夜のおでかけ


 おかしい。

 おかしい。

 こんなのぜってーおかしい。

 どうにも寝付けねー夜。

 俺は聖殿の星の間に向かいながら心の中で呟いていた。

 そうなんだよ。

 こんなのぜってー俺らしくねぇ。

 大体俺は宇宙なんてどうでもいいんだよ。

 守護聖なんてクソっくらえと思ってる。

 だから勿論、女王試験なんて全く興味ねぇし、育成に熱心な訳でもねぇ。

 だってーのに、何でこーなっちまうんだよ。

 俺がこんなにもらしくねぇ事しちまうのも、こんなに落ち着かねーのも全部……………。

「アンジェリークって奴は放っとけねーから………。」

 星の間の中央で口から出てきた言葉に自分で驚く。

 慌てて口を押さえて辺りを見回した。

 誰もいないことを確認して、俺はホッと肩の力を抜いた。

 そうだよ。

 みんな、あいつが悪りぃんだよ。

 あいつがあんまりにもぽよよんなんで、俺はこんならしくねぇ事ばっかしちまうんだ。

 ちったぁ、もう1人のあの高ビーお嬢を見習えっつーの。

 へったくそな育成ばっかしやがって………。

 あんまバランスが悪りぃんで、俺が毎晩、こうやってフォローしなきゃなんねーんじゃ………。

 途中まで考えてブンブンと頭を振った。

 別に俺がフォローをしてやる必要はねぇ。

 だけど……………。

 我慢できねーモンはしょーがねーだろっ!!!!!

 心の中であの金髪のぽよよん女を怒鳴りつけて鋼のサクリアを大陸に贈る。

 大陸の隅々に行き渡る鋼の力。

「こんなモンか。…ったく。」

 左手で前髪をかき上げて星の間を出た。

 毎晩…だ。

 このところ毎晩のように俺は星の間に通っていた。

 目的はあいつの育成している大陸に力を贈ること。

 育成を頼まれちゃいねー。

 だからやる必要はねぇ。

 ねぇ筈なのに、夜になると俺の身体の奥底から妙に落ち着かない何かが沸き上がってくる。

 ルヴァに言わせりゃ、守護聖としての責任感…なんだそうだ。

 そんなモンを俺が持っているとは俺自身思っちゃいねー。

 だけど夜になると落ち着かなくなる。

 今夜はぜってー行くもんか。

 そう心に決めて我慢して我慢して………。

 だけど結局、俺は星の間に行っちまう。

 朝になればあいつにも他の奴等にも俺の行動は知られる。

 守護聖としての務めを果たしている俺に、ジュリアスあたりはさぞかしご満悦だろう。

 そう思うと滅茶苦茶ムカつく。

 だけど堪えていたものが堪えきんなくなって爆発しちまう。

 みんな、あのぽよよん女のせいだ。

「ん?」

 公園に入ると女王像の前に人影があった。

「くぅおらっ! てめーはこんな時間にこんなトコでなにしてやがるっ!」

 後ろ姿に怒鳴りつけると、金色の髪がビクッと揺れて驚いたような緑の瞳が振り返った。

「あ…こんばんわ。ゼフェル様。ゼフェル様こそどうなさった………。」

「俺のコトはどーでもいーんだよ。おめーはんなトコで何してんだ。」

 俺だと判って安心したようなあいつが笑顔を作る。

 んな笑顔にごまかされっか。

「ちょっと寝付けなくてお散歩に……。」

「寮まで送ってやる。行くぞ。」

 諸悪の根元のてめーがなに言ってやがる。

 寝付けねーのは俺の方だっつーの。

「アンジェリーク?」

「ゼフェル様。私…女王になった方が良いですか?」

 女王像の前から動かないアンジェリークがそんなことを聞いてくる。

 おめーはそのために試験をやってんじゃねーのかよっ!!!

「なりたくねーのか?」

「判らないです。なれたら良いなって思ってたけど、最近、考えることが出来て………。」

 ぽよよんなおめーが何を考えるっつーんだよ。

 首を振るアンジェリークに思わず溜息が出る。

「なりたくねーんなら止めちまえ。おめーの好きだ。」

「そしたら家に帰ることになるんですよね。」

「そーだろな。ま。おめーの場合はあの高ビーお嬢と仲が良いから、望めばディア様みてーに補佐官として残る…ってこともあっだろーけどよ。」

 家に帰る…って言葉に何かムカっ腹がたった。

 此処に残りたきゃ残りゃいーじゃねーかよ。

「補佐官…私に出来るでしょうか?」

「要は女王の精神安定剤だ。てめーにゃうってつけだろ。」

 こいつが女王補佐官になったら…女王だけでなく、守護聖全員の精神安定剤になりそうだ。

 同時にびっくり箱になる可能性も大だけどな。

「ゼフェル様。」

「あん?」

 公園の出口のトコまで来たとき、アンジェリークが俺の名前を呼んだ。

「ここまでで良いです。その代わり、明日、デートしましょ。湖に。」

「あ? ………ま。良いぜ。明日…つーか、明るくなったらおめーの部屋に行きゃ良いんだな?」

「はい。絶対ですよ。」

 にっこり満面の笑みに虚をつかれる。

 その一瞬に、ふわっと甘い香りが強くなって目の前が金色一色に染まった。

 唇に感じた柔らかな感触に俺は硬直した。

「じゃ…お休みなさい。」

 月明かりの下でも判るほど真っ赤になったアンジェリークが寮に向かって一目散に走り出す。

 ……………………………………………………。

 ちょ…ちょっと待てぃっ!!!!!

 追いかけたい気持ちが暴れまくってるってーのに、情けねーことに腰が抜けた俺はその場にしりもちをついたまま声を出すことも出来ねーでいた。


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