屈辱プレイ


                          2003年

午後11時30分。その日の業務を終えたN島は最終電車に揺られていた。

平日とは言え、この時間の電車は混雑している。

ドアに背を預けながら、ぼんやりとN島は車内を眺めていた。

なんとはなく、乗客を観察する。

N島の目の前には、若いカップルが談笑していた。幸せそうである。

その左隣には身重の妊婦とその配偶者が支えあうようにして立っている。

さらには、N島と同年代であろうか。
若い会社員が妊婦の後ろで雑誌をめくっていた。

その隣には中年のOLが一日の労働に疲れた顔をして立っていた。

どのような人がいるか、確認しては隣を見る。
それを繰り返していた。


そのようにして何気なく視線を流していると、N島の目に一際目立つ存在が飛び込んできた。

その男は妊婦の左隣に立っていた。
いや、正確には吊革にぶら下がっていた。

かなり、アルコールを摂取しているようだ。
足元がおぼつかず、吊革に突っ込んだ手を引っ掛けて倒れないようにしている。

男の身体は吊革を支点として大きな円を描くように動いていた。
電車が揺れる度に右回転、左回転と彼の動きは止まらない。

そのため、彼に体当たりをされることを嫌った乗客たちは彼との距離を置いていた。
右に2回、左に3回・・・・

気が付くとN島は男の回転を数えていた。

金庫みたいだな・・・
思いながら、眺める。

その時、電車が急激な減速をした。

そのため、男の吊革に引っかかっていた腕が外れた。

虎が解き放たれたのだ・・・


支えを無くした男は妊婦と反対側の男性へと倒れかかっていった。

回転運動で研ぎ覚まされた男の尻は分厚い辞書のような本を読んでいる男性の脇腹へと抉りこむ。


奇襲を受けたその男性も、吊革から手を離し、左隣の人にぶつかる。

持っていた本は落としてしまい、目の前に眠りながら座っている若いOLの頭に命中!!
痛そうだ・・・

今まで人にぶたれたことのなさそうな可愛らしい顔をしている。
頭を手で抑えながらも、その目には涙が浮かんでいた。
痛いんだろうな・・・

さらに、その男性がぶつかった乗客もドミノのように左隣へと次々とぶつかっていく。
最後の人が壁に頭をぶつけたところで、ドミノは終わった。

本を読んでいた男性は平身低頭で謝っている。
理不尽すぎて可哀想だな。

それにしても・・・・






いきなり大惨事だよ。


当の本人は支えを探して、泳げない人のように宙をかきわけてもがいていた。


その時、またしても急に電車が加速した。
もがいていた男性はその凶器(尻)を妊婦へと向けた。

「死ねや〜!」
勝手に台詞を作る。

男の非情な尻は、妊婦の大きく膨らませた腹にも容赦はなかった。
彼の尻が妊婦の腹に突き刺さる。

倒れこむ妊婦・・・
支える夫



愛だ・・・・N島は思った。


男は返す刀で雑誌を読んでいる若い会社員をも捕らえた。
血に飢えた獣と化した彼の尻は迷うことなく会社員の背後を襲った。

それにしても・・・・





老若男女を問わないよ。
無差別だよ。
アルカイダだよ。


テロリストの無差別攻撃は止まない。

ふらふらとしながら、男はN島の目の前のカップルの近くまでやってきた。
支えを探す男。

手は宙を舞う。
そして、求める支えを男の手は掴んだ・・・


それは・・・







カップルの女性のスカートだった。

倒れまいとしてスカートを引っ張る男。
脱がされまいとして、スカートを引っ張り上げる女性。


おいおいおいおいおいおい。
そんな楽しいこと不謹慎なことをしたら捕まるよ。

呆然とする彼氏。
助けてと目で訴える彼女。




愛だ・・・・N島は思った。


熱い攻防が続いた後、男はようやく吊革を掴まえた。
そして、N島から遠ざかっていく男。

事件は終わった。
N島は彼の尻の餌食にならず済みそうだった。

ほっと安心をし、男から視線を逸らした。
あと5分もすれば下車駅だ。
真っ暗な外を眺める。




その刹那、
N島の全身に衝撃が走った。



何事だ・・・?





見ると、先ほどの男がいつのまにか目の前にいた。

そして、ドアに寄りかかっていたN島は・・・・






男に座られた。


・・・・・




俺は椅子か・・・?




椅子なのかっ?





椅子プレイかっ?

酒の回った男はN島を椅子と間違え、座った。
背もたれに手を乗せるようにN島の首に腕を回す男。



「うっううっ」

屈辱だ。
酔っ払いに椅子扱いされるとは・・・



椅子プレイされながらN島は泣いた・・・



負けると言うことはこういうことだ。

勝ち組みにならなきゃな・・・
そこでこう決意した。


考えているだけではこの屈辱的な現状は変わらない。
下車まで5分。

どうする?

1、戦う
2、逃げる
3、防御
4、呪文
5、道具



N島は
4、呪文を唱えた。
「ちょ、ちょっとすいません・・・」


しかし、男には効かなかった。


どうする?



6、耐える。
他の選択肢はN島の社会生命を奪う危険性があったので、N島は耐えることを選択した。

戦うと傷害罪、逃げると男が頭を打って怪我をする可能性があう。
道具で殴ったらまずい。
防御して押しのけても、つんのめって転ぶ可能性がある。


N島は耐えた。
そして、思った。



これも・・・




愛だ・・・・と。


駅への到着を知らせるアナウンスが流れてきた。
間もなくN島もプレイから開放される。

今度は俺が座ってやる・・・
男の耳元にそう囁き、N島は電車を降りた。