君だけに


       「やっば。忘れてた…」
       ようやく『そのこと』を思い出したのは、
       収録を終え、メンバーと別れて家に着いてからのことだった。

        やたらスタッフの女の子たちを食事に誘っていた吾郎。
        気前よくクッキーやらキャンディーやらを配っていた慎吾に剛。
        妙にそわそわしていた木村。

        考えてみれば思い当たる節は山ほどあったというのに。
        いくら疲れていたからといって、自分の鈍感さに苦笑する。
        明日は―正確に言うなら日付けが変わっているからもう今日だが―『ホワイトデー』だった。

         やっぱりあげるべきなんだろうなぁ…

        バレンタインデーのことを思い返して中居は軽くため息をついた。
        今度は"忘れてた"というわけにはいかないだろう。
        かと言って、今の時間帯ではコンビニぐらいしか空いている店もない。
        しばらく考えて携帯を手にした。
        2コールの後、相手が電話に出る。
        「あ、慎吾?俺。中居。
        あのさぁ、ちょっと相談したいことあるんだけど…」
       
        *****
       
        翌朝。
        ぬかりなく約束していた木村はいそいそと中居宅へと向かっていた。

        ピンポーン

        習慣でチャイムを鳴らすもやはり出ない。
        合鍵を使って鍵を開けると、いつものようにまっすぐ寝室へと向かう。
        しかし、中居の姿はそこにはなかった。
        「あれ?中居〜?」
        他の部屋も一通り見てからもう一度寝室へと戻る。
        よく見るとベッドは綺麗に整っていて、明らかに昨晩そこで寝たような形跡はない。
        不安になった木村はポケットから携帯を取り出し短縮番号を押した。
  
        トゥルルルルルル…トゥルルルルルルル…トゥルルルルルル…
        長い呼び出し音に心配になった頃、
        『…はい』
        やっと相手が出る。
        「あっ、中居?今どこだよ」
        『どこって…あっごめん。もしかして、もう家来てんの?』
        「もしかしなくてもそうだけど…」
        『そっか、ごめん。すぐ帰るから待ってて』
        ガチャッ
        「おい、中居?!……マジかよ」
        空しく響く電子音に向かって思わずつぶやく。
        「マジでどこにいんだよ…」

        *****

        「ただいま〜」
        電話を切ってから小一時間。
        ようやく家に辿り着き、ご丁寧にも鍵が閉まっていたドアを開けてリビングへ入ると、
        背を向けた状態で木村がソファに座っていた。
        「ただいま」
        「…………」
        「木村?」
        「…………」
        「おい、木村ってば。聞いてんのか?」
        「…………」
        「なぁ、拗ねるなって」
        「……拗ねてない」
        「あっそ。そういう態度ならもうこれはやらない」
        「えっ?!」
        『これ』という言葉に反応して慌てたように木村が振り向いた。

        その姿がちょっと可愛くて思わず笑ってしまう。
        「ほら。ホワイトデーだからさ、一応用意してみた」
        そう言って木村の膝の上に小さな包みを放り投げる。
       
        木村は軽く目を見開くと、膝の上の包みを凝視しながら両手でそっと持ち上げた。
        全然期待してなかったといえば嘘になるかもしれないが、
        中居のことだからまた忘れてることだろうと思っていた。
        「あの…」
        「ん?」
        「開けてもいい?」
        「どうぞ」
        袋の口を縛っているシンプルな青いモールを外すと、
        中にははカップケーキが2つ。
        「うわ、これ中居が作ったの?」
        「まぁな。かなり時間かかったんだからな。心して食えよ?」
        「マジで?!やべ〜、本気で嬉しい」
        「はいはい。分かったから早く食べろって、ほら」
        感動する木村に苦笑しつつ中居は木村の隣に座ると、
        木村の手から包みを奪い、カップケーキから器用に紙製のカップを剥がし木村の口元へ持っていった。
        そのまま有無を言わせず木村の口の中に放り込む。
        「どう?うまい?」
        「…ん、うまい!」
        「じゃ、こっちは?」
        「ムゴッ…」
        口の中身が無くならないうちに次を放り込まれて木村が一瞬むせそうになる。
        「どう?どう?」
         「…うん、こっちもうまいよ」
        どうにか喋れるようになってそう言うと中居が不満そうな顔を木村に向けた。
        「…何?」
        「どっち?」
        「は?」
        「どっちがうまかった?」
        「どっちって言われても…」
        中居の求めている答えが分からず木村が言いよどむ。
        「それさ、実は一個は慎吾が作ったやつなんだよね」
        「はっ?!」
        「実は昨日、ってかほとんど今朝だけど慎吾の家行って教わってたんだ」
        「えっ…」
        「そしたら俺出来たやつぶちまけちゃってさぁ、1個しか残らなかったから1個慎吾の作ったやつ入れてきたんだよ」
        「でも、どっちって言われも…焼いたタネは一緒なんじゃないの、これ?」
        「あっ、分かった?」
        中居がそう言ってチラッと舌を出す。
        「だって味一緒だし。だから、どっちとか言われても…」
        「"分からない"とか言わないよな?」
        「えっ…」
        急に声色が変わった中居に木村は瞬時言葉を失う。
        「俺が作ったんだから分かるよな?」
        「……」
        「きむら」
        「ハイ」
        中居の無言の圧力に負けて木村は思わずうなずいた。
        「じゃ、どっち?」
        「え〜と…」
        「どっち?」
        「…たぶん先に食べた方、かな?」
        「"たぶん"?」
        「いえ、あの、絶対です」
        「先に食べた方?」
        「うん」
        「ふぁいなるあんさー?」
        「ファイナルアンサー…です」
        中居が無言で木村の目を見つめる。
        「えっと…」
        その視線に耐えられなくなって何か言おうと木村が口を開きかけた時―
        「せいか〜い!!」
        嬉しそうに中居が叫んだ。
        「でも、何で分かったの?」
        「まぁ、だてに中居見てきてないからね」
        「愛を感じた?」
        「感じた感じた」
        「マジで?」
        「マジマジ」
        「じゃ、成功だ」
        満足気に中居が笑った。
        "本当は見た目の歪さで分かった"なんてことは秘密にしておこう。
        そう考えながら木村は中居の頭を抱き寄せる。
        「ありがと」
        「どういたしまして」
        木村に髪を撫でられて中居が気持ちよさそうに目を閉じた。
        「きむら」
        「ん?」
        「ねみぃ…」
        お菓子作りで結局一睡も出来なかったこともあり、そのまま夢の世界を引き込まれそうになる。
        「いいよ、寝ても。」
        木村のその言葉に安心したように再び中居が目を閉じる。
        「お疲れさま」
        その額に小さなキスを落とすと木村もまた目を閉じた。


     

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遅ればせながらWhite Day記念小説です。
いつものことながら、最初考えてたのとは全く違うものが出来上がってしまいました。
本当は慎吾は出ない予定だったんですよ、実は(笑)
でもまぁ、少しでも2人の幸せな雰囲気が伝わっていればと思います。
(2003/3/16 HINATA)