CRAZY FOR YOU


           「終わった、終わった♪」
           収録が終わり足取りも軽く楽屋に入ると、
           電気はついているもののそこには誰の姿もなかった。
           「あれ?誰もいないのかよ」
           独りごちて歩を進めるとソファにある毛布の固まりに目が止まった。
           そこには新聞紙に包まったコリスが…いや違った、毛布に包まってる三十路の男がいた。
           最近では無精髭まで生やしていて、聞いた感じは完全にきちゃないオヤジである…
            はずなのだが、そいつはそれでもコリスと見紛う程に可愛く見えるというのが恐ろしい。
           いや、恐ろしいのはそう見えてしまう俺の目の方か。
           そう思いついて思わず苦笑した。
           つくづく俺も中居バカだよな。。


           「きむらぁ」
           タバコを吸おうと鞄をさぐっていると小さな声が聞こえてきた。
            「あれ?中居起きたんだ」
            ソファの方に目をやると、アーモンド形の綺麗な目が2つこっちを見つめている。
            「…チョコが食べたい」
            「はぁ?」
            あまりに唐突な言葉に一瞬理解が出来ず首をかしげる。
            「だからぁ、チョコレートが食べたい」
            「だから何で……あっ」
            そこまで言って、ふとあることを思い出した。
            明日、バレンタインデーじゃん。
            ってことは、これってもしかして俺に催促してんの?
            「ちょこれーとぉ…」
            と、中居が急に大人しくなった。
            「なかい?」
            不思議に思って覗き込むと、いっそう小さく丸まってすっかり顔まで毛布に埋もれている。
            また眠りの世界へ旅立ってしまったみたいだ。
            でも、中居がバレンタインを覚えてるなんてな。
            これは張り切るしかないだろ。
            「おつかれさま」
            まだ収録が残っているという中居のおでこに挨拶程度のキスを落とすと、
           俺は明日のための買い出しをしようと楽屋を後にした。
           
            翌朝。
            バレンタイン当日。
            偶然にもオフが重なり、元々約束していた時間ぴったりに中居の部屋に着いた。
            ピンポーン
            一応インターフォンを押すものの、予想通り返事はない。
            合鍵で開けて中へと入るとまっすぐに寝室へ向かう。
            「中居、起きて」
            軽く肩を揺すると、中居は焦点の合っていない目をぼんやりとこちらへ向けた。
            「…木村?あれ、今日約束してたんだっけか」
            おいおい、忘れてたのかよ。
            流石に軽くショックを受けたが、聖バレンティヌスに免じて今日は許してあげることにした。
            「忘れるなよ。約束したろ、10時に中居の部屋って」
            「ん〜、そう言われてみればそんな気もするかも。ごめんごめん」
            そこでやっと中居が起き上がって軽く伸びをした。
            今日は珍しく寝起きがいいようだ。
            この分ならいいバレンタインがおくれそうだ。
            なんてちょっと期待してみたり。
    
