瞳の中に


 こうやって目を閉じると必ず見えてくる一人の人。

 シルバープラチナの髪にルビーみたいな赤い瞳の少年。

 こんな人知らない。

 ……ううん。知っているの?

 ずっと前から…私は彼に恋をしていた。



「わぁ。綺麗。」

 家路を急いでいた私は道の端に出来てた黒山の人だかりから顔を出して感嘆の声を上げてしまった。

 アクセサリーを売っている小さな露店。

 帽子を目深に被ってサングラスをかけた男の人がクルクルと手先を器用に動かしてペンダントを作っていた。

「ほらよ。」

 注文した女の子に無愛想に手渡して代金を受け取るその人に何だか懐かしさを感じる。

『私も…何か作って貰おうかな?』

「さってと。今日はもう終わりだ。」

 そう思った矢先、チラッと時計を見たその人が立ち上がってパンパンとズボンの埃を払いながら呟いた。

 周りの女の子達から一斉に不満のブーイングがあがった。

「莫迦野郎。もう遅いんだ。てめー等もさっさと帰れ。また…気が向いたらここに来っかもしれねーからよ。」

 メンドくせーけどな…と、そんな言葉が続きそうな感じで言ったその人は未だブツブツ言っている周りの女の子達を無視して片付け始める。

 諦めた女の子達はどんどんとその場から離れていった。

「…っと。」

「あっ!」

 小さな緑色の石がその人の手から零れて私の足元に転がる。

「はい。どうぞ。」

「あ…あぁ………。」

 慌てて拾って石を差し出す私にその人は驚いたように目を丸くした。

「……………あの?」

「…! んでもねぇ。ありがとな。」

 小首を傾げた私に我に返ったその人は慌てたように石を受け取り顔を背ける。

 その人のサングラス越しの茶色い瞳に心臓がドキリと跳ねた。



 それから毎日、同じ道を通って家に帰った。

 でも、あの人には会えなかった。

 私…どうしちゃったんだろう?

 瞳を閉じると見えていた少年の姿が日に日にあの人の姿と重なる。

『……………あ。』

 家の近くの公園のブランコに人影を見つけて足が止まる。

 あの人が…ブランコにユラユラと揺られながら煙草を吸っていた。

 口元から漏れた煙草の煙が細く白くたなびく。

「……よぉ。」

 自分でも気が付かない内にその人のすぐ側まで歩いていた。

「こんにちは。最近…お店をやらないんですか?」

「いい加減、捌き切れなくなってきたからな。そろそろ別の場所に移ろうかと思っていた所だ。ちょうど良かったぜ。こいつ…やるよ。この間、石拾ってくれた礼だ。」

 そう言って手渡されたのは緑色の石の指輪。

「……………。」

「んだ? 気にいんねーのか?」

「……あっ! いいえっ! ただ…赤い石が良かったな…って……………。」

 不満そうな言葉の響きに慌てて弁解する。

「赤? ……………んでだ?」

 聞かれてその人を真正面から見る。

 サングラス越しの茶色い瞳が強い光を放っていた。

「あの…聞き流して下さいね。私…小さい頃から目を閉じると瞼の奥に一人の男の子の姿が見えるんです。シルバープラチナの髪に赤い瞳の……。その子の事…好きなんだと思う。だから赤が良いなって。知らない…見た事もない男の子の筈なんだけどはっきり見えるの。こうやって目を閉じるだけで…身長もそんなに変わらない。多分…このくらい………。」

 目を閉じたままホンの少しだけ上を向く。

 瞳の中の彼とは……うん。

 きっとこのぐらいの身長差。

「!!!!!」

 唇を襲った突然の触覚に慌てて後ずさる。

「な……。あ…………………………。ゼ…フェル……様?」

 目を開いてその人の姿に呆然とした。

 帽子もサングラスも全部外していた。

 大好きなシルバープラチナの髪と赤い瞳が私の目の前にある。

 瞳の中の男の子が目の前に立っていた。

「莫迦野郎。んなトコまで飛ばされやがって。」

 苦笑しながらの呟きに私は全てを思い出した。

 女王候補だった事。

 鋼の守護聖ゼフェル様との事。

 次元回廊での事故で時間を飛んでしまった事。

「散々、探させて貰ったぜ。アンジェリーク。……行くぞ。」

「行くって…ゼフェル様。聖地へですか?」

 私の問いかけにゼフェル様の足がピタリと止まる。

「アンジェリーク。おめー…俺にまた守護聖やらせる気か?」

 また…って……。

 それって……………。

「とっくの昔に代わった。おめー。もう俺から離れんな。…ったく。危なっかしくて目が離せねーよ。おめーって奴はよ。」

 私の手を引っ張りながら通りに止めてある車へと向かう。

 もしかして…私をここで待っていてくれたの?

「………ゼフェル様。」

「どうした?」

 腕にしがみついた私にゼフェル様が訝しげに振り返る。

 どうして忘れていたんだろう。こんなに好きな人を。

「私…これからはずっと側にいますね。ゼフェル様の側に。目を閉じていても開いていてもゼフェル様の姿が見える場所に。」

「……ったりめーだ。このボケ。」

 私の頭を軽く小突いてゼフェル様が笑った。

 瞳の中の少年はすっかり逞しい青年になっていた。


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