冬のアクアリウム


 まるで一枚の絵を見ているみたいだった。
 あまりにも似合いすぎてて魅入られてしまった。
 ショッピングセンターの一角。
 私はクリスマスのプレゼントを選びに来ていた。
 そこで見つけたのがロボットの魚達が泳ぎ回っている水槽。
 そしてその水槽を横目で見つめているゼフェル。
 オフホワイトのダッフルコートがゼフェルの銀髪とよく合っている。
 ゼフェルの位置からだと私の姿は見えないみたい。
 だけど私の位置からだと銀色の魚達が泳ぎ回る水槽の向こうで緩やかに揺れるゼフェルが見える。
 息をするのも忘れてしまいそうだった。
 周りの音も人も………。
 何もかもが聞こえなくなって見えなくなって………。
 私の目に映るのは水槽の向こう側にいるゼフェルだけ。
 私の耳に聞こえるのは自分の胸がトクントクンと鳴る音だけ。
 ゼフェルはじっと動かない。
 身体は別の方を向いているけど、赤い瞳だけはずっと横目のままで魚の動きを追っている。
 とてもとても真剣な瞳で。
 良いなぁ…と思った。
 魚達が凄く羨ましくなった。
 私も機械の身体になったら、ゼフェルにあんな風に見つめて貰えるかしら?
 真面目にそんなことを思ってしまう。
 だってゼフェルは女の子に少しも興味を持ってくれないから。
 いつだって真剣に向き合うのは歯車とかネジとか…そんな機械の部品や機械自体。
 壊れたラジオや時計なんかも興味の対象。
 いつだったか『町の修理屋さんにでもなるの?』って聞いたことがある。
 ゼフェルは何つまらない事を言ってるんだって顔をして見せた後、いつか自分で部品から手作りした飛行機で世界一周してみせるんだって言ってた。
 ふざけて私も行きたいなって言ったら、一人乗りだと笑われた。
 きっとゼフェルなら夢を叶えられると思う。
 うん、絶対に。
 そのとき私はどうしてるんだろう?
 多分、ゼフェルの側にはいない。
 絶対にいちゃいけない。
 私が側にいたらゼフェルは自分の夢を叶えられないから。
 きっと私はゼフェルの夢を潰しちゃう。
 そんな気がする。
 私、独占欲が強いから。
 ゼフェルが私のものになったら、きっと私はゼフェルを私って鳥かごの中に閉じこめちゃうと思う。
 どこにも行かせないで私の側だけにずっと。
 そんなことをしたらゼフェルが壊れちゃうって判っていても。
 ゼフェルは凄く凄く自由だから。
 きっと誰のものにもならない。
 誰にも捕まえられない。
 そんなゼフェルが好きなんだもの。
 ゼフェルが夢を叶えるとき、私は離れたところでゼフェルを見つめていると思う。
 そしてゼフェルの乗った飛行機が見えなくなったら………。
 私はワンワン泣いちゃうんだろうな。
 そんな近い将来を想像したら、何となく鼻の奥がツンとした。
 想像だけでもこんなに辛いんだって思ったその時だった。
 ドクンッ! と心臓が大きく脈打つ。
 完全に息も止まってしまった。
 ゼフェルが赤い瞳を優しく細め、口元もほんの少しだけ笑みを作ったから。
 あんな顔も出来るんだ。
 ゼフェルと出会って一度も見たことのない表情。
 知らず知らずに涙が零れた。
 あなたが好き。
 心の中でそっと呟く。
 あなたが好き。
 何度も何度も。
 どうしよう………。
 私、こんなにゼフェルが好き。
 好きで好きで胸が苦しいくらい。
 ゆっくりと歩き出したゼフェルを見つめたまま、そっと涙を拭う。
 プレゼントはこれにしよう。
 誰の元に渡るかも判らない、塾で行われるクリスマス会用のプレゼント。
 だけど何だかゼフェルに渡るような気がして、小さな水槽と機械の魚を一匹買った。
 そしてこの日の記念にと、自分用に大きな水槽と銀色で赤い目の機械魚を二匹買って帰った。
 家で早速二匹を泳がせる。
 水槽の向こうにさっき見たゼフェルの優しい表情が見えたような気がした。


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