『今日も雨………。』

 窓を叩く雨の音を聞きながら心の中で呟く。

 まぁ…ね。

 今は6月だし6月は梅雨の時期だし………。

 雨が降ってもちっとも不思議じゃない…って言うより、雨が降らない日の方が珍しいくらいだから。

 でも……………。

『晴れてくれないかな。』

 窓ガラスにコツンと額をぶつけてお祈りしてみる。

 それが無駄なことなのは判っているんだけど、そうしないと気が済まなかった。

 だって今日は……………。

 自分勝手で我が侭で暴れん坊で怒りっぽくて口が悪くて女の子の気持ちなんてこれっぽっちも理解してくれない機械おたくで………。

 でも、指がとっても長くて赤い瞳がとっても綺麗でたま〜にだけど歌うと掠れたようなとっても素敵な声を持ってて…私にだけちょっと優しいゼフェル様の誕生日だから。

 プレゼントもね、ちゃんと用意してあるのよ。

 でも降り続くこの雨がどんどん私の自信を流して行っちゃうの。

 ゼフェル様、こんなのじゃ喜んでくれないだろうな…って。

 見つけた時はそっくりだと思ったの。

 もう絶対にこれ以外は無いって思っちゃったくらい。

 自分の分まで買っちゃって………。

 なのに雨の日が続けば続くほど、これで良いのかな? って思っちゃう。

 買い直そうかな…と思ったこともあったんだけど、私って一度これって決めちゃうとなかなか他の物に頭が切り換えられないのよね。

 そうこう悩んでいるうちにゼフェル様の誕生日になっちゃった。

 折角の誕生日なのに外は雨で………。

 プレゼントが濡れちゃいけないものなのも手伝って、私は朝から思いっきり沈み込んでいた。

『もう…呆れられても良いから……。せめて晴れてよ。』

 窓ガラスにもう一度、額をつけて心の中で呟く。

 そんな私のお祈りが効いたのか、ほんの少しだけ空が明るくなったような気がした。



「おいっ! アンジェっ! ちょっと来いっ!」

 窓辺でボーっと外を眺めていたらびしょびしょ姿の台風が突然やってきた。

「ゼ…ゼフェル様? どうしたん…きゃっ。」

「説明は後だ。時間がねーんだ。早く来いって。」

 ゼフェル様は私の手をぐいぐいと引っ張って外へ出ていこうとする。

「ちょ…ちょっと待ってください。ゼフェル様。そんなにびしょ濡れじゃ風邪ひきますよ。タオルで拭いて………。」

「時間がねーんだって。……あぁ。おめーを濡らす訳にゃいかねーな。レインコート持ってるか?」

「は?」

「レインコートだよ。レインコート!」

「持ってますけど……………。」

 振り返ったゼフェル様の言葉に私はきょとんとしてしまった。

 そんな私を急かすようにゼフェル様は言葉を続ける。

「…っし。じゃそいつを着て……。早くしろってっ!」

「は…はいっ!」

 急かされるままにレインコートに袖を通した私をゼフェル様は引きずるように外へと連れ出していった。

「ゼフェル様。一体、どこ………きゃあっ!」

「説明は後だ。しっかり掴まってろよ。」

 ゼフェル様は本当に時間がないみたいで私の問いかけにも答えず、いつもよりもの凄いスピードでエアバイクを走らせた。

 あまりスピードの出る乗り物が好きでない私はゼフェル様のウェストに両手を回して両目を閉じたまま必死でしがみついていた。

「…っし。間に合った。アンジェリーク。見て見ろよ。」

「えっ? …………………………。」

 ゼフェル様に言われて目を開けた私の目の前には信じられないような光景が広がっていた。

 地平線が見渡せる緑の平原。

 その遙か彼方から立ち上る七色の虹。

 空中で静止している私達の頭上を通り、また地平線の彼方へと落ちていく。

 くっきりと見える大きな虹の上の方には薄くぼやけた虹が2つも3つも見える。

『一度で良いから地平線から地平線まで切れてない虹を見てみたいんですよね。』

 ずっと以前、やっぱり雨の日にゼフェル様と虹を見つけてそんな話をしたことを思い出す。

「ゼフェル様………。」

「今は黙って見てろ。どーせ、後1分ももちゃしねーんだからよ。」

 そっと名前を呼んだ私にゼフェル様は振り返りもせずに呟いた。

 私は返事の代わりにゼフェル様のウェストに回した両手に力を入れて、頬をゼフェル様の背中に押しつけるように強くしがみついた。

 やがてゼフェル様の言葉通り薄くぼやけていた虹が見えなくなって、くっきり見えていた虹もどんどんぼやけていって………。

 虹が完全に消えてしまってからゼフェル様はゆっくりとエアバイクを地上に降ろしてくれた。

「どーだ。アン……。おめー…泣いてんのか?」

「えっ? ……あっ! 嫌だ。私…なんか感動しちゃって………。」

 誇らしげに振り返ったゼフェル様が私の顔を見るなり驚いたように頬に手を伸ばす。

 ぐいっ…と親指で目の下を擦られて、私は初めて自分が泣いていたことに気づいて右手で涙を拭った。

「…っか野郎。驚かすなよ。俺はまたヘマやっちまったのかと思ったじゃねーかよ。」

 ギュッ! と息が止まりそうなくらい強い力で抱きしめられたと思ったら、髪の毛の中にゼフェル様のそんなくぐもった声が聞こえた。

「…ったくよぉ。ルヴァ先生のトコでみっちり勉強しちまったぜ。虹の出来るしくみや水の光りを弾く屈折角なんかをよ。」

 髪の毛の中で苦笑するゼフェル様をゆっくりと見上げたら笑っていたゼフェル様の口元がキュッ! と閉まって真剣な顔になったゼフェル様が私の大好きな赤い瞳を閉じながらそっと近づいてきた。

 ゆっくりと近づくゼフェル様に私ももう少しだけ上を向いて瞳を閉じる。

 雨に濡れた…冷たいゼフェル様の唇が私の唇と重なる。

 私を抱きしめているゼフェル様の腕に力が入る。

 そんなゼフェル様に応えるように背中に回していた私の手がゼフェル様の服をしっかりと握りしめた。

「……ちったぁ元気になったか?」

「えっ?」

 ゆっくりと唇を離したゼフェル様が苦笑混りに尋ねる。

 何のことだか…私には心当たりが無かった。

「最近…おめー元気無かったからよ。」

 驚いたように目を大きく見開いて見上げていた私に、ゼフェル様は顔を背けて言いづらそうに呟いた。

『あ……………。』

 心の中でさえ言葉を失ってしまう。

 ゼフェル様はゼフェル様の誕生日のプレゼントであれこれ悩んでいた私を元気がないと思って元気づけてくれたの。

 こんなにびしょ濡れになってまで……………。

『あぁ…もう。』

 どうして良いのか判らなくなってゼフェル様にしがみつく。

 一瞬、驚いたようなゼフェル様がそれでも私を抱きしめ返してくれる。

『ゼフェル様。後で誕生日のプレゼント差し上げますね。でも……………。』

 もう少しだけこうしていさせて。

 そう言う代わりに私はゼフェル様に更に強くしがみついていた。


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