トラック野郎


『流れ星銀』

 これが長距離トラック運転手ゼフェルの仲間からの呼び名だった。

 誰よりも早く目的地に到達する。

 他のトラック野郎と違いゴテゴテと車を飾り立てるようなことはしない。

 その代わりの見事なシルバーボディからついた呼び名だった。

 高速道路で出会う仲間達は『まるで流れ星みたいにあっという間に見えなくなる。』と口々に言い合っていた。



「いらっしゃいませ。……あ。銀さん。」

「よぉ。」

 行きつけのドライブインで笑顔を見せる顔見知りの女に短く挨拶する。

『莫迦野郎っ! んな真ん真ん中に車止めてんじゃねーよっ! さっさとどけっ!』

『すみません。お願いです。助けてください。車がプスンって言ったきり動かなくなっちゃったんです〜。』

『あぁ? …んだとぉ?』

 神様にお祈りする時のように両手を胸の前で組んで運転席のドアの真下に立ったアンジェリークがゼフェルを見上げる。

 それが2人の出会いだった。

 山の中でガス欠を起こして立ち往生していたアンジェリークを助けたのが偶然通りかかったゼフェルだった。

 その後、ゼフェル行きつけのこのドライブインで2人は再会を果たしたのだった。

「今日もチキンカレー?」

「あぁ。」

「ふふふ。」

「…んだよ。気味悪りぃな。」

「なんでもない。すぐ持ってきますね。」

 嬉しそうにクスクスと笑うアンジェリークにゼフェルは片眉をあげて怪訝そうにアンジェリークを見ていた。

「銀ちゃん。電話よ。」

 食堂のおばちゃんに声をかけられてアンジェリークを見ていたゼフェルが受話器を取る。

「おう。…んだ。ルヴァか。あん? ……判った。荷物は……。っし。すぐ行く。早い者勝ちなんだな。」

 チン…と電話を切ると急ぎの仕事をやっつけるべく踵を返す。

「悪りぃな。すぐ出掛けなきゃなんねーや。」

「あら。そうなの。気をつけてね。」

 挨拶もそこそこに愛車のエンジンを噴かす。

「銀さんっ!」

「…んだ?」

 走り出そうとしたゼフェルはアンジェリークに呼ばれて窓から顔を出す。

「あの…お弁当。後で食べて。今日あたり帰ってくるって他の運転手さんに聞いて……。今日のカレー。私が作ったの。どうしても銀さんに食べて欲しくて。だから………。」

「貰ってく。」

 差し出されたトートバックを掴んでゼフェルが車を走らせる。

 高速を乗り継ぎぶっ飛ばして目的地へと向かう。

 改造プログラムによりリアルタイムで道路の最新情報を取り入れられる自慢のカーナビで目的地にいの一番に辿り着く事に成功したゼフェルが仕事の充実感から空腹を覚える。

「…と。そう言ゃ弁当があったんだっけな。」

 アンジェリークから渡されたトートバックの存在を思い出してシートの後ろから取り出す。

「………くっ。…んだよ。これ。やるか? 普通?」

 トートバックの中にあったタッパの蓋を開けたゼフェルが車内に充満するカレーの匂いに呆れたように呟く。

 車の振動で見事にご飯と融合してしまったチキンカレー。

 ご丁寧にペーパーナプキンに包まれたスプーンを使って一口、口に含む。

「あめぇ………。」

 作った本人そのものの味にゼフェルは苦笑するしかなかった。



 帰りの途中、高速のインターでゼフェルは休憩を取った。

「ゼフェルじゃない。」

「よぉ。オリヴィエじゃねーか。…んなトコで何してんだ?」

「個展を開いてたのよ。ついでに展示即売もね。ちょうど良かった。あんたに頼みがあんのよ。」

 声をかけてきたのはゼフェルの幼なじみで、宝石のデザインなどを手掛けているオリヴィエだった。

「頼み?」

「そ。あんた、手先が器用じゃない。これの研磨加工の実演して欲しいのよねぇ。」

 そう言ってオリヴィエが手の中の紫水晶を見せる。

「嫌なこった。んなこたぁ自分でやれよ。」

「これ以上やってたらお肌が荒れちゃうわよ。良いじゃない。お礼は奮発するからさ。」

「ふん。…………………………。」

 手を合わせて頼み込むオリヴィエから顔を背けたゼフェルがその視線の先に紅水晶のペンダントトップを見つけてふいにアンジェリークを思い出す。

『どうしても銀さんに食べて欲しくて。』

 出発間際のアンジェリークの言葉を唐突に思い出した。

「……どうしたの?」

 ブルブルと激しく頭を振るゼフェルにオリヴィエが不審そうに尋ねる。

「…んでもねぇーよ。……ホントに奮発すんのか?」

「やってくれるのぉ? うんうん。もう、マジで奮発しちゃう。」

「こいつ…くれんならやってやっても良いぜ。」

 そう言ってゼフェルが紅水晶のペンダントトップを手に取る。

「ちょ…ちょっとぉ。それは一品物なのよ? それだけ見事な紅水晶は滅多に手に入んないんだから。別なのに………。」

「こいつじゃなきゃやんねーよ。」

 ブスったれた顔で言い放つゼフェルにオリヴィエは絶句した。

 しかしやがて………。

「判ったわ。18金の鎖もおまけにつけてあげる。」

 と、見事なまでにゼフェルは反撃を食らったのだった。



『何だってんだよ。…ったく。第一! 弁当の礼だ。こいつは。弁当のっ!』

 見事なまでにプレゼント仕様にラッピングされた箱にゼフェルが心の中で毒づく。

 なんと言って渡そうかと、あれこれ考えている内にトラックはドライブインに着いてしまった。

「銀さん。おかえりなさい。」

『うっ………。』

 店が開くにはまだ少し早い時間だったらしく、店の前の掃除をしていたアンジェリークが嬉しそうに駆け寄ってくる。

 そんなアンジェリークにゼフェルはずいっとトートバックを差し出した。

「美味かった。サンキュな。」

「ホントに? おじさんやおばさんに銀さんには甘すぎるって言われて心配だったの。今度はもっと辛いの作りますね。」

「……あぁ。」

「銀さん?」

 まともに自分の顔を見ようとしないゼフェルにアンジェリークが首を傾げる。

「あの…どうか……………。」

「やる。」

 ポン…っとゼフェルがアンジェリークに件の箱を投げて寄こす。

「弁当の礼だ。」

「銀さん……。あっ! 待ってっ!」

 あくまでも視線を合わせずに立ち去ろうとするゼフェルの腕にアンジェリークはしがみついた。

「な…何だよっ!」

「これ…すっごく嬉しい。開けても良い?」

「俺のいねー所で開けろっ!」

 しがみつくアンジェリークの腕を振り払ってゼフェルはトラックに逃げ込んだ。

 トラックは流れ星のように消えていく。

 1人きりになって箱を開けたアンジェリークは目を丸くした。

『ゼフェルを宜しく。無愛想だけどいい奴よ。』

「知ってます。じゃなかったら銀さん…ゼフェルを好きになってません。」

 アンジェリークは箱の中にあったメーッセージカードにポツリと呟いていた。


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