強引な・・・
コツコツコツと未だに慣れないヒールの音を響かせて聖殿の廊下を書類の束を抱えて歩く。
あらかたの書類を守護聖の皆様に渡し終えて残ったのはルヴァ様の分だけ。
そんな残った書類を持ってルヴァ様の執務室に向かう途中…ゼフェル様の執務室の前まできた時だった。
「きゃ…んんっ!」
ほんの少しだけ開いた扉から黒い腕が伸びてきて腕を掴まれたと思ったら、そのまま部屋の中に引きずり込まれて唇を塞がれる。
「ん…んーっ!」
壁に身体を押しつけられるようにしてそのまま深く深く唇を犯される。
バサバサバサッ…と持っていた書類が床に落ちる。
必死になって腕を突っ張って…胸を叩いて離れようともがいたけれど、ゼフェル様は私を解放してはくれなかった。
舌を絡めるゼフェル様に私はどんどん力を失って意識まで遠のいていく。
立っていられなくなって壁に寄りかかったままズルズルとしゃがみ込むような状態になってもゼフェル様は私を許してはくれない。
何もかも判らなくなって全てをゼフェル様に任せるように身を委ねる。
と、今度はそんな私を拒絶するかのようにゼフェル様は私から離れて行ってしまう。
「………何なのよ。ゼフェル様の莫迦ぁ。」
たった1人取り残された執務室の中で小声で叫ぶ。
最近のゼフェル様は…いつもこんな風に意地悪だった。
時間も場所も問わずに私を求めて…最初抵抗していた私が全てを任せると急に私から離れていってしまう。
『人をその気にさせるだけさせといて急に止めないでよっ! 莫迦っ!』
『知るかよ。んなの。』
たしか一昨日だったと思う。
意識がはっきりするまでじっと私の顔を見ている…なんて私にしてみればもの凄く恥ずかしい事をして………。
叫んだ私に冷たい瞳のまま吐き捨てるように呟いてゼフェル様は何処かへ行ってしまったんだった。
「なんであんな風になっちゃったの?」
床に散らばった書類をまとめながら呟く。
ようやく一緒に暮らせるようになったのに…今のゼフェル様が何を考えているのか私には全然判らなかった。
『夜だって……………。』
以前だったら毎晩一緒だったのに…最近は何もない。
それが悪いことだとは思わない…けど寂しい。
書類を全部まとめ終えた私は未だガクガクする膝に、ゆっくりとルヴァ様の執務室へ歩いていった。
「ルヴァ様。失礼しま……。」
まるで図書館のようなルヴァ様の執務室に入って私は息を止めた。
ゼフェル様が…ルヴァ様と何か楽しそうに話をしていたから。
「あー。アンジェリーク。こんにちは。どうしましたー。」
「……あ。こんにちは。ルヴァ様。書類を持ってきました。」
ゼフェル様の痛いくらいの視線を感じながら平静さを装いつつルヴァ様に近づく。
さっきの強引なくらいのキスの感覚がまだ私の中に残っていた。
「じゃ。ルヴァ。俺、行くな。これ。サンキュ。…………… ノロマ 。」
ルヴァ様に挨拶してゼフェル様が踵を返す。
通り過ぎざま、ゼフェル様は私にだけ聞こえるような小さな声で呟いていった。
『誰のせいだと思ってるのよ。莫迦っ!』
部屋を出ていくゼフェル様の背中に心の中で思いっきり罵声を浴びせる。
どうしてああなっちゃったんだろう。
「はい。ありがとうございます。」
『聞いてみようかな?』
ルヴァ様に書類を手渡しながらそんなことを思う。
私と出会う前からゼフェル様の面倒を見てきたルヴァ様なら…何かご存じかもしれない。
「………? どうしましたー。アンジェリーク。」
「あの…ルヴァ様? ゼフェル様…最近、変じゃないですか?」
深刻な顔をして押し黙っていた私を不審に思っていただろうルヴァ様に思い切って聞いてみる。
「は? ゼフェルがですか? いえ…特には………。」
「そうですか?」
「はい。普段と変わりませんよ。あぁ。だけど、私には判らないゼフェルの変化もあなたには判るんでしょうねぇ。何しろ一緒に暮らしているんですから。」
にこにこと微笑みながら言うルヴァ様に顔が赤くなる。
「そんな事は……。それよりルヴァ様。さっきゼフェル様がありがとうって言ってたけど何かあったんですか?」
「はい? あぁ。いえね。ゼフェルの誕生日用にと思って取り寄せをお願いしていた本がありましてねぇ。それが手違いでやっと届いたんですよ。それでようやく渡しましてねぇ。3週間も遅れてしまって参りましたよ。」
