食べさせて
「ゼフェル。みーっけ。」
「んー。」
居眠りをしていた俺は嬉しそうな声に半目を開けた。
俺の目の前でアンジェリークの金色の巻き毛が風に揺れていた。
「あー。おめーかよ。アンジェリーク。」
「えっ……きゃっ!!」
腕を伸ばして俺はアンジェリークを引き寄せる。
あいつはポスンと俺の身体の上に倒れ込んだ。
「どうしたんだよ。」
「………それはこっちが聞きたいわ。どうしたの? ゼフェル。凄く珍しい。ゼフェルがこんなことするなんて………。」
女王の衣装を身に纏ったアンジェリークが顔を赤くして…それでも嬉しそうに俺の顔を覗き込んだ。
「夢を見てた。」
「夢?」
「あぁ。飛空都市にいた頃の…まだおめーが女王候補だった時の夢だ。」
「どんな?」
まだ頭が起きてねー半分眠っているような俺の言葉にアンジェリークが翡翠色の瞳を細めて聞いてきた。
「バレンタインの日でよ。でっけーチョコレート持って俺を探してるおめーの夢だ。メカいじってる俺を見つけて嬉しそうに駆けてくるんだ。」
「………あながち夢じゃないかもよ?」
「ん?」
青空を見上げていた俺はアンジェリークの言葉に視線を腕の中に戻した。
「はい。ゼフェル。」
アンジェリークはドレスのポケットから小さな箱を俺の前に差し出した。
「……んだよ。これ。」
「んもうっ! 今日が何の日か知らないの? いま夢じゃ無いかもって言ったでしょ。今日…バレンタインデーよ?」
「あー………。」
アンジェリークの言葉に俺は視線を差し出された箱に戻す。
「……って事はこれはチョコか?」
「ふふっ。ゼフェル用にって甘くないの探すの大変だったのよ?」
渋い顔をする俺をアンジェリークはさも面白そうに見て笑った。
アンジェリークは綺麗にラッピングされた紙をはがして蓋を開けた。
「はい。ゼフェル。」
「な…なんだよ。」
四角い一口大のチョコプレートを中に添えられていた串みてーなのに刺して俺の口元に持ってくる。
「何だよじゃないわよ。口開けて。食べさせてあげるから。」
「ば…冗談じゃねーよっ!」
アンジェリークの言葉に俺は顔が赤くなるのが判った。
「そんな恥かしい事…誰が出来るかよっ!」
「えー。良いじゃない。誰も見てないんだもの。ロザリアを誤魔化して抜け出してきたのよ? たまには…たまには良いじゃない。女王じゃない…ゼフェルの事が大好きなただの女の子に戻ったって………。」
しょぼんと肩を落としてそんな殊勝な事を言う。
こいつにこんな事を言われたら俺は従わざるを得なかった。
「……………今回だけだぞ。」
小さな声で呟く俺にアンジェリークはパッと顔を輝かせた。
「うん。……はい。ゼフェル。あーん。して。」
チョコを刺した串を持つ手が再び口元に差し出されて俺は口を開ける。
アンジェリークは嬉しそうに俺の口の中にチョコを落としていった。
生チョコらしいクニッとした柔らかい触感と、さほど甘くない味覚が俺の口の中に広がる。
「おいしい?」
「………んなに甘くねーからな。」
「良かった。」
心底嬉しそうな笑顔を作るアンジェリークに俺は思わず見とれてしまった。
「はい。ゼフェル。もう一つ。」
「ん? ……………。」
もう一枚チョコを串に刺して俺の口元に運ぶアンジェリークの右手を俺は掴んだ。
「ゼフェル?」
「おめーも食え。ほれ。」
アンジェリークの手を掴んだまま俺はあいつの口元にチョコを近づけた。
あいつは真っ赤な顔をして口を開けてチョコを食べた。
「うめーか?」
「うん。」
俺達はそうやって互いの口に交互にチョコを運んでいった。
「何だかねー。どうすんの? ロザリア。陛下を探してたんでしょ? でも…あれじゃあ、ちょ〜っとねぇ。」
「………仕方ありませんわ。今日だけは大目に見る事に致しますわ。」
女王を探していたロザリアと偶然その場に居合わせたオリヴィエが茂みの中で、女王と鋼の守護聖の姿に呆れたように呟いていた。