みなみちゃんの海  (第4回海の子ども文学賞童話部門参加作品)
「じゃあ、またあしたね。」
「バイバーイ」
 なかよし三人組の二人とポストの角で別れてから、みなみちゃんはランドセルを大きくゆらしてためいきをつきました。(まっすぐに帰りたくないなあ。) 学校へ行くしたくを朝起きてからやっているのをママにしかられて、ちょっと言い合いになったまま、家を出てきてしまったからです。もうすぐ赤ちゃんが 生まれるのだから自分のことは自分でやりなさい、とママは言うのだけれど、まだ見てもいない赤ちゃんのせいで、私はしかられてばかりだと、みなみちゃん はなんだか、さみしいような、かなしいような、へんな気持ちでした。
 しばらくポストによりかかっていましたが、むこうからハガキを持って走ってくる子を見つけて、みなみちゃんは、角を家とは反対の方に曲がって 歩き出しました。右側に白いフェンスが続いて、とぎれたところには
 [五丁目公園]
というかんばんが立っています。(ああ、なつかしい)と、みなみちゃんはガサガサの木のベンチにこしかけました。学校にあがるまえ、スーパーの ビニール袋にシャベルやバケツや人形をつめこんで、よくあそびに来た公園です。今は小さな子はおひるねの時間なのでしょうか、がらんとからっぽで、すなばには ねこよけの青いシートがかぶさっています。みなみちゃんはランドセルをベンチにおろすと、そっとブランコにのってみました。おしりがはさまってしまうほど せまいいたにすわって、みっつかよっつこいで、こんどは手をのばすとてっぺんにとどいてしまいそうなすべりだいへいってみました。だれかが上から ながしたのか、すながところどころにのこっています。トンとたたくと、さらさらと音をたててあしもとにおちました。そのすなをてのひらにあつめて すなばのシートを片手ではぐと、赤いシャベルがひとつささっていました。(私もよくわすれて帰ったっけ。)シャベルをぬいて、そのあなをうめようとすると、 すなはカサリとくずれて小指のつめくらいのうすい貝がらがあらわれました。(貝か。海にいるみたい。)すべりだいから、またすながさらさらとすべりおち、耳の よこを強い風がふいていきます。しゃがみこんでいたみなみちゃんが、よいしょと立ちあがると、見えるはずのすなばのふちがいつのまにかきえて、どこまでもつづくすなはまになっていました。

