夢の中で……


「はあっ。」
 昼下がりの森の湖で、大きな木に寄り掛かりぼんやりと湖を眺めていた女王候補のアンジェリークが、本日何度目かの溜息をついた。
「よぉ。アンジェリーク。何、似合わない溜息なんかついてるんだよ。おめえは。」
「きゃああああ〜!」
 突然目の前に現れた鋼の守護聖ゼフェルに驚いて、アンジェリークが悲鳴を上げる。
 アンジェリークの叫び声は湖中に響き渡り、木々の間で羽を休めていた鳥達が一斉に飛び立っていった。
「な……。このボケ! なに素っ頓狂な声出してんだよ。」
 アンジェリークの叫び声のあまりの大きさに、直撃を受けたゼフェルが耳を押さえながら怒鳴った。
「ごごご…ごめんなさい! ゼフェル様。あのっ。何…何でもありませんから……。ちょっと…その…考え事をしてたんで……。それで…あの…驚いて……………。」
「おめえ……。何そんなに赤い顔してるんだよ? まさかとは思うけど熱でもあるんじゃねーのか?」
 顔を真っ赤にして話すアンジェリークに怪訝そうな表情を見せたゼフェルが、彼女の額に手を伸ばす。
「だ…だ…大丈夫です! 熱なんてありません! あの…その…ちょっと熱っぽい……いいえ! 風邪気味………じゃなくて。あの……あ。そう! 暑くて……。それで……。あっ…あの……用事を思い出したんで、これで失礼します。」
 額に伸ばされたゼフェルの手を弾かれた様に避けたアンジェリークは、一目散に特別寮へと走り去ってしまった。
「あ……おい。アンジェリーク! …………行っちまった。何なんだよ。あいつ。暑い……って、今日は寒い位に涼しいのに………。変な奴。」
 残されたゼフェルは、きょとんとした顔でアンジェリークの後ろ姿を見送っていた。


「あ〜ん。莫迦莫迦。私の莫迦。ゼフェル様…絶対絶対! 変に思ってるわ。でも、でも! 突然出て来たゼフェル様も悪いのよね。そうよね! だって…だって昨晩の夢のせいでゼフェル様のお顔、まともに見られないんだもの〜。」
 自分の部屋に戻ったアンジェリークは、ベッドの上に突っ伏して足をバタバタと激しく動かす。
 しばらくして落ちついたのか、枕を抱えてベッドの上に座り込んだアンジェリークが、昨晩の夢を思い出す。
 その夢とは……………。


「好きだ。アンジェリーク。」
「ゼフェル様。………私も。」
 抱きしめられて耳元で告白されたアンジェリークが、頬を赤らめてゼフェルの告白に応じ、ゼフェルの背に自らの手を廻す。
 そんな答えにゼフェルの腕に力が入り、アンジェリークは息苦しい程の強さで抱きしめられた。
 ふ…と、身体に廻された腕から力が抜け、ゼフェルの手がアンジェリークの顎を捕らえる。
 ゼフェルはそのままアンジェリークの顔を上向かせ、瞳を閉じつつ己の顔を近づけた。
「ん……………はぁ。」
 長い口付けに、アンジェリークが吐息を洩らす。
 その時の、ほんの少し開いた唇の隙間からゼフェルの舌がアンジェリークの口腔に入り込み、二人は更に深い口付けを交わしつつベッドへと倒れ込んだ。
 恥ずかしさに上気して火照ったアンジェリークのピンク色の素肌に、緊張しているのか、褐色のゼフェルの冷たい指先が触れる。
 その冷たさにピクンとアンジェリークの身体が跳ねた。
 ゼフェルの手はそんな反応を面白がるかの様に、アンジェリークの素肌の上を滑っていった。
「あ……や…ん。」
 塞がれていた唇が自由になったアンジェリークが、首筋に走るゼフェルの唇の動きに喘ぐ。
 ゼフェルの唇は、アンジェリークのピンク色に染まった白い肌に鮮やかな赤い色を残しながら、ゆっくりと下へ移動していった。
 そして……………。


