何でもない日


「よぉ。アンジェリーク。いるか? どっかに遊びに行こーぜ。」
「えっ! ゼフェル様?」
 ある日のことだった。
 守護聖達は臨時の会議があって今日の試験は休みだとアンジェリークは聞かされていた。
 それなのに突然やってきたゼフェルにアンジェリークは心底驚いたように目を丸くした。
「何だよ。その驚いた顔は。それにおめー…何そんなにめかしこんでんだ?」
 普段見慣れているスモルニィの制服姿ではないアンジェリークにゼフェルも驚いたのか目を丸くしている。
「あ…あの。実は今日、ロザリアの誕生日なんです。」
「……知ってる。さっきまでジュリアスんトコでパーティーをやるとかプレゼントを送るとかってくだんねー話をしてたから。あんまくだんねーんで抜けて来たんだ。………で、ロザリアの誕生日だからってどうしておめーがそんな服着てるんだ?」
 制服姿じゃないアンジェリークの姿が余程珍しいのか、頭のてっぺんから爪先まで何度も何度も視線を往復させながらゼフェルが尋ねる。
 ゼフェルが制服姿以外の自分を見るのは初めてなので仕方のない事とはいえ、あまりにも無遠慮にジロジロと見られて恥ずかしくなったアンジェリークは真っ赤になって俯いてしまった。
「あの…守護聖の皆様はお話し合いで今日はお忙しいって伺ってたので、ロザリアと二人で誕生日のお茶会をやろうって話になってて……。せっかくだからいつもと違う服にしようと思って………。あっ! あの…良かったらゼフェル様もご一緒に如何ですか?」
「ふーん……………。」
 アンジェリークの言葉にゼフェルはスゥーっと赤い瞳を細めた。
 そんなゼフェルの様子にアンジェリークの頭の中で赤信号が警報を鳴らした。
 今までのゼフェルとの経験値がアンジェリークに何か気に入らないことがあるんだと告げていた。
「…んだよ。おめーまでそんなくだんねー話すんだな。」
「くだらないって……。あの…何がくだらないんですか? あっ! もしかしてお茶会がくだらないって事ですか? でも…ゼフェル様よくルヴァ様の開かれるお茶会に出席されてますよね。」
 怒ったようなゼフェルの口調にアンジェリークは目をパチパチと瞬かせて尋ねた。
 知恵を司る大地の守護聖は無類のお茶好きで、他の守護聖や自分達女王候補を招いてよく午後のティータイムを楽しんでいたのだった。
 そしてそんな輪の中にはいつも必ずゼフェルの姿もあった。
 それを良く知ってるアンジェリークはゼフェルの言葉が信じられなかった。
「ばっ…違げーよ。なに勘違いしてんだよ。俺がくだらねーって言ってんのは茶を飲む事じゃなくて、誕生日だからってわざわざそんな席を用意するってことだよ。」
「だって……。せっかくの誕生日なんですよ? ちゃんとお祝いしてあげたいし、して貰いたいじゃないですか。私はそう思うんですけどゼフェル様は違うんですか? お誕生日のお茶会ってそんなにくだらないことですか?」
「くだんねーモンはくだんねーよ!」
 即座に断言するゼフェルにアンジェリークは再び目を瞬かせた。
 自分の生まれた日のお祝いをくだらないと言い切るゼフェルが信じられなかった。
「ちぇっ。つまんねーな。せっかく誘いに来てやったのによ。………さっさと行けよ。ロザリアの奴が待ってんだろ? ……………じゃな。」
「あ……………。」
 黙り込んでしまったアンジェリークを睨み付けていたゼフェルが怒ったように背中を向ける。
 そんなゼフェルを慌てて呼び止めようとしたが、バタンと激しく扉を閉められてアンジェリークは部屋の中に取り残されてしまった。
『何でゼフェル様はあんな風に考えるの? あんな…傷ついたみたいな顔で………。』
 ぼんやりと考えていたアンジェリークがボーンと鳴る時計の音にハッとして慌てて部屋を出る。
 本気で怒っている時とは全く違う…ゼフェルの酷く傷ついたような顔を気にしながらも、自作のケーキを携えたアンジェリークはロザリアの部屋の扉をノックしていた。


「……リーク。ちょっと。聞いているの? アンジェリーク!」
