解消するために、私は勝つたびにこのお店に行っている。

で、今日も友人にお酒を振舞った後、コ○ラックに行ってきた。

ここで皆さんは疑問に思うかもしれない。

そんなことを毎回していたら、もったいないのではないかと。

確かに私は先月から今月にかけてそのお店に10回以上いっているので、使ったお金は5万円を下らないだろう。

その上、私はマッサージが終わった後、タクシーを使用する。

まさに散財祭だ。

普段経済力、経済力と言っている人間のすることじゃないと思うかもしれない。

しかし・・・・

事実は逆なのだ。

経済力が欲しいから・・・・
散財をする。

はっきりといって、これは抽象的であくまでも私の概念だが・・・・

吝嗇家の元にはお金は集まるようで集まらない。

お金が集まるところというのは世の中にお金を上手に回す人間の元であると私は思っている。

タクシーの運転手にしても、マッサージ師にしても・・・・

私のような人間がお金を使わなければ、その生活は成り立たない。

そこにお金を流せば・・・・

その人たちが行う消費で社会全体にお金が流れる。
これは社会全体のためになる。

そのサービスを欲するのであれば、極力正当なサービスに正当な価格を支払って社会全体のためにお金を回した方がいいのではないか?

余裕がある人間は、サービスを提供する側と受け取る側両方が幸福になれるお金の使い方をするべきである。

私はそう考える。

だから・・・
私は非常にお金が好きだが・・・

澱むような留め方はしないようにしている。

そのおかげかどうかは知らないが・・・

最近、お金の回りが悪くない。

というよりも・・・・
在職時よりも今の方が経済的に楽なのが不思議だ。

私は経済力を強く欲している。

そのため、お金に関する書籍をかなり所持しており、かなり読んでいる。

繰り返しになってしまうが、私は読書はショートカットであると思っている。

自分の先輩とも言える年長者の成功者が、そのうまくいくと信じる秘訣を惜しみなく教えてくれているのだ。

それを信じる信じないは個人次第だが・・・・

私は別人が書いた書籍で共通する内容は真理であると思っている。

そこに、経済力を持っている人間は、非常に豊かな思考をするということに気付かされた。

それ以来、私は極力豊かな思考をするように心がけている。

もちろん、一朝一夕にはいかない。

ずっと継続していると、だんだんと思考と現実が近づきはじめる。


もちろん、何を馬鹿なことをと一笑に付すのは簡単だが・・・・

私のギャンブルブログの前半と最近を見比べて欲しい。

明らかに・・・
ヒキと呼ばれる幸運が別人である。

いつまで続いてくれるかは分らないが・・・・

私は他に対する豊かな思考が幸運をもたらせると思うのだ。

もちろん、根拠は無い。

しかし、私の実体験ではそうとしか思えない。
事実・・・・

他人に振舞えば振舞うほど・・・・
何故かギャンブルで勝つ額が増えていっているのだ。

なるべく利他を考えよう。
それが利己への最短の道なのではないか?



※やまもも日記はやまももが休みだったため今回はありません。

N企画
コリラッ○120分コースに挑戦



9月24日

疎遠な友人の結婚式其の2

本日というよりも・・・
明けて25日


疎遠であると言う自覚のある友人の結婚式に行ってきた。


パシフ○コホテルというランド○ークタワーの近くで式が執り行われたのだが・・・


恐るべきことに・・・・


私は新郎側の友人として出席したのだが・・・


新郎と二人で遊んだことも無ければ・・・・
これで会うのが約3年ぶりという始末。


正直、出席を乞われる電話をもらったときから・・・
かなり乗り気がしていなかった。


非常におめでたいことであるのだが・・・・

どこか、かなり遠くの他人事だ。

それに対して、ご祝儀を用意するのはなかなか辛い。

呼ぶ方も、少々親密度を考慮して欲しいものだ。

それほど友人を多数呼ぶものでもないのに・・・

何故、私の名前をいれたのだろうか・・・


疑問は拭えない。

さて、そこで出席して感じたことだが・・・

やはり家庭を持つことは違う。

同じ歳の友人が非常に偉く見えるのだ。


少しだけどころか、かなり刺激を受けた。


結婚式というサービスを受ける新郎・新婦を見て・・・

このすべてが経済力によって提供されているという当たり前の事をずっと思考させられていた。

やはり、持たざる者は虐げられし者。

しっかり経済力を手にするための方法を考え、実行しなければならない。

どういうわけかこれほど絶大な力である経済力を強く求めることを否定する人物がいることが信じられない。

私はどう考えても、大きな経済力が欲しい。

どうすれば・・・・

何かをするのに困らないだけの定期的な不労所得を得られるであろうか?

本質は自分の代わりに働いてくれる資産を持つことだが・・・

その元手をどう作るか・・・

投資をしなければ、一生経済力がもてないことは断言できるが・・・

元になるまとまったお金を作る方法がどうしても思いつかない。

ずっとここで足踏みをしたままだが・・・

何か打開策は無いものだろうか・・・

結婚式のサービスを受けて、幸福そうな友人夫妻を見て、ずっとそんなことを考えていた。


やまもも日記

風が強い・・・・

台風が近づいているという。

このままでは・・・・

また今日も常連さん以外来てくれないだろう。

というか・・・

暴風雨であったら・・・・
常連さんすら来てくれないかも知れない。

そんなことを思いながら米を研ぐ午前十時・・・

やまももの扉が開いた。

見ると・・・

いつもの常連さんが立っている。

アレ・・・?

どうやら、以前に午前10時ごろからいるということを覚えていてくれたらしい。

顔を出してくれたようだ。

常連さんが長く住んでいる経験で、近所の豆腐屋から非常に美味しい豆腐と豆乳を持ってきてくれた。

本物の豆乳は、まさに豆腐の味がするのだ。

午前中、常連さんはコーヒーを2杯注文してくれた。

そして・・・・
一度帰宅して、馬券を買ってから、もう一度来てくれたのだ。

本当にやまももはこの常連さんのために開いている店になりつつある。

なんとか、もう少し客は増えないものか・・・

道楽とは言え、流石にもう少しどうにかしたい。

やまもも総営業時間300時間
やまもも売上げ75000円+1600=76600円

時間あたりの販売価格約250円



9月23日

弱者必衰の理

平家物語では強者必衰だったが・・・・

最近の二極化が進む現代社会においては、もうそれは神話になりつつあるのではないだろうか?

というのも・・・・

日本のシステムは逆転が起こりにくく、肥満とも言える強者が益々肥大化し、弱者から搾取を続けるシステムになっている。

少なくとも・・・・

もう金持ち三代続かず、貧乏三代続かないという言葉は過去のものだと私は思う。

何故なら、以前にも書いたが、経済力によって教育のレベルが大きな差が生じ、強者は強者のまま弱者の上に君臨できるようになっている。

持ち株会社が解禁されたことなどいい例だ。
これで、大株主は相続税によって失う恐怖に怯えることなく・・・・

その美田を子孫に残せる。

詳しくはないが、恐らく非上場企業を設立し、そこを〜ホールディングスという持ち株会社に形を変えて、一部上場企業の株式の大株主となれば・・・

相続はその〜ホールディングスの株式の額面どおりになるのではないだろうか?

つまり、市場に出回っていないため、その持ち株会社の株式に価格をつける人物が存在しない。

そうすると、資本金1千万円で設立した株式会社の相続はその会社が一千万以上の資産を保有していたとしても・・・・

相続をする際に、その株式の額面にしか相続税がかからないのではないだろうか?