「や…嫌だ嫌だ! 私ったら何、思い出してるのよ。ゼフェル様のお顔…なおさら見れなくなっちゃうじゃない…。」
 我に返ったアンジェリークが、枕を抱えたまま真っ赤な顔をして頭をブンブンと振る。
 褐色のゼフェルの肌と自分の白い肌とが重なり合う。
 そんな夢を見たアンジェリークは、頭を冷やすために湖へと行っていたのだった。
「たまに守護聖様の夢を見る時があるからって……。いくら何でもあんな夢……。あれは夢よ! 只の。只の夢! そうよ! 私あんなに肌白くないもの。そうよね! ……だけど。……夢って願望の現れって良く言うわよね。私って…もしかして、もの凄いHだったのかしら………。それともゼフェル様と………。嫌だ。まさかね。だけど……夢の中のゼフェル様ってとっても………。」
 夢の中に出てきたゼフェルの褐色の肌を再び思い出して耳まで赤くしたアンジェリークは、ベッドの上で枕を抱えたまま自問自答を延々と繰り返していた。


「まぁ。それでは最近、あの娘とは話すどころか会ってもいないのですか? ゼフェル様。」
 女王候補ロザリアの呆れたような口振りに、ほんの少し怒ったゼフェルが膨れっ面をする。
「仕方ねーだろ。俺の部屋には全然来ねえし、偶然会っても挨拶もそこそこに行っちまうし、部屋に行ったら行ったで居留守を使われるし……。どうやら俺はあいつに嫌われてるらしいや。」
 拗ねた様に口を尖らせて指折り数えるゼフェルの姿に、ロザリアが苦笑する。
「…んだよ。笑うなよ。俺だって傷つく事はあんだぞ。あいつが俺を嫌ってるんじゃ育成を頼みに俺のトコに来る訳ねーもんな。おめえにも相談に乗って貰ったけどよ、どうしようもねえや。…色々とサンキュな。」
「……いいえ。お役に立てなくて申し訳ありませんわ。私の方はオスカー様やルヴァ様の事、色々と教えて頂きましたのに。」
 傷心のゼフェルにロザリアが優しい笑顔を見せる。
「別に良いけどよ。……それよりおめえ。早ええとこ、どっちかに決めたらどうなんだよ。ルヴァかオスカーか。」
「それは難しいですわ。私、お二人とも同じ様に好きですからどちらかお一人に……。なんて今の段階ではまだ選べませんもの。私はオスカー様とルヴァ様のお二人に惹かれていますのよ。ゼフェル様だって私と似た様なものなのでしょう。私と親しくして下さってますけどアンジェリークの事もどうしようもない位気になる……ね。」
 姉が弟に接する様な口調でロザリアはそう言ってゼフェルに微笑みかける。
「………ああ。」
「でしたら。何もしないで悩むよりデートにでも誘ってみたら如何ですの? あの娘がゼフェル様を避ける理由は他にあるかも知れませんわよ。『当たって砕けろ』と良く言いますでしょ。」
「……それでホントに砕けたらどうするんだよ。」
 ロザリアの言葉に引っかかる物を感じたゼフェルが小さな声で聞き返す。
「その時はその時でかえってすっきりするんじゃありません事? 嫌われたのかそうでないのかはっきり分かって…。それとも気分転換に公園でもお散歩します? ゼフェル様さえ宜しければ私……ルヴァ様の事でもう少しお聞きしたい事があるんですのよ。」
 ロザリアが笑顔で出した提案に、ゼフェルは重い腰を上げ、二人は公園へ向かって歩いて行った。


