私のスノーマン


「………かーっ。寒みー。今日はもう止めだ。止め。」

 あまりの寒さに鋼の守護聖ゼフェルは手にしたドライバーを工具箱の中に放り投げ大きく伸びをした。

「………ん? 何だ。寒みぃと思ったら雪が降ってるじゃねーか。」

 窓の外からチラチラと見える白いものに、ゼフェルは立ち上がり庭へ出ていった。

「……………凄げぇな。」

 空を見上げたゼフェルが感嘆の声を上げる。

 止めどなく降り続く雪に、ゼフェルは自分自身の身体が宇宙へ吸い込まれて行きそうな感覚を覚えた。

「寒みぃけど…このまま寝ちまうのは勿体ねーよな。」

 短くそう呟いたゼフェルは公園へ向かって歩き出した。



「………出来た。」

 編み上がったばかりのセーターを両手に広げた女王候補のアンジェリークが笑顔を作る。

「ちょっと不格好だけど…受け取って下さるかしら? 私と色違いでお揃いですって言ったら絶対受け取って下さらないわよね。でも…ゼフェル様。そう言ったらどんなお顔をなさるのかしら。喜んで下さると良いんだけど………。わぁ。雪っ!」

 渡した時の照れくさそうなゼフェルの顔を想像してクスクスと笑っていたアンジェリークが窓の外に降り積もる雪に歓喜の声を上げた。

「寒いなぁと思ってたら雪が降ってたのね。凄い。もうどこもかしこも真っ白だわ。……………一寸だけ…良いよね。夜のお散歩したって………。」

 窓に張り付くように外を眺めていたアンジェリークは、着ていた赤いセーターの上に更に編み上がったばかりの緑のセーターを着込み、外へと静かに出ていった。



「………足跡。」

 公園にやってきたアンジェリークは点々と続いている足跡にほんの少しがっかりしていた。

 こんな日こんな時間に出歩いている人間が自分の他にいるとは思わなかった。

 一面真っ白に染まった公園内に足跡を残していったらさぞかし楽しいだろう。

 そんな事を考えていたアンジェリークは何故だかむしょうに頭にきて、足跡の主を追いかけ始めた。

「誰なのかしら? せっかく一番最初に足跡つけるの楽しみにしてたのに………。あっ! ゼフェル…様?」

 足跡を辿っていたアンジェリークは女王の像の前で空を見上げるゼフェルを見つけた。

「………ん? 何だ。アンジェリークじゃねーか。こんな所で何してんだよ。」

 人の気配を感じて振り返ったゼフェルがアンジェリークの姿に驚いたように尋ねる。

「ゼフェル様こそ…こんな時間にどうなさったんですか?」

「俺は別に……。雪が降ってたから散歩でもしてみよーと思ってよ。おめーは?」

「私もゼフェル様と同じです。あんまり綺麗だったから散歩したくなっちゃって。……ゼフェル様? いつ頃からここにいらっしゃったんですか?」

 ゼフェルの身体の上に積もった雪を払いながらアンジェリークは笑った。

「こんなに雪が積もってる。このままじゃゼフェル様。スノーマンになっちゃいますよ。寒くないんですか?」

「何だよ。それ。雪だるまになるほど積もってねーだろ。」

『ちょっと違うんだけどな。ゼフェル様。私が言ったのは雪だるまじゃなくてスノーマン。一緒にいると幸せな気持ちにしてくれるって意味なのに。』

 ゼフェルの言葉にアンジェリークは心の中で呟いた。

「ちょっと寒みぃけど耐えられない程じゃねーからな。そう言うおめーはしっかり着込んでるみてーだな。………ックシュ。」

「ほら。ゼフェル様。いくらなんでもこのままじゃ風邪をひいちゃいますよ。ちょっと待ってて下さいね。」

 くしゃみをしたゼフェルに慌てたアンジェリークは、着ていた緑のセーターを脱いでゼフェルに差し出した。

「はい。ゼフェル様。これ着て下さい。」

「な…何言ってんだよ。おめーは。それにしても信じらんねー奴だな。セーターの上にセーター重ね着してたのか? 第一! てめーの着てたモンじゃサイズが違うだろーが。」

「サイズだったら大丈夫ですよ。実はこのセーター。ゼフェル様に差し上げようと思って編んでた物なんです。さっき出来たばかりなんですよ。それに! ゼフェル様、寒そうなんですもの。私が着てたから暖かいですよ。ねっ。このままじゃ本当に雪だるまになっちゃう。これ。着て下さい。」

