気持ちは一直線


「あ…あの……。ゼフェル様。」
「黙ってろよ。」
「あの……。でも………。」
「……アンジェリーク!」
 再三の注意にも係わらず自分に声をかけるアンジェリークに、堪り兼ねた鋼の守護聖ゼフェルが身体を起こす。
「いい加減にしろよ。おめえ。そんなに俺とすんのが嫌なのか?」
 アンジェリークの華奢な身体を組み敷いたままのゼフェルが声を荒げた。
 女王試験の行われている飛空都市の森の湖で、誰かに呼ばれたような気がしたゼフェルは、願いの滝の前で熱心に祈りを捧げている女王候補のアンジェリークを見つけ声をかけた。
 二言三言たわいもない話をしている内に、ゼフェルはアンジェリークからの告白を受け、彼女を自分のプライベートルームへと招き入れた。
 そして、そのままの勢いでベッドへ押し倒し、今に至っているのだった。
「いいえ! そんな事……。嫌な訳じゃ無いんです。ただ…その……。心の準備がまだ………。それで………。」
 アンジェリークが耳まで赤くして、思い通りにならず少し苛ついて見えるゼフェルから視線を逸らす。
「心の準備〜? んなモン、目ぇ閉じてりゃ出来てくるから大人しくしてろよな。」
 ゼフェルはそう言うと、アンジェリークの細い身体を押しつぶさない程度に自分の体重をかけた。
 そんなゼフェルの動作に、アンジェリークが言われた通りにギュッと目を閉じる。
 ゼフェルはそんなアンジェリークに溜息を漏らした。
「………。もう少し…身体の力抜けよ。」
「え?」
 囁くようにかけられた声に、アンジェリークがうっすらと目を開ける。
 そんなアンジェリークのほんの少し開いた唇を、ゼフェルは自らの唇で素早く塞いだ。
「ん……………。」
 息が止まる程の長い口付けに、アンジェリークの身体の力が徐々に抜けていった。
 そうしてゼフェルは、きつく閉じられていた彼女の両足の間に自分の足を挟み入れる事に成功した。
「あ………。やぁあっ……………。」
 アンジェリークがゼフェルの服を引っ張り、引き剥がそうと必死にもがく。
 しかし、もがけばもがく程アンジェリークの身体はゼフェルの扱いやすい体勢へと変化していった。
「あ………。ゼフェル様。嫌! やっぱり嫌ぁあっ!」
 ゼフェルの冷たい掌の感触を、はだけられた胸に直に感じたアンジェリークが叫び声をあげる。
「いい加減にしろよ。さっきっからおめえ……………。」
 不満げに再び身体を起こしたゼフェルが、知らず知らずの内に零れていたアンジェリークの涙に絶句する。
 大きな瞳に涙を一杯溜めて震えているアンジェリークにゼフェルは彼女の身体の上から離れ背を向ける。
「………帰れよ。今日はもう。」
「ゼ…フェル様。……ごめ…んな……さい。」
 はだけられた胸元の服を手で押さえながら、アンジェリークがゼフェルの背に震える声で謝罪する。
「いいからさっさと帰れ! 早く行かねーと……。俺の歯止めが利いてる内にさっさと帰れよ!」
 怒鳴るように叫んだゼフェルの背後で、ベッドの上を体重が移動し扉が閉められる音が聞こえた。
 それまでの間、ゼフェルがアンジェリークを振り返る事は無かった。


『どうしよう……。私…きっとゼフェル様に嫌われちゃったんだわ。私から告白したクセにいつまでも嫌がっていたからゼフェル様……。どうしよう。私……………。』
 自分に背を向けたまま身動きもせず、何も言わないゼフェルの背を見つめながら部屋を出たアンジェリークは、どうして良いのか解らずにゼフェルの部屋の扉の前でただ震えている事しか出来なかった。
「アンジェリーク。どうしたんだい?」
 そんなアンジェリークの様子を風の守護聖ランディが見つけ声をかける。