私は、世の中が平等にできているわけではないと思っているし、資本主義の世において、それを肯定する以上、不公平の存在は正しいと思っている。

つまり、不利になりたくなければ勝つしかないのだ。

弱者である以上・・・・
勝たない限り誰かの養分とはよく言ったモノだ。

そんな中、大学の後輩と本日酒席を共にしたのだが・・・・

興味深い話をしていた。

それはとあるネジ工場の話だ。

そこは大手のホ○ダなどにネジを提供して生計を立てているらしいのではあるが・・・

これの価格交渉がヒドイ。

見積もりの三かけらしい。

つまり100円ですと言って見積もりを出すと30円でやってくれと返ってくる。

ここまで来ると、はっきりいって見積もりを取る理由がわからないくらいだ。

しかし、中小の弱いところは、その仕事がなくなると路頭に迷う人間が多数でることだ。

そのために過酷な価格で仕事を続けなければならない。
そのネジ工場は、赤字にならないために・・・・

363日24時間工場を回しているそうである。

つまり持ち物を回せるだけ回さないと・・・・

利益が出ないのだ。

強者に逆らえない、下請けの哀しさがここにある。
強者の希望は・・・・

歪となって末端が怒りと共に損失をかぶるようにできている。

つまり、大手の都合で泣かされる弱者は多数いるということだ。

これでも、強者必衰などと思えるだろうか・・・

強者はいつまでも強者なのではないか?

そりゃ、強者間の争いに負けることはあっても・・・
弱者が強者を引っくり返すことはありえなさそうだ。

では、下請けの哀しさはどこに原因があるのか?

その答えは、参入障壁が存在しないことである。

どこでも提供できる行動を提供しているから・・・・
強者の言うがままなのだ。

かのウォーレ○バフェットも言っている。

コモディティー企業群には投資しないと。

参入障壁に守られた企業で強さを約束された企業にだけ投資をする。

結局・・・・
先日分のNスポと被るが・・・・

行動を換金するのに・・・・

普遍的な行動では高い値段がつかないのだ。

普遍的な商品に高価格がつかないのと同様に。

例えば、小売はこの最たるものであると思っている。

何故なら、換金する行動が・・・・

本質で見れば、物を移動して置くことだけである。

これは誰にでも、どこにでもできる普遍的な行動だ。

だから、利益率が安いのだ。

他にできない参入障壁の高い行動を売っている企業は高い価値をつけてその行動を売ることができる。

自分にできる普遍的ではない行動は何か?

それを考えてみてはどうだろう。

他の追随を許さぬ、高い障壁に守られた行動を換金するようにしたいものである。

やはり、それは創作とか創出という無から有を作り出す行動になるのであろうか・・・

N企画
8L入りのお茶ペットボトルを先に手にする



9月22日

再度問う

仕事とは一体なんだろうか?

ニートが増加する昨今、それを考えさせられる。

生活の手段であると言う答えから、アイデンティティという答えも含め・・・
多数の回答があると思う。

しかし、私の視点で、しごくシンプルに答えるとしたら・・・・

自分の行動を換金することである。

そう、自分自身の行動を換金する行為が仕事なのだ。

本日一社セミナーに参加してきたのだが・・・・

セミナーの内容を聞きながら、本質はどこにあるかを思考していた。

すると、どう考えても、社員の行動を換金することで企業は成り立っている。

我々はあくまで私の視点においてだが、自分の行動。
つまり労働を換金しているのだ。

そう考えると・・・

一般的な世間にある仕事は自己実現だとか、やりたいことというのは本質からずれている気がする。

何しろ、目的は行動を換金することにあるのだから。

要するに、自分の行動を換金するのに、一番最善の方法を仕事にしているというのが一般的に言えるのではないだろうか。

何故それにやりがいといった余計な修飾をするのだろうか・・・?

どう考えても、本質は労働を換金することにある。

その換金方法を自分に好ましい方法で行いたいと考えるから・・・

仕事とは何かと考える。

結局は営業なのだ。

自分の行動を売る。

その対象が企業か不特定多数かの差。

それが、会社員と企業家の違いではないか?

我々は「こういう行動を提供するから、いくらくれないか?」という話をしているのではないだろうか。

そうすると・・・・

考えるべきことというのは、一体誰に私のどんな行動を売るか?

それだけである。

すると、私にできる換金性の高い行動を考える必要がある。
何ができるか・・・?

結局、ここに帰結する。

すべての事象は結局、すべて連鎖だ。

完全に独立した事象というのは存在するのであろうか?

そんなことを考えさせられた。

N企画

ド○モダケと○u鹿のマスコットを入手する。



9月21日

カーナビ1台2画面

先週の日経ビジネスに面白い技術が載っていた。

それは、運転席側と助手席側からで、一台のカーナビがまったく別の映像を映し出すという技術だ。

簡単な例を挙げれば・・・・

運転手側からは通常のナビシステムの画面のままだが、助手席から見るとテレビを映すことができるという内容だ。

原理は視差バリアというスリットをおき、その隙間から色を見せる。

簡単に言えば、縞馬を黒い格子の前に置いて、黒鹿毛の馬に見えるようにしたり、白い格子の前において芦毛に見せたりする技術である。

つまり、この例でいえば、右からは縞馬が芦毛に見えるし、左側から見ると黒鹿毛に見えるという考え方である。

なかなか面白い技術ではないだろうか?

開発したのは液晶のシャ○プ。

デュアルビュー液晶搭載と名付けられるこのカーナビも発売は間近となっている。

最初にこのカーナビを売り出すメーカーの株価に注意したいと思う。


それにしても、いつになっても近未来の話というのは心躍るものだ。

新しい技術という物は常に営利目的である企業が生み出すものである。

そういった経済力を求める行為が進化をもたらすという原則から考えれば・・・

経済力がすべてといっても過言ではない気がする。

何か良い一発逆転の方法は無いものだろうか・・・

N企画
落ち葉で焼き芋祭



9月20日

ボウイ債

をご存知だろうか?
そう、あの英国のロック歌手デビットボウイの名前を関した債券だ。

これは歌手や著名アーティストが将来稼ぐ収入を投資家に分配する金融商品で、はじめて発行したのがデビッド・ボウイであることから、この名がついた。

彼は将来のアルバム販売と著作権使用料を担保に5500万ドル集めたらしい。

しかし・・・

レコード業界が、その後長期低迷し、この債券の魅力がなくなった。

ところが・・・・
最近のIポッドが売れたおかげで、音楽配信サービスが高い頻度で活用されている。

その結果・・・

再度ボウイ債が注目され始めた。

だが・・・・

私はこの債券が非常に危険な代物であると思う。

その根拠として・・・・

将来稼ぐ金額を前払いで受け取るのだから・・・・

働くアーティストは自分の懐が以前ほど潤わなくなるのに、高いモチベーションで仕事を行うだろうか?

ということである。

誰だって、顔の見えない他人の利益のために労働をすることは抵抗がある。

いや、言い方が良くない。

他人のために労働をするのは、価値を生み出す点において、必要であるし、喜ばしいことであるが・・・

これは原理がピンハネと同じである。

ピンハネに抵抗のない人は少ないのではないだろうか?

そして・・・・
もうひとつが知的財産権の侵害が頻繁に行われており、無法地帯化していることである。

ネット上で不法コピーがやりたい放題の状態である。

どう考えても・・・・
この債券の価値は侵害されつづける。

有効な知財を守る方法が確立されない限り・・・・

非常にリスクの高い債券なのではないだろうか?

