金木犀と銀木犀
「金木犀は良いな。」
爽やかな秋空の下、ポツリと呟く銀木犀に金木犀が眉を上げます。
「何処が良いってんだよ。おめーと対して変わんねーだろ。」
金木犀がすぐ隣りに立っている銀木犀に尋ねます。
この二本の樹木の精霊はとても対照的な姿をしていました。
金木犀はその名前とは反対に、全ての光を跳ね返すような銀色の髪をしていました。
そして銀木犀は、秋の光りを編み込んだような金色の髪をしていました。
「大違いよ。だって金木犀は凄く良い香りがするじゃない。お花の色だって綺麗な山吹色でさ。形は確かに小さくて同じだけど、私は金木犀みたいな良い香りしないもの。色だって地味な色だし………。」
「俺の匂いはキツ過ぎんだよ。おめーぐれーが丁度良い。それに小せぇは余計だっつーの。」
花を咲かせる秋のこの時期、毎年恒例となっている二人のやりとりです。
「そんな事ない。花は小さいけどみんな金木犀の香りに気付いて立ち止まるじゃない。私なんてどんなにお花を咲かせても殆ど気付いて貰えないんだから。」
寂しそうに呟く銀木犀に金木犀は溜息をつきます。
金木犀は自分の花の香りが嫌いでした。
あまりにも強い香りを放つからです。
人の中にも様々な考えの人がいます。
先程銀木犀が言ったように、金木犀の香りに気付いて足を止める人もいますが、あまりにも強いその香りに眉を寄せ、足早に通り過ぎていく人も確かにいるのです。
そんな金木犀に比べれば、銀木犀は確かに香りも薄く気付く人も少ないのですが、一度でも気付いた人はみんな銀木犀を忘れずに好きになるのです。
金木犀はそれがとても不満でした。
銀木犀がみんなに好かれるのは良いことなのですが、銀木犀の良い所は同じ仲間である自分だけが知っていれば良いと金木犀はいつも思っていました。
それに毎年毎年、これでもかと言うくらい強い香りを放っているのに存在を忘れられてしまう金木犀に対し、香りが薄く花の色も地味なのに人目を引き、一度気付かれるとずっと忘れられずにいる銀木犀が、金木犀は羨ましくて仕方ありませんでした。
「俺みてーに強すぎる匂いは強いニオイを誤魔化すためにしか使えねーんだよ。おめーが思ってるよりもずっとおめーの方が俺より好かれてらぁ。」
遙か昔から強烈な悪臭を放つ場所に植えられ続けた金木犀がポツリと呟きます。
「金木犀……………。ごめん。」
「謝ることなんてねーだろ。」
金木犀の言葉の陰に隠れた哀しみに気付き、銀木犀が謝罪します。
銀木犀は金木犀と違い香りが薄いため、いつも穏やかな場所に植えられていたのです。
「うん。だけど……………。」
「良いって。最近じゃ、こーやっておめーの近くに植えられっ事もあっからよ。」
金木犀が俯いてしまった銀木犀に左手を伸ばします。
金色の髪の毛を指に絡ませて金木犀が苦笑します。
「俺はおめーの薄い香りが好きだ。おめーの地味な花の色が好きだ。出来るんなら交換してーぐれーな。」
「それは駄目っ! 絶対。」
突然反対されて金木犀が赤い瞳を丸くさせます。
「だって……。私、金木犀の香りが好きだもの。山吹色の花の色も好きだもの。金木犀が私みたいな薄い香りや地味な花の色になっちゃうのは嫌。金木犀が金木犀だから好きなんだもの。」
深い森の色をした瞳が金木犀を映します。
「俺は………。おめーが何であっても好きだぞ。」
「金木犀………。」
ゆっくりと近づく金木犀に銀木犀が緑色の瞳をゆっくりと閉じます。
重ねられた唇がそっと離れる感触に銀木犀は真っ赤になって俯きました。
そんな銀木犀の頬にポツリと雨粒が当たります。
「雨?」
「らしいな。良いお湿りになっだろーぜ。」
空を見上げる金木犀の銀色の髪の毛に、雨粒がキラキラと反射します。
「みんな喜ぶね。」
「あぁ。」
銀木犀の言葉に金木犀は短く同意します。
『人達もみんな金木犀を好きになるよ。』
銀木犀は空を見上げたままの金木犀を見つめながら心の中で呟きます。
金木犀は知りませんでした。
銀木犀はずっと前から知っていました。
雨上がり、雨に濡れた金木犀の花はしっとりと落ち着いた香りを放ち、決して強すぎる香りでは無いと言うことを………。