 ビクッとアンジェリークの身体が震える。
「アンジェリーク! 君………。その……格好は一体……。ま…まさか………ゼフェルの奴……君に………。そうなんだね! アンジェリーク。」
「ち…違います! 何でもありません! 何も…何もありません! ………失礼します!」
 アンジェリークはそれだけ言うと、ランディをその場に残して走り去ってしまった。
 乱れた衣服に涙を溜めた大きな瞳。
 アンジェリークのそんな姿に、彼女の身に起こった事を想像したランディが、ゼフェルの執務室へと入っていく。
「ゼフェル!」
 声を荒げて執務室に入ったランディはそのままの勢いでプライベートルームへと踏み込み、ベッドの端に座るゼフェルに詰め寄る。
「お前! アンジェリークに何をしたんだ! 彼女は女王候補なんだぞ。それを……お前って奴は………。」
「何が言いたいんだよ。ランディ。てめえにゃ関係無いだろ。それとも先を越されて悔しい……!」
 力任せに殴られたゼフェルがベッドの上へ吹っ飛ぶ。
「お前って奴は最低な奴だな。嫌がる女性を力尽くで押さえ込むなんて……。ルヴァ様やジュリアス様にこの事は報告しておくからな。覚悟しておけよ。」
「へっ。勝手にしろよ。」
 切れて血の滲む口の端を拭いながらゼフェルがランディを睨む。
 そんなゼフェルの視線に拳を震わせたランディは、何も言わずに部屋を出ていった。
「好きに……………しろよ。」
 勢いよく閉められた扉に向かってゼフェルは呟いていた。


「んー。良い香りね。」
「ええ。本当にその通りですね。滅多に手に入らない最高級のお茶の葉なんですよ。これは。少々お値段は張りましたけど、それに見合うだけの価値はありますから存分に味わって下さいね。オリヴィエ。」
 女王試験の合間の一時を大地の守護聖ルヴァの執務室でくつろいでいた夢の守護聖オリヴィエが、ルヴァの差し出した湯飲みに口をつけながら満足そうに微笑んでいた。
「失礼いたします。ルヴァ様。あの…ジュリアス様が至急執務室の方へ来るようにおっしゃっていたのですが…。」
 のんびりとお茶を飲むそんな二人の元に、水の守護聖リュミエールが伝言を伝えにやってきた。
「おや? リュミエール。ジュリアスが? 至急…ですか?」
「ええ。何か酷くお怒りのご様子で……。クラヴィス様もジュリアス様の元へお向かいになられました。何事かあったのでしょうか?」
 心配げに尋ねるリュミエールの言葉に、ルヴァがしばし考え込む。
 確かに自分やクラヴィスを呼ぶと言う事は、何事かあったに違いないのだが、女王試験が始まってから今日までの間、自分の知る範囲内でそれ程重大な事態は発生していないのが現状であった。
「私には心当たりはありませんけどねぇ。大した事は無いと思いますよ。リュミエール。……オリヴィエ。申し訳ないですけどちょっと行って来ますね。」
「どーぞお構いなく。勝手にやってるからごゆっくり。リュミちゃん。あんたもこっちで飲んでかない? ルヴァの代わりに話し相手になってよ。」
「ええ。私で良ければ喜んで。」
 笑顔で話す二人を後に、ルヴァは光の守護聖ジュリアスの執務室へと歩いて行った。


「ジュリアス。私です。あー。入りますよ。」
 そう言って室内に入ったルヴァは、部屋の主であるジュリアスと闇の守護聖クラヴィス、女王補佐官のディア、そして何故かその場にランディの姿があるのを目にした。
「ランディ………? あの……。何かあったのですか?」
 いつもと違う顔ぶれにルヴァが不安を覚える。
「ルヴァ。……ゼフェルの事なのだが。」
「ゼフェルの……? あの……あの子が何か?」
「……。アンジェリークに乱暴を働いたそうだ。」