そう、みなみちゃんは、ひろいすなはまにたっていました。手には赤いシャベルをにぎっています。耳をおおうように強い風がふき、そのむこうに、すなの音、波の音が重なっています。
「おーい」
よんでみましたが、だれのへんじもありません。それどころか、自分にも自分の声がとどかないほどの風で、すべての音はすなにすいこまれていくようでした。みなみちゃんは、 ためしに、海のでてくる歌を思い出せるだけはじから大声で歌ってみました。どこまでもつづいているかのようなすなの中を、思いつくまま右に左に歩きながらいくつもいくつもの 歌を歌いました。いよいよ知っている歌を歌い終えてしまったので、こんどはでたらめに歌を作って歌いはじめました。
  海のにおいはするけれど
  どこまでいってもすなばかり
  波の音はするけれど
  どこまでほってもすなばかり
もうつかれてしまって、すわりこもうとしたとき、むこうのほうから黒いひとかげがあらわれました。みなみちゃんのでたらめな歌と同じリズムで歌いながら近づいてきます。
  りくのにおいはするけれど
  どこまでいっても波ばかり
  風の音はするけれど
  どこまでゆれても波ばかり
やがてその声がはっきりと聞こえるほど近くにきたのは、ちっちゃな男の子でした。
「こんにちは」
「こんにちは」
そして、ほとんど同時に
「ここでなにしてるの?」
と聞いて、ふたりはわらいだしました。だれもいなくてこころぼそかったのが、やっと人に会えてうれしくてたまらなかったのです。男の子は、みずいろのオーバーオールをきていました。 男の子のかおもふくも、どこかで見たことがあるようでいて、みなみちゃんには、どうしても思い出すことができませんでした。
「おねえちゃん、なにをしにきたの?」
「君は?」
「ぼくは、ここにいて、これからいくところなの。」
「どこへ?」
「わかんない。」
「なまえは?」
「わかんない。」
「ママはどこにいるの?」
「わかんない。」
わからないことばかりで、へんなの!と思いかけて、自分もへんなことだらけでここにいるんだから、あいこだなと、みなみちゃんは思いました。 いずれにせよ、ひとりぼっちより、ふたりのほうがいいにきまっています。自分のことをぼくと言っているから、ボクとよんであげよう。話しかけるのには なまえがあったほうがべんりだから。
 ボクがみなみちゃんの手をみつめながら、ききました。
「左手ににぎっているのは何?」
「えっ?」
 みなみちゃんがそっと手をひろげると、さっきすなばでみつけた小さな白いうすい貝がらでした。
「その貝、知ってるよ」
「ホント?」
「このへんをほると、たくさんあるんだ。」
みなみちゃんがためしに右手のシャベルで足もとをほってみると、ほんとうにいくつも貝がらがでてきました。
「もっと、どんどんほってみようよ。」
ボクとみなみちゃんはしゃがみこんで、ふたりで、でたらめ歌を歌いながらほりつづけていきました。すると、穴のそこから水がしみ出てきました。 さいしょは、すなの色がかわるほどだったのが、すながやわらかくなってきて、手がつかるほど、手首がうまるほど、そしてひざまで水がくるころには 、あなの大きさは、おふろくらいになっていました。みなみちゃんが水をなめてみると、なみだよりもちょっとだけしょっぱい水でした。(これって、やっぱり海の水だ!) と思ったとき、ボクが
「海はできたから、こんどはりくを作ろうね。高いお山作ろうよ。ぼくはこっちがわ。おねえちゃんはそっちがわだよ!」
おふろのような海のまわりに、今ほった、ぬれたすなで、りくを作りはじめました。それから山を作って、川を作って、ボクがすなのおだんごを海になげこんでいくつかのこじまを作って (海がはねて、ふたりの顔にどろがはりついたときには、もう、おおわらい!)うみべのできあがりです。
「さあて、おきにいってみよう。」
ても、どうやっていくのでしょう。みなみちゃんが入りきらないような作り物の小さな海なのに。シャベルを持ったまま、そろそろいたくなりはじめたひざこぞうをおさえて立ち上がると、はんたいに 体はすうっとちぢんでいくように感じました。そして、目のまえに波がうちよせていたのです。
「波とおいかけっこしてみようか。」
みなみちゃんは、ひく波をおいかけ、よせる波にあおずさりしてみせまいsた。くつがぬれたら海のかち。
「これって、なんだか、ブランコみたいだね。ながいことやってると目がまわるけど、クラクラって、おもしろいや。」
大きな波がよせてきて、おもわずボクがしりもちをついたところで、このあそびはおしまい。
「さっき、おきに行くって言ったけど、どうしたらいいの?」
「ふねで行くんだよ。ほらね。」
ボクが、ほりだした貝を波打ちぎわにおくと、貝はぐんぐんと大きくなって、ふたりがちょうど乗れる大きさになりました。
「さあ行こう。」
ふたりがもりこんだとたん、ふねはぐらりとゆれて、そのままずるずると海にむかって動きはじめました。
 りくが一本の線になって、波のむこうに見えなくなりました。かがみのようにたいらでキラキラした海のまんなかで、ふねはとまっているように感じましたが、ときどき、あらったままのハンカチのような こまかなしわがあらわれて、ふねのへりで音をたてました。
「ずいぶん遠くにきちゃったね。」
「だいじょうぶだよ、泳いで帰ればいいんだもの。おねえちゃん、泳げる?」
「もちろん!」
泳ぐのはとくいですが、学校のプールでは、おりかえしのときにいきがくるしくなってとい足をついてしまうので、本当はどのくらい泳げるのか、 みなみちゃんにもわかりませんでした。泳ぐって、どこまで?もう、りくは見えないのに、そんなにたくさん泳げるかしら?
「ボクは、泳ぐのはとくいなの?」
「うん、いくらでも泳げるよ。歩けるだけ歩いて、どのくらいいけるかは、やったことないからわからないけど、泳ぐのだったらどこまでだっていける!」
「すごく、自信があるのね。」
「だって、このあいだまで、おさかなだったんだもん。おねえちゃんだって、みんなだって、生まれる前はおさかなだったんだものね。」
みなみちゃんが、何のことか聞きかえそうとしたとき、ボクはもうふねのへさきから、えいっと海に飛びこんでいました。こんなところでひとりになってはたまらない、と、みなみちゃんもあわてておいかけました。 とびこんで、どんどんともぐっていっても、ちっともくるしくなりません。やあ、来たね、とボクがにっこりとして手をひいて先へとすすみます。 上をむくと、ふねのかげはもうどこにも見あたらず、おひさまのひかりがシャンデリアのようにきらめいているばかりでした。(ふねは、きっと貝にもどったにちがいない。貝も、おきに帰りたかったんだろう。) と思いながら、ボクにひいていかれるままに海のそこへとすすんでいきます。ぎんいろのすじのようにすぎていくほそい魚たち。赤や黄のはらをくねくねとさせてよこぎるむれ。ちょうちょのようにひらひらと水の流れに ゆれるくらげや、花のような海草。自分は、ほかの魚からは、どんなふうにみえているのかしら、ひょっとしたら、ほんとうに魚になってしまったのではないかと思いはじめました。
「ねえ、ボク、どこへむかっているの?」
「わかんない。おねえちゃんは、どこに行きたいの?」
みなみちゃんは、なんでここにいるのかを思い出しました。家にかえりたくないと、遠回りをしてこんなところにいるのです。でも、ここも、あの公園とおなじくらいなつかしい気がするのです。はじめてあったボクも、ずっとまえからしっている子の ように思えるのでした。このまま、いつまでもボクといられたらいいな、ひょっとして、今がゆめのなかならば、目がさめてもボクに会えないかしら。
「あっ、どうくつだ。行ってみようよ。」
「なんだか、あぶなそうじゃない?出口があるかどうかもわからないし。」
「でも、おもしろそう。ぼく、行ってみるよ。おねえちゃん、どうする?」
みなみちゃんは、ちょっとてれながら考えていたことを言ってみました。
「わたし、ボクといつまでもいっしょにいたいの。」
ボクはいままでで一番のえがおで、
「じゃ、やっぱりいっしょに行こうよ。」
と、どうくつに入っていきました。えがおに元気づけられて、みなみちゃんも後をおいかけました。おくはだんだんとせまくなっていきます。なんだか、すこしいきがくるしくなってきました。 ボク、もう、ひきかえそうよ、と足をひこうとしたとき、前のほうからほそいひかりが見えてきました。水のながれがきゅうに強くなって、ひかりのわがぐんぐんと大きくなってきました。 あっ、まぶしい!目をぎゅっととじていると、ボクの、
「わあっ、すごいな」
という声がしました。みなみちゃんが目をそっとあけると、あの白いすなはまがひろがっていたのです。
「ああ、びっくりした。」
「おもしろかったね。」
ふたりはまた、あのでたらめな歌を歌いました。

