山師


「すみません。」

 メットを被った泥だらけの俺に、綺麗に化粧をした場違いな女が声を掛ける。

「…んだよ。」

「社長のゼフェルさんはどちらにいらっしゃるんでしょうか? 先日お電話で取材をお願いしたテレビ局の者なのですが………。」

 金髪女の言葉に俺は思わず眉を上げた。

 テレビ局の取材だぁ?

 何処のどいつだ?

 んなモン、受けやがったのは………。

「……………何の目的だよ。」

「えっ? もちろんゼフェルさんへのインタビューです。若くして毎年、長者番付のベスト10入りをなさっている億万長者。ルビーを始めとして、サファィヤ、エメラルド等、数々の鉱山をたった一人で発見発掘している現在の厳窟王。さぞかし素敵な方なんでしょうね。」

 目をキラキラさせた女が喧しくまくし立てる。

 おめーら女が素敵に思ってんのは俺じゃなくて、俺の掘る宝石の方だろ。

 勝手な想像してんじゃねーよ。

「そんだけ知ってりゃ十分なんじゃねーの? 邪魔だから帰れよ。それと。メットくれー被れ。危ねーだろ。」

「あ…あなたには関係ないでしょ。ゼフェルさんは何処なんですか?」

 手にしていた岩の塊をハンマーでぶっ叩く俺に女が唇を尖らせる。

『ちくしょー。ねーな。』

 ここはハズレかと思った矢先……………。

「しゃっちょー。出ましたぜ。」

「なにぃ? ホントかっ!」

 奥の方からのダミ声に、俺は素早く立ち上がり穴の奥に駆け込んだ。

 もちろん今さっきまで隣で話していた女は無視だ。

「え? 社長…って………。えぇっ???」

 後ろから女のパニクったような声が聞こえたが、それどころじゃねー。

「どこだ?」

「ここです。当たりでしたよ。良質のルビー原石の宝庫ですぜ。ここは。」

 いかつい大男が手の中の岩をハンマーで真っ二つに叩き割る。

 赤いルビーの原石が鈍い輝きを放った。

「でかしたぜ野郎共! おいっ! 今日は俺のおごりだっ! 地上で飲むなり食うなり好きにしろっ! 全部、俺のツケで構わねーぞっ!」

 俺の言葉に荒くれ男共が歓喜の雄叫びを上げる。

 男共の雄叫びに鉱内の空気がビリビリと震えた。

 ゾロゾロと男達が地上へ向かう中、俺は一人残って岩石の状態を調べた。

「あ…あのぉ………。」

 遠慮がちな声に振り返ると、さっきの女がメットを被って立っていた。

「さ…先程は知らないこととは言え失礼しました。お若い方だとは聞いていたのですが、まさかこんなにお若い方だとは………。」

「気にしちゃねーよ。」

 深々と頭を下げる女から視線を外す。

 今はそれどころじゃなかった。

「あの…社長さんなのにどうしてそんな格好で現場にいらっしゃるんですか?」

「性に合ってるからに決まってっだろ。俺は社長になりたくて山師をやってる訳じゃねー。山師をやってる男がたまたま社長にまでなっちまっただけだ。会社組織にした方が都合がいい事もあるしな。」

 さっきの大男が言ったとおり、かなり良質な原石鉱山だ。

 俺は自分の見込みが当たった事に、かなり機嫌を良くしていた。

「社長さんになりたかった訳じゃない…んですか?」

 意外そうな女の言葉に俺は女を真っ正面から見た。

「…んで、そんな意外そうなツラすんだよ。」

「あの…だって普通、どんなお仕事をしている人でも一番上に立ちたいと思うんじゃないですか? 特に男の人は。」

 始めて真っ正面から俺に見られて、女が戸惑ったような顔で答える。

「………おめー。これが何に見える?」

 俺は手近にあった原石を拾い上げて女の目の前に見せた。

「石ですか?」

「石…ね。」

 苦笑いをしながらズボンのポケットの中から研磨をかけたルビーを取り出し女に差し出す。

「それじゃこいつは?」

「ルビーです。すごい綺麗。」

 俺の手の中のルビーに女は目をうっとりとさせやがる。

「同じモンだ…っつったら信じるか? それも、おめーが石だっつった方が価値が高けぇっつったらよ。」

 ルビーを手渡しながら呟く俺の言葉に、受け取った女の目がまん丸になる。

 俺はハンマーで原石を叩いた。

 かなり上質のルビーだ。

 研磨をかけたら色合いはこいつの持っている奴の比じゃねーな。

『ここなら星が入ってっかもしんねーな。』

 滅多に出てこないスタールビーも採掘できるかもしれない。

 俺は2つに割った原石を眺めながらそんな事を考えていた。

 ふと見ると、女があんぐりと大口を開けている。

「なんつーツラをしてんだよ。おめーは。」

「あ…だって……。石だと思ってたのに、あんまり綺麗だから………。」

 どうやら俺の手の中の原石に驚いたらしい。

「………社長なんて職業はな。俺はその研磨した宝石だと思ってる。磨かれちまったらそれ以上にはなれねー。だけど俺は自分を原石だと思ってる。最高級品にもクズにもなる可能性がある原石だ…ってな。今までもこれからもだ。」

「だから…こうやって現場に?」

「あぁ。」

「素敵ですね。」

 感激しきったような女の言葉に思わず照れる。

「も…もうインタビューは良いだろ。出るぞ。」

「はいっ。」

 にっこり微笑む女の目は、俺が今まで発掘したどのエメラルドよりも輝いていた。


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