自信家
教育実習で訪れた学校で、私は凄い男の子と知り合ってしまった。
名前はゼフェル。
真面目なタイプの子じゃないんだけど、頭の良さはベテランの先生方でも舌を巻くほど。
特に理数系に関しては、誰も太刀打ちできない。
運動能力も標準以上。
足の速さは天下一品なんじゃないかしら?
いわゆるリーダー、クラスの人気者でまとめ役…なんだろうけど、彼はそんな普通のリーダー達とはちょっと違っていた。
いつも一人でいる所しか見たこと無いからなのかもしれない。
何となく気になって、彼を見ていた。
特に仲の良い子とかがいる訳じゃない。
誰かといつも一緒にいる訳でもない。
どちらかと言えば一匹狼タイプなんだけど、だけど周りから一目置かれてる。
何か問題があれば、彼を中心にして問題が解決されていく。
リーダーシップが強くて指導力がある…カリスマ性とでも言うのかな?
そんなものが彼から感じられるんだと、私は思っていた。
「あのさー。俺に言いてぇ事があるんなら、はっきり言ったら?」
実習期間も後半にさしかかった頃、図書室の奥の書庫で偶然出会ったとき、彼にそう言われた。
「えっ?」
私は彼が何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。
彼が私に話しかけてくるとも思っていなかった。
だって彼は三年生。
私は一年生の実習担当。
だから彼と話をしたのは、この時が初めてだった。
「いっつも見てっだろ。あんた。俺に惚れたんなら惚れたって、はっきり言えよ。」
「なっ……………。」
突然の彼の言葉に顔が真っ赤になる。
確かにいつも見てたけど………。
だからって、どうしてそうなるのよっ!
「おあいにく様。そんなんじゃありません。」
「へぇ〜。じゃあ、何で見てたんだよ?」
意地悪な笑顔で問いかける彼に、私はうまく返答が出来ない。
何を言っても、彼に都合の良いように解釈されてしまうような気がしたから。
「私はただ…クラスの中心人物なのにいつも一人でいるあなたが不思議だったの。」
何も言わないでいるのもシャクな気がして、見つめるきっかけを話す。
「そんだけ?」
「それだけ。」
「ふ〜ん。」
不満そうな口調の彼を無視して書庫を出る。
その後、彼…ゼフェルは私が一人でいる時を狙っているかのように私の前に現れては、同じ言葉を繰り返すようになった。
俺に惚れたんなら惚れたってはっきり言え…って。
何であんなに自信過剰なのっ?
年下の男の子に振り回されてしまう自分が何だか情けなかった。
でも彼の持つカリスマ性は、たった四歳くらいの年の差だけではどうにも出来なかった。
「なぁ。アンジェ。まだ俺に惚れねーの?」
図書室の奥…すっかり私とゼフェルの密会場所のようになってしまった書庫で、ゼフェルがいつもの言葉を投げかけてくる。
「そんなんじゃないって、何度も言ってるでしょ。第一、実習生とは言え、仮にも教師に向かってその言葉遣いは何? それに私はあなたより年上なのよ?」
「おめーがこの問題、間違いなく解けるんなら、年上の教師だって認めてやるよ。」
「………意地悪。」
ニヤニヤと意地悪な顔で何かの問題集のページを私に見せる。
一目見ただけで、到底解くことが出来ないと判る、私には理解不可能な問題。
「アンジェ…で良いんだろ? で、俺に惚れた?」
「もうっ! 惚れた惚れたって、何でそんなことばっかり聞いてくるのよ。」
「何でって………。そりゃおめー。おめーが俺に惚れない訳ねーって思ってっからに決まってっだろ。」
さも当然…と言った顔で、それでも少しだけ顔を赤くして呟くゼフェルに私は言葉を失う。
ホントに………。
ここまで自信家だとは思わなかった。
「自信過剰もいい加減にしてね。それじゃ私、この教育実習のレポートまとめなきゃいけないから。」
いつものようにゼフェルの横を通り抜けて書庫を出ようとした私の腕が掴まれる。
「ゼフェル?」
「逃げんなよ。」
今まで見たこともないような真剣な顔で、ゼフェルが私を書棚に押し止める。
「逃げてなんか………。」
「おめーは逃げてんだよっ! 逃げてねーってんなら、真っ直ぐ俺を見て見ろよ。」
あんまり真剣なゼフェルの顔が怖くて顔を逸らしていたら、自分を見ろと怒ったような口調でゼフェルが呟く。
そんな言葉に促されて、真っ直ぐゼフェルを見つめる。
もしかしたら真っ正面からゼフェルを見るのは初めてかもしれない。
真っ赤な瞳がとても綺麗だった。
「言えよ。俺に惚れてるって。」
ゆっくりと顔を近づけながらゼフェルが呟く。
息苦しくて頭の後ろの方がクラクラした。
頭の中が霧で霞んでくる。
「言えって。」
どんどん近づいてくるゼフェルの赤い瞳が、どんどんぼやけてくる。
完全にぼやける前に、私の目の前は真っ暗になった。
瞳を閉じてしまったから。
それと同時に唇に感じる暖かくて柔らかな触感。
乱暴ではないけれど、しっかりと自己主張をしてくる彼の想い。
頭の中が真っ白な霧に覆われる。
私は身体中から力が抜けてしまった。
「……………おめーさぁ。」
完全に思考能力が無くなって、ゼフェルの胸にもたれていた私の前髪が熱っぽい吐息で揺れる。
「やっぱ早えぇトコ、俺に惚れろよ。」
自信に満ちあふれたゼフェルの言葉。
従わざるを得ないようなカリスマの言葉に、私は無意識に頷いていた。
そのお陰で、ゼフェルの口付けが更に激しくなったのだけは辛うじて覚えている。
でも、その先のことは何も覚えていない。
気が付いたら、ゼフェルの腕の中だった。
私はすっかり捕まってしまった。
もしかしたら最初っから捕まっていたのかもしれない。
カリスマ性が高くて自信家のゼフェルに。