ただ、この利益を生むものをなんでも債券化するという思考は面白いかもしれない。

N企画
購入したオメガを友人に自慢



9月19日

老人が紹介してくれたダーツバー

一昨日、やまももの常連となってくれている老人が私にお気に入りのダーツバーを紹介してくれた。

常々一人バーを実行したいと思っていた私には丁度いい。

それにしても・・・・

新しい体験というのは非常に勉強になる。

そこの常連さんのダーツの腕も見事であったが・・・

マスターとその奥さんの接客術も勉強になった。
やはり質問力が優れている。

初顔のお客さんを退屈させまいと一生懸命に話を盛り上げようとする姿が非常に勉強になった。

わたしも見習うべきであろう。

よくよく考えれば、会話の基本は質問かもしれない。

良い質問ができないと、折角の人の縁をもフイにしかねない。
転職活動で企業に対する質問とも同じ印象を受ける。

再度質問力に関する書籍を手にとろうかとも考えた。


さて、そんな新鮮な体験をしたのであったが・・・

何よりも興味深かったのが・・・

その常連の老人の誰にでも話し掛ける姿である。

二十歳だろうが、三十路だろうが男性だろうが女性だろうが、相手を問わない。

我々は相手を警戒させるかもしれないと思うと、なかなか声を掛けたりしないのだが、その老人はちょっとしたきっかけでなんでも話し掛ける。

確かに、相手に警戒されることもある。

しかし・・・

我々はそういう状態になることを恐れるのに対して、その老人は恐れないのだ。

だから、この老人は人との縁を築くのが非常にうまい。

私は感心した。

そう、何故、我々は知らない人に声をかけないのであろうか?

そんなこと禁止されているなど聞いたこともない。

もしかしたら、そこから人の縁が誕生するかもしれないのだ。

別に警戒されたからといって何かを失うわけじゃないのにもかかわらず・・・

我々は知人にしか声を掛けない。

これはおかしな話しだ。

知人も元を正せば知らない人だ。

なんだか、考えさせられた。
私もこの老人を見習う必要がある。

気になったらどんどん知らない人に声を掛けるべきなのだ。

新しい経験をすると、非常に勉強になる。
何かに挑戦する姿勢は必要なのではないだろうか?

N企画
見知らぬ人10人に居酒屋で声を掛ける



9月18日

情報開示

の重要性をあらためて感じる。
個人の思考や情報を開示することは、非常にリスクを感じる一方で、リターンもそれに見合っていると私は思う。

先日、やまももで4年ぶりに会った友人はNスポ読者なのだと言う。

彼がNスポの存在を知っていたこと自体が驚きだったが・・・

わざわざ茨城から来てくれたことも驚きだ。

そして、何故来てくれる気になったかというと・・・

Nスポの内容で面白いと思ってもらえる内容があったからだそうだ。

私は再度考えさせられた。

一般的に、人は飲んでも真面目な思考というのは他に発しないものらしい。

というのも、意識の根底に何を青臭いことをと笑われることに恐怖をもつからだ。
それと同時に青臭さを笑う青臭さをもつ心無い人物がいることも確かだ。

その心無い人物の存在が、日本の人間関係の希薄さに拍車をかけている感が否めないのだが・・・・

ただ・・・

どこかで真面目な思考を話したいという欲求が人には存在するようだ。

そして、その事実を理解できたのは・・・・

私がこのNスポで真面目な情報を発するようになって以来・・・・


そう思っている人物が私の発する情報によって、思うところがあった際に、個人的に声をかけてくれるようになったからだ。

そう、青臭さを否定する人物がいそうな場においては、彼等は不愉快な思いを避けるためにそういった思考は口にださない。

しかし・・・

情報を開示することで、青臭さを肯定する人物であると言う情報を放てば、他者もそれに見合ったリアクションをくれる。

この事実はなかなか意味深だ。

言い換えれば、放つ情報によっては決して他者が見せてくれない一面も存在するということなのだ。

青臭さを否定する者には、それを肯定する者はその一面を見せず、その人物がいない場が設けられることもある。

一方で、放つ情報によっては人の縁ができ、新たな機会が提供されることもある。

情報を放つ者の元に情報が集まるとはよく言ったモノだ。

実際にやってみることで、見えてくるものがある。

友人の来訪とその理由を聞いて、再度認識した。

積極的な情報発信が、もたらせる縁というものも存在する。


やまもも日記

先日・・・・
常連の老人にダーツバーを紹介され・・・・

ご馳走になった。

可愛がってもらえていてありがたい。

折角なので、老人の顔を立てて、通うようにしたい。

馴染みのバーの誕生じゃないか。

一人バーを望んでいた私に機会が提供されたようだ。

ひょっとしたら・・・・
世の中に私ほど幸運な人間もいないのではないかと思わされる。

店と客の関係から、こういった人間関係が構築されることもある。

世の中は信じられないくらい面白い。

さて、そんなわけだが・・・・

相変わらず誰も来ない。

そろそろPCでチラシを作り、プリントアウトして駅前で配ろうかと思う。

どうにかならないものだろうか・・・・

そんなことを思いながら・・・・

今日も誰も来ない。

しかし・・・・
今日は私のブログの方で大人気のI氏が競馬で200万円を張っている。

ヒリツキ祭だ。

そしてそれが的中。

480万円になった。

で、来たのはいつもの老人の常連のみ。

本当にそろそろ考えなければならない。


やまもも総営業時間292時間
やまもも売上げ74000円+1000=75000円

時間あたりの販売価格約250円



9月17日

疎遠な友人の結婚式

に来週の日曜日に行ってくる。
だから、9月25日はやまももは休みとなる。

もし、来てくださるつもりの方がいたらご注意願いたい。

さて、考えるのがご祝儀だ。

何分、疎遠な友人なので出席したくないというのが本音なのだが・・・

わざわざ電話で指名をいただいてしまったら仕方がない。

これも何かの縁であることと、新婦側の友人とのご縁を考えて・・・・

出席することにする。

でも、セミスロプロをしていると言ったら相手にされない可能性がある。

いや、その前に働かなければ・・・・

本当に・・・・
このままでは働けなくなってしまう。

スロットの方が、ノンストレスで前職の収入より多く、時間的に自由である。

こんな状態が続いたら・・・・

働けるはずがない。

いい加減、意識を職に向けなければ・・・・

そんなことを考えながら・・・

ご祝儀について考えた。

どう考えても・・・・
疎遠な友人なので3万円は私の経済的に厳しい。

しかし、1万円では私が恥ずかしい。

そんなことで迷っていた。

仕方がないのでネットで検索し、ブログのリンク先の方のアドバイスを頂戴したところ・・・

割り切れる数字は良くないと言われていたが・・・・

2万円を包むというのはありらしい。

そして、1万円を1枚、5千円を2枚包む包み方ならば問題がないそうだ。

これで解決したが・・・・

本当に便利な世の中になったものだ。
こんなことがワンクリックで調べられる。

だから、私は今時分においてパソコンを所有していないことが致命的に思える。

それにしても・・・・

ご祝儀の相場はその対象との関係によって金額が変わるとは・・・

なんだかんだ言っても世の中はやはり経済力至上主義と言える。

逆に親しい友人に相応の相場のご祝儀を包まないのは、相手に私はあなたを相場より劣るように思っていると伝えるに等しい。

そういえば、それで痛い目にあった人物を思い出した。

一方で、余程腹に据えかねたのか、痛い目に合った人物の対象となった人物はそれを漏らしていた。

ご祝儀も一つとっても気をつけなければ身を滅ぼす。

そう思う。

やまもも日記

ああ

誰も来ないさ・・・・

ああ

無人さ・・・

それがやまももだよ。

それがどうしたって言うんだ。

私はふて腐れていた。

今日も、常連の老人がきてくれるか否かだろう。

そう思っていた。

私は睡眠は十分に取っていたため・・・・

本日は大海原に飛び出すことはない。

それにしても・・・・

午前中を航海にでることなく、起きていたが・・・・

無人の店の否定力に私の心は折られそうになった。

なんだってここまで完璧な否定なのだろう・・・・

私は来るとも思えない客を本日も待ちつづけた。

そして・・・・

13時、やまももの扉が開いた。

私は信じられないと思いながら、扉を眺めた。

すると・・・・

もっと信じられない光景を目の当たりにした。
それは・・・・

大学卒業以来、4年間顔を合わせていない大学の友人が顔を覗かせていたのだ。

???

