はっぱっぱー


「よっ。アンジェリーク。」
「きゃっ! もうっ。ゼフェル様のエッチっ!」
 森の湖に向かっていた女王候補のアンジェリークは後ろから走ってきて自分のお尻を叩く鋼の守護聖ゼフェルに拳を振り上げた。
「けっ。なに言ってやがる。そんなセリフはもう少し肉付き良くしてから言えってんだ。そしたら触りがいもあるんだからよ。」
「もう〜。ゼフェル様なんて嫌い。」
「…んだよ。そんなに怒らなくても良いだろ? 悪かったよ。で…何処行くんだ?」
 口を尖らせるアンジェリークにゼフェルが折れる。
「………森の湖です。ルヴァ様が湖の近くで不思議な生き物を見つけたからって。ゼフェル様はご存じないんですか?」
「へぇ〜。初めて聞いたぜ。どんな生き物なんだ?」
「んー。それが…ルヴァ様詳しく教えて下さらなかったからよく判らないんです。行ってみればすぐに判りますよって……。」
「へー。じゃ、行ってみようぜ。」
「はい。」
 二人は連れだって森の湖へ向かっていった。


「…っかしよー。どの辺にいるとかは聞いたのか?」
「えっとですね。滝の反対側の木立の中にいたって……。」
「…ってぇとあっちか。……行くぞ。」
 アンジェリークの指さす方へ歩き出す。
「ゼフェル様。どんな生き物なんでしょうね。」
「……さぁな。あのおっさんの言う生き物ってのは幅が広いかんな。なんせ人間から虫まで全部生き物だからよ。」
「む…虫……ですか?」
「ああ。前によ。絶滅寸前の生き物の捕獲に成功しましたとかって大騒ぎした事があってよ。何かと思ったらこーんな小せぇしゃくとり虫だったんだよ。」
 ゼフェルが指で2センチ程の隙間を作る。
「む…虫だったら嫌だなぁ……。」
「虫は苦手か? 女って虫が苦手な奴が多いよな。」
「普通そうだと思いますよ?」
「そんなモンかね。…っと。この辺かな?」
「だと思いますけど……。」
 二人で当たりをキョロキョロ見回すが生き物どころか虫の姿も見えない。
「なーんもいねーな。」
「いないですね。」
「ルヴァにかつがれた…って訳ねーか。」
「そうですよ。ゼフェル様じゃないんですから……。」
「どーゆー意味だよ。それっ!」
「ゼフェル様。この間私に嘘ついたじゃないですか。」
「…ったく。あん時のことは謝ったんだから水に流せよな。」
「判ってます。……でも。本当に何もいないですね。」
 そう言ってアンジェリークが側にあった大木に寄り掛かった。
「きゃっ!」
「げっ! ……凄げぇ莫迦力。」
 ドサドサドサーッと寄り掛かった振動で大量の枯れ葉がアンジェリークの頭の上に落ちてきた。
「な…そんなに強く揺すってませんっ! ゼフェル様の意地…わ………。キャーッ!」
「わっ! お…おいっ! アンジェリーク?」
 突然悲鳴を上げてアンジェリークがゼフェルに抱きついた。
「嫌ーっ。取って。取って。」
「取ってって……。なにを……?」
「虫。虫ー。この葉っぱ…虫なの。全部虫なの。取って〜。」
「へっ?」
 アンジェリークの悲壮な叫びにゼフェルがよくよく見てみると枯れ葉だと思っていたのは枯れ葉に似せた姿の虫であった。
「ゼフェル様。お願いー。早く取って。」
「わ…判ったから……。んなに暴れんじゃねーよ。」
「だって動いて……嫌ーっ。ブラウスの中にも入ってる〜。」
 アンジェリークが泣き叫ぶ。
 気持ち悪くて身体を動かすのでかえって虫が体の中に移動していたのだった。
「ゼフェル様。早く取ってぇ〜。」
「取れったって…服の中だろ? どうしろってんだよ。」
 見える場所にいる虫を全部払ったゼフェルが困り果てる。
「あーん。気持ち悪いから早く取ってぇ………。」
「……ちっ。仕方ねーな。ほら。服…脱げ。」
「えっ!」