 にっこりと小首を傾げてセーターを手渡すアンジェリークにこれ以上嫌とは言えず、ゼフェルは渋々セーターに袖を通した。

「……わぁ。良かった。サイズ丁度良かったみたいですね。不格好だけど貰って下さいね。暖かいですか? ゼフェル様。」

「……ん。まぁな。不器用なおめーが作った割にはよく出来てる方じゃねー? ………でもよ。」

「はい?」

 寒い雪夜の中で顔を真っ赤にしたゼフェルが俯き加減に言葉を区切った。

「このセーター…よ。おめーが今着てるセーターと俺には同じに見えるんだけど……………。」

「お揃いです。」

『私のはゼフェル様の目の色。ゼフェル様のは私の目の色なんですよ。って言ったら脱いじゃうだろうな。』

 そんな事を考えながら再びにっこり笑って言ったアンジェリークの言葉にゼフェルの赤い顔が更に赤くなった。

「………お嫌でした?」

「別に嫌って訳じゃ……………。」

 そう聞かれると嫌とは言えないゼフェルが横を向いた自分の顔を不安そうに覗き込むアンジェリークにそれだけ言って歩き出した。

「あっ! ゼフェル様。どちらに行かれるんですか?」

「………いつまでもこんなトコに居たらおめーまで雪だるまになっちまうだろ。送ってってやるから…今日はもう寝ろ。」

「はい。ゼフェル様。」

 振り向きもせずに呟くゼフェルにアンジェリークは嬉しそうな笑顔を作って並んで歩き出した。



「……ゼフェル様。もう少しゆっくり歩いて…きゃっ!」

「アンジェリーク? ………プッ。何やってんだよ。おめーは全く。トロくせー奴だな。」

 積もった雪に足を取られ転んで雪まみれになったアンジェリークの姿にゼフェルが声を出して笑った。

「…ったく。それじゃホントに雪だるまじゃねー……ぶっ。てめっ! 何しやがる。」

「もうっ。そんなに笑わなくたって良いじゃないですか。そんなに笑うならゼフェル様も雪だるまになっちゃえば良いんだわ。」

 そう言ってアンジェリークはゼフェルに雪玉を投げつけた。

「てめっ。やりやがったな。お返しだ。」

「きゃっ。もう………。」

 こうして二人の間で雪合戦が始まった。

「ハ…ックシュ。」

「……クシュ。」

 ややしばらく雪合戦に興じ、互いに雪まみれになったゼフェルとアンジェリークが同時にクシャミをする。

「……アンジェ。この位で終わりにしようぜ。」

「そうですね。」

 アンジェリークの身体の雪を払いながら言うゼフェルの言葉に、ゼフェルの身体の雪を払っていたアンジェリークが同意する。

 二人は再びゆっくりと公園の入り口へと歩き出した。

「………アンジェリーク? どうしたんだ?」

 入り口手前で突然立ち止まったアンジェリークにゼフェルが尋ねる。

「………ゼフェル様。明日…じゃないか。もう今日よね。夜が明けたら私と会って下さいませんか?」

「あぁ? ………まぁ。良いぜ。……約束したからな。忘れんじゃねーぞ。」

「ゼフェル様こそ。それじゃあ。ここで待ち合わせ。ねっ。」

 そう言って小指を出すアンジェリークをゼフェルが不思議そうに見つめた。

「……何だよ。これ?」

「もうっ。指切りです。ゼフェル様。この間、約束忘れたから。」

「指切り〜? けっ。莫っ迦らしー。んなコト出来っかよ。」

「駄目ー。やって下さい。」

「…っせーな。今度は絶対忘れないから安心しろよ。」

「駄目っ! この間だってそう言って忘れたんだから………。」

「……判ったよ。……………ほら。これで良いんだろ? 行くぞ。」

 瞳を潤ませるアンジェリークにゼフェルは諦めたように小指を絡めた。

 そしてすぐに外すと背中を向けて歩き出した。

「ゼフェル様。明日のデート。そのセーター着てきて下さいね。」

「…っせーよ。こっちは譲歩して指切りまでしてやったんだ。そこまで面倒見きれっかっ! ………さっさと来いよ。」

 背中に向けられたアンジェリークの言葉にゼフェルは面倒くさそうに答えると、耳まで真っ赤にさせて振り返りアンジェリークに左手を差し出した。

 そんなゼフェルに追いつこうとアンジェリークは再び走り出した。



「ん。………いけないっ! 寝坊しちゃった。」

 眩しい朝の日差しで目を覚ましたアンジェリークは、壁に掛けてある時計の時刻に急いで赤いセーターを着ると食事もそこそこに公園に向かって走り出した。

『嫌だ。もうこんな時間。ゼフェル様。きっと怒って帰っちゃったわよね。指切りまでさせといて私が遅刻したんですもの……。あっ!』

「遅せぇぞ。こらっ!」

 公園の入り口まで辿りついたアンジェリークの視界に緑のセーターを着たゼフェルの姿があった。

「ゼフェル様………。」

「何、んな驚いた顔してんだよ。約束しただろ。………言っとくけどよ。昨夜あのまんま寝ちまって着替えんのが面倒だっただけだかんな。」

「……………ゼフェル様。大好きっ!」

「なっ…ば…莫迦野郎! んなトコでくっつくんじゃねーっ!」

 突然抱きついてきたアンジェリークにゼフェルは真っ赤になって怒鳴った。



『大好き。気まぐれで恥ずかしがり屋で冷たいけれど、とっても暖かい私のスノーマン。』


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