私は一体何が起きたか分らなかった。

何故、彼が一人で・・・・

こんなところに来たんだ?

聞くと、私が大学の優駿会というサークルに所属していたことを覚えており、かつそのサークルのホームページのリンクから、このページを発見したらしい。

そして、わざわざ来てくれたという次第だった。

茨城からここまで4時間かけて来てくれたと言う。

本当に感謝の念は尽きない。

彼は来年からお役人様になるらしく、その報告もかねて来てくれたようだ。

ありがたい。

そして・・・
常連である私の友人が、乗馬帰りにわざわざ寄ってくれた。

その上、材料を買い込んできて、やまももで特製焼きそばを作ってくれたのだ。
これが、かなりのいい味を出していた。

さらにいつもの常連とフリー客がやってきて・・・・

本日は信じられないほどやまももは盛況だった。

友人たちに感謝したい。

本当にありがとう。

やまもも総営業時間284時間
やまもも売上げ70500円+3500=74000円

時間あたりの販売価格約250円




9月16日

1つくらいブランドを持とう

私はそう考える。
私はブランドの信奉者ではなく、むしろユニ○ロでもいいと考えている。

しかし・・・・

ユ○クロでは身につける私が発する情報があまりにチープすぎる。

以前に雀荘で体験したことだが・・・・

私の友人は競馬で350万円取って一緒に雀荘に向かった。

しかし・・・

我々の格好がとてもそれほどの金を持っているように見えなかったのだろう。
雀荘の店員の態度が非常に悪かった。

世の中の人は経済力の無い人に愛想も興味もないらしい。

まったく面識のない他人に人間扱いしてもらうためには、自分に経済力が多少はあると言う情報を放たなければならない。

そのためにはお外用にブランドの1つでも持つ必要がある。

財布もそうだし、時計もそうだ。

私は純粋にブランドを愛しているわけではなく、そうしないと不利を被るので、それを避けるために1つはいい物を持とうと思っている。

そこで・・・・

私的な話になってしまうが、オメガの時計を探している。

その理由は、時計のブランドの中で有名な割には相対的に価格が安いのだ。

おまけに、私はあくまでそれを身につけていることが放つ情報という効果が欲しいだけである。

だから、中古で十分。

そのため質屋を調査した。

車も家もブランドも、余計な価格がオンされている新品は、極力買わないように私はしている。

調査結果、100Kあれば、そこそこの物が買えると知った。

予算は50〜60Kで済ませたかったのだが・・・・

東京の方の質屋に行けば、結構安価で手にすることができる。
なんとか100Kを用意したいと思う。

N企画
ネットオークションでブランド探しをしようと思ったが・・・
どうしても偽物を掴まされるのが怖いのでできない会員募集!!



9月15日

小さな池の大きな魚

を狙うことは戦略として正しい。
企業の戦略でいえば、ニッチのトップシェア狙いとなる。

鶏口となるも牛尾となるなかれとは史記にでてくる格言のひとつであるが、これも同様の意であると感じる。

最近頓に思うのが、日本という国は逆転が起こりにくい国だということである。
であるから、最初からスタートダッシュを目指す必要がある。

失敗を否定的に捉え、誤りがないことをよしとする風潮は勝ちつづけていない者への機会の提供を狭める。

そう、だから失敗した者が巻き返すためには・・・・

他力による機会提供ではなく、自力による機会創出のよってなんらかのNO1になる必要がある。

それが、小さな池の大きな魚を取ることなのだと私は思う。

どこか、自分のためだけの狩場となる池はお持ちだろうか?

もし、それがないのであれば・・・

砂漠における水筒を持っていないことと同義ではないか?

必要な物を持っていない。
渇きはいつ襲ってくるか分らないが・・・

その時の解決法をもっていない。

不利を被らないら、えには、少なくともなんらかの保険ともなるような特化した能力が必要であると考える。

どんな分野であれば・・・・

自分だけの池は見つかるだろうか?

N企画
独自の名所十選を作る



9月14日

再度職について

思考する。

最初、新卒で就職に失敗してしまうと・・・

その後の展開は目を覆うものがある。

私の大学でも見かけたが・・・
ステップアップは非常に困難で、基本的にはステップダウンしか起こりえない。

だから、私は思う。

どうせ新卒の時ではやりたいことなど分っていない人が大多数だ。

であるから、企業ブランド重視の就職が一番いい。

結局・・・・

大手は書類だ決裁だで小回りが利かず、なかなかやりたいことができないと、いわれているが中小などは大手ならば他の部署が処理することも自分でやらなければならないので、とても自分のやりたいことまで手は回らない。

それに中小において経営者は、保有するその企業の設備のように社員の時間を極力無料で消費しなければ損だと考えているフシがある。

丁度、私の大学のサークルの後輩も就職活動する時期である。

当時の私を振り返っても言えることだが・・・・

絶対に何も考えていないし、何も分っちゃいないだろう。

どこでもいいから入社できればいいくらいに考えているに違いない。

しかし・・・・

新卒という立場は、日本の社会で大学の逆転ができる唯一の場といってもいい。

新卒は信じられないほど優遇されている。

何故なら、未知数でいいから。

最近転職活動で思うが、企業の何ができるという問いに対して「何もできねえよ」と突っ込みたくなる事が多い。

印刷の知識や手配など、他の業界ではさしたる役には立たないのだ。

もし、新卒でというか一番一般的な人生で頑張るところは受験ではない。
就職だと最近思う。

私は学生時代の怠惰な生活のツケを何も考えずに就職活動をすることで一気に支払った。

さて、そんな私も失業保険の満期が近づいている。

いい加減、真剣に方法を考えなければならない。

何がしたいのかと何ができるか、そして将来のビジョンを考えなければ・・・・

N企画
人に話せる将来のビジョンを考える。



9月13日

ユートピア

理想郷と訳されるこの言葉。
語源は「どこにもない」という意である。

私達は自分達にとって心地の良い不変の場を捜し求める。

それをユートピアと呼ぶが・・・・

誰もがそれを求めていて、当初のユートピアはいずれユートピアではなくなる。

語源を考えれば、どこにもないという意なのだから当然だ。

一見、ユートピアに見える場所は、結局それを目指すものに蹂躙され、いずれユートピアではなくなる。

考えてみれば、以前の大企業主義もバブルも、現在の公務員も・・・

ユートピアを求める大衆の心理が生み出したものかもしれない。

土地神話のように・・・

買えば必ず利益が出るという幻想にも似た思考は、ユートピアを求め、自分にとっての絶対を思わせるからこそ、人々は殺到する。


大企業主義も、山一證券が倒産したり、大手企業のリストラが進むまで・・・

そこに入れば絶対的な安定が得られると思われていた。

しかし、現実はどうだろうか?