            「はい、これ。中居のリクエストにお答えして」
            手に持っていた小さな包みを中居に差し出す。
            「りくえすと?」
            寝ぼけてて覚えてないのか、中居は訝しげな声を出した。
            「いいから開けてみろって」
            「うん…」
            俺の手からシンプルに包装されたそれを受け取ると、中居は包みを開いた。
            「…何コレ?」
            中から出てきた箱を開けて中居が不審そうな顔をする。
            「何って見て分かんない?トリュフ」
            「それは見りゃ分かるけど、何で?」
            「何でって…今日、バレンタイン」
            「ばれんたいん?」
            なんだか会話の雲行きが怪しい。
            嫌な予感がする。
            「…あぁ、そういえば今日なんだ、バレンタイン」
            嫌な予感的中。
            中居はすっかりバレンタインの存在を忘れていたらしい。
            「そういえば、って…中居覚えてたんじゃなかったの?」
            まぁ、俺だって昨日思い出したぐらいだから人の事言えないけど。
            「なんで?すっかり忘れてたけど」
            「だって昨日…」
            「昨日?」
            いくら寝ぼけてたとはいえ、すっかり忘れていたらあんなこと言わないだろ。
            「楽屋で、中居がチョコトレート食べたいって…」
            「楽屋で?俺が?」
            「うん。ソファで半分寝てたけど」
            「…あぁ!」
            不意に中居が何かに思い当たったらしく声をあげる。
            「なんか思い出した?」
            「うん。俺、そん時ちょうどチョコ食べたかったんだよ」
            「え?じゃあバレンタインは…」
            「関係ないけど?」
            マジかよ。
            「じゃあなんでチョコなんて。中居甘いの嫌いじゃん」
            「あぁ、うん。でも、疲れてると食べたくなるんだよね、無償にチョコレートが」
            そうですか。
            あんだけ浮かれてトリュフ作ったのに。
            ちょっとだけ自分が可哀想になる。
            『バレンタイン』という理由がなくなれば中居はチョコレートを食べない確率が高い。
            「んじゃ、それは俺が…」引き取るよ
            仕方ないので、そう言いかけると、
            「でも嬉しいよ。手作りなんだろ?これ。ありがとな」
            予期してなかった感謝の言葉が中居の口から出てきて俺は思わず中居の顔を凝視する。
            「何?」
            「いや、中居甘いの嫌いだから受け取ってくれないのかと思ってた」
            「だから言ったろ?疲れたときに無償に食べたくなるって」
            ってことは、中居は疲れてるということになるわけで。
            「ここんとこ疲れが取れないんだよ、丁度良かった」
            やっぱり。
            確かに年末の忙しさに比べれば多少楽になったとはいえ、
           それでもドラマ撮りがある俺よりスケジュールが詰まっている。
            「ごめん」
            「ん?」
            何が?と中居が小首を傾げて俺の顔を覗きこむ。
            「いや、そんな疲れてる時の大事なオフに押しかけたりして」
            「何言ってんの?木村らしくもない」
            カカカ、と中居が乾いた声で笑う。
            「いや、だって…」
            「俺が好きで約束してんじゃんか」
            「でも…」
            「俺はさ、木村」
            中居が俺の言葉を遮って話しだす。
            「木村と会うことで疲れを癒してるんだよ」
            「え?」
            思いもかけない中居の言葉に驚く。
            「いくら休んでも眠っても取れなかった疲れがさ、
           こうやって木村の声聞いてるだけで吹っ飛んでいく気がするんだ」
            「中居?」
            「それにこれ」
            中居が俺の作ったトリュフの入った箱を軽く掲げてみせる。
            「ん?」
            「木村の手作りのチョコ」
            「うん」
            「なんか疲労回復の効果がありそうじゃん」
            そう言って中居がふんわりと笑う。
            違う。
            違うよ、中居。
            疲れを癒してもらってるのは俺の方だ。
            そう言おうとしたけど声にならなかった。
            「木村も一緒に食おうぜ、これ」
            中居がそう言ってソファに座る。
            「うわ、すげぇなこれ。うまそ〜」
            目を細めて箱の中に綺麗に並んだ粒を一つつまみ上げた。
            「ほら、木村。うまそじゃない?」
            中居の言葉に、呆けていた俺も思わず笑う。
            「うまそうじゃない?って俺が作ったんだけど」
            「あ、そっか」
            中居は嬉しそうに言うと右手の人差し指と親指でつまんでいたそれを口に放った。
            「おっ、うまい」
            「だろ?」
            「うん。甘すぎないし、俺好みの味」
            「当然だろ。お前の好みは知り尽くしてるぜ」
            「こわ〜いvvストーカーみたい!」
            中居がわざとらしく黄色い声をあげる。
            「うわ、ひっで〜な」
            俺も笑いながら返すと、中居の隣に並んで座ると横から手を出して一粒口にいれる。
            うん。我ながら上出来。
            「きむら、きむら」
            「ん?」
            「チョコのお返し〜」
            中居が俺のおでこにふざけてキスをしてきた。
            「ん?そんなんで済ます気?」
            「う〜ん…まだ1粒しか食ってないしな。こんなもんだろ」
            「じゃあ全部食べたらもっとくれんの?」
            「どうすっかなぁ。1粒木村が食っちゃったし」
            中居が意地悪く笑う。
            「え〜!」
            「まぁ、考えとくよ」
            さて、もう一眠りしますか。
            中居がそう言って立ち上がる。
            目の前にある中居の背中から黒い羽が生えている錯覚をおこしそうになった。
            「きむら、ほら行くぞ」
            「は?」
            中居の言葉の意図するところがつかめず、思わずまぬけな声が出てしまう。
            「一緒に昼寝しようぜ」
            そう言って中居は挑発するような笑みを浮かべた。
            まだまだ俺は、この天使の顔をした小悪魔に振り回されることになりそうだ。


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HAPPY VALENTINE!
ってことなんですが。。
あはは…もう、笑ってごまかすしかないです(苦笑)
今回は本当にギリギリに仕上げました。
なんか手直しするたびに2人が違う行動を取るので1人で混乱してました(^^;
最近思うんですが、うちの中居さんってやけに素直じゃないですか?(爆)
小悪魔になりきれないっていうか…
私としては天邪鬼な中居さんの方が好きだったりするんですが。。
どうやら、どうしても甘々なのが書きたくなる性分らしいです(笑)
ちなみに題名は、某ミュージカルから取りました。
いや、ちょっと電車の吊り革広告で見かけてね(適当/笑)
(2003/2/14 HINATA)