湖の奥の花園
「今日は特別な場所に連れてってやるっつったろ。こっちだぜ。」
部屋に誘いに来たゼフェル様が湖の奥、普段は立入禁止になっている場所へとアンジェリークを手招きします。
森の小道を抜けて出た先は一面広がるお花畑。
「どうだ? 気に入ったか? こないだ偶然ここ見つけてよ。おめーってこういう場所好きそうだもんな。他にも知ってる奴がいるかもしんねーけど…ここの事、誰にも喋んじゃねーぞ。良いな。アンジェリーク。」
言いながら照れているのかゼフェル様はアンジェリークの方を見ようともしないでざくざくと花畑の中に出来た細い道を歩きます。
「……えっ? うわっ! な…莫迦野郎っ! いきなり突き飛ばしやがってなんだってんだよっ!」
『駄目ーっ!』と言う叫び声と共にゼフェル様はアンジェリークに突き飛ばされました。
かなりお怒りのようですが、アンジェリークの方は足下の方に注意がいっていてゼフェル様のお怒りに気が付いてないようです。
「………? なんなんだよ。……あ? 花?」
アンジェリークがしゃがみ込んで手を差し伸べるのでゼフェル様はその手の先にある物を見つめました。
細い道の真ん中に咲いている紫色の小さな花。
「ゼフェル様踏みそうだったから…って。………おめーはそれで俺を突き飛ばしたのかよっ! …ったく。」
アンジェリークの言葉にゼフェル様は呆れたように頭をかきます。
「だって踏まれたら可哀想? んなこたぁ判ってるよ。………ちっ。仕方ねーな。ちょっとそこ退けよ。」
小さな花を守るように両手で包むアンジェリークを退かしてゼフェル様はポケットから携帯用のドライバーを取り出して花の周りの地面を掘りだしました。
「何すんだ…って。………こんなトコで咲いてたらいつ誰に踏まれるか判んねーだろ。踏まれねーようなトコに移すんだよっ!」
慌てて止めようとしたアンジェリークがゼフェル様の言葉に嬉しそうに微笑みます。
「………良しっ! これでもう踏まれる心配はねーぞ。アンジェリーク。」
道の端の開いている場所に花を移し終えたゼフェル様がアンジェリークを振り返ります。
ゼフェル様の大切にしているドライバーは泥だらけです。
「ば……。何やってんだよっ! 良いって! んなコトしたらおめーのハンカチが泥だらけになるだろっ!」
アンジェリークはポケットからハンカチを取り出して泥だらけのドライバーを拭こうとしました。
そんなアンジェリークにゼフェル様は慌ててドライバーをしまいました。
「おめーって花好きなんだな。どんなのが好きなんだ?」
花畑の中央まで来たゼフェル様が嬉しそうに咲いている花々を指でつついているアンジェリークに尋ねます。
「花ならどんなのでも好き? ……おめーらしいな。あん? 俺か?」
逆にアンジェリークに尋ねられたゼフェル様が考え込みます。
「そうだなぁ。俺は花なんて興味ねーから名前知んねーのが多いけど……。オスカーの奴がよく持って歩いてるバラとかマルセルの奴が温室で育ててる花ってのは好きじゃねーな。どっちかってーとさっきのみたいに小せぇけど一生懸命咲いてる花の方が好きだ。………エリューシオンの奴等に似てるよな。そう言う一生懸命なトコ。おめーにも……………。」
言いながらゼフェル様がアンジェリークを引き寄せます。
花々に囲まれた二人が唇を重ねました。
「……………さっきの…小せぇ花。なんつーんだ?」
ゆっくりと唇を離したゼフェル様が瞳を閉じたままのアンジェリークにそっと尋ねます。
「………すみれ? ……ふーん。だったら…俺はおめーみたいなすみれの花が好きだな。」
小さな声で答えるアンジェリークに何度も口付けながらゼフェル様はそう囁きました。