今回の選挙の郵政改革においても、公務員は安泰という幻想が崩れようとしている。

先日紹介したREITにせよ、当初は絶対儲かる投資家のユートピアに見えた。

しかし・・・・

現実はババ抜き状態になっている。

そう考えると、絶対的不変のユートピアなど存在しないのだ。

我々は完全な安定を求める。

しかし、残念なことにそんなものは存在しない。

何故なら、世の中は変化するからだ。

昔の馬商人が馬が必要なくなるなど考えたこともないに違いない。

そして、我々も車がなくなるとは想像できないだろう。

しかし・・・

変化によっては、それも現実のものとなりうる。

いい加減、不変の安定という幻想に惑わされるのをやめるべきではないだろうか?

我々は変化の著しい世の中にいる。

今、いいものが将来もいいとは限らないことは確実に言える。

結局、公務員が現在いいと思われているが・・・

いずれは変化するだろう。

変化に対する機敏さ、それが明暗を分けるのではないかと私は思う。

結局、私の持っている情報と知識ではどう考えても、日本の将来性は厳しい。
衰退する国であるとすら思っている。

変化は海外にある。

チャンスだけは見落とさないようにしたい。
何故なら、ユートピアなど存在しない以上、常にチャンスのフィールドは変わるからだ。

インド、中国に日本の貨幣価値が強いうちに投資をしたい。

それにしても、最近良く思う。

結局、投資に大事なのは伸び率であるということだ。

貨幣価値の低い国における、貨幣価値の高い国からの投資は現地であれば、不労所得を得られるかもしれないが、貨幣価値の高い国にいる以上、はそうではない。

重要なことは伸び率となってくる。

そう考えると・・・・

貨幣価値の低い国へ移住するのは賢い判断かもしれない。

そんなことを思う。

小さくても良いから、貨幣価値の高い国で不労所得を持っていることは貨幣価値の低い国における相当なアドバンテージになる。

少し、海外移住を冷静に分析してみるのもいいかもしれない。

N企画

海外居住権について調べる



9月12日

ババを引く者

先日Nスポで書いたREIT(不動産投資ファンド)だが・・・

ババ抜きの様相が強まってきている。

不動産を購入し、借り手を見つけて、出資者達にはその賃料で配当を出す。
なかなか、優れた手法であると感じていた。

そう、実際に金持ち父○んが行っていることを皆でやりましょうという考え方なのだから、悪いはずがない。

ところが、日本の人口は有限で減少基調にある。

ごく少数の人間がやるのであれば、完璧な手法でも皆が皆利益を得ようと躍起になっている現状においてはもう使えない手法になりそうだ。

しかし・・・

そうなったとき、当然儲けた人の分を損をする人が現れるはずだ。

株式市場はゼロサムゲームだ。

誰かが得をすれば、誰かがその分損をする。
その損得の和は0に一致する。

不動産を購入しキャピタルゲインを得た者がいれば、高額で購入した不動産が値崩れを起こして損失を被る人間もいる。

そして、そろそろ・・・・

ババを引く者が現れるころである。

そう、賃料下落と共に、REITの利回りが低下して、不動産価値が下落する。
そして、出資金が元本割れになると言う流れだ。

おそらく、不勉強な者達からババを引いていくことになるのであろう。

そして、ババを引いた人間が後悔をし、安く叩き売る瞬間を虎視眈々と狙っているファンドもいる。

こうしてみると、投資は面白い。

投資も麻雀と一緒で水を張った洗面器に顔を突っ込んでいる状態なのではないだろうか?
我慢ができなくなった者から顔を上げ、損をしていく。

だが、REITにしろ中国株にしろ・・・・

過去の投機性のあるものを見る限り一つだけ言えることがある。

一般の損をしがちな投資家は安全かどうかを確かめてから、手を出そうとする。

しかし、その人たちが安全を確認し終わると安全でなくなるのだから皮肉だ。

最初にリスクを取ったものが常に利益を出して、安心を確信したものが損をする。

面白い話じゃないか?

だから・・・

次のインド株、ブラジル株、ロシア株。

こういった物が売り出されれば、真っ先にリスクを取っていこうと私は思っている。
気候が冷えるロシア株は感情的に不安な要素が多いが、暖かい国であれば、発展していきそうな予感がする。

N企画
株に特化する?



9月11日

くれない族

久し振りに気になった台詞だ。

紅族となっていれば・・・・
なかなか色気を感じさせる種族のような気もするが・・・・

しかし・・・

実際はひらがなのくれない族。

内容は〜してくれないと嘆いて、何もしようとしない人たちを指すらしい。

思えば・・・・

我々もくれない族に入族?していることはないだろうか?


コンビニで早くレジを空けてくれない。
タクシーが気付いてくれない。
喫煙者が煙を遠慮してくれない。

どいてくれない。

些細なことでも、対象となる人間が何かをしてくれないことに不満を感じて燻っている。

そんな思考をしていることに気付いたら・・・・

早く脱出すべきだ。

くれない族になりつつあると・・・・

自己責任という言葉を忘れることになる。

そうして、問題を他の責任に転化するようになる。

結果として、組織に衝突や不満が充満し・・・・

澱んでくる。

こうなると、組織は弱い。

組織の弱体化は個人の弱体化に繋がる。

それを避けるために、まずは、うまくいかない原因を他に求めないようする必要があると再確認させられた。


やまもも日記

今日は故あって私の愛船スリーピー号が占拠されていたため・・・・

私は仕方がなく、航海を諦めた。

そして・・・

まつこと数時間。

いつもどおり・・・・いつもどおりだった。

常連以外だれも訪れないこの空間。

少し、投げやりになりそうである。

一向に増えないまだ見ぬ新規の客の姿を追い求めながら・・・・

本日のやまももの営業は終わった。

いつもの常連には本当に頭が下がるおもいだ。

ありがたい。

やまもも総営業時間276時間
やまもも売上げ68400円+2100=70500円

時間あたりの販売価格約250円




9月10日

バイオプレーン

という名の凧に注目している。
モーターとクランクを利用して自力で飛ぶことが可能な凧で、室内用の玩具である。

ラジコンのようにコントローラーでコントロールすることも可能な凧である。

ゆったりと飛行する操縦できる凧。

なかなか面白そうな玩具である。

そして・・・

何よりも面白そうだと思うのが・・・

現在、この凧を開発している企業は有人飛行できる凧を開発しているらしい。

これができれば面白い。

安全性や規制などの観点から、なかなか街中での飛行は難しいかもしれないが・・・

高度2〜3mの高さを有人でゆったりと飛ぶ凧。

なかなか優雅で面白そうではないか?

このバイオプレーンという操作可能な凧は玩具として近いうちに発売されるらしい。

久し振りに欲しい物というのができた。

是非、バイオプレーンで遊んでみたいものである。


やまもも日記

不規則な生活がたたり・・・・
私は9時間睡眠と言う、非常に多すぎる睡眠時間を取った。

そのため・・・

本日は航海にでるつもりはないと友人に宣言した。

しかし・・・・

私は気付くと今日も大海原を航海していた。

おかしい・・・
本日は私の愛船スリーピー号はドックに入っているはずだったが・・・・

今日も、絶好の航海日和である。

私の握る舵も軽い。

左へ右へと軽快に舵を切る姿は・・・・

まるでメトロノーム(音楽の振り子?)のようだ。

私の操舵を遮るものは何もない。

そして・・・・・

本日もボウズ気配が漂ってきた。

常連の老人は毎回きてくれるが・・・・

流石にずっと毎回と言うわけにはいかないだろう。

どこかでお休みが入る可能性は否定できない。

それが・・・
今日かもしれないのだ。

もし、そうだとしたら・・・・・

今日はボウズの可能性がある。

久し振りのボウズ・・・か?

