甘やかし過ぎ


 また始まった。

 大体! あの娘はあいつに甘すぎるのよ。

 教室の隅で始められた喧噪に本を読んでいた私は手を止めてチラリとそちらを見やった。

「ゼフェルの莫迦っ! もう知らないっ!!」

 泣き出しそうな顔をしていつものセリフを言ったあの娘が私の方へとやってくる。

 あの娘の後ろで私を睨み付けるあいつのギラギラした赤い瞳を私はサラリと受け流した。

「……………ロザリア〜。」

 私の目の前の席に座ったアンジェリークが堪えきれずに涙を零す。

 はぁ〜。全く………。

「全く。何度同じ事を繰り返したら気が済むのよ。あんた達は。いい加減にしてよね。ケンカする度に私に泣きついてくるのは。聞いてるの? アンジェリーク!」

 ヒックヒックとしゃくりあげるアンジェリークに処置無しの私は代わりにあいつをキッ! と睨み返してやった。

 あいつはプイッと横を向いたと思ったら立ち上がって教室を出ていってしまった。

 ホントに………。この娘は一体、あいつの何処がそんなに良いのかしら?

 口が悪くて乱暴者で短気で我侭で怒りっぽくって………。

 あぁ。そうそう。男としては身長も今一つよね。

『良い所もいっぱいあるんだよ?』

 真剣な顔で私にそう言ったのはいつの事だったかしら?

 私に言わせれば良い所の全く無い人間なんていないんだけどね。

 確かあの時もケンカをしたのよね。この娘とあいつは。

 で…結局、この娘があいつに謝って終わったの。

 絶対! 甘やかし過ぎだわ。だからあいつが図に乗るのよ。

 ここは…この娘の為にもあいつに反省させる為にも少しビシッ! とさせないといけないわね。

 そう思った私はガラにもないお節介を焼くことを心に決めたのだった。



 ケンカから3日目。

 私はアンジェリークにあいつをトコトン無視するように言い聞かせた。

『いつもあんたから謝っていたらあいつは図々しくなるばかりよ? たまにはあいつに謝らせなさい。あんたは何も悪くないんだから。』

『う…うん………。』

 ケンカをしたあの日、そんな風に言い聞かせてしばらくの間は一緒に登下校することにした。

『ロザリア。私…今回ばかりはゼフェルが謝ってくるまで頑張るね。』

 そう言っていたと言うのに…落ちつきが無くなってきたのはあの娘の方が先だった。

「落ちつきなさい。」

「だってロザリア。ゼフェルが見てる………。」

 そう。あいつは…ただ黙って私達を目で追っているだけだった。

 何も言わない。……まぁ。そんな潔い所は認めてあげても良いわね。

「私…やっぱり謝ってくる。」

「ちょ…ちょっと………。」

 ガタンッ! と立ち上がったアンジェリークを止められなかった。

 私と一緒にいても…あの娘は少しも生き生きとしていなかったから。

 どこが良いのか私には理解できないけど、あいつの隣りにいて怒ったり泣いたりしている方がずっとあの娘は生き生きしていた。

「ゼフェル! ……ゼフェル。ごめん…ね。」

 あの娘が本当に申し訳なさそうに言っていると言うのに………あいつはっ!!

 プイッと無言で横を向いてしまった。

「ちょっとあんた……………。」

 あの娘が折角謝っていると言うのにあんまりな態度を取るあいつに腹を立てた私が文句の一つも言ってやろうと思った矢先…あの娘は横を向いたあいつの頬にキスをしたのだった。

 ………ちょっとあんたっ!! ここを何処だと思っているのよっ!!!

「これでも…許して貰えないかなぁ?」

 私からは後ろ姿しか見えないあの娘の涙混りの声が聞こえる。

「……莫迦野郎。」

 低く…掠れた声がしてあの娘の金色の髪の毛にあいつの手が伸びた。

 止めたっ! やってられないわ。全く。

 結局、私がどんなに頑張ったって当のアンジェリークがあいつを甘やかしてるんじゃどうしようもないわ。

 でも……………そんなあの娘を甘やかしているのは私かも知れないわね。


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