海辺のツーショット


 夏! である。

 夏! と言えば海! と来るのがご多分に漏れない所で、ゼフェルとアンジェリークの2人も通っている学校の臨海学校と称する学校行事でとある海辺にやってきていた。



「気持ちいいー。」

 大きな浮輪で波間をプカプカと浮いていたアンジェリークが両腕を広げて空を見上げる。

 何処までも青い空。何処までも青い海。そして真っ白な砂浜。

 2人きりでなく学校の皆と…と言う所がホンの少しの不満ではあるが、愛しい彼に今年の水着姿を披露することも出来たし、海の水は肌に心地よい冷たさで、アンジェリークは瞳を閉じて波間をぷっかりぷっかりクラゲのように漂っていた。

「ん……。あれ?」

 先程まで響いていた周りの喧噪が全く聞こえなくなってアンジェリークが目を開ける。

「嫌だ…嘘でしょう。」

 遥か向こうに小さく見える砂浜にアンジェリークは慌てて足をバタつかせた。

 しかし、本来泳ぎが不得手な上に澪に入り込んでしまったらしく、全く岸に近づいているように思えない。

 むしろ沖へ沖へとどんどん流されているようだった。

「嫌だ……。どうしよう……………。」

 疲れてしまったアンジェリークが足を止めると待ってましたと言わんばかりに浮輪が沖へと動き出す。

 途方に暮れたアンジェリークは自分に向かって近づいてくる波飛沫を見た。

「嫌…嫌だ。サメ? こんな所で? や…助けて……。ゼフェル!!!」

「……っの…莫迦野郎っ!!!!!」

 顔を覆ってしまったアンジェリークの耳に聞き慣れた罵声が届く。

「…ったく。ろくに泳げもしねぇクセにんなトコまで流されやがって………。」

「ゼフェル……………。」

 浮輪の縁を掴んでゼーゼーと肩を上下させているゼフェルをアンジェリークが涙の溜まった大きな瞳で唖然と見つめる。

「戻るぞ。しっかり浮輪にしがみついてろ。」

 憮然としたままの表情でゼフェルが真横に向かって浮輪を押すように泳ぎ出す。

「………ゼフェル? 岸に戻るんじゃないの?」

「まず澪を出てからだ。」

「澪? ………あっ! どうして? さっきまで沖に流されてたのに今度は岸に向かって流されてるみたい。ゼフェル…澪って何?」

「……沖へ向かって流れる水の道みてーなもんだ。だから沖へ流された時は岸に向かって泳ぐより真横に泳いだ方が助かる。覚えとけよ。澪から外れりゃ今度は波が岸に流してくれっからな。」

 浮輪に片腕を突っ込んだゼフェルが足を止めて波に身を任せる。

 プカプカと波間を漂いながら2人はどうにか足の届く所まで戻ることが出来た。

「ごめんね。心配かけて。疲れたでしょ? 大丈夫?」

 砂浜に腰を下ろしたゼフェルの顔をアンジェリークが気遣うように覗き込む。

「悪りぃと思うならもう目の届かねぇ所に行くんじゃねぇ。戻るぞ。」

「えっ? もう? 折角二人きりになれたのに………。」

「莫迦野郎! 女共がてめーがいねぇって心配してんだよ。ほら。行くぞ。」

「う…うん。」

 立ち上がったゼフェルがアンジェリークの手を握って先を歩き出す。

「………ねぇ。ゼフェル。私…変?」

「あん? んだって?」

「だって…何も言ってくれない。水着…似合わない?」

 ずっと不満に思っていたことをアンジェリークが口にする。

「んなコトねぇ!」

「ホント?」

「ホントだ。ただし…白はもう着んな。」

 ずっと思っていたことをゼフェルが口にする。

 着替えを終えて水着姿の彼女を見たときのゼフェルの感想は『くぅ〜。』だった。

 でもすぐに『他の野郎共に見せるんじゃねー。』とか『白なんか着やがって。透けて見えたらどうすんだよ。莫迦野郎。』等々…色々と思ってしまったのだった。

「白い水着…変?」

 だけどアンジェリークにゼフェルの想いは伝わらない。

「変なんかじゃねーっ!! ただ………。」

「ただ?」

「………俺以外の奴に白い水着姿見せんな。」

 少し早足になったゼフェルの声が潮風に乗ってアンジェリークの耳に届く。

「ゼフェル……。待って。ゼフェ……きゃっ!」

「アンジェ? ………おめーは何してんだよ。ほら。」

 砂に足を取られて転んだアンジェリークにゼフェルが手を差し伸べる。

「そんなこと言ったって………。」

 顔を上げたと同時に視線が重なり二人共身動きできなくなる。

カシャッ。

「ひゅー。お熱いねぇ。」

 軽いシャッター音とひやかしの声にゼフェルがハッ! と我に返って顔を向けるとそこにアルバム製作委員の姿があった。

「てめー等。そこで何してやがるっ!!!」

「お言葉だよなぁ。お前がもの凄い勢いで沖に泳いでいったからこれは何かあると思ってお前達を探してたんだぜ。やっぱ公認カップルは熱いねぇ。アルバムのトップは決まりだな。ゼフェル。」

「ふ〜たりーのため〜、せ〜かいはあるのぉ〜。かー。やってらんねーよなぁ。」

「……………てめー等。そこっ! 動くなっ!」

 真っ赤になったゼフェルがアルバム製作委員の2人を追いかける。

 アンジェリークは真っ赤な顔のままその場に取り残されてしまった。



 その後、他の人間の写真もあるからとフィルムを奪い取ることが出来なかったゼフェルは現像された写真とネガをアルバム委員から没収した。

 しかし、ゼフェルは知らなかった。

 件の写真は実は2枚現像されていて、残りの1枚をアンジェリークが持っていることを………。


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