「脱がなきゃ取れねーだろ。向こう向いててやるから脱いで自分で叩け。」
 クルリと背を向けるゼフェルにアンジェリークが服を脱ぎ始めた。
 パサリパサリと布の擦れる音を聞いているだけでゼフェルは耳まで赤くしていた。
「ゼフェル様〜。」
「何だっ!」
「取れない〜。」
「ああっ? ……!」
 情けないアンジェリークの声に振り返ったゼフェルが慌てて顔を背ける。
 薄いピンクのキャミソール姿のアンジェリークが半べそ状態で立っていた。
「肌の方にくっついてて離れないんです〜。」
「だからっ! 脱いだ服で叩けよ。」
「気持ち悪くて見てられないんです〜。取ってぇ〜。」
 泣きのはいるアンジェリークにゼフェルが泣きたくなる。
「てめえ……。仕方ねーな。少し我慢しろよ。」
 なるべくアンジェリークの姿を見ないようにしながらゼフェルがアンジェリークに近づいた。
「どの辺にいるんだ?」
「背中と胸の所………。」
「……後ろ向け。」
 ゼフェルの言葉にアンジェリークが素直に後ろを向く。
「少しの間…我慢しろよ。」
 コクンと頷くのを確認してゼフェルはキャミソールの中に手を入れた。
 その瞬間、ピクンッとアンジェリークの身体が跳ねた。
「動くんじゃ…ねーよ……。」
「だって………。」
 虫の這う気持ち悪さと緊張しているゼフェルの手の冷たさにアンジェリークの身体がどうしても反応してしまう。
「………っと。よし。背中はもう大丈夫だな?」
 コクリとアンジェリークが頷く。
「……じゃ。前は自分でやれ。」
「や…気持ち悪いから嫌っ!」
「ば…莫迦野郎っ! 俺が手を突っ込む訳には行かねーだろ。少し位気持ち悪いのなんか我慢しろよ。」
「嫌っ! ゼフェル様ぁ………。」
「……………はぁ。もうしばらく我慢してろよ。」
 縋るような目でゼフェルを振り返るアンジェリークにゼフェルは諦めたように溜息をつくと後ろからアンジェリークの胸元に手を差し込んだ。
「んっ……。あんっ!」
「ば…莫迦。妙な声だすんじゃねーよ。」
「だって………。」
 一瞬胸の膨らみを掠めたゼフェルの手にアンジェリークが甘い声を漏らした。
「………こんなモンか?」
「ん……。まだ…こっちに………。」
 すっかり身体の力が抜けてゼフェルに寄り掛かってしまったアンジェリークが脇腹の辺りを指さす。
「……この辺は自分でやってくれよ。」
 情けない声でそう言ったゼフェルがキャミソールをたくし上げて虫を払った。
「やっ…あんっ……。」
 ピクッと身体を震わせたアンジェリークがその場にへたり込む。
「……これで良いな。」
 荒い息の中でコクンと頷く。
「じゃ…さっさと服を着ろよな。」
 再び背中を向けるゼフェルの後ろでゆっくりと衣擦れの音が聞こえていた。


「……………。」
「…ったく。大丈夫か? おめー……。」
 ブラウスを着ただけでぼんやりしているアンジェリークにゼフェルが心配そうに声をかける。
「ルヴァ様のお陰で酷い目にあっちゃった。」
「そうか? 俺は結構役得だったぞ。」
「ゼフェル様っ!」
「……冗談だよ。俺だって必死だったんだって。判っだろ?」
 未だに耳まで赤くしているゼフェルにアンジェリークが頷く。
「もう…恥ずかしくってお嫁に行けない。」
 手にしたベストでアンジェリークが顔を隠す。
「平気だって。」
「平気じゃない。」
「平気なんだよ。おめーは俺が嫁さんにしてやんだからよっ!」
「えっ?」
「俺が嫁さんにしてやっから………。平気なんだよっ! 判ったかっ!」
「……………はい。」
 ゼフェルに負けず劣らず赤い顔をしたアンジェリークは消え入りそうな小さな声で返事をした。


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