「ゼフェル様………きっと怒ってらっしゃるだろうな。この間、湖でお会いしてからずっと避けてるから……。だって…ゼフェル様のお顔を見るとあの夢を思い出しちゃって……。どうしても駄目なんだもの。本当は育成のお願いにも行きたいんだけど……。あの夢に出て来たゼフェル様が目に焼き付いちゃって離れないんだもの……。あーあ…。どうしたら良いんだろぉ。」
 日の曜日だと言うのに誰の所にも行かず、アンジェリークは部屋の中を一人でグルグルと歩き回っていた。
「どうしよう……。んー。でも…いつまでもこのままじゃ駄目だものね。……思い切ってお誘いに行こっと。」
 そう決心したアンジェリークは、ゼフェルの執務室へ向かった。
「……ゼフェル様。こんにちは。あの…いらっしゃいますでしょうか?」
 扉の前で一瞬躊躇したアンジェリークは、それでもゼフェルの執務室へ入る勇気を保つ事が出来た。
「……ゼフェル様………?」
 アンジェリークは部屋の中をグルリと見回したが、ゼフェルの姿はそこには無かった。
「お出かけ中かしら? ……あっ、そうだ! 以前公園で散歩してらっしゃるゼフェル様をよくお見かけしたから、公園にいらっしゃるかも知れないわ。」
 アンジェリークはそう言うとゼフェルの執務室を出て、公園へ向かって走り出した。
 公園にたどり着いたアンジェリークは、弾む息をそのままに辺りを見渡し、ゼフェルのシルバープラチナの髪を公園の奥にあるただずみドームに見つけ歩みを早めた。
「まぁ。嫌ですわ。ゼフェル様ったら。」
 ドーム近くまで来たアンジェリークは、ゼフェルの名を呼ぶロザリアの声に足を止める。
 ロザリアの姿は茂みに隠れて見えないが、話し声の明るさから二人が親しく付き合っている事が想像された。
『あ…あれ?』
 つきん……と、アンジェリークの胸が痛んだ。
『どうして? 胸が痛い。何で…………。』
「あら。アンジェリーク。そんな所で何をしているの?」
 唐突にかけられたロザリアの声に、アンジェリークは思考を停止させられた。
「よぉ。元気か?」
 先程の勇気はすっかり消え失せ、短く挨拶するゼフェルの姿をアンジェリークはまともに見る事が出来なくなってしまっていた。
「あ…あのっ…。こん…にちは。……良いお天気ですね。あの……あ………。失礼します!」
 そう叫んだアンジェリークは、二人に背を向けて寮へ向かって一目散に走り去っていった。
「ちょっと。アンジェ………。」
「なっ。あいつ俺を避けてるだろ。」
「……宜しいんですの? このままで。」
「何で?」
 ロザリアが遠慮がちに尋ねた問いかけに、ゼフェルは不思議そうな顔で聞き返した。
 そんなゼフェルのきょとんとした顔を見て、ロザリアは心の中で溜息をついていた。


『どうして? 胸が痛い。ゼフェル様とロザリアが………。私には関係無いじゃない。どうだっていい事なのに……。なのに……どうして涙が出るの? どうしてこんなに胸が痛いの?』
「きゃっ。」
 寮へ向かって無我夢中で走っていたアンジェリークは、何かにぶつかって尻もちをついた。
「あらま。ちょっとアンジェリーク。大丈夫? そんなに夢中で走っちゃって。一体どうしちゃったの?」
 ぶつかった主は、夢の守護聖オリヴィエだった。
 オリヴィエは地面に座り込んでしまったアンジェリークに手を差し伸べる。
「オリ…ヴィエ……様……。」
「! ちょっとちょっと。何泣いてんのよ。あぁ。ほらっ。折角の可愛いお顔が台無しになっちゃうでしょ。もう、しょうがないわね。何があったの? 私で良ければ聞いてあげるからさ。ほら、言ってごらん。」
 自分を見上げたアンジェリークの瞳から零れる涙を見たオリヴィエは、優しい笑顔を作った。
「私…私にも…よく…解らないんです。さっき…公園で…ロザリアと…ゼフェ…ル様が……。それ…見たら……胸が痛…くて………。解らないんです!」
「落ちついてアンジェリーク。…そうか。あんたゼフェルとロザリアが一緒にいるトコ見て悲しくなった。そうなんでしょ。」
 肩を震わすアンジェリークがコクリと頷く。
「仕方…無いんです。私が変…な夢…見て……。ゼフェル様を……避けてた…から……。でも……胸が…痛くて……心臓が止まりそうに……苦しくって………。」
「ゼフェルの事が好きなんだね。だからロザリアと一緒にいる姿を見て悲しくなった。違う?」
「……そう………なんでしょうか?」
 オリヴィエの言葉に、アンジェリークの涙の溢れている大きな瞳が更に大きくなる。
「呆れた。自覚が無かったの? 夢がどうとかって言ってたけど、どんな夢を見たの? 言ってごらん?」
「あ………。な……何でもありません!」
 オリヴィエの新しい問いに、アンジェリークは真っ赤になって寮へ走って行ってしまった。
「あ……ちょっと。アンジェリーク! あらら…。行っちゃった。まぁ、今の反応から察するに、あの娘がどんな夢を見たのか大体想像ついたわね。ゼフェルを避けてたって言ってたし……。やれやれ。仕方ないわね……………。」
 オリヴィエはアンジェリークとぶつかった時に乱れたショールを整えながら、彼女の後ろ姿を眺めていた。


