陽だまり
「ん……………。」
「目が覚めました? ゼフェル様。」
聞き慣れた少女の声にうつらうつらとしていた鋼の守護聖ゼフェルは一気に目を覚ました。
「う…うわぁっ!」
目覚めたゼフェルは目の前に金色の巻き毛を揺らす女王候補のアンジェリークの姿を認めて叫び声を上げた。
「あ…あの……。そんなに悲鳴をあげるほど私の顔って変ですか?」
「ば…ち…違うって! な…何でおめーがこんなトコにいんだよっ!」
傷ついたように顔を曇らせるアンジェリークにゼフェルが慌てて訂正した。
「だって……。ゼフェル様を捜してたんですけど、どこにもいらっしゃらなくて………。クラヴィス様にお願いして捜して頂いたらここにいるから勝手に入っても構わないっておっしゃって下さったんです。ゼフェル様こそ…ここで何をなさってるんですか?」
少し困ったような顔をするアンジェリークにゼフェルはばつが悪そうに頭をかいた。
今日は定期的に行われる女王候補の女王への謁見の日。
常々面倒くさいと感じていたゼフェルはそんな謁見もそこそこに、闇の守護聖クラヴィスの私邸の庭で惰眠を貪っていたのだった。
「……………昼寝。」
「はっ?」
「昼寝してたんだよ。ここは静かだし滅多に人も来ねーし………。大体! 俺に何か用でもあるのかよ。」
「飛空都市に一緒に帰ろうと思って………。」
「はあ? 何で俺がおめーと飛空都市に帰らなきゃなんねーんだよ。他にいるだろ? オスカーとかよ。」
自ら率先して立候補しそうな炎の守護聖の名をゼフェルがあげる。
「オスカー様はランディ様が引っ張ってお帰りになっちゃいました。早く帰って剣の稽古をするんだとか言って。マルセル様はそんなお二人に着いて行っちゃいましたし………。」
「んじゃ。ルヴァは?」
「ルヴァ様はオリヴィエ様と一番先にお帰りになりました。珍しいお茶の葉っぱが手に入ったからって。」
「…ったく。あの茶飲みじじい共は………。リュミエールは?」
「ロザリアと。」
「……………。」
「……………。」
アンジェリークとゼフェルの二人が顔を見合わせて黙り込む。
「ジュリア………。」
「とんでもありませんっ!」
「クラヴィス。」
「ゼフェル様の居場所をお尋ねするだけで精一杯です。その上一緒に帰るだなんてとても………。」
「……………で俺か?」
「はい。」
即座に返事をするアンジェリークにゼフェルが大きな溜息をついた。
「ゼフェル様?」
「判ったよ。おめーも大陸に行かなきゃなんねーんだろ? さっさと帰ろうぜ。」
「……………。」
「どうしたんだよ?」
立ち上がろうとした自分の隣りに座りこむアンジェリークにゼフェルが不思議そうな顔をする。
「ここって本当に気持ち良いですね。私もお昼寝しちゃおうかな。」
「お…おい。なに莫迦な事言ってんだよ。大神官が待ってんだろ?」
「………待ってない。」
膝を抱え込むように俯くアンジェリークの呟きにゼフェルは定期審査の結果を思い出す。
「待ってないですよ。大陸の皆。きっと怒ってる。こんな情けない天使様なんて大陸の皆…きっとがっかりしてる。私…きっと嫌われてる。」
涙声のアンジェリークにゼフェルが言葉を探す。
「……な…なに言ってやがる。」
アンジェリークの頭に手を置いたゼフェルがその金色の髪をわしゃわしゃと乱暴にかき乱した。
「大陸の連中にとって天使様はおめーだけだろ。どんな時でも大陸の奴等の為に一生懸命なおめーをエリューシオンの奴等が嫌ったりする訳ねーじゃねーか。俺はエリューシオンの奴等…好きだぜ。あいつ等いつもがむしゃらでよ。どんなに苦しい事があっても頑張るんだ。ほれ。いつだったか大竜巻でおめーの大陸の半分以上が壊滅した時があったろ? あん時もよ。生き残った奴等で短期間にあっと言う間に元通り以上にしちまったんだ。」
「だって…あの時は守護聖様達が特別に力を貸して下さったから………。」
瞳を潤ますアンジェリークにゼフェルが笑顔を作った。
「そうだけどよ。大陸の奴等の頑張りが無かったらもっと時間がかかってたんだぜ? ……あっ! 今のはルヴァが言ってたんだからよ。信用しろよな。……おめーが大陸の奴等を何事にも負けない強い精神の奴等に導いたんだ。俺はそんなエリューシオンが好きだ。おめーは違うのか?」
ゼフェルの言葉にアンジェリークはブンブンと頭を振った。
「だろ? だったら行ってやれよ。それにな。俺は今のおめー…嫌いだぜ。どーせ泣くんだったらよ。やれるトコまでやって…頑張って頑張って……。で、どうしようも無くなってから泣けよ。俺はすぐ泣く女は嫌いだけどよ。やれるトコまで頑張り抜いてそれでも駄目で泣くのは嫌いじゃない。おめーが一生懸命頑張って…それでも駄目だったら……。そん時には泣き止むまで付き合ってやっからよ。」
「……………はい。ゼフェル様。」
自分の言った言葉に照れたように顔を赤くするゼフェルの姿にアンジェリークの目から涙が零れた。
「だ…だからっ! 言ってっだろ。今は泣くんじゃねーって。まだ試験は始まったばかりだろーがっ!」
泣きじゃくるアンジェリークにゼフェルは慌てた。
そんなゼフェルのオロオロする姿が何故だかむしょうにおかしくて、アンジェリークは涙が止まらなかった。
「やっぱり…ここにいた。」
淡いピンクの補佐官服に身を包んだアンジェリークがクラヴィスの私邸の庭で眠りこけるゼフェルの姿にクスリと笑みを漏らした。
「あの時からちっとも変わってない。……ゼフェル様。私、あれから頑張って頑張って……。だけど試験に負けちゃいました。でも、負けて当たり前なんですよね。だって…いつの頃からか私にとって大陸よりも大切なものが出来たんですもの。」
眠るゼフェルにそっと囁く。
「どんな時でもいつも私を見ていてくれたゼフェル様。私、補佐官の任を受けたのはゼフェル様がいらっしゃるからなんですよ。………本当にここは静かで陽当たりの良い素敵な所ですね。暖かくて……。ゼフェル様みたい。」
アンジェリークはそう言うと被っていたベールを外してゼフェルの腕の中に包まれるように横たわった。
「おやすみなさい。私の陽だまり。………目が覚めたらどんなお顔をなさるのかしらね。」
クスクスと笑みをこぼしたアンジェリークはゼフェルの頬に軽くキスをするとゆっくりと瞳を閉じた。