「は……………?」
 溜息混りのジュリアスの言葉に、ルヴァが呆然とし一瞬言葉を失う。
「……えぇっ? ら…乱暴って……。あの…。ジュリアス! 何かの間違いではありませんか? 確かにゼフェルは問題児的な所がありますけど……。だからと言って、あの……。アンジェリークにそんな………。」
「いいえ! ルヴァ様。俺はこの目ではっきりと見ました。服はぐしゃぐしゃに乱れてしわくちゃになっていたし、頭のリボンもほどけていて………。アンジェリークは涙を流しながらゼフェルの部屋の前に立っていたんですよ!」
「そん……な………。」
 ランディの反論にルヴァが言葉を失う。
「……ルヴァ。そう言う事なのでゼフェルには然るべき罰を与えなければならない。そなたもそのつもりでいてほしい……。全く……女王候補に手を出すとは……。」
「あ……………。ジュリアス! あの……。一日だけ猶予を頂けませんか? ゼフェルは訳もなくそんな行動を取る子ではありません。なにかしら理由があると思うんです。ですからあの……。お願いします。」
「……解った。明日の正午まで猶予を与える。だが、それ以上は待てぬぞ。よいなルヴァ。……………ランディ。」
「は…はい!」
 ルヴァと話していたジュリアスがランディの方へと視線を移す。
「聞いていた通りだ。ルヴァが事の事実を確かめゼフェルに対し然るべき処罰を伝えるまで、この件は他言せぬように。良いな。何よりもアンジェリークの為にな。」
「はい! 解りました。ジュリアス様。」
「……ありがとうございます。ジュリアス。それじゃあ、私は失礼してゼフェルの所に行って来ますね。」
 ルヴァはジュリアスの執務室を出て、足早にゼフェルの執務室へ向かった。
「……あのぉ。ゼフェル? 入っても宜しいですか? ゼフェル? あら……………? 居ないんですか? ゼフェル?」
 遠慮がちにゼフェルの執務室へ入ったルヴァは、部屋の主を見つける事は出来なかった。


「珍しいな。お前さんが剣の相手をしてくれなんて言って来るとは……。えっ? ゼフェル?」
「別に良いだろ。ちょっとむしゃくしゃしてるんで、スカッとしたいんだよ。」
「……成る程な。確かに苛ついているのが剣先に現れてるぜ。その証拠に!」
 炎の守護聖オスカーの剣先は、素早い動きで空を切り、ゼフェルの喉元でピタリと止まる。
「く……………。」
「脇が隙だらけだ。勝負あったな。」
「ちぇっ。」
 悔しそうに舌打ちするゼフェルから剣を受け取ったオスカーが人の悪い笑顔を見せる。
「苛ついた心でこの炎の守護聖オスカー様に勝とうなんて百万年早いぜ。ゼフェル。どうしたんだ? 何をそんなに苛ついている。」
 テーブルの上に用意されていたワインを片手にオスカーが尋ねる。
「……………。」
「………ゼフェル。お前さんも飲むだろ。ほらっ。」
 膨れっ面をして何も話さないゼフェルの目の前に、オスカーがワインの入ったグラスを差し出す。
 出されたワイングラスを受け取ったゼフェルは、真剣な眼差しでオスカーを見つめていた。
「オスカー……。自分の事を…好きだって言ってきた女を抱きたいと思うのは…いけない事なのか?」
「………いや。男として当然の事だと思うが?」
「そうだろ! 女の方も少しは期待してんだろ? なのに……なのに何でいざって時に嫌がるんだよ。ちっくしょー。俺には解んねぇよ。教えてくれよ! オスカー!」
「……………ゼフェル。」
 一気に胸の中のモヤモヤをぶちまけて肩で息をしているゼフェルにオスカーが静かに声をかける。