『ゼフェル様の…誕…生…日。……………あぁっ!!!!!』
そうだったのか…と納得した直後、もの凄い事実に気がついてしまった。
私の家でもありゼフェル様の家でもある鋼の守護聖の館に慌てて帰る。
プライベートルームに飛び込むとベッドに寝ころんで本を見ていたゼフェル様が身体を起こしてベッドの端に腰掛けた。
「あ…あの………。ゼフェル様。」
なんて言って良いのか判らない。
ゼフェル様の誕生日を忘れていたなんて……………。
「思い出したか?」
「な…何で言ってくれないんですか。」
赤い目を細めて尋ねるゼフェル様についつい言ってしまう。
あんな意地悪しないで一言いってくれれば良いのに。
「俺がどっかの誰かさんの誕生日忘れて2日後にプレゼント渡した時にその誰かさんに言われたんだよな。私なら好きな人の誕生日を忘れたりなんかしませんってよ。」
カーッと全身が赤くなるのが判った。
「ごめんな…さい……………。」
「アンジェ。」
俯いてしまった私をゼフェル様がちょいちょいと手招きする。
おずおずと近づいた私をゼフェル様は自分の足の間に立たせてウェストを抱えるように両手を回した。
「悪りぃと思ってるか?」
「うん。」
「俺に本気で悪かったと思ってるな?」
「うん。」
「じゃ…キスしてくれよ。」
「うん…えぇっ!!!」
ゼフェル様の言葉に頷いて…大声を上げてしまった。
「キスって………。さっきしたじゃない。」
「さっきのは『してやった』んだろ。俺は『してくれ』っつってんだよ。」
『してくれ…ってそれってつまり……。』
ゼフェル様の言葉に赤かった私の顔は更に赤くなったんだと思う。
「あ…あの……。他のじゃ……………。」
「駄目だ。」
きっぱりと言い切るゼフェル様に泣きたくなる。
「あの…じゃあ。目…瞑って……。」
「駄目だ。」
『ええっ!!!!!』
「って言いてー所だけど…それは勘弁してやるよ。」
多分、半分以上泣いていたんだと思う。
ゼフェル様は苦笑してそっと目を閉じてくれた。
息が止まってしまいそうなほど胸が苦しい。
ゼフェル様の肩に両手を置いて震えながらゆっくりと顔を近づける。
ふっ…と唇にゼフェル様の息を感じて身体を引いてしまう。
でもウェストに回っているゼフェル様の手がそれを許してくれない。
震えながらゼフェル様の唇に自分の唇を重ねる。
その瞬間、私はキュッ! と瞳と唇を閉じた。
いつもゼフェル様にキスされていたから…自分からしたのは初めてだった。
『もう…良いよ…ね。!!!』
ゼフェル様の肩に置いた手に力を入れて離れようとしたらゼフェル様の大きな手が私の後頭部を押さえ込む。
驚いて目を開けた瞬間、赤いゼフェル様の瞳がダブって見えた。
慌ててもう一度、唇も一緒に瞳をきつく閉じる。
そんな唇がツン…と何かにつつかれた。
『な…に………?』
戸惑っていたらまたツンツンとつつかれる。
嫌々をするように頭を振ろうとしたけど、後頭部を押さえ込むゼフェル様の手がそれを許してくれない。
何度かつつかれてようやく何が唇をつついているのか理解して、うっすらと目を開けた私にゼフェル様の赤い瞳が何を要求しているのか教えてくれた。
震えながら少しだけ唇を開く。
「ん…んんっ!」
ただ表面に触れていただけのキスがほんの少しだけ深くなる。
ゼフェル様は…さっきのような乱暴なキスにはならなかった。
決して強引に私の舌を捕まえるようなことはしない。
その代わり、ゼフェル様の舌がゆっくりと私の唇をなぞった。
何度も何度も往復するように唇をなぞって…ゼフェル様が次を要求する。
『莫…迦………。』
涙を潤ませながらおずおずと舌を伸ばす。
ゼフェル様の舌に自分から自分の舌を絡ませる。
何度も何度も……………。
その内、気が遠くなって何も判らなくなってしまった。
「もう…あんな強引なの嫌。」
「そうか? 俺は結構気に入ったぜ。良いもんだよな。たまにはおめーにして貰うってのも。年に1ぺん…俺の誕生日のプレゼントはこれからずっとこれにしねーか?」
とんでもない事を言うゼフェル様に、私はボスッと手近にあった枕で思いっきり顔を殴っていた。