  海のにおいはするけれど
  どこまでいってもすなばかり
  波の音はするけれど
  どこまでほってもすなばかり

       りくのにおいはするけれど
       どこまでいっても波ばかり
       風の音はするけれど
       どこまでゆれても波ばかり

「こんなの見つけた。」
ボクがひろったのは、みどりいろにすきとおった小びんでした。中に小さくおりたたんだ紙が見えます。さかさにして何度もふると、ひとつのかどが口にひっかかりました。 ひとさしゆびをつっこんでひきぬくと、紙は、ほっとしたようにふわりとひろがりました。
[はやくかえっておいで]
と書いてあります。
「これ、おねえちゃんにだよ、きっと。」
「・・・・・・。」
「帰るのは、おねえちゃん。ぼくは、これから行くんだもん。」
「どこへ?」
「わかんないや。」
「でも、きっとまた、会えるような気がするの。」
「ぼくもそう思うよ。だって、どこかから流れてきたびんだって、ちゃんとおねえちゃんと、会えたもんね。」
あんまりかんたんにボクがそう言うので、みなみちゃんはなんだか泣き出したい気もちになりました。泣いちゃダメ、おねえちゃんだから。
「どうやって、帰ったらいいのかなぁ。」
「どうやって来たの?」
「風が耳をふさいだの。」
「じゃあ、また、風をきいてみたら?」
これでさようならなんだなと思うと、みなみちゃんは、なみだをとめることができませんでした。 ボクはあいかわらずのえがおで、
「おねがいがあるの。これあげるから、そのシャベルちょうだい。」
と言いました。手には、小さな貝がらがのっています。シャベルと貝がらをこうかんしてあげると、
「ぼく、このシャベル、だいすきなんだ。だって、ほらここに、おねえちゃんのなまえが書いてあるでしょ?また、このシャベルであそぼうね。」
わたしのなまえ?たしかめようとしたとき、風の音がしました。とおくからひきずるような音は、そばまで来ると大きなシートのように、みなみちゃんをつつんで・・・・・・

 みなみちゃんは、すなばにしりもちをつきました。青いねこよけシートが、ぱたぱたと音をたてています。たいせつなおもいでをつつむように、そっとすなばにシートをかけて、 みなみちゃんは、スカートのすなをはらって立ち上がりました。手の中には、小さな貝がらがのこっています。ポケットからしわになったハンカチをとりだすと、みなみちゃんは ていねいに貝をつつんで、もういちどポケットに入れました。あたりは、すこし暗くなり始めています。ベンチのランドセルをせおうとき、中がカタンと鳴りました。 見上げると、空のふちに向かって、オレンジになりかけの雲が波のようにしわをよせて流れています。ちょうど、波がよせているのはみなみちゃんのすんでいるマンション。どのまども、キラキラ光って見えます。
 公園をとびだして、いきをはずませながら、ポストに手をついて、みなみちゃんは、もういちどだけ、ふりむいてみました。そして、鼻歌を歌いながら、光るまどをめざして、こんどはゆっくりと歩いていきました。
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