流出文書

 社会福祉公社・作戦二課が運用する義体は、これまでのところ実戦用として 使用されていない実験用途のものや任務中に喪失したものも含めて六体が確認 されており、また任務に就いている義体は一〇体ほどだとも言われている。  義体の運用状況は機密のヴェールに包まれていて明らかではないが、このほ ど義体を指揮/監督する「担当官」を養成するための教本の内容が一部外部に 流出し、実験体とは違う"試作体"とでも言うべき義体が作戦二課内で運用され ている事が判明した。
 以下は、その流出文書の全文である。

2.義体実用化までの歴史

2−3 試作体マリアンヌ

 最も初期に義体化された、言わば実用化第一号の義体がアンジェリカである 事は知られているが、それ以前に義体が存在しなかったかと言うと、そう言う わけではない。

 それまで義体技術は、手・足・さらには感覚器官や骨格など個々の「部品」 としての研究・開発は進められてきたが、これらを一つに統合し実際に人体に 適用した場合にどういう不都合が起こるかは、全く予測不可能であった。  また義体開発プロジェクトを推進する社会福祉公社では、義体実用化のあか つきにはこれを戦闘用として用いる事を(極秘裏に)考えていたが、そのために、

・出力や強度など、克服すべきハードルが山積している事
・高性能を求めれば当然膨大な追加予算を必要とする事
・万一戦闘用の義体がコントロールを失った場合、制圧には多大な犠牲が予想 される事

などを勘案し、試作第一号の能力は常人程度に留める事となった。  軍用機の試作一号機が武装やレーダーを搭載せず、まず純粋に飛行機として の空力的な試験を行うのと同様な堅実な開発法であり、また一方で多大な予算 をつぎ込んでいる手前、会計監査などの余計な横槍が入る前に、目に見える形 で"成果"を示しておくという政治的な理由もあったと思われる。

 こうして技術的にはGOサインの出た義体化ではあったが、実際に義体化が 行われる前に一つの問題が立ち上がった。第一に義体開発計画は基本的に極秘 の国家プロジェクトである事、第二にいったん義体化されたら当事者は人間に 戻る事は不可能であるが、一方で義体化するのはその特性上”生きている人間” でなければならない事である。
 更には、事が公になれば何人かの大臣の首が飛ぶ一大国家スキャンダルにも 発展しかねず、義体化される人間をどう選定するかが問題となったのである。

 さんざん議論が重ねられた末に選ばれた、栄えある義体候補第一号は、刑務 所で服役中の一六歳の少女、(A)だった。
 イタリア南部のある閑村を飛び出してローマ市内を転々としていた典型的な 不良少女であった彼女は、売春組織の手入れから逃げ遅れたところを国家警察 に逮捕された。だが捜査が進むうち、五共和国派のテロの巻き添えで本人も知 らないうちに家族は不明となっており、売春の現行犯という事もあって身寄り が判明しないまま刑が確定して刑務所で服役中、複数の刑務官の暴行を受けて コンクリート壁に頭部を強打して右半身が麻痺状態となり、事情が事情だけに 刑務所でも手をつけかねていたところを社会福祉公社に拾われたものである。
 麻痺の理由を問わず、かつ全ての権利や責任を引き受けるという絵に描いた ような好条件を、しかも首相府発行の正式文書で提示された刑務所側は、話の 都合の良さもいぶかしむ事なく、やっかい払いの形で彼女を差し出した。これ 以後も義体候補の少女たちはとても公にできないような素性の者たちが抜擢さ れる事となる。

 ともあれ(A)は相当な困難(担当技師の言を借りれば「失敗して当たり前」) が予想された義体化手術を無事乗り切り、秘密工場から"ロールアウト"した。
 公社の女性職員によって「マリアンヌ」という名前(というよりコードネー ム)が付けられた彼女は、心配された人体と義体の拒絶反応もなく、むしろ技 術者たちが拍子抜けするほどスムーズに起動し、さっそく各種の試験/実験が 開始された。
 なお余談ではあるが、義体化第一号という事でその名を聖母にかけたという 通説は定かではなく、また彼女の元の名前も資料が散逸していて不明である。

 義体が稼動する以前からのコンピュータシミュレーションなどにより、ある 種のホルモンの影響を避けるため義体化のベースとなる人間は女性である事が 第一条件とされていたが、義体化後の調査によりこれが実証された。
 また同様な理由から義体化には若い方が良いと思われてきたが、マリアンヌ よりもさらに若い方が好都合で、むしろそうでなければならないという結論が 調査の結果導き出され、関係者を驚かせた。幼女と言っていい義体候補を探し 出すために、公社の関係者はその後多大な苦労をさせられる事となる。

