悩み事相談所
「ねぇ。ルヴァ。あの二人って、今でもあんたのトコに来ることあるの?」
海苔煎餅をパリッといい音を立ててかじりながら、夢の守護聖オリヴィエが尋ねる。
「はぁ…あの、オリヴィエ? あの二人って言うのは、やっぱり………。」
「決まってんでしょ。ゼフェルとアンジェリークのことよっ!」
戸惑いながら尋ねる大地の守護聖ルヴァに、オリヴィエはきっぱりと断言した。
「大体ね。あんたは昔っから、悩み事相談所の相談員みたいなトコがあってさぁ。こっちにいる時だって人の出入りが多かったじゃない? なのに、あっちにいっても全っ然、変わってなくてさぁ。私の部屋ってあんたの部屋の隣だったじゃない? 結構、人の出入りする音が聞こえたりしてたのよね。」
「はぁ。それは騒がしくて申し訳なかったですねぇ。」
「別に良いんだけどね。私もこうやって、あんたのトコにしょっちゅう来てるわけだし。で、どうなの?」
「は? どうなの? とは?」
「あぁ。もう。だからっ! ゼフェルとアンジェリークの事よ。」
真顔で聞いてくるルヴァにオリヴィエが眉間に皺を寄せる。
「あっ! あぁ。すみません。えぇ。そーですねぇ。ここ最近は落ち着いたみたいで来ませんけど、少し前は殆ど毎日のように代わる代わる来てましたよー。」
「代わる代わる? 二人で一緒に…って事は無いの?」
ルヴァの答えに、オリヴィエが意外そうに尋ねた。
「えぇ。ありませんでしたねー。それにオリヴィエ。確かにあの二人は私のところに来ていましたけど、私は特に良い助言が出来たわけでは無いんですよー。」
オリヴィエの問いに答えながらルヴァが苦笑する。
鋼の守護聖ゼフェルと女王候補アンジェリーク。
二人は守護聖と女王候補という立場でありながら、互いに恋心を抱いた。
そして互いに悩んだ末、ルヴァのところに相談に来ていたのも事実。
だけど二人一緒に、ではない。
ゼフェルの方はこれまでそんな感情を持ったことも無かったので戸惑って、アンジェリークの方は自身の立場を考えての相談だった。
「ふぅん。そうなんだ。私はまた、てっきり二人して来てたのかと思ってたわ。…って事は、ゼフェルの独断だったって訳ね。あの騒動は。」
「はぁ。えぇ。まぁ………。」
オリヴィエの言葉にルヴァが苦笑する。
随分早い段階から二人に個々に相談を受けていたルヴァだったのだが、明確な助言も出来ず、ただただそれぞれの話を聞いてやることしか出来なかった。
そんなルヴァの煮え切らない態度に焦れたのか、ゼフェルは何とあろう事か女王就任式の壇上からアンジェリークを連れて逃げ散らかしたのだった。
『俺はおめーを女王になんかさせたくねーっ! おめーは俺のモンだっ! おめーも俺のそばにずっといてぇなら一緒に来いっ!』
あの時のゼフェルの言葉を、誰も忘れることは出来ないだろう。
大粒の涙をその緑色の瞳一杯に浮かべたアンジェリークは、差し出されたゼフェルの手を取って、二人は走っていってしまった。
あまりの出来事に呆然となり、追う事も忘れてその場に取り残された面々は、女王やディアの取りなしで、ロザリアを女王とすることで納得したのだった。
「あの時は、あまりにも何も出来なかった私に、ゼフェルは愛想を尽かしたんでしょうねぇ。」
「そんなこと無いわよ。」
寂しそうに呟くルヴァの言葉をオリヴィエが否定する。
「恋愛なんてのはさ。周りがいくら助言したって、結局は本人の問題なんだからさ。良い助言も悪い助言も無いのよ。どっちかって言うとさ。自分の言葉を聞いてくれる人が必要なの。ルヴァってなぁ〜んか、そうゆうのが合ってるのよ。だから私も含めてみんな、あんたのトコに来るんでしょ。ジュリアスやクラヴィスだって。自分の話を聞いて貰いたくて。」
「はぁ。そうなんでしょうか?」
オリヴィエの言葉に、ルヴァが自信なげに尋ねる。
確かに首座の光の守護聖も、滅多に出歩かない闇の守護聖も、自分の元を訪れる。
しかしだからと言って、特に何を話すわけでも無いのである。
さすがにここ最近は、ゼフェルとアンジェリークのことで色々と話してはいるが………。
「そうなの! それに、美味しい物も食べられるし、面白いものも見られるしね。」
「面白いもの………?」
「ルヴァ様っ!」
不思議そうなルヴァにパチンとウインクをしてオリヴィエが扉を指さしたのと、補佐官服を纏ったアンジェリークが入ってきたのは、ほぼ同時だった。
「アンジェリーク?」
「聞いてください。ルヴァ様。ゼフェル様ったら酷いんですよ。」
「何があったのさ。アンジェリーク。」
飛び込んでくるなりの言葉に、オリヴィエが笑いをかみ殺すように尋ねる。
