夫婦の事情
7月が近づいてくると、我が家はとても恐ろしい状況に陥る。
いつもニコニコ『天使の微笑み』とまで称されるママが、ニコリとも笑わなくなるから。
何故か? …って言うと、それは私の両親の誕生日がどっちも6月なのが原因だったりする。
月の初めがパパの誕生日。
そして月の終わりはママの誕生日。
5月の中頃からそわそわし始めて何も手が着かなくなるって言うのに、6月になった途端にリビングで呑気にメカいじりなんかを始めるパパに、私はいつも呆れていた。
だって毎年なの。
毎年っ!!!!!
ママはこの時のために全精力を傾けるというのに、パパは自分の誕生日が過ぎるとママの誕生日のことをコロッ! と、ものの見事に忘れてくれる。
そして日に日に不機嫌になっていくママの、機嫌の悪さの原因を私に転換する。
あのメカおたくの無神経親父はっ!!
「おい。おめーはまた、何をやったんだ?」
今年も台所でガチャガチャと派手な音を立てているママの様子に、パパはドライバーを握りしめたまま私に声を潜めて聞いてくる。
私がママの機嫌を損ねるような、どっかのおバカと同じ事をすると思ってんの?
「私、何もしてないよ。パパこそ自分の胸に手を当てて、よっく考えてみたら?」
「俺が…か?」
パパは私の言葉に少し考えるように天井を見上げた。
「………………………………………………………………………そっか。」
たっぷり3分は考えていた。
パパは何か思い当たる所があったのか、ボソッと呟いて立ち上がった。
「おい。おめー、今から隣のジジイのトコにでも行ってろ。んで、今夜は泊まってこい。」
台所に向かいながらパパはそんな事を言った。
隣のおじいちゃんのトコって………。
「何するのよ。バカ。降ろしてよ。」
パパの言葉に呆然としてしまった私の目の前に、肩の上にママを担ぎ上げたパパが台所から姿を表す。
「ちょっ…。あの子が見てるじゃないっ! バカバカバカ。降ろしてってば。」
ママは私の存在に気が付いて、パパに担がれたままの両足をバタバタと動かした。
「んだ。まだいたのか?」
いるに決まってるでしょっ!!!!!
……………ホントに仕方ないなぁ。
「ママ。私、今から隣のおじいちゃんのトコに遊びに行ってくるね。今夜は泊めて貰うから。」
「今からって………。」
「おー。行って来い。行って来い。ジジイに迷惑かけんじゃねーぞ。」
いつも迷惑をかけてんのはパパでしょっ!!!
私はそんな言葉を飲み込んで、いつ家を出ても良いように揃えてあるお泊まりリュックを背負って家を出た。
後ろの…パパとママの寝室の方からもの凄く派手な音が聞こえる。
ホントに恥ずかしいったら……………。
でも、まぁ、良しとしますか。
私にはよく判らない『大人の事情』と言う奴があるらしい。
パパとママは毎年、これを繰り返す。
で、近所迷惑のような大騒ぎを起こすんだけど、それが静かになって……………。
翌日家に戻ると上機嫌のパパと、恥ずかしそうに…だけど満更じゃない様子のいつものママに戻っているんだから。