 義体化第一号として主に人体と義体のマッチングを主眼において調査や試験 に供されたマリアンヌは見事にその任を果たし、彼女のデータを元に初の実用 義体であるアンジェリカに開発の重点は移っていった。ただの機械の試作機で あれば後はスクラップを待つのみであるが、人間そのものと言えるマリアンヌ を簡単に「捨てる」というのも気が引けたのか、アンジェリカの開発にかまけ た公社は数ヶ月に渡ってマリアンヌの処遇を留保していた。試作体とはいえ維 持するにはそれなりの費用がかかる事から"マリアンヌ放置問題"はやがて義体 を運用する作戦二課の長であるロレンツォの目に止まる事となる。
 ロレンツォは責任の所在を課員に問いただすが当然たらい回しにされ、決定 的に居場所のなくなったマリアンヌは薬物処分により不幸で短い生涯を閉じる と誰もが思ったが、公社での執務中における従卒役を探していたロレンツォは マリアンヌをその代役に当てる事にした。能力的には常人(の同年代の女の子) と変わらず、実用義体と異なり銃を撃つ事すらままならないとあっては護衛と しては使えないが、小間使い程度の役は果たせる。課長付きともなれば極秘の 話も耳に入りかねないが、面倒な身辺調査の末に新しい人間を外部から雇うよ りは盲従する義体を使った方が何かと好都合でもある。ある意味、うってつけ の任務がマリアンヌにはまだ残っていたのだ。

 後にマリアンヌは実用義体と同じ視聴覚器官を与えられて他機関による盗聴 などの防止に役立てられたほか、条件付けの中でも特に遅れていたフラテッロ 関係のテストベッドとして再度試験に供され、ロレンツォを"担当官"とするよ うに調整が施された。ふだんはコーヒーを淹れたり掃除をしたりとロレンツォ の脇につき従っているだけだが、当然いざという時は武器を扱えない分、文字 通り身体を張ってロレンツォを護るよう"プログラミング"されている。

 現在マリアンヌはロレンツォ付きのメイドとして公社内から出る事なく生活 している。通信オペレーターなどのバックアップ任務なら十分こなせる事が進 言されているが、今のところ義体以外の課員だけでも間に合っており、実戦に 出動したという記録はない。
 また最も初期の義体であるにも関わらず、実用義体に比べて技術的な問題点 が少ないせいか、入退院を繰り返すアンジェリカなどよりも義体の機能がよほ ど安定しているのはむしろ皮肉と言えよう。




「で、これが軍警察の大尉どのが持ち出した内部資料か?」
「回収できなかった部分が、という形になりますが」
 ロレンツォは報告書にざっと目を通した。黒檀のデスクの前には、まるで裁 判の被告人のように緊張したジャンが、直立不動のままたたずんでいる。
「身内から造反者が出るとは思いませんでした。推薦者として責任を痛感して おります」
「漏れたと言っても公衆の目に晒されたわけではない。しかも内容的にも取る に足らん事だ。お前が気に病む事はない」
 ロレンツォは、報告書を無造作に机に投げた。
 流出しかけた公社の文書の大部分は、第三者の手に渡る直前、文字通り間一 髪の差で奪回された。かなり強引な手段によって、ではあったが。
 ロレンツォの言う通り、逆入手したこの報告文書程度では公社の存在は小ゆ るぎすらしないだろう。小うるさいばかりで何の役にも立っていない典型的な 小役人が、たまに挙げた"戦果"を過大に触れ回っているだけだ。
「今後は担当官候補の選考にもより厳選を期します」
「その点に油断は禁物だな。今日はご苦労だった。下がって休め」
「は」
 珍しくやや疲労の色を浮かべた表情のジャンは、深く一礼すると課長執務室 を出て行った。ロレンツォがふと壁にかかった時計に目をやると、針は既に午 前二時を指していた。

 しかし、公社の発足当時から深く関わっていたジャンですらも知らなかった。 流出したこの文書の内容にもダミー情報が忍ばせてあり、全てが真実というわ けではない事を・・・。


 小説に補足説明というのもどうかと言う気がしますが、いちおう(^_^;。
 ガンスリンガーガールのコミックを読んでいると、意識的に読者の判断に 任せている部分がよくあります。
 私が第1話でいきなり気になったのは、コミック23〜24ページに登場する 課長付き?のメイドさん(笑)。壁際に控えてるところからして公社内の食堂に "出前"を頼んでウェイトレスさんが来たわけではなさそうだし、すると課長の 秘書というか従卒という位置づけなのかなーと。で、公社の特殊性からして 一般職員ではなさそうで、しかも見た目がかなり若い(笑)。そうなるとあの 娘も義体では?という説が私の脳内に浮上してきまして、そのつじつまを ガンスリ的に合わせる物語を書いてみました、という感じです。
 感想などありましたら、掲示板の方にでもちょろっと書き込んでいただけ れば幸いです(⌒▽⌒)。


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