前夜
フォン…と音もなくエアバイクが宙を滑る。
月も星もない暗闇の世界。
何人たりとも侵入してはならない聖域を目指して。
警備兵すら近づくことの出来ないテラスの一角にエアバイクを寄せる。
そのまま自動操縦でエアバイクを宙に浮かせてテラスに降り立つ。
そっと窓を押すと、大きな窓は何の抵抗もなく開き、侵入者を室内に招き入れた。
暗闇の中をぼんやりと輝く僅かな光りを頼りにベッドサイドへ近づく。
近づくに連れて聞こえてくる安らかな寝息。
あどけない寝顔からは、目の前の少女が宇宙を統べる崇高な役目を担っているとは到底想像できない。
ゆっくりと手を伸ばし頬にかかる金色の巻き毛を払った。
「ん…ゼフェル………。」
左手に擦り寄り幸せそうな笑顔を作る少女から慌てて手を引き剥がす。
身体中の血液が逆流をはじめた。
これまで見たこともないような幸福そうな笑顔。
そしてそれを言わしめた己の名前。
「…っ迦野郎。」
ゼフェルは左手で髪を掻き上げて呻くように呟いた。
ふと視線をずらすと、ドレスのようなものが掛けてあることに気付く。
ピクッ…と眉が動いた。
おそらく明日の謁見の時に着る衣装であろう。
例年通りならば、クリスマス当日に謁見を行う事は無い筈であった。
しかし、このイベント好きの少女にはそんな事は通用しない。
明日の謁見は『謁見にかこつけてのクリスマスパーティ』なのだと、守護聖の誰もが信じて疑わなかった。
『こいつか? オリヴィエの奴が見立てたドレスってのは。…んな服、着んのかよ。』
襟ぐりの広く開いたドレスにゼフェルの眉間に皺が寄った。
「う…ん……。」
小さく声を漏らして寝返りを打つ少女に視線を戻す。
ホンの少しのいたずら心と、押さえつけても押さえきれない独占欲。
ゼフェルは布団を少しだけずらして、少女の着ているパジャマのボタンに手を掛けた。
一番上のボタンは、はなから外れている。
上から二つ目のボタンを外してゼフェルは白い首筋に唇を寄せた。
「んっ。」
眠っている少女の身体がピクンと跳ねる。
強く吸って離れると、夜目にも少女の白い肌に赤い痕が残ったのが判る。
首から肩から鎖骨から……………。
ゼフェルはいくつもの痕を少女の身体に残していった。
「ん…んっ。」
最後にペロッと鎖骨のくぼみを舐め上げると、少女は眠っているとは思えないほどの反応を示す。
「…っとに寝てんのかよ。おめーは。」
苦笑しながらホンの少しだけ開いている唇に口付ける。
「………じゃあな。アンジェリーク。」
深く重ねていた唇をゆっくりと離して呟く。
ゼフェルは枕元に小さな箱を置いて、来た時と同様に音もなく去っていった。
翌日、ゼフェルは真っ赤な顔をしてオリヴィエに言い訳をしている女王アンジェリークの姿を満足そうに見つめていた。
アンジェリークが着ているのは肌の露出の少ないハイネックのドレス。
オリヴィエの見立てたドレスを着れない訳。
その原因を作ったのが誰なのかは、彼女には既に判っているだろう。
アンジェリークの耳には昨夜ゼフェルが置いていったイヤリングが光り輝いていたし、何よりもゼフェルは、女王の大親友でもある藤色の補佐官様にもの凄い表情で睨まれ、現在、その監視下に置かれているのだから。