「アンジェリーク。入るわよ。」
 就寝前のくつろぎの一時に、ロザリアがアンジェリークの部屋へやってきた。
「ロザリア?」
 ベッドに突っ伏していたアンジェリークは、突然のロザリアの訪問に驚き飛び起きる。
「ちょっといいかしら? お話があるの。」
 そう言ったロザリアはアンジェリークの返事も待たずに連れてきた召使いの老女にお茶の準備をさせた。
「あんたもこっちに来て座りなさいよ。そこじゃ話も出来ないんだから。ばあやの入れたお茶はおいしいわよ。」
 ロザリアの言葉にアンジェリークはテーブルへと歩み寄り椅子に腰掛ける。
「………昼間、私ゼフェル様とご一緒だったでしょう。その後でオリヴィエ様とお話ししたの。」
 ロザリアがゼフェルの名を出した途端、カップを持つアンジェリークの身体がピクリと反応し小刻みに震える。
「……私とゼフェル様がご一緒だったので泣いたんですってね。あなた。……そうそう。そう言えばオリヴィエ様がおっしゃってたわよ。あんたとぶつかった時にお気に入りのショールが汚れた…って。」
「えっ? ホント? ロザリア。……どうしよう。オリヴィエ様……怒ってた?」
 話の内容がオリヴィエの方に変わったので、幾分気を楽にしたアンジェリークが会話に参加する。
「…冗談よ。オリヴィエ様は心配してらっしゃったわよ。……それで? どんな夢を見たの? あんたがゼフェル様を避ける原因になったって言う夢は。同じ女王候補として、試験をフェアに進める為にも私には教えなさいよね。」
「えっ? でも…。ロザリアはゼフェル様の事……。」
 アンジェリークの胸がつきんと痛む。
 再び俯き何も話さなくなったアンジェリークに、ロザリアが大きな溜息をつく。
「……もしかしてとは思うけど。あんた私とゼフェル様の事、誤解してるんじゃないの? そりゃあ、私はゼフェル様の事好きよ。弟みたいで。それに私にとってゼフェル様はルヴァ様やオスカー様の事について色々教えて下さる大切なお友達よ。」
「弟? 友達? ロザリア……。それって……あの………。」
 ロザリアの言葉に、俯いていたアンジェリークが驚いたように顔を上げる。
「本当よ。これで少しは安心した? 安心したなら話しなさいよ。一体どんな夢を見たのよ。」
「えっ? あの……あのね……………。」
 アンジェリークは真っ赤な顔をして、ゼフェルを避ける事の原因となった件の夢の内容をロザリアに話した。
「……………あんたってバカね。」
「えっ?」
 全てを話し終えたアンジェリークに向けられたロザリアの第一声はそれであった。
「バカよあんたって。そんな夢見て置いてどうしてゼフェル様を避けたりするのよ。そりゃあね。恥ずかしいって言うのも理解できるわよ。でも! 折角そんなおいしい夢を見たんですもの。どうせならそれを実現させようとしなさいよ。勿体ない。」
「おいしい……。勿体ないって。あの…ロザリア……。」
 ロザリアのあまりな言いぐさにアンジェリークが唖然として何も言えなくなる。
「……そうね。私がもし仮にオスカー様なりルヴァ様とのそういう夢を見たのなら……。オスカー様はあの通りの方だから問題ないでしょうけど…ルヴァ様には私の方から迫ってしまおうかしら。あの方奥手な方だから。折角そうなりたいと自分が望んでいるのだから、自分にはやっぱり素直にならないとね。そうじゃない事?」
「私って…素直じゃない……………のかなぁ?」
 ロザリアの恥ずかしそうな、しかし夢見るような表情にアンジェリークがポツリと呟いた。
「ある意味では凄く素直だとは思うわよ。でもあんたって本当に鈍感よね。鈍くさいったらありゃしない。自分が誰を好きかも分からないなんて……。まぁ、あんたらしいって言えばあんたらしいけど。……………ほんと、似た者同士なんだから。」
「えっ? 似た者同士ってなんの事? ロザリア?」
 最後の方で小声で言ったロザリアの呟きを聞き咎めたアンジェリークが尋ねる。
「何でもないわよ。…ゼフェル様なら怒ってなかったから安心なさい。自分の所に全然来ないけど鋼の力を必要としてないんだろうかっておっしゃってたわよ。明日にでも謝りがてらお願いに行ってみたら? ……………何よ?」
 笑顔を見せるアンジェリークにロザリアが尋ねる。
「だって……ロザリア優しいんだもの。なんで?」
「……あんたって娘は。そんな事も解らないの? 良い事! 私は女王になるのよ! 私が女王になった時、あんたは何になると思ってるの? 女王補佐官になるのよ! 女王と補佐官とどっちが守護聖様方と接する機会が多いと思ってんの? いくら女王が美しく優秀でも補佐官と守護聖の間がギクシャクしていたら、ほんの僅かでも宇宙に影響が出るかもしれないじゃない。その位の事考えつきなさいよね。」
「凄ーい。ロザリアってそんな事まで考えてたんだ。」
 ロザリアに一気にまくしたてられたアンジェリークが感心したように手を叩く。
「感心しないの! 女王候補として当然の心構えよ。私…もう帰るわ。それじゃ、お休みなさい。アンジェリーク。」
「お休み。ロザリア。……………ありがとね。私、明日になったら必ずゼフェル様の所に行くから。」
「絶対に行きなさいよね。もし行かなかったらあんたが見た夢の内容を、私がゼフェル様に話して差し上げてよ。良いわね。」
 ロザリアは扉の前で振り返り、アンジェリークにそう念を押してから自室へと戻っていった。