しかし・・・・・

例の老人はその約束を違えるようなことはしなかった。
特に約束したわけではないが・・・・

皆勤賞を続けてくれたのである。

常連のありがたさをこの老人は教えてくれる。

こういった常連が増えれば・・・・

やまももが大盛況になる日も遠い日のことではなくなるだろう。

3ヶ月で常連を一人捕まえた。

これを繰り返せば・・・・
1年で4人は常連を捕まえられる。

常連が増えれば、きっと加速度的に客は増えるだろう。

なんとか、やまももに光を・・・・

やまもも総営業時間268時間
やまもも売上げ66700円+1700=68400円

時間あたりの販売価格約250円



9月9日


医療過疎

が問題視されている。
そう、人口が少ない地方では、高額な授業料を支払って医師になった者がそこで開業することがなく、医師が不足している。

いくら医は仁術と言えども、やはり人口が少ないという需要が少ないところには行きにくいのだろう。

そして、最近話題になっている郵政民営化においても、人口の少ない地域の郵便局の存続が問われている。

が実際、過疎化の問題は難しい。

本来の資本主義という観点で見れば・・・

地価が安い地は不便で当たり前だという気がする。

一方で、国家的に見ると、過疎化が進み、人口が減少すると国土の縮小と言う事態になりかねない。

私は、少子高齢化と国政の地方の独立的といった改革を見るに、ますます一都集中が進むと思っている。

その根拠は、地方にお金が落ちるシステムがなくなるため、雇用を求める人間がより東京にでてくるようになり、そこにまた需要が生まれるためであると考えている。

そして高齢化はますます消費を減退させる。

年齢を重ねるにつれ、物欲がなくなってくる気がする。

私自身、体験欲は旺盛だが、物欲はほとんどない。

私が経済力を求めるのは物がほしいからではなく、様々な体験がしたいからである。

体験をするためには・・・

時間とそれなりの金銭が必要だ。

そんなことを考えながら、医療過疎や郵便局の減少といった物は、資本主義という観点に立ってみるかぎり、必然のことのように思えるのだが・・・

どうあるべき姿が最善なのだろうか・・・?

N企画
ミキサー買ってオリジナルジュースを作る。



9月8日

マニュアルの存在による思考の欠如

私が好きなコラムを書いている人物のコラムが打ち切りになるらしい。
そこで、最後に書いていたコラムが興味深かった。

最近の若い人間にはいい子が多いという話である。

いい子とは人の言うことを忠実に聞く、従順である、教わったことを死守すると言うことを指す。

しかし、それは裏を返せば、自分で考えない、所詮他人事、意地でも非を認めないことだと主張されていた。

そして、私自身にも思い当たるフシがあった。

我々は規則を守りすぎていないだろうか?

もちろん、規則は守られるために存在するのだが、TPOによっては守られなくてもいい時が存在するのではないか?

しかし、我々はそのいい子たらんとして、後で責任を追及されることを避けるためにその場で意味がないと思えるような規則をも守ることがある。

そこに、その規則ができた背景を思考し、その背景にそった応用を利かせた思考をすることが少ない。

このコラムの事例でも載っていたのだが・・・


その話と言うのが、料亭に少人数で行ったときの話だそうである。
店員に個室を頼むと、2名はカウンターでお願いしますと告げられたそうだ。

確かに繁忙期であれば、経営効率を考えるに、少人数はカウンターに着席してもらうだろうが、この料亭には他に客が1名しかいなく、座敷が4つ空いていたそうである。

そして、閉店まで残り数時間。

この条件で、これから先、急にその座敷が埋まることなどありえるだろうか?

しかし、繁忙期の規則に従って、この従業員は客の申し出を断った。

まったく思考をしていないのではないか?

何故、経営者は少人数はカウンターでといったのだろうか?

それは少人数で場所を占拠して、大人数で来る客がもし座れなかったら、無駄足を運ぶお客さんに申し訳ないというお客さんに対する配慮だ。

しかし、この店舗が閑散している場合、配慮すべき対象はまだ見ぬこれから来るとはいえない大人数のお客さんなのだろうか?

どう考えても、配慮すべき対象はこの目の前にいるお客さんなのではないだろうか?

確かに決まりでは少人数はカウンターかもしれないが、もしこの状況下で、その規則を破ったとしても・・・・

経営者はこの従業員を叱責したであろうか?

そうはならないに違いない。

しかし・・・・

保身を図ることだけに我々は腐心するようになっている気がする。
保身を図るのであれば、正当性さえあればそれでいい。

しかし、サービスの本質は違うのではないだろうか?

規則だからと言う台詞・・・

これを使用してはいけないのではないか。

例え、規則でできないことがあっても代案を提案するくらいでなければ思考をする従業員とは言えない。

いい子であろうとする気持ちが、TPOを省みない、思考をしない人間を作り上げているのではないだろうか。

なかなか含蓄のある話しだと考えさせられた。

N企画
マニュアルを破るべき時は顧客のためになるときのみを標榜する。



9月7日

連続性と展開

私が日経ビジネスを購読し始めてから・・・・
約1年半。

過去の記事で興味があったことには記憶が残っている。

丁度2004年の2月頃・・・・

マンション価格大崩壊という記事が掲載されていた。

買い手がつかないのに、次々と建設される高層マンション。
2005年にはマンション価格は大暴落するだろうとの予測だった。

しかし・・・・

現実にはREIT(不動産投資ファンド)の台頭で、今飛ぶようにマンションが売れているらしい。

しかし・・・・
考えてもみてほしい。

日本の人口は今、増加基調ではなく、減少している。

それに少子高齢化で労働者人口が減っていくというのに・・・・

マンションの借り手は見つかるだろうか?

