初詣


「ねぇ。ゼフェル様。これ、被ってくださいよぉ。」
「…………………………。」
 後ろから聞こえる女王候補アンジェリークの言葉を無視して鋼の守護聖ゼフェルが神社の境内へと続く参道をポケットに手を突っ込んだままずかずかと歩く。
 2人は女王試験の行われている飛空都市を抜けだして、世間的にはずれまくった初詣に来ていたのだった。
 と言うのも、年末から新年にかけて2人は交互に風邪をひき、初詣をしていなかったのである。
『新年のお参り行きたいな。毎年行ってたんだもん。今年だけいかない…なんて良くないよね。』
 アンジェリークのその一言で飛空都市脱走は決定した。
 で、先程からアンジェリークが先を歩くゼフェルに何を被せようとしていたかと言うと、これが真っ白な帽子だったりする。
 理由は『見た目が寒そうだから』である。
 実際、ゼフェルはジーンズに青いフリース姿で頭をカバーするものは被っていなかった。
 対するアンジェリークは…と言うと、これがまた彼女には珍しく黒いコートとお揃いの黒い帽子を被っていた。
 コートの中に着ているピンク色のハイネックセーターがいつもの彼女らしいと言えば彼女らしいのだが、滅多にお目にかかることのない大人の雰囲気すら漂わせるシックな装いに、実はゼフェルの心臓は出会った瞬間からばくばくもの凄い勢いで動いていたのだった。
『いつものピンクのヒラヒラでも着てろよ。……ちっ。女ってずっけーよな。』
 アンジェリークの大人びた服装に、ゼフェルは何も考えず服に袖を通した自分自身に後悔の念を持ちっぱなしだった。
 彼女に比べ、あまりにもガキ臭い服装だった…と。
 だと言うのに、アンジェリークは帽子を被れと言って聞かないのだ。
 これが普通の帽子だったらゼフェルも被ったかもしれない。
 しかし、その白い帽子は普通の帽子ではなかった。
『…んなモン被れっか!』
 後ろの方で延々と続く言葉にゼフェルが心の中で叫ぶ。
 前面の部分に逆三角形のワンポイントがついているその帽子は、まるで耳のような2つの飾りが付いているのだった。
 その飾りは長く垂れ下がり内側部分はピンク色になっていて、これではまるっきり……………。
「ねぇ。ゼフェル様ったらぁ。」
「しつけーぞ。アンジェリークっ! 俺はんなうさぎの帽子なんてぜってー被んねーからなっ!」
 とうとう我慢できずにゼフェルは怒鳴った。
 そうなのである。
 アンジェリークはガキ臭い格好をして自己嫌悪に陥っているゼフェルに更にガキ臭い物を被せようとしていたのだった。
 そして、それをゼフェルが良しとする筈も無かったのである。
「だって頭が寒そうなんだもん。それにゼフェル様に似合うと思ったのに………。」
 不満そうに口を尖らせるアンジェリークを無視して再びゼフェルが歩き出す。
 とんでもない初詣になってしまっていた。
「……………ゼフェル様の莫迦ぁ〜。」
 半分涙声で叫ばれてゼフェルがギョッ! として慌てて振り返る。
『や…やべぇ……。』
 ゼフェルが思ったときには既に遅く、アンジェリークは眉間に皺を寄せて大きな緑色の瞳に涙を浮かべていたのだった。
「お…おい。アンジェリーク。」
「ゼフェル様の莫迦。莫迦莫迦莫迦。」
 慌てた様子で近づくゼフェルにアンジェリークはうさぎの帽子を投げつけて『莫迦』を連発した。
「…ったく。悪かったよ。でも、この帽子を被るのは勘弁だぜ。」
「ゼフェル様ずるい。」
 拗ねたように上目遣いに見上げるアンジェリークにゼフェルが溜息をつく。
 帽子を被らなくて『酷い』と非難されるならともかく『ずるい』と非難されるとは思っていなかったのである。
「あのなぁ。アンジェリーク。」