「! あ…あぁ。ごめん。ロザリア。美味しいお茶だね。これ。だけどさ。せっかくの誕生日なのに守護聖様達にお会いできなくて残念だったね。」
 名前を呼ばれて我に返ったアンジェリークの言葉にロザリアは派手に溜息をついた。
「あんた…そのセリフ言うの一体何度目だと思ってるの? 来たときから何だかずっと上の空で。また何かあったんでしょ? ゼフェル様と。」
「ど…どうして知ってるの? ロザリア!」
 ロザリアの言葉にアンジェリークは驚いたように慌ててロザリアを見た。
「お茶会の準備をしていたらあんたの部屋のドアをもの凄い勢いで閉めるゼフェル様と目があったのよ。何だか…凄い顔で睨まれたんだけど……。あんた、まさかとは思うけどまた私とゼフェル様の親密度を下げるような事をしたんじゃないでしょうね。止めてよね。ただでさえ、あの方との親密度は低いのに。完璧なる女王候補の私としてはゼフェル様がいくらあんたを特別視しているのが判っていても親密度を0にするような莫迦な真似は出来ないんですからね。」
 ジト目で自分を見るロザリアにアンジェリークは身が縮む思いがした。
 自分では全く意識していないので気が付かないが、後で冷静になってよくよく考えるとアンジェリークはゼフェルとのことでいつもいつもロザリアに迷惑をかけてしまっていたのだった。
「ごめんね。ロザリア。いつも迷惑かけて………。でも! でもね。今日は特に機嫌が悪くなるような事はしてないつもりなのよ。ゼフェル様…遊びに行こうって誘いに来て下さったの。でもね。今日はロザリアのお誕生日でしょ。だからこれからロザリアとお茶会をやるんですって言って……。ちゃんとゼフェル様も誘ったのよ。一緒にどうですか? って。でも…くだんねーって………。」
『もしかしたら私…今回もロザリアに迷惑かけちゃったの?』
 素直に話した方が良いだろうと判断してロザリアに先程のゼフェルとの経緯を話して聞かせたアンジェリークが頭を抱えるロザリアに不安を覚える。
「あんたって……………。」
 ロザリアは大袈裟に溜息をつくと、話し終わったアンジェリークに一言呟いて呆れ返ったように黙り込んでしまった。
「ロザリア?」
「あんた…莫迦?」
「えっ?」
 ロザリアがポツリと零した言葉にアンジェリークは目を丸くした。
「なんて莫迦なのよ。あんたって娘は。わざわざ会議を抜け出してまでゼフェル様が誘いに来て下さったんでしょ? なのに何でお誘いをお受けしなかったのよ。」
「だって…だって今日はロザリアの誕生日じゃない。誕生日の日はお休みの日だからお茶会をやろうねってずっと前から決めてたじゃない。」
「だからって……。あんたのそう言う律儀な所はとても嬉しいわよ。アンジェリーク。だけどね。………あぁ。もう。アンジェリーク。あんた…ゼフェル様が好きなんでしょ?」
 ロザリアの問いかけにアンジェリークは真っ赤になってコクリと頷いた。
「女王になんかなりたくないって思ってるほど…好きなんでしょう?」
 ロザリアの確認するような言葉にアンジェリークがもう一度頷く。
 心の底から…ホントの本気でゼフェルが好きで、いつもゼフェルの側にいたいとアンジェリークはずっと願っているのだ。
 それに気付いたのは彼女のライバルであり友であるロザリアだけ。
 ついついノロケたり悩みを聞いて貰ったりもしていたのだ。
「だったら! いつまでもここでボーッとお茶を飲んでないでさっさとゼフェル様の所に行ってらっしゃい。本当は気になって気になって仕方ないクセに。」
「だけどロザリア……………。」
 ロザリアの言葉はアンジェリークにとって、とてもありがたいものだった。
 しかしアンジェリークはそんなロザリアの言葉に素直に従うことが出来なかった。
『今ここで私がゼフェル様の所に行っちゃったらロザリアの誕生日が台無しになっちゃう。』
 ゼフェルのことが気になって仕方ないのは事実なのだが、ロザリアのことを思うとアンジェリークの身体はピクリとも動けなかったのだった。
