好きな場所


「ゼフェル〜。」
 遠くから聞こえる声に鋼の守護聖ゼフェルが顔を上げると、女王アンジェリークがひよひよと宙を飛びながら近づいてきていた。
「こんな所にいたんだ。捜しちゃった。」
「…んだ。どうした? 何かあったのか? それとも、またロザリアに黙ってサボリか?」
 真っ白な羽を動かして空中に浮かんだまま笑顔を作るアンジェリークに、ドライバーを握りしめたゼフェルが目を細めながら尋ねる。
 最近は随分と慣れてきたが、それでもやはりゼフェルは違和感を拭えないでいた。
 アンジェリークの背中の真っ白な羽に。
 女王の背中の羽は飾りだとばかり思っていた。
 それが女王のサクリアの象徴としての幻影だと知ったときは酷く驚いたものだった。
 触れようとしても、スカッと見事に空振りしてしまう事も、既に身をもって体験済みである。
 だと言うのに、この羽は女王自らの意志でもって、具現化も出来るのである。
 しかも空まで飛べるというオプション付きで………。
 その事実を知らされたときの驚きは、アンジェリークと知り合ってからの中でも最大級の驚きであった。
「もう。ゼフェルじゃないんだからね。今日はもうおしまいなの。あのね。ロザリアが最近よく頑張ってるからって、明日お休みにしてくれたの。だからゼフェルと遊ぼうと思って家に行ったんだけど、留守だったからあっちこっち捜してたの。………何してるの? ロボちゃん、壊れちゃったの?」
 ゼフェルの言葉に少しだけ口を尖らせて反論していたアンジェリークが、ゼフェルが手にしていたロボットに気付き心配そうに聞いてくる。
「壊れた訳じゃねーから安心しろ。ちょっとばかし部品交換してるだけだ。」
「そっか。良かったぁ。」
 ゼフェルの言葉にアンジェリークが安堵したように、ホッと息を吐く。
 アンジェリークはゼフェルの作る物が大好きだった。
 中でも今ゼフェルが手にしているロボットは、アンジェリークがまだ女王ではなかった頃にゼフェルが見せてくれた自慢のメカで、アンジェリークの一番のお気に入りだった。
 ゼフェルもその事を知っているので、ロボットに少しでも不具合があるとすぐに直していたのだった。
「で? 明日。おめーは休みだって?」
「あ…うん。そうなの。だからね。ほら。これっ!」
 心底安心した様子のアンジェリークにゼフェルが問いかけると、アンジェリークは我に返ったように手にしていた本を目の前につきだして嬉しそうに笑った。
「……………。んだよ。そりゃ?」
 わざわざ聞かなくても『最新版 主星ガイドブック』と、本のタイトルが大きく書いてあるので判っているが、ついつい聞いてしまうゼフェルだった。
「最新版の主星ガイドブックよ。」
 ニッコリと笑顔で答えるアンジェリークにゼフェルは苦笑してしまう。
「抜け出す気か?」
「駄目? だってね。私の知らないテーマパークが出来たみたいなの。それに今やってる映画ね。凄く評判良いらしいのよ?」
「どっちか一つに絞れよ。二ついっぺんは無理だぞ。」
 そう言ってロボットの修理作業に戻ったゼフェルの背中に、柔らかいものがピッタリと張り付いた。
「ゼフェル。ロボちゃんの部品交換。まだかかるの?」
「あー。もちっとな。………おめー。くっつきすぎ。」
 後ろから抱きついてきて尋ねるアンジェリークに、ゼフェルがぶっきらぼうに答える。
 そんなゼフェルの頬は、うっすらと赤くなっていた。
「判った。じゃあその間にもう一度よ〜く熟読して明日の予定決めるね。ゼフェルは何か希望ある?」
「任せる。おめーの好きにしろ。」
「うん。判った。ありがとう。ゼフェル。」
 元気な返事が聞こえたと思ったら、途端にゼフェルの背中が軽くなり温もりが無くなる。
「どこで読もうかなぁ〜。」
「どこだって良いじゃねーか。おめーの好きなトコで読めよ。」
 温もりが無くなった寂しさに、ゼフェルはついついつっけんどんな口調になってしまう。
「好きなトコか〜。好きなトコ………。」
 ゼフェルのつっけんどんな口調を気にする様子もなく周りを見渡していたアンジェリークの視線が、ロボットの修理に集中しているゼフェルの後頭部で止まる。
「……………ふふっ。」
 アンジェリークの小さな忍び笑いが聞こえたと思ったら、ゼフェルの後頭部が柔らかな感触と暖かな温もりを持った重さに、前方へと傾いだ。
「…………………………おい。」
「なに?」
 背中の羽を羽ばたかせて自分の後頭部に腰掛けるアンジェリークにゼフェルが声をかけると、アンジェリークは涼しい声で返事を返してくる。
「おめーはどこに座ってんだ。」
「好きな所に座ってるの。ゼフェルが言ったのよ? 好きなトコで読めって。だから私、一番好きな所に座ったの。いけない?」
「……………勝手にしろ。」
 アンジェリークの言葉に、ゼフェルは耳を真っ赤にさせて呟いた。
 アンジェリークの丸くて柔らかなお尻が、風に吹かれて冷たくなっていたゼフェルの首筋を温める。
 ゼフェルは後頭部にアンジェリークを乗せたまま、ロボットの修理を続けていた。
「………そう言ゃよ。おめー今夜。晩飯、食っていけんだろ?」
 ふと思い出したように、ゼフェルがドライバーを動かしながら尋ねる。
「うん。お泊まりも出来るよ。着替えなんかはもうゼフェルの家の人に渡してある。それにね。料理長さんに、今夜のチキンカレーはいつもより辛さ控え目にしてくださいってお願いしてあるんだ。」
「んだよそりゃ。…ったく。いつもながら手回し良いな。おめーはよ。」
 アンジェリークの言葉にゼフェルは呆れたように、でも嬉しさを隠しきれない声音で呟いた。
 アンジェリークは勝ち誇ったように、鼻歌交じりでガイドブックの頁をめくったのだった。


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