私は以前、裁判所に競売物件を見に行っていたころは、取得原価が安く、場所が良ければと思っていたが・・・・

残念なことに、皆考えることは同じである。

どうも、世界的に金余りの状態にあるようだ。

安全で利益の出る投資先を探して、一度見つければ、そこに食いつく。

そう考えると、日本における不動産投資はもう美味しくない。

私もサラリーマン大家さんに関する書籍をかなり読んだが・・・・

もう、通じなくなるのも近いだろう。

不動産ファンドが大量にマンションを取得していると言うことは・・・・
当然、供給過多で空室リスクを恐れる個人投資家たちが、賃料の値下げを始めるだろう。

結果的に、需要よりも供給の方が多い、マンションはいずれ採算が合わなくなるに違いない。

自宅を手にした人も、マンションでは値崩れが起きて、折角の高額な買い物も、その価値の保全にはいたらない。

自宅を手にするなら、絶対一軒家にすべきであろう。

しかし・・・
この傾向を考えるに、持ち家と借家どちらが得かという答えの正解が出そうである。

当然,供給過多になるのであれば、賃料の下落が起きて、借家の方が得になる。

貸主よりも借主が上位になりつつある。

いずれにせよ、私には日本における投資が限界に来ている感が否めない。

これから先は人口が多く、発展性のあるBRICSに投資をするのが正しい選択であろう。

N企画
インドIT株の投資ファンドを探す



9月6日

皿の上には焦げたパン

私は本日、起床するとデニ○ズでいつものビジネス誌を読むことにした。
モーニングは比較的どこのファミリーレストランでも、リーズナブルでボリュームがある。

私は朝食を待ちながら・・・・

記事に目を通した。

そして・・・・

お待たせいたしましたと店員が持ってきた私の注文した品は・・・・

真っ黒に焦げていた。

・・・・・


店員はそそくさに去っていった。
齧ったそのパンは・・・・

とても苦かった。



一つ、思い出したことがある。

それは前職時代に唯一に近い尊敬できた課長の話だ。

その課長は現場で仕事をしていたため・・・・

非常に多忙だった。

労働時間が朝8時から〜翌朝5時。

普通の人間だったら死んでいる。


この人は営業が取ってきた仕事を現場で実行する役割を担っている。
かなり、無茶な話が日常茶飯事で、この課長はよくこなしていたと尊敬できた。

その課長が言っていた台詞が私の記憶に深く残っている。

営業の話は当然、顧客の都合なので、無理難題ばかりである。

その無理難題ぶりに怒りが収まらないのが現場の人だ。

その我慢ならない話をどう聞くか・・・

その答えは・・・・
相手を自分の家族だったらと思うように心がけること。

自分の家族が外で無理難題を押し付けられて、困っているのであれば・・・
我々はそれを我関せずで見ていられるだろうか?

相手を自分の家族だと、考えれば・・・
なんとかしたいと思うのが人情であるし、できるだけ協力もするようになる。

他のサービス業にも同様なことが言えるのではないだろうか?

もし・・・

このデニ○ズで、私が作り手の家族だったとしたら・・・・
こんな焦げたパンを家族の前に出すだろうか?

私は苦い焦げたパンを眺めながら・・・・

顧客を家族だと思うように心がけることによる結果を考え始めた。

自分にかかわりにある人間すべてを家族だと思えるようになれば・・・
その人物の未来は明るいものになると言えるだろう。

N企画
コト○ーにはまる。



9月5日

理解不能

であることには手を出してはいけない。
それは私が信奉するウォーレンバ○ェット氏の言葉である。

先週から再三言っていたことだが、ペトロチャイナが新規株を発行するのに、株価が上昇する理由が私にはわからなかった。

なぜなら、新規発行株は6香港ドルで発行される。

そして、現在の株価は6.45香港ドル。

明らかに・・・・
0.45香港ドル下がるのが筋と考えるべきである。

なのに・・・
何故株価が上昇するのだ?

私は配当金狙いであると判断して、配当金を受け取るよりも、その前に売ってから買い戻した方が得であるという判断から、ペトロチャイナ株を手放した。

結局、200万円で購入したその株は260万円で売れた。

明日の時点で終日保有していれば・・・

配当金を手にすることができる。

その後、新規株式発行に伴ない、株価が下落するであろうと言うのが私のヨミだ。

新規株発行は私の中で許せない事柄であったが・・・

逆に言えば、そうやって公の機関の占有率を下げているのである。

よしとできるのかもしれない。

私が今年の3月に購入したペトロチャイナ株は28000株。

そして、この企業は今後も有望であると私は考えている。

さらに外貨としての元の価値はこれからも高まるだろう。

だから・・・・
なんとか保有株式数を少しでもいいから積み増したい。

そう考えている。

3月の中間配当のときも思ったが・・・

配当後しばらくすると株価がよく落ち込むことが多い。

その落ち込んだ間隙をぬって、少しでもペトロチャイナ株を買い増しできたらと頓に思う。

40000株くらいにできないかなあ・・・

毎日、ペトロチャイナの株価に注目したい。


N企画
ダーツバーの女性の一人客に声を掛ける。
↑こないだ他人の成功パターンをみているので、Just DO IT!!



9月4日

代替エネルギーが叫ばれる中で

さて、最近石油の代替エネルギーの話をよく聞く事が多い。
実際に車もバイオマス(植物燃料)やハイブリットカーの話が良く出る。

私は石油株であるペトロチャイナを買っているため・・・

石油に関することに興味は尽きない。

私の皮算用が正しければ、海底油田を開発するのはコストが高く、結局原油価格は高騰して、石油の採掘権を持っている企業はかなり競争力のある企業になると思っている。

一方で、2020年には自動車の20%がバイオマス燃料を使用することになるとされている。

だが、私は動じていない。

その理由は何か?

それは日本の石油の使途にある。

諸外国と違い、日本は発電を石油による火力発電が占める割合は小さい。

一番、大きな比重を占めるのが自動車のガソリンだ。

しかし、このガソリンの割合、日本でどのくらいかご存知だろうか?

約30%である。

発電をいれても約45%

残りの55%のはナフサといった石油素材や家庭で灯油などとして使われている。

そう考えると、代替エネルギーができたからといってすぐに石油が不必要になるとはいえない。

私はまだナフサの代替素材を聞いたことがない。

もし、あるのであれば、石油も将来的には不要になるのかもしれないが、そうではないかぎり石油はずっと必要とされる。

いや、考え方によっては価格によりプラスチック自体が不要とされる時が来るのかもしれないが、有限のものというのは基本的に希少性が増すに連れ、価格は上がるものである。

それに・・・

いくら先進国が原油が不要になったとしても途上の国がそれを必要とするだろう。

さらに・・・・
チェルノブ○リの原発事故以来、原子力発電は縮小の方向を辿っている。

しかし、使用される電力は年々増加している。

経済力を持つ人間が増えるにつれ・・・・

消費される電力が増加するのは必然だ。

原発を作らなくては電力を賄いきれないのに、原発を作らない。
結果的には火力発電所を増加するか、水力、風力、ソーラーパネルといった発電をしなければならないのだろうが・・・・

現状ではこれらの費用対効果は非常に悪い。

ご存知の方もいると思うが、自宅にソーラーパネルを設置すると電気代がかなり安くなり、長い目でみれば、丸儲けだと営業の人間が言うが・・・

ソーラーパネルの寿命が20年程度であり、最終的には元が取れないのだ。

前提として永遠に使えるはずのものが20年しかもたなかったら、費用対効果は当然悪い。

そのため、費用対効果の観点で火力発電を抜け出せない国というのは多数ある。

そう考えると、石油の価格というのはかなりの間安泰だと思うのだが・・・

どうなのだろうか・・・

私はペトロチャイナに期待するより他に手がない。


やまもも日記

ここのところ、少し無理がたたっていた。
私は準備を整えると・・・

すぐに航海の旅に出かけたのだ。

先日はたまたま来客があったが、本日はどうせそうはこないだろう。

そう思いながら、航海へ。

肉体はかなり睡眠を欲していた。

私は午前8時に航海に出た。

そして、目が覚めた時・・・・

15時を回っていた。

なんだ、今日はボウズか・・・・

そう思い、再び出港の準備を整えた時・・・・

勢いよく、やまももの扉が開いた。

わざわざ2週に一度は来てくれる常連の友人の訪問である。

今日は、どうも仕事関係の資格の試験があったのにもかかわらず、予定がその後も立てこんでいるにも関わらず、訪問してくれたようだ。

その気持ちに感謝したい。


2次試験の調子が良くなかったようだが、残念なことにその責任の一端を私が担っていることは否定できない。

彼は奇病の持ち主であり、週に一度、治療を要する。

彼の病は「矢を投げたくなる病」で私は彼の病の治癒に付き添うことが多い。

しかし、二日前・・・・

治療を不要だと主張していた彼を「いいや必要だ」と無理に治療に付き合わせたのだ。

そのおかげで、彼の勉強時間を6時間は私が削ったと言えるだろう。

そして、今日はこないかもしれないと思っていた老人が今日も顔を出してくれた。

この方々には感謝の念が尽きない。
本当にありがとう。

よって・・・・

やまもも総営業時間260時間
やまもも売上げ64200円+2500=66700円

時間あたりの販売価格約250円



9月3日

It is Nsupo in English.

