設計士


「いつもお世話になっております。×○建設コンサルの者ですが資料をお持ちしました。」

 ドラフターの縮尺スケルを交換していた俺の耳にそんな声が届く。

『×○建設っつったら、今、俺がやってる奴じゃねーか。』

 そう思い当たってひょいと入り口の方を覗き込むと、扉近くの奴が入り口に立っている女を招き入れているところだった。

 でっけー封筒と図面の入った筒を両手で抱えるようにして、女は俺の元へ近づいてくる。

「いつもお世話になっております。×○建設コンサルのアンジェリーク・リモージュと言います。資料をお持ちしました。」

「担当のゼフェルだ。ご苦労さん。」

 受け取ったでっけーだけじゃない分厚い封筒をそで机の上に放り投げてドラフターに視線を戻す。

 渡された封筒の中身をチェックするより、やりかけの図面を仕上げちまうのが先だった。

「あのぉ………。」

 遠慮がちな声に顔を向けると、さっきの女がまだすぐ側に立っていた。

「まだ何かあんのか?」

「申し訳ありませんっ!!!!!」

 不審に尋ねると、女は部屋中に響き渡るくれーでっけー声を上げて大げさに頭を下げやがった。

 周りの奴等が驚いたように俺を見つめる。

「な…何だよ。突然。」

「こちらの完全なミスなんです。この図面………」

 おずおずと差し出す図面ケースを女から奪い取って中身を取り出す。

 1週間前に俺が描き上げて、先行分で渡しておいた奴だ。

「で? こいつの何処が間違ってるって?」

「あ…あの。こちらの測量ミスだったんです。御社が間違っていた訳では………。」

『んなこたぁ判ってんだよ。』

 慌てて言い繕う女に心の中で呟く。

 この俺が図面でミスる訳ねーだろ。

「だ・か・らっ! 修正すんだろ? 何処を直しゃ良いんだ?」

「あっ! ここです。こちらのポイントが………。」

 女も俺の意図にようやく気付いて慌てて説明にはいる。

 どうやらポイントの距離が違っているだけらしい。

「ちょっと待ってろ。」

 女を脇に立たせたまま図面の修正に入る。

 字消し板で訂正部分を消して2枚の三角定規を使って新たな線を引いて………。

 ほんの1分もかからねーで作業が終わる。

「ほらよ。」

 ふっ…とシャーペン芯の粉を吹き飛ばして女に図面を返す。

「あ…ありがとうございました。それでは失礼します。」

「……………あっ! おいっ!」

 頭を下げて背中を向ける女を、ある事を思いついた俺は呼び止めた。

「はい?」

「あんた……。5分…いや3分だけ待てるか?」

「えっ? え…えぇ。大丈夫ですけど………。」

「だったら待ってろ。こいつを仕上げちまうから、ついでに持って帰れ。」

「はい。判りました。」

 コクリと頷く女に俺はドラフターに向き直る。

 左利きの俺専用のドラフターの上を縮尺スケルが縦横無尽に動き回った。

『…んか、やりにきぃーな。』

 すぐ近くに立っている女の、何に感心しまくってるのか判らねーが、そんな気配がばしばしに伝わってきて図面に集中しづれぇ。

「………よぉ。悪ぃんだけどよ。あっちに休憩室があっから、そこで待っててくんねーか?」

「あ…すみません。気が散りますよね。判りました。」

 キィ…と椅子の背もたれを軋ませて女に呟く。

 女は金色の髪を揺らして慌てた様子で休憩室に向かった。

 それから2分と少しで俺は図面を終わらせた。

 図面を留めていたスチール板を外して立ち上がる。

 そで机の上に置いてある煙草の箱をひっ掴んで、終わらせてある他の図面と共に休憩室に向かった。

「待たせちまったな。」

「いいえ。勝手に頂いちゃってます。」

 呟く俺に女は休憩室に置いてある自販機のジュースの缶を見せる。

「ほらよ。こいつで全部だ。持ってって担当に渡してくれ。」

「はい。判りました。でも………。」

「あん? …んだよ?」

 口ごもる女に煙草をくわえながら尋ねる。

「全部手書きなんですね。とても綺麗な図面だからキャドだとばっかり思ってました。」

「チンケな設計会社だかんな。社長はキャド化したいらしいが高くて手が出せねーらしい。ま。そのお陰で俺等は食っていけるんだけどな。」

 どっかのキャバクラから誰かが持ってきたマッチで火をつけて、ふーっと白い煙を吐き出す。

 仕事が終わった後は格別にうまい。

「それじゃ失礼します。」

「あぁ。」

 ジュースの缶をご丁寧にゴミ箱に入れて女が戸口に向かう。

「あの…………………………。」

「ん?」

 休憩室の戸口で立ち止まった女の声に、俺は煙草をくわえたまま女を見つめた。

「私、こちらの会社の図面。綺麗で見やすくてとても好きなんです。キャドで描いたものじゃないって判って、もっともっと好きになりました。こちらの社長さんには悪いんですけど、このままずっとキャド化しないで欲しいなと思います。それと…うちの会社の担当がずっとあなただったら嬉しいなって………。失礼しました。」

 パタパタと軽い足音を残して、真っ赤な顔をした女が帰っていく。

 煙草をくわえたまま石化した俺は、危うく唇を火傷するところだった。


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