「ゼフェル。一つだけ教えてやるからこれだけは覚えておくといい。男と女の間では互いに好きあっていても決定的に違うことがある。俺達男はあくまで攻めの立場であり、女性は受け身の立場だって事だ。どんなに互いが愛し合っていても、攻め手側のお前さんが事を急ぎ過ぎれば受け手側の女性は恐怖心しか感じない。たとえどんなに深く愛し合っていても! だ。」
「恐怖……心?」
「そうだ。特に初めての女性はその傾向が強い。まぁ。初めてだから当然と言えば当然だがな。男は忍耐強く待つしかないのさ。女性の心の準備って奴が出来るのをな。」
「心の……準…備。」
 ゼフェルの頭の中に、先程のアンジェリークとのやりとりが思い浮かぶ。
『嫌じゃないですけど…心の準備がまだ……。』
『心の準備〜? んなモン……………。』
「……どうした? ゼフェル。」
 オスカーが呆然としているゼフェルを見つめる。
「俺が…急ぎすぎたのか? あいつの気持ちも考えねーで。好きだって言われて有頂天になって……。あいつを泣かせて………。傷つけて………。俺のせい…か……。」
「解ったか? 自覚が出来たのなら謝りに行くんだな。相手の女性が誰かは聞かんが、その女性もお前の想いに答えてやれなかった自分自身を責めているだろう。お前に嫌われたと思い込んでいるかも知れん。その女性を救えるのはお前さんだけだ。早く行ってやれ。」
 グラスを持つ手を軽く挙げ、オスカーが片目を瞑る。
「………サンキュ。オスカー。伊達に星の数ほどの女を相手にしてきた訳じゃねーな。」
 ゼフェルはオスカーに笑顔を向けると、女王候補達の暮らす特別寮へ向かって走り出した。
「……特別寮の方へ行く………って事は、お嬢ちゃん達のどっちかか。………アンジェリークお嬢ちゃんかな? どうりでこの間、振られた訳だ。」
 飲み残しのワインを一気に開けたオスカーは、空になったグラスに三杯目のワインを注いでいた。


「あ……あのぉ……。アンジェリーク? ちょっとお話が。入っても宜しいでしょうか?」
 結局ゼフェルを見つけられなかったルヴァは、もう一方の当事者であるアンジェリークの元を訪ねていた。
「……ルヴァ様?」
「えーっと。あのですね。アンジェリーク。」
「ルヴァ様!」
 部屋に入ったルヴァは、自分に抱きついてきたアンジェリークに狼狽える。
「あ…あのっ……。アンジェリーク? 一体……………。」
「私……好きなんです。」
「えっ? ええっ〜?」
 アンジェリークの突然の告白にルヴァが真っ赤になる。
「私…私……ゼフェル様の事が好きなんです。なのに……私…ゼフェル様に………。ゼフェル様が私を愛して下さろうとしたのに…私…恐くなって嫌がって……。ゼフェル様に嫌われちゃったんです。私が自分から告白したのに……やっと勇気を出して告白したのに……なのに………。」
「あ…ゼフェルですか。そうですよね。って……ええっ? そ…あ……。落ちついて下さい。アンジェリーク。あの……あのですね、私はあなたがゼフェルに乱暴されたと聞きまして……。それで確認に来たんですけど………。」
「違います! そんなんじゃ無いんです。私がいけないんです。嫌がって…恐くなって泣いちゃったから……。そこをランディ様に見られちゃって……。ランディ様ですよね。ルヴァ様にお話ししたの……。ランディ様の思い違いなんです。ゼフェル様は何も悪く無いんです。何も……。」
 アンジェリークがルヴァを見上げて頭を振る。
「ええ。今のあなたの話で間違いだったと解りました。良かったですよ。もし本当の事だったらゼフェルに対して何か罰を与えなくてはいけない所でしたから。それで……。あなたはこれからどうするつもりですか? こればかりは自分で結論を出さなければ……ね。」
「はい。ルヴァ様。それは解ってます。でも