「オリヴィエ様………。こんにちは。すみません。ご挨拶が遅れて。」
「いい。いい。それより、どうしたの?」
「あっ! そうです。ゼフェル様ったらね。飛空都市から聖地に引っ越しする途中で工具箱を無くしちゃったんですけど、それを私のせいにするんですよ?」
「工具箱?」
「あー。ゼフェルがいつも持っていたあれですか?」
「ええ。そうなんです。あっちの荷物と一緒に置いといてくれ…って頼まれたから、そうしたんです。それだけなのに、その工具箱だけが見あたらなくて、怒るんですよ? おめーは何処に置いたんだ! って。」
「まぁまぁ。アンジェリーク。落ち着いてください。これでも飲んで。」
プッと膨れるアンジェリークにルヴァがお茶を勧める。
「ありがとうございます。ルヴァ様。でも酷いと思いません? 私は言われた所に置いただけなんですよ?」
「それだけ坊やには大切な物なんだろうぜ。」
突然の声にその場にいた三人が振り返ると、扉の所に炎の守護聖オスカーが立っていた。
「ルヴァ様。お嬢ちゃんが入っていくのが見えたんでお邪魔しました。これだろ。お嬢ちゃん。坊やが無くしたって騒いでいる工具箱は。」
「あっ! そうです。それです!」
オスカーが背中に隠し持っていた見慣れた工具箱に、アンジェリークが飛びつく。
「俺の荷物に紛れ込んでいた。」
「あんた。それでわざわざ持ってきたの? いつもなら取りに来させるクセに。」
オスカーの言葉にオリヴィエがからかうように尋ねる。
「中身を見てみな。なかなかに面白い物を見せて貰ったぜ。…っと、一割貰ったから礼の必要はない…とゼフェルに伝えておいてくれよな。お嬢ちゃん。じゃあな。失礼しました。ルヴァ様。」
「ありがとうございました。オスカー様。」
ウインクを一つ残してオスカーが去っていく。
残された三人の視線は、自然と工具箱に注がれていた。
「なぁ〜んか、含みのある言い方ねぇ。気になるなぁ。開けてみない?」
「はい! 勿論です。」
「良いんですかねぇ。」
工具箱の蓋を開けながら、それぞれが呟く。
外の方からゼフェルの大声が聞こえたような気がした。
「綺麗……………。」
「ホント綺麗ねぇ。あの子。こんなのも作れるんだ。」
「はぁ。見事ですねぇ。」
工具箱の中に入っていた、大小さまざまなイヤリングや指輪などのアクセサリーに、それぞれが溜息をつく。
「これなんかホントに見事よねぇ。私にはサイズが小さ過ぎるけど。」
中の一つを手にとって、オリヴィエが指の先に乗せてみせる。
「アンジェ〜! 蓋開ける……………。」
騒がしい足音と共に入ってきたゼフェルが、既に開けられている工具箱に言葉を失う。
「ゼフェル様。これ。オスカー様が………。」
「そこで会った。帰っぞ。アンジェ。」
アンジェリークの言葉を遮るようにゼフェルが近づいてきて、工具箱を持つアンジェリークの腕を掴む。
「ねぇ。ゼフェル。私、これ気に入っちゃった。サイズ、私用に直してくんない?」
「! 返せっ! それはアンジェに………。」
指の先っちょに乗せただけの指輪を見せたオリヴィエから、ゼフェルが指輪を奪い返すと同時に黙り込む。
「あ。アンジェ用かぁ。じゃあ、しょうがないね。」
「あー。ひょっとして、その箱の中、全部…ですか?」
「えっ? でも…私、一つも貰ったこと………。」
それぞれの呟きに、黙りこくってしまったゼフェルが首まで赤くする。
「………あー。それはですねぇ。きっとあなたの好みが判らなくて、どれを渡して良いのか判らなかったからでしょうねぇ。」
「バカねぇ。ゼフェル。これ見せて、アンジェの好きなのを選んで貰えば良いじゃない。あ。それとも内緒で驚かせるつもりだったの?」
「うっせー。うっせー。うっせーっ!」
ますます顔を赤くしたゼフェルが大声で怒鳴る。
グイッ…と力を入れて、やはり顔を赤くしたアンジェリークを引っ張って歩き出す。
「じゃあね〜。アンジェ。」
「またいらしてくださいねー。」
「あ。ごちそうさまでした。ありがとうございました。ルヴァ様。オリヴィエ様。」
真っ赤な顔のまま、それでも幸せそうな笑顔でアンジェリークがゼフェルと共に消えていく。
「ふふふ。いい顔だったわねぇ。」
「そうですねぇ。あの子達のあんな顔が見たくて、私はあの子達の話を聞き続けていたんでしょうねぇ。多分、これからも。」
すっかり温くなってしまったお茶の葉を取り替えて、ルヴァが呟く。
窓の外ではゼフェルとアンジェリークが二人並んで歩いていた。
後日、ゼフェルが取られた一割分をオスカーから取り戻したのは言うまでもない事実だった。