大観覧車


「お客様がラストでーす。本日は海の方角で閉園の花火が上がりますのでごゆっくりお楽しみ下さい。それではいってらっしゃいませ。」

 大観覧車のゴンドラに乗り込んだ私とゼフェルに係の人がにこやかに帽子を取って頭を下げた。

 私の真向かいに座ったゼフェルはさすがに疲れたみたいでぼんやりと外の風景を眺めていた。

「疲れたけど…楽しかったね。」

「そうだな。」

「いろんなのに沢山乗ったものね。ジェットコースターでしょ。コーヒーカップにフリーフォールに………。」

「お化け屋敷にも入ったよな。あん時のおめーのツラったらよぉ。」

 思い出したかのようにゼフェルが肩を震わせて笑う。

「もう。また笑う。ホントに怖かったんだからね。ゼフェルだって驚いてたクセに。」

「あれはおめーがいきなり抱きついてくっからだ。」

 口を尖らせる私のおでこをゼフェルが指でピンと弾いた。

「ちょっとゼフェル。いくら何でも宇宙を統べる女王陛下にデコピンは無いんじゃない? デコピンは。」

「莫ー迦。『たまには息抜きがしたいのぉ』とか抜かして用事のある俺を無理矢理連れてきたクセしやがって。んな野郎はデコピンでも足りねーぐらいだ。」

「用事って…どうせメカの改造か何かなんだから良いじゃない。それともホントに渋々なの? 私とここに来るの………。」

 思わず拗ねモードに突入してしまう。

 女王になってからゼフェルとこうやって二人だけになる機会なんて滅多に無くなっちゃって…ホントは毎日でも二人きりで過ごしたいんだからね。

「……だったら今おめーの目の前にいねーよ。」

 俯いてしまった私の耳にゼフェルの不貞腐れた声が聞こえる。

 慌てて顔をあげるとゼフェルは仏頂面でそっぽを向いていた。

「うふふふふ。」

「…んだよ。その笑いはよ。」

「何でもなぁい。……………。」

「おい。アンジェ?」

 両目を見開いて固まってしまった私をゼフェルが不審そうに見つめる。

「おめー。何見て……………。」

 自分の後方を凝視する私にゼフェルは後ろを振り返って見た。

「ば…莫迦野郎っ! てめーは何見てんだっ! このボケっ!!」

 真っ赤になって私の方へ向き直ったゼフェルが怒鳴り散らす。

「……………。」

「…………………………。」

 あんまり気まずくて二人で黙り込んでしまった。

 前のゴンドラに乗っているカップルの…熱烈なラブシーンを見ちゃったから。

 経験が無い訳じゃないの。

 ゼフェルとその…キスした事なら何度もあるけど、やっぱり他人のラブシーンを見せつけられるのって自分達がするより恥ずかしいのかもしれない。

「……アンジェリーク。おめーもこっちに座れっ!」

「えっ? きゃっ!」

 グイッと私の腕を強く引っ張ってゼフェルが私を自分の隣りに座らせる。

 反動でゴンドラがユラユラと揺れた。

「…ったく。いつまでも見てんじゃねーよ。おめーのツラ見てっだけでこっちが恥ずかしくなるぜ。」

「私だって見たくて見た訳じゃないわよ。………あ。花火。」

 ゼフェルの胸元のシャツを握りしめて抗議する私の真横でパーンと花火があがって私は呟いた。

「閉園の花火か。」

 ゼフェルもポツリと呟いてポンポンとあがる花火を眺めていた。

『綺麗……。』

 ゼフェルの赤い瞳が更に赤くなったり青くなったり…花火の色で様々な色に変化するのを私は眺めていた。

「………サンキュ…な。アンジェリーク。」

 ゼフェルは突然そう言って私の肩に廻していた腕に力を入れる。

 そして私はゼフェルの胸に頬をくっつけるぐらいに抱き寄せられた。

「今日…おめーが他の奴等に我侭ぶっこいたの…全部俺のためなんだろ? 今日が俺の誕生日だから。」

「………知ってたの?」

 私はゼフェルの胸に頬をつけたまま呟いた。

 ゼフェルの心臓の音が耳に心地よかった。

「まぁな…っつっても出掛け間際にオリヴィエに言われて初めて気が付いたんだけどよ。嬉しかったぜ。ありがとよ。」

「うん。でも…あのね。これは…私のためでもあるの。」

「ん?」

 頬をつけたままの私の顔を覗き込むような動きをゼフェルがしてみせる。

 でも私は顔をあげなかった。

「あの…あのね。冗談みたいだけど………。今日なの。私の誕生日も。」

「は?」

 心底驚きましたって感じでゼフェルが一言だけ発して黙り込む。

「だから…だから今日のことはね。私からゼフェルへのバースディプレゼントと自分へのプレゼントを兼ねてるの。ロザリアやジュリアス様にはね。今日は私の誕生日だから好きにさせてって言って……。だから許して貰えたの。」

