向日葵


 いつの頃からは分からないが、聖地と外界を結ぶ境界区域には大輪のひまわりが咲き乱れる花畑が出来ていた。
 そんなひまわり畑を一望できる小高い丘に、無造作に置かれたバッグに腰掛けた一人の少年がいた。
『凄ーい。まるで黄色の絨毯みたいですね。私、ひまわりの花って大好きなんです。』
 一度だけ聖地の禁を犯し愛しい少女をこの場に連れて来たことがあった。
「……そう言ゃあ、そんな事言ってたっけ。それにしても遅せぇな。あいつ……。」
 鋼の守護聖ゼフェルはその任を終え、聖地と外界との境界区域で女王補佐官となっている金色の巻き毛の少女が出てくるのをじっと待っていた。
 そしてそんなゼフェルの姿を、身の丈までに成長したひまわりに隠れるように見つめる人影があった。
 ロザリアである。
 現宇宙を統べる女王ロザリアが、ひまわり畑の中から身じろぎもせずにゼフェルを見つめていたのであった。
 時折、風も無いのにひまわりの大きな花が揺れたが、聖地の扉をじっと見つめているゼフェルに気づかれる事は無かった。
「ゼフェル……………。ごめんなさい。」
 消え入りそうな声でロザリアが呟く。
 ロザリアはゼフェルが聖地を出ると報告に来た昨日の事を思い出していた。


「明日ですか? ずいぶん急ですね。ゼフェル。ルヴァは知っているのですか? 他の守護聖達にも伝えなければ…。」
「……誰にも言ってねーよ。見送りなんてガラじゃねーからな。それより実は……。その……。頼み…が………。」
「はい?」
 歯切れ悪く言葉を区切るゼフェルに、女王ロザリアが首を傾げる。
「その…あいつの事なんだけどよ。伝えてくれねーかな。俺について来る気があるなら…扉の外で待っ………。」
「……アンジェリークに伝えれば良いのですね。あなたが扉の外で待っている…と。」
 真っ赤になって言葉に詰まるゼフェルにロザリアが笑顔で助け船を出す。
「あ……ああ。悪ぃな。女王を伝言板代わりに使っちまってよ。面と向かっては言いづらくってよ。」
「別に構いませんよ。……ゼフェル。私は大切な補佐官を失う事になりそうですね。」
 そう言って笑顔を見せたロザリアに対し、赤い顔を更に赤くして慌てふためくゼフェルの姿が今でもロザリアの目に焼き付いていた。


「ごめんなさい。ゼフェル。私…あの娘に……。アンジェリークにあなたの言葉を伝えてないの。だって…私……。あなたの事を……………。」
 ひまわりの太い茎を握りしめたロザリアの頬を一筋の涙が伝う。
 ロザリアにとって初めての恋だった。
 出会った当初は、ゼフェルの事を乱暴で粗野な人間だとしか思っていなかった。
 しかし数回のデートを重ねる内に、実は彼が酷く不器用な人間である事に気づいたのだった。
 ゼフェルのそんな不器用な部分は、生まれながらの女王候補として育てられてきたロザリアにとって、自分と共通している部分のように思えたのだった。
 その事に気づいて初めて、ロザリアはゼフェルを見た。
 見つめている内に、自身を素直に表現できないもどかしさをぶっきらぼうな態度や口の悪い言葉遣いで必死に伝えようとしているゼフェルに好感を持つようになった。
 見つめれば見つめる程、ロザリアはゼフェルに惹かれていった。
 しかし女王候補としての立場が自分を縛り付けていた。
 そしてゼフェルを見つめていた事で、彼自身も気づかぬ内に目で追い始めた少女の存在も知る事になったのである。
 自分とは対照的に自分自身を素直に表すアンジェリーク。
 ゼフェルがアンジェリークに想いを寄せる事は簡単に想像できた。
 そして想像通り、ゼフェルとアンジェリークの二人は誰に知られる事もなくひっそりと、しかし確実に互いの愛を育んでいったのだった。
 その事に気付いた時のロザリアの衝撃は、想像を絶するものだった。
 それでも彼女は何事も無かったかの様に試験を進め、女王就任の時アンジェリークを女王補佐官に任命し、共に聖地に留まる事を望んだ。
 ロザリア自身もまた、ゼフェルと同様にアンジェリークに惹かれていたからであった。
『今なら……。今ならまだ間に合うわ。アンジェリークに伝えられる。ゼフェルの言葉を……。でも……………。』
 ロザリアの心が彼女自身にそう告げる。
 しかしロザリアは震える足を動かす事が出来なかった。