「それでロザリア。あんたゼフェルの本当の気持ち、あの娘に教えてあげたの?」
「いいえオリヴィエ様。教えてませんわ。」
 事の顛末を知りたくて朝早くロザリアの部屋を訪れたオリヴィエの問いに、ロザリアは紅茶を飲みながら涼しい顔で答えた。
「意地悪ね〜。」
「お互い様ですわ。オリヴィエ様だってアンジェリークの事をゼフェル様に教えてらっしゃらないのでしょう。」
「まあね。だぁってシャクじゃない? 何勘違いしてるんだか、それともどっちもボケてんのか。両想いのクセしてお互い自分の気持ちに気づいてないなんて……。そんな二人をわざわざくっつけるなんて面白くないじゃない。何〜にも! 教えないで、このままゴタゴタが続くのを見ていた方がよっぽど楽しいしね。…おかわりくれる?」
 オリヴィエのほんの少し悔しそうな顔に気づかぬ振りをしたロザリアが、差し出されたカップに二杯目の紅茶を注ぎながら言った。
「同感ですわ。オリヴィエ様。もうしばらくは、あの二人の様子を楽しみません事? 女王試験終了にはまだ間がありますし……ね。尤も、あの娘が試験を放棄したら明日にでも終了してしまいますけど……。そうしたら、それはそれで楽しめますもの。」
「あんたは良いわけ?」
 オリヴィエの問いにロザリアが不思議そうに首を捻る。
「ルヴァとオスカーの事よ。どっちかと……って考えてたんじゃないの?」
「………私はお二人とも同じように好きですわ。どちらの方も同じ位好きだから結局一人に絞れませんでした。ですけどアンジェリークは最初から、唯お一人を想っていましたわ。どう考えてもこの勝負私の負けでしょう。」
 ほんの少し寂しげな笑顔でロザリアは答えた。
「……私でしたら大丈夫ですわ。オリヴィエ様。お気遣い下さらなくても。私の番も必ず参りますからその時にはお手伝い下さいね。」
 寂しげな笑顔を見せていたロザリアの、一変した晴れやかな笑顔につられ、オリヴィエも艶やかな笑顔を見せる。
 そんな二人の視界に、デートの誘いに来たゼフェルと育成を頼みに行こうとしていたアンジェリークが寮の入り口でばったりと鉢合わせをしてしまい、真っ赤な顔をして逃げ出したアンジェリークの後を慌てて追いかけるゼフェルの姿が映っていた。


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