 身動き一つしないで一気にまくしたてた。

「…ったく。なかなか誕生日を教えねーと思ったらそう言うことかよ。………あとでショップに寄るか? 何か買ってやるよ。知らねーから俺りゃあプレゼントなんて用意してねーしよ。」

『ゼフェルから私へのプレゼント………。』

 それを考えたとき、頭の中にポカッとある言葉が浮かんだ。

「あの…ゼフェル。プレゼント…ね。」

「何か欲しい物でもあるのか?」

「………………………… キス …して。」

 私の呟きと共にパーンと一際大きな音をたてて花火があがる。

『……言っちゃった〜。聞こえて…無いよね?』

 とんでも無いことを口走ってしまった私は恥ずかしくて顔をあげられなかった。

「アンジェリーク。俺の聞き違いじゃなかったら…おめー。今…キスって………。」

『どうして聞こえちゃうのよぉ〜〜。』

 握っていたゼフェルのシャツを更に強く握る。

 ゼフェルの心臓がドクンドクンと暴れていた。

「あ。」

 クイッと私の顎にかかったゼフェルの手が私の顔を上に向かせる。

「目…閉じろよ。キスして欲しけりゃ……。」

 ゆっくりと近づくゼフェルが真顔で呟く。

 ゼフェルの瞳が青になる…緑に…オレンジに………。

 紫色のゼフェルの瞳に私はゆっくりと目を閉じた。

 震える両手でゼフェルの胸元のシャツをきつく掴む。

「ハッピーバースディ。アンジェリーク。」

 そっと離れたゼフェルの唇が言葉を紡ぐ。

「誕生日。おめでとう。ゼフェル。」

 ゼフェルの肩に頭をもたれさせて私も言葉を紡いだ。

「明日から…大変だけどテキトーに頑張れよ。女王の務めって奴をよ。」

 女王の務め……………。

 思い出して…このままこの手を離したくない衝動に駆られた。

 ゼフェルも同じ思いでいるのかもしれない。

 肩を抱き寄せる腕に更に力が込められたから。

 でも…そんなことが出来ないことは私もゼフェルも判っていた。

「ゼフェル………。」

「ん? 何だ?」

「あの…あのね。………誰にも見えない所に…ゼフェルの…印が欲しいな。」

 言った直後にカーッと身体中が熱くなる。

 ゼフェルは…硬直していた。

「おめー……。すっげー残酷なこと言うのな。」

「えっ?」

 心底嫌そうなゼフェルの声に驚いて頭を離す。

「痕つけて…それだけしかしちゃなんねーんだろ?」

「あ………。」

 ゼフェルの渋い顔に私は恐縮してしまった。

 私が女王になったとき…女王の心と身体が新宇宙に与える影響をゼフェルは一生懸命勉強してたってルヴァ様が教えてくれた。

 それだけ私とのことを真剣に考えてくれて…ホントだったらキスだけですまされない筈なのに…いつも私はゼフェルに我慢ばかりさせていた。

「ご…ごめん。無茶言って……。今の忘れて……。明日からまた女王のお仕事頑張らなくちゃって思って…ゼフェルの印をつけて貰ったら私はホントはゼフェルのものなのよって……。だから頑張れるかな? って………。」

 ゼフェルに見つめられて、自分でも何を言っているのか判らなくなってしどろもどろになる。

「あ……………。」

「…ったく。おめーはいつでも俺のものだろ。……見えっトコにつけるぞ。」

 首筋に唇をよせながらゼフェルが囁く。

「ゼフェル…強くつけてね。ついてる間はゼフェルに会わなくても大丈夫なくらい………。」

「…んなコト言ってっと明日にでも消えちまうようなのにすっぞ。」

 不貞腐れたゼフェルの言葉と首筋のくすぐったさに首を竦める。

「駄目。ゼフェルが私の事をどのくらい好きなのか知りたいの。好きが強ければ強いほどきつくつけて………。」

「……一生消えねーような痕つけるつもりかよ。莫迦。」

 苦笑するゼフェルにしがみつくように抱きつく。

 私達を乗せたゴンドラはそろそろ地上に到着する所だった。


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