「私の事なら気にしないでいいから。………いいえ。私の事を考えてくれてるのなら尚更行ってきてほしいわ。ほら。早く。早く行ってゼフェル様の御機嫌を直してきてよね。そして私との親密度を元通りにしてきて頂戴よ。どう考えても、あんたのせいで私とゼフェル様との親密度が下がってるのは間違いないんだから。」
「ロ…ロザリア………。」
 ぐいぐいと背中を押して自分を部屋から追い出すロザリアの名前をアンジェリークが戸惑ったように呟く。
「お茶会はこれでおしまい。早く行ってらっしゃい。」
「ご…ごめんね。ロザリア。」
 顔だけ廊下へ出したロザリアが未だに戸惑いを見せるアンジェリークに断言して扉を閉める。
 パタンと閉じられた扉に叫んでアンジェリークはゼフェルの執務室へと走り出した。
「………ホント。しょうのない娘。」
 カチャリと扉が開いて、走るアンジェリークの後ろ姿にロザリアが苦笑しながら呟いたのを彼女は知らなかった。


「あの…ゼフェル様?」
 鋼の守護聖の執務室にたどり着いたアンジェリークがノックの音と共にそっと扉を開ける。
 執務室の中は嵐が通った後のように滅茶苦茶に散らかっていた。
 実際、ゼフェルと言う名前の嵐が通っていったのだろう。
 ゼフェルの姿を見つけられなかったアンジェリークは奥のプライベートルームへ続く扉をそっと開けてみた。
 部屋の中央であぐらをかいて作業をしていたゼフェルは突然開いた扉に驚いた様子もなく、ムッとした顔のまま手を止めてアンジェリークを見つめていた。
「………何か用か?」
「あ…あの……。私…さっきのこと謝ろうと思って………。」
「謝る?」
「はい。だって…せっかくゼフェル様がお誘いに来て下さったのに私………。」
 プイと視線を外すゼフェルにアンジェリークが言葉に詰まる。
「……別に。気にしてなんかねーよ。それより。いつまでもそんなトコに突っ立ってねーで入ったらどうなんだ?」
「……はいっ!」
 ホンの少しだけ顔を赤くしたゼフェルの言葉にアンジェリークは嬉しそうに近づいてゼフェルの隣りにペタリと座り込んだ。
「………おい。服が汚れっぞ。」
 油や機械クズで汚れている事は間違いない自分の部屋の絨毯の上に真っ白なワンピースを着たアンジェリークが何の躊躇いもなく座るのでゼフェルはちょっと驚いていた。
「良いんです。汚れても。だって此処じゃないとゼフェル様のお顔が見れないんですもの。さっきは本当にごめんなさい。」
「……っかやろう。せっかく綺麗な服着てんだ。わざわざ汚すことねーだろ。」
 笑顔のアンジェリークにゼフェルは立ち上がる。
 綺麗に糊付けされている真っ白なシーツを自分のベッドから引き剥がして絨毯の上に広げるとゼフェルはつかつかとアンジェリークに近づいていった。
「ゼフェル様? ……きゃっ!」
「おめーはここに座ってろ!」
 ゼフェルの行動を呆然と見ていたアンジェリークが突然腕を取られて声を上げる。
 広げた真っ白なシーツの上に自分を座らせるゼフェルにアンジェリークは慌てた。
「あの…ゼフェル様? 本当に良いんですよ。」
「……………。」
「ゼフェル様。私は別に汚れても……………。」
「せっかく…今まで一度も見た事ねー綺麗な服を着てんだ。わざわざそれを汚すよーな真似しなくたって良いだろっ! 第一っ! おめーが良くても……。俺が嫌なんだよっ!」
 慌てて言い訳をしようとしたアンジェリークがゼフェルの一喝に身体を竦ませる。
 ゼフェルはシーツの外れの絨毯の上に再び座り込んだ。
「あの…ゼフェル様? 私…どうしても不思議で仕方ない事があるんです。聞いても良いですか?」
 細かい作業を再び開始したゼフェルの隣り…シーツの上、ギリギリの所に座ったアンジェリークがそっと尋ねる。
「誕生日のお茶会。そんなにくだらないですか?」
「あぁ。くだんねーな。」
「……………もしかしてゼフェル様。誕生日…嫌い?」
「さぁな。」
『嫌いなんだわ。』
 短く答えるゼフェルの言葉にアンジェリークの経験値がそう答えを導き出す。