「………ちぇっ。」
 陽も西に傾き、辺りをオレンジ色に染めていた光りが徐々に宵闇の色へと変わろうとする頃。
 ゼフェルは短く舌打ちをするとゆっくりと立ち上がった。
「ゼフェ……………。」
 危うく叫びそうになったロザリアが、振り返るゼフェルの姿に慌てて口元を押さえる。
「……………駄目か。………。」
 動く気配の無い聖地の扉を見つめていたゼフェルの眼下で、ひまわりの花がほんの僅かに吹いてきた風に揺れる。
 闇色に消えていく聖地の扉に向かってポツリと呟いたゼフェルは、空を見上げて深く深呼吸をすると、今度は振り返りもせずに歩きだした。
「さようなら………。ゼフェル。」
 宵闇に沈んでいくように小さくなっていくゼフェルの背に向かってロザリアはひっそりと呟いていた。


 次の日の朝、女王ロザリアは守護聖全員と女王補佐官アンジェリークを広間に呼び出し、ゼフェルが聖地を去った事を伝えた。
 力を失ったゼフェルが聖地を出ていく事は分かっていた事であったのだが、さすがに突然の行動に、呼び出された者達は皆ショックを隠しきれずにいた。
「…ルヴァ。あなたにも知らせずにすみませんでした。」
 女王ロザリアが長い間ゼフェルの後見人を務めていた大地の守護聖ルヴァに謝罪する。
「いいえ。陛下。とんでもありません。何だかねー。実は少しほっとしているんですよ。あの子が聖地を出る時、私は一体どんな顔をしてやれば良いんだろう。どんな言葉をかけてやれば良いんだろうって、ずっと考えていたんですよー。でもねー……。考えれば考える程、分からなくなってしまいましてね。色々とあの子には悩まされましたからその分……………あらっ?」
 いつもと変わらぬ表情で話をしていたルヴァの瞳から涙が零れる。
「……………すみません陛下。下がらせて戴いて宜しいでしょうか?」
「ええ。構いませんよ。ルヴァ。私の話はもう終わりですから……。」
 他の守護聖達が見守る中、ルヴァは広間を後にした。
 その後ろ姿は常よりも小さくなった様に見ている者達は感じていた。
「……守護聖達よ。新しい鋼の守護聖と共にこれからも私の力になって下さい。以上です。」
 女王の言葉に八人の守護聖達は、それぞれの館へ帰っていった。
 そんな中、女王補佐官のアンジェリークだけが真っ青な顔でその場に一人、立ち尽くしていた。