I will occasionally change the idea, and send Nsupo in English.

The reason is two.

One is to seem to look intellectual me.

The reason for another is that there are not some materials of the talk.

To tell the truth, the translation site named Exscite was taught for me today.

However, the site can only translate literally.

Therefore, even if the full text is put as it is, the meaning is not understood.

Then, a little reasoning and the perseverance to translate are needed.

How much Nsupo reader translates this into Japanese is not understood.

However, please challenge because it is a good chance.

Please retrieve it by the following in the index site if it seems if it is
impossible.

エキサイト翻訳。

How?
Were you found?

I was going to introduce this because it had thought it was useful.

Please use it if it is good.


やまもも日記

前日からほとんど睡眠の取れなかった私は・・・
今日も大海原を自由自在に航海する。

もはや神懸り的といっても過言ではないその操舵は他の追従を許さない。

今日も私の航海を妨げるものはいない。

いるとすれば、それは来客だけだが・・・・

望む妨害者は今日も15時過ぎまでどうせ誰もこないだろう。

私の愛船スリーピー号は、今日もそれこそモーゼのように海を小さく割る。

ところが・・・

そんな私の快適な航海は突然の中止を迫られた。

そう、来客である。

スリーピー号の同乗者達も次々と起こされる。

やまももに久し振りのフリーの来客がきたのだ。

最近、本当に少ない。

午前11時と言う、やまももにしてはかなり早い時間に来客が訪れた。

彼はどうも前日から飲んでそのまま馬券を買いに来たらしい。

暑さに耐えかねて、このやまももの扉を開いたそうだ。

彼は、すでに馴染みの店を持っているようだったが、また来るとの言葉を残して去っていった。

そして、また13時から航海は始まった。

しかし・・・
14時半、思ったよりもはやく常連の老人が友人を連れてきてくれた。

そう、紹介客である。

なんだか、着々とやまももは固定客を増やしてきている気がする。

本当に席が埋まる日も遠い未来の事ではないように感じ始めた。

今日はおかげで、ボウズを避けることができた。
友人夫妻と常連の老人に感謝をしたい。

本当にありがとう。

やまもも総営業時間252時間
やまもも売上げ59600円+4600=64200円

時間あたりの販売価格約250円

↑徐々に単価が上がってきています。



9月2日

脅威的な将来性

を感じると言えば・・・
やはりBRICSであるが・・・

中でもインドが驚異的だ。

常日頃、思うことなのだが・・・・

やはり何度考えても、価値という概念や消費、需要といった物は人口が作り出すものである。

国力が上がってくるのはやはり若い人口が多数いる国ではないだろうか?

考えてみれば、日本も戦後団塊の世代が生まれるベビーブームとその世代の成長と一緒に経済力も身についてきた。

そう考えると、人口の多い国、特に若年の人口が多い国というのは将来の成長性が期待できる気がする。

そんな中、私の目に留まった事実がある。

それは・・・

世界第2位の人口を誇るインドの人口のうち・・・

54%が24歳以下という事実である。

これは驚異的なことではないだろうか。

少なくとも、私が生きているうちはインドが高齢化社会に悩まされることはないだろう。

一方日本は現状を省みるに・・・

経済的視点で見れば、成長の余地は少ないものと思わされる。

しかし、現在の国際的な視点ではまだ日本の通貨は強い通貨である。

この状況を考えるに、なんとか自分の資産を増やすためにはどのタイミングかで、将来強くなるであろう通貨を仕入れるべきだと思える。

中国の人民元はすでに強くなり始めた。

今後はルピーが強くなることも十分に考えられる。

国民の半数以上が25歳以下というのは本当にすごい。

すでにITの分野においてはインドの技術は世界の最先端をいっている。
もう、牛が道路を横切る国というイメージはインドには似合わない。

中国株が販売された時・・・

リスクを取ることを嫌った人々は、その大きな果実を取り逃したが・・・

インド株の時も同じことが起き得るのではないか?

日本の個人投資家にインド株が販売されるようになったとき・・・

私は真っ先にリスクを取りたいと思う。

インフラが整備されれば・・・・

次は間違いなくインドに経済的恩恵が与えられるだろう。

N企画
やまももで深夜に語る会を実施



9月1日

健康食品番組

に疑問を感じる。

もともと、私はマスコミの視聴者にこう思わせたいと考えて作るTV番組を見る気になれない。

映像と音声と言う人間の5感に強く訴えかけてくるものだから、思考が操られるという感と番組を作る人間の知識が必ずしも正しいものではない以上、なかなか真に受けることができない。

最近、特に思うのが・・・

某奥様向け番組、みの○んた系の番組だ。

昔、スーパーで働いていた方に聞いたことがあるが・・・

あの番組で健康に良いとされる食品が取り上げられると、その商品の売れ行きがかなり良くなるそうである。

にしても、昨今のこういった健康食紹介は視聴者を馬鹿にしているような感が否めない。

というのも・・・
数ヶ月に渡ってこういった番組を録画してみれば分るが・・・

テレビの作り手は基本的に視聴者が間近のことだけを重視し、古いことなど覚えていないことを前提に番組を作っているのだ。

つまり、視聴者に対してどうせ覚えてやしないという意識で番組を作っている。

その根拠は・・・

例えば、その番組で朝食は軽く取った方が良いとされた次の日、朝食は取らない方が良いと紹介し・・・

数ヶ月経つとしっかり取った方が良いと紹介するのだ。

矛盾に満ちているが、不思議と抗議が起きない。
同じ番組なのに・・・

その理由は視聴者が実際に覚えていないからなのだ。

矛盾があったとしても、近日中に放送された視聴覚に訴えかけるTV番組の影響力が強すぎて、過去の事など誰も気にしない。

ということは、穿った見方で見れば・・・・

番組の作り手は、そろそろ忘れた頃だろうと思うときに・・・・
相反する情報を交互に交えて、ローテーションを組んで、何をどのように紹介すると決めているかもしれない。

それに・・・

健康食に関しては誇張も多い。

例えば、シナモンを取ると糖尿病患者の血糖値が下がると紹介されたことがある。

しかし・・・
これは40日間に1〜6gのシナモンカプセルを摂取するとと言う話しだ。

だが、市販されているシナモンは一瓶15g程度。

一振り50mgくらいでるらしいが・・・

20振りしないと1gにも行かない。

これを毎日摂取するなんて、不可能じゃないか?

3人家族で考えれば・・・
最長5日、最短1日でシナモンの瓶を空にしなければならなくなる。

少しも現実的な数字じゃない。

私の母もよくTVで健康に良いとやっていたからと言って、食べる気になかなかなれないものをしこたま買い込んでくるが・・・

もしかしたら、その食品を作っているスポンサーの食品会社の戦略かもしれない。

作り手の意図に踊らされないようにしたいと常に思う。

N企画
Nクイズ 難易度★★★★★

N島の前職では・・・他の社員は一体何を目指して働いていたのか答えよ。

ヒント:なったら死ななくなるのではないでしょうか・・・