 さすが経験値と感心する所なのであるが、アンジェリークはゼフェルとの経験値ばかりを上げていて、他の守護聖達と比べるとゼフェルのレベルが異様に高かったのでこれは当然と言えば当然だったのかも知れない。
「何でお嫌いなんですか?」
「別に何だって良いだろ?」
「だって……………。」
 アンジェリークは気になって仕方ないのだ。
 誕生日の話題を出すと怒っていると言うよりむしろ傷ついているようなゼフェルの表情が……。
 今もそうだし、さっきもそうだった。
「………。んなに聞きてーのかよ。」
 黙りこくってしまったアンジェリークに溜息をついてゼフェルが手を止める。
 どうやら作っていたものは出来上がったようだった。
「すっげー、くだんねー理由だぜ。」
「それでも…それでも聞きたいです。私…ゼフェル様のことは何でも知りたいから。」
 ばつが悪そうに頭をかくゼフェルにアンジェリークが真剣な表情で詰め寄った。
「………俺が生まれた日がいつかは知ってんな。」
「はい。」
 渋々と言った感じで話し始めたゼフェルにアンジェリークは神妙な顔で頷いた。
「俺の生まれた日ってのはよ。俺の故郷の惑星じゃ何だかの祭りの日と重なっててな。俺は今まで自分の誕生日って奴を祝って貰った事が無かったんだよ。」
「……………。」
 拗ねたようにそっぽを向いたまま呟いたゼフェルにアンジェリークは目を丸くした。
『それって…それだけ?』
 あまりにも子供っぽい理由にアンジェリークは何だかおかしくなった。
「それで…誕生日のお祝いが嫌いなんですか?」
 笑いを堪えながら尋ねるアンジェリークにゼフェルが仏頂面になる。
「悪かったな。くだんねー理由でよ。俺の星じゃ十八で成人なんだ。親父とお袋と…そん時には盛大に祝おうって計画立ててたってのによ……。」
『あ………。』
 自嘲気味に笑うゼフェルにアンジェリークは思い出した。
 ゼフェルは…十七になってすぐに聖地に連れてこられたと聞いていたのだった。
「……ゼフェル様。ゼフェル様のお誕生日になったらお祝いのお茶会しましょ。二人だけで。」
「良いよ。今更んなの。」
「だって…今までやらなかった分もお祝いしなきゃ。ね。」
「いらねーって言ってっだろ?」
 首を傾げて覗き込むアンジェリークにゼフェルは赤くなった顔を背ける。
「でも……。あの…私。このワンピースの他にもお気に入りの服を沢山持ってきてあるんです。ね。お誕生日になったらその中のとっておきを着ますからお茶会やりましょうよ。ゼフェル様〜。」
 赤くなってそっぽを向いたゼフェルの肩に手を置いてアンジェリークがゼフェルを揺する。
「……………。いらねーって……。」
 黙りこくっていたゼフェルがポツリと呟く。
「もう。どうしてそんなに嫌がるんですか? 何でいらないのか訳を教えて下さいよ。」
「…………………………。」
『あ……。もしかして……………。』
 再び黙りこくったゼフェルの子供のような幼い表情にアンジェリークのゼフェル経験値がピンと何かを訴える。
「良いんですよ? どんな理由でも。言いましたでしょ。私…ゼフェル様のことは何でも知りたいんだって。だから言って下さい。」
「誕生日なんて……………。」
 微かに聞こえるゼフェルの声にアンジェリークが耳を澄ます。
「一年に一回じゃねーか。誕生日なんて。んなに綺麗に着飾ったおめーを今日初めて見たってのに……。一年に一回しか見れねーのかよ。」
『なーんでもない日バンザーイ。ヤッホ。ヤッホ♪』
 掠れたゼフェルの呟きを聞いたアンジェリークの頭の中でそんな歌が聞こえ、キチガイ帽子屋と三月ウサギがカチャンとカップを打ち鳴らした。
『あ……………。』
 アンジェリークはポカンと目の前のゼフェルを見つめた。
 ひねくれ者で恥ずかしがり屋の三月ウサギは赤い瞳をさらに赤くして拗ねたように口を尖らせて横を向いたままだった。
 ゼフェルが三月ウサギなら自分はお茶会に紛れ込んでしまったアリスだろうか?
 それは違うと頭の中に思い浮かんだ光景をアンジェリークは否定する。
 自分はアリスではない…キチガイ帽子屋なのだ。
 キチガイ帽子屋でなくては三月ウサギと一緒にいられないのだから。
「ゼフェル様。今からお祝いのお茶会しましょ。」
 クスリと笑ってアンジェリークがゼフェルに提案する。
「……お茶会? 何のお祝いやろうってんだよ。何もねーだろ?」
「そうですよ。だからお祝いするんです。何でもない日の。」
「は……………。」
 アンジェリークの言葉にゼフェルがポカンと口を開ける。
「ね。何でもない日のお祝いのお茶会しましょ。そしたら明日も明後日も…毎日出来ますよ。」
「ば…莫迦か。おめーは。」
「良いじゃないですか。ね。私、毎日いろんな服をお見せしますよ。それとも…お嫌ですか?」
 呆れたようなゼフェルにアンジェリークが首を傾げる。
「嫌じゃねーけど…そしたら誕生日の日はどうすんだよ。」
「その時にはいつもよりずっと豪華なお茶会をやるんですよ。」
「………。はっ。おめーにゃ適わねーな。負けたぜ。」
 アンジェリークの言葉にゼフェルは笑った。
「んじゃよ。俺も何でもねー日の祝いにおめーにこれやるよ。」
「えっ?」
 笑いのおさまったゼフェルの左手がアンジェリークの右耳にすっと伸びる。
 パチンと音がしてアンジェリークの耳に何かが噛みついた。
「ほら。こっちは自分でやれよ。」
 コロンとゼフェルがアンジェリークの手のひらに何かを落とす。
 手のひらの中に転がっているのは小さなイヤリング。
「ゼフェル様………。」
「出来たてのホヤホヤだ。おめーにやるよ。」
 真っ赤な顔で頬をかじって背中を向けるゼフェルにアンジェリークは嬉しくて仕方なかった。
「ゼフェル様大好き。」
「ば…莫迦や……………。」
 ゼフェルの背中におぶさるようにアンジェリークがゼフェルの首に手を回す。
 そんなアンジェリークに驚いて後ろを向いたゼフェルが息を止める。
 アンジェリークの滑らかで柔らかい唇が自分の唇と重なっていた。
 驚いて目を閉じることも忘れていたゼフェルが視界一杯に霞んで広がるアンジェリークの揺れる睫毛にゆっくりと瞳を閉じる。
 そっと身体が離れかける感覚にゼフェルはゆっくりと瞳を開いて身体の向きを変えた。
 目の前でアンジェリークは真っ赤になって俯いていた。
「あの……。イヤリングのお礼と…何でもない日のプレゼント…です。」
「……………アンジェリーク。」
「は…はいっ?」
 赤いアンジェリークがゼフェルの呼びかけに更に赤くなる。
「何でもない日…か。これから毎日が何でもねー日なんだろ? んっ?」
「そうですけど……?」
「んで、誕生日当日はもっと豪華にしてくれんだろ?」
「え…ええ。そのつもりですけど………。」
 ニヤニヤ笑うゼフェルをアンジェリークは訝しげに見つめた。
「明日…楽しみにしてっぜ。どんな服着てくんのか。それにこれもな。」
「な……………。」
 自分の唇を指さすゼフェルにアンジェリークが絶句する。
「何でもない日のお祝い…か。気に入ったぜ。」
「な…なに言ってるんですか。もう。今日だけ。特別です。」
「んだよ。ケチケチすんなよ。」
「だって……。じゃあ。ゼフェル様も毎日何か作って下さいますか?」
「……………。」
 拗ねたように口を尖らせるアンジェリークにゼフェルが言葉に詰まる。
「めんどくせーな。それも。………毎日これにすっか。」
「えっ! ちょっ……ん………。」
 ちょっと考えたゼフェルがニヤッと笑ってアンジェリークの唇を塞ぐ。
 三月ウサギとキチガイ帽子屋のお茶会は毎日続いた。


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