「何事ですか?」
「お休み中申し訳ございません。陛下。実は………。」
 その晩、激しく叩かれる扉の音に目を覚ましたロザリアが、珍しく青ざめた表情の光の守護聖ジュリアスの姿に一抹の不安を覚える。
「何ですって! 本当なのですか? ジュリアス。それでアンジェリークの容態は?」
「はい。幸い発見が早かったので命に別状はありません。かなり取り乱しておりましたので、鎮静剤を打ちまして現在は眠っております。」
「………すぐにアンジェリークの元へ行きます。」
 耳打ちされた話の内容に血の気を失い愕然とした表情を見せたロザリアは、すぐに正気を取り戻しアンジェリークの部屋へ向かった。
 部屋に入るとそこに炎の守護聖オスカーの姿があった。
「……オスカーより、ゼフェルとアンジェリークが深い仲であると聞かされたのです。それなのにゼフェルがアンジェリークを聖地に残していくのはおかしいと言われ、真相を確かめるべく訪ねた所を発見いたしました。」
 アンジェリークの左手首の白い包帯を見て動きを止めたロザリアに、ジュリアスが後方から説明をする。
「……ジュリアス。オスカー。しばらくの間、二人だけにしてくれませんか?」
 青白いアンジェリークの横顔を瞬きもせずに見つめていたロザリアの言葉に、ジュリアスとオスカーはアンジェリークの部屋から出ていった。
『なんて……。なんて娘なの。』
 おそらくゼフェルに置いて行かれたショックでこの様な行動に及んだのであろうアンジェリークに、ロザリアが苦笑する。
 自分には決して出来ない行動である………と。
「ん……………。」
「……気がついたの? アンジェリーク。」
 小さな呻き声と共に目を開けるアンジェリークにロザリアが静かに声をかける。
「ロザ…リア……?」
「莫迦ね。あんたって。何て事するのよ。心臓が止まるかと思ったじゃないの。」
「……………して?」
「えっ?」
 両手で顔を覆ったアンジェリークの呟きをロザリアが聞き返す。
「どうして? 教えてロザリア。どうしてゼフェル様は一人で行ってしまったの? 絶対……。絶対一緒に連れて行ってくれると思ってたのに……。何も言わずに行ってしまうなんて……。私の片想いだったの? ゼフェル様のいない世界なんか耐えられない。何も言わずに……………。」
「アンジェリーク。とにかく! 莫迦な真似は止めなさいよね。そんな事してゼフェルが喜ぶとでも思ってるの?」
「だ…だってロザリア。もう二度とゼフェル様に会えないのよ。……分かってるの。補佐官としてロザリアの手伝いをしなきゃいけないのは。でも…でも……。このまま聖地で補佐官を続けて……。ゼフェル様が誰か他の女性と結婚して子供を育てて年老いて死んで……。それでも私は変わらずここに居続けるなんて……。そんなの嫌! だったら死んだ方がましなの。ゼフェル様の側に居られないなら死んだ方が……………。」
 嗚咽を漏らすアンジェリークにロザリアは言葉を失う。
『自分にはゼフェルに対するここまでの想いがあっただろうか?』
 泣き続けるアンジェリークの姿にロザリアは自問する。
 羨ましいと思った。
 妬ましいとさえ………。
 たとえ自分が女王補佐官の立場であったとしても、アンジェリークと同じ行動は取れなかったであろう。
 そして仮に、アンジェリークが女王であったとしても彼女は今と同じ行動を取ったであろう。
 宇宙の全てを無に帰しても………。
「アンジェリーク。お願いだから死のうなんて考えないで。私が何とかしてあげる……。何とかしてあげるから。あなたはその傷を治しなさいね。」
 泣き続けるアンジェリークに優しく諭すように言って、ロザリアは部屋を出た。


「わ……私のせいだわ。私の……………。こんな事になるなんて……。」
 部屋に戻ったロザリアはその場に崩れる様に座り込んだ。
「……………陛下。」
 遠慮がちにかけられた声に、はっと顔を上げるとそこにオスカーの姿があった。
「オスカー……。あ……。私…どうしたら……。アンジェリークがあんな事になったのは私のせいなのです。私……………。」
「……仕方ありません。どんな人間でも恋心は止められませんから。」
「……オスカー?」
「存じておりました。女王候補のおりより陛下が誰を見つめていたのか。」
 呆然と自分を見上げるロザリアにオスカーが優しい笑顔を向ける。
「陛下が女王候補の時からゼフェルだけを見続けていた事。このオスカー存じておりました。ゼフェルとアンジェリークとの間で陛下がお心を痛めていらした事も。どうかそれ以上、ご自分を責めないでください。人が人を想う心は時には想像もつかない事態を招く事があるのです。陛下にしましても。アンジェリークにしても。無論、このオスカーにしましても………。」
 そう言ってオスカーはロザリアを抱きしめた。
「お慕い申し上げております。尊敬すべき女王陛下としてではなく、愛すべき唯一人の女性として。」
「オスカー……………。」
 驚いた顔で自分を見上げるロザリアにオスカーは極上の笑顔を見せる。
「お気持ちの整理がつくまでお待ちします。それよりも。………今からでも十分に間に合うでしょう。ゼフェルの居所を捜して彼女をゼフェルの元に……。そうしなければ彼女は何度でも同じ事を繰り返すでしょう。及ばずながらこのオスカーも力をお貸しいたします。陛下もどうかご決断ください。」
「……………そう。そうですね。今ならまだ………。私は大切な人を二人も失う所だったのね。大切な……大好きな二人が幸せであれば、それだけで私も幸せになれるのに。……もう少しで過ちを犯す所でした。……ありがとうオスカー。ご苦労ですが手伝ってくれますか?」
「もちろんです。」
 ロザリアは震える声で目の前のオスカーにそう告げ、無理に笑って見せた。


「誰だよ! こんな夜更けに! って………。おめえ………。オスカー……………?」
「よう。ゼフェル。しばらく見ない内に大分男っぷりが上がったな。まあ、俺と並ぶにはあと百年は必要だがな。」
 夜の夜中に家の扉を激しく叩く物音に目を覚ましたゼフェルが不機嫌そうな顔で扉を開けると、そこにかつての仲間の姿があった。
「何、たわごと言ってやがる。おめえも交代して聖地を出て来た……って訳じゃなさそーだな。」
「当たり前だ。この炎の守護聖オスカー様のサクリアがそうそう衰えるものか。とにかくちょっと話をしたいんだが中に入っても構わないか?」
「あ……ああ。」
 戸惑いを見せるゼフェルをよそに、部屋の中に一歩足を踏み入れたオスカーが辺りを見回して呆れた。
「……相変わらずみたいだな。いや……。少しは変わったのか。庭に花壇を作る位だからな。……どうやって生計を立てているんだ?」
 窓辺から庭を眺めながらオスカーが尋ねる。
「……壊れ物の修理やなんかを請け負ってる。腕が良いって評判良くてな。食うのに困らねー程度にやってるぜ。それより何だよ。わざわざこんなへんぴな所まで様子を見に来た訳じゃねーんだろ。」
 聖地を出てから人との関わりをなるべく少なくする為に辺りに一軒の家も無い深い森の中に居を構えたゼフェルがムッとした表情でオスカーに逆に尋ねる。
「ん……。ああ。そうだ。ちょっと待っててくれ。」
 そう言うとオスカーは懐の中から球体を取り出した。
「何だ? そりゃ……………。」
 ゼフェルが覗き込んだ途端、球体が目映い光を放つ。
「……………ゼフェル。」
「な……。女王……………。」
 光に目が慣れたゼフェルの目の前に女王ロザリアの姿があった。
「突然お邪魔して申し訳ありません。どうしてもあなたにお話ししなければならない事があるのです。」
 球体からの映像がそうゼフェルに告げる。
「私はあなたに謝らなければならない事があるのです。あなたが聖地を出る時の事を覚えてらっしゃいますか?」
「あ……。ああ。」
 女王の問いに苦い顔をしてゼフェルが短く答える。
「あの時、私はアンジェリークに伝えて欲しいと言われていたあなたの言葉を彼女に伝えませんでした。それなのにあなたには伝えたと嘘をついたのです。ごめんなさい。許して下さい。私は……………。」
 言葉を失ったゼフェルの瞳に、女王の涙が映る。
「私はあなたの事が好きです。だから……だからアンジェリークに伝える事が出来なかった。あなたがアンジェリークだけを見つめていた事は知っていました。だけど……好きだから……。伝えられなかった。それに……私はあなたと同様にアンジェリークの事も好きなのです。あなたと彼女と二人を同時に失いたくなかった。……本当にごめんなさい。どうか……どうかお元気で……………。」
 球体から光が消え、女王の姿も消える。
 ゼフェルは呆然と椅子に腰を下ろした。
「ゼフェル。陛下の事……許してやって欲しい。陛下も苦しんで……………。」
「許すも何もねーだろ。今更謝られたってよ、もう過ぎちまった事だし……。だけど……。気付かなかった。あいつとは似た者同士だと思ってたから。あいつが俺の事をそんな目で見てたなんて……。」
「………ゼフェル。俺がここに来たのはもう一つ用事があってな。」
 口の端を歪めて自虐的に笑うゼフェルにオスカーが声をかける。
「陛下にお前の忘れ物を届けて欲しいと頼まれてな。」
「忘れ物……? 俺は聖地に忘れた物なんてねーぞ。」
「そうかな? ………暗い所で待たせて悪かったな。さっ。来るといい。」
 扉を開けて遠くの闇の中にオスカーが声をかける。
 ガタン…と、ゼフェルが椅子を倒して立ち上がった。
 庭に咲いているひまわりの花の一つがゆっくりと動き出し、周りの闇から浮き上がるように金色の巻き毛のアンジェリークが姿を現した。
「……ゼフェル様!」
「ア……アンジェリーク……………。」
「お前さんの一番大切な忘れ物。確かに届けたぜ。じゃあな。ゼフェル。もう会う事も無いが元気でな。」
 腕の中に飛び込んできたアンジェリークをしっかりと抱き留めたゼフェルにオスカーが別れの言葉を告げる。
「……オスカー! あいつに伝えてくれ。気付いてやれなくて済まなかった。ありがとう。ってな。」
「あ……。オスカー様! 私も…。ロザリアにごめんなさいって伝えて下さい。」
 闇の中に消えていくオスカーに向かって、ゼフェルとアンジェリークは叫んでいた。


「! 何だよ。この傷……。」
 アンジェリークの左手首にうっすらと見える傷に気づいたゼフェルが声を荒げる。
「あ……。何でもありません。」
「何でも無い訳ねーだろ。何だよ。これ? ちょっと見せて見ろよ。まるで……………。」
 慌てて隠すアンジェリークの左手を掴んだゼフェルが、はっきり見ようと服の袖をまくり絶句する。
「………ゼフェル様に置いていかれた。と思ったんです。何も言わずに聖地を出ていかれたから……。それで……。ゼフェル様がいない世界なら……………。」
「……死んだ方がましだと思ったのか? 莫迦な奴だよな。おめえは。ホントに。」
 そう言ってゼフェルはアンジェリークの左手首の傷跡にそっと唇を寄せた。
「ゼフェル様……。あの………。一つお聞きしても良いですか?」
「ん……。何だよ?」
 ゼフェルの行為に頬を染めてアンジェリークが尋ねる。
「お庭のひまわり……。あれってゼフェル様が植えられたんですか?」
 おおよそ花いじりなどとは縁のなさそうなゼフェルの家の庭の、手入れの行き届いた花壇を不思議に思ったアンジェリークであった。
「……変か?」
「いいえ! まぁ…ちょっと意外だな? って。何でひまわりなのかな? とも思って……。この位のお庭ならチューリップの方が似合うと思うし……。ゼフェル様………?」
 背中を向けるゼフェルをアンジェリークが訝しげに見つめる。
「聖地との境界区域のひまわり……覚えてるか? そいつの種をな……。あの日…いくつか持って出たんだ。好きだって言ってたろ? おめえ。おめえの好きな花だから庭にでも植えときゃ……と……。………だからだよ。」
 ぼそりと呟いたゼフェルは耳まで赤く染まっていた。
「嬉しい。ゼフェル様。」
 背中を向けたままのゼフェルにアンジェリークが自らの腕を回して寄り添う。
「……ロザリアに悪い事しちゃったな。ホントは知ってたんです。ロザリアがゼフェル様の事好きなの。でも…こればっかりはいくらロザリアでも譲れないから……。あっ! ねえ。ゼフェル様? ……もし女の子が出来たらロザリアって名前にしましょうね。男の子だったら……ルヴァ。……かしら? やっぱり。」
「ば……莫迦野郎! 気が早ええんだよ!」
 背中を向けたままのゼフェルがアンジェリークに怒鳴る。
「……もう。置いていかないで下さいね。」
 ゼフェルの代わりに庭に咲いているひまわりが、アンジェリークの呟きに答えるように揺れていた。


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