「ゼフェル様ずるい。いっつもいっつもお出掛けするとき普段着なのに格好良くて。ゼフェル様とお出掛けするとき私、これじゃ子供っぽいかな? とか組合せが変かな? っていつもすっごく悩むのに。なのにゼフェル様はすっごくラフな服着てるのにすっごく格好いいんだもん。私、いっつも置いてかれちゃう。だから……………。」
「判った。判った。被れば良いんだろ。被れば。」
 アンジェリークの瞳に浮かんだ涙がじわ〜っと膨らみ表面張力で何とかその瞳から零れずにすんでいる様子にゼフェルが慌てて投げつけられたうさぎの帽子を被る。
 いくらお参りのシーズンから外れているとはいえ、人が全くいない訳ではない神社の境内で泣かれる訳にはいかなかった。
 それに何よりも『アンジェリークの涙』には勝てないゼフェルだった。
「………ゼフェル様やっぱりずるい〜。」
 帽子を被ったゼフェルを見てアンジェリークがまるで子供がぐずるように呟く。
「今度は何がずりぃんだよ。」
「だって……。この帽子だったらゼフェル様が少しは子供っぽくなるかな? って思ったのに、しっかり似合っちゃってるんだもん。これだったらちょっとは釣り合いが取れて並んで歩いても平気かな? って思ったのに………。」
「…ったく。…っのアホ。」
「痛っ。痛ぁ〜い。ゼフェル様。何するんですか。」
「俺は、今日のおめーのカッコがあんま大人っぺーんで失敗した。と思ってるぜ。」
 ピシャリと弾かれたおでこを撫でながら抗議の声を上げたアンジェリークにゼフェルは言いたくなさそうに顔を背けて呟いた。
「えっ?」
「あんま大人っぺーんで腹が立つ。ガキ臭いカッコで来ちまった俺自身にな。だからこれ以上、ガキ臭いカッコはしたくねかった。」
 渋々言葉を続けるゼフェルをアンジェリークは呆然と見ていた。
「ゼフェル様。ホント? ホントに私の格好、大人っぽい?」
「あぁ。」
「ホントのホント?」
「あぁ。」
「ホントぉ〜のホントぉ〜に?」
「……あぁ。っつってっだろっ! んなに俺が信じらんねーのかよっ!」
 何度も何度もしつこいくらいに確認するアンジェリークにゼフェルの堪忍袋が切れる。
「えへへ。早くお参りに行こ。ゼフェル様。あ。その前におみくじ引いてくるね。」
「…ったく。手間、取らせやがって。」
 ととと…と赤い袴をはいた巫女のいる売店へと向かうアンジェリークにゼフェルは苦笑した。
「ゼフェル様。見て見て。」
「あん?」
「ほら。願い事万事叶うだって。良かったぁ。」
 社の前に行き紅白の紐に手をかけるゼフェルに後ろから走り寄ってきたアンジェリークが手の中のおみくじを見せる。
「大吉じゃねーじゃん。」
 小吉と書かれた紙にゼフェルが紐を握りしめたまま呟く。
「良いんですよ。小吉で。これからどんどん良いことが起きるんだもの。大吉だったらこれから悪くなるばっかりじゃないですか。」
「そんなもんかね。」
「そうですよ。」
 アンジェリークの説得力のありそうでなさそうな言葉にゼフェルが半ば呆れたように呟く。
「うふふ。何をお願いしようかな?」
「何でもいーじゃん。何でも叶うんだろ。」
「うん。じゃあね。………ゼフェル様といつまでも一緒にいられますように。」
 両手を合わせて目を閉じて呟くアンジェリークにゼフェルが赤くなる。
「…っ迦野郎。俺が手放すと思ってんのかよ。甘めぇよ。おめーは。」
「えぇっ!?」
 真っ赤になったゼフェルの呟きを聞き咎めたアンジェリークが驚いたような声を上げる。
 自分より真っ赤になったアンジェリークを無視してゼフェルはジャンと鈴を鳴らした。
『こいつは俺のモンだ。誰にも何処にもやらねーっ!』
 願い事とは到底思えない宣言に、社の神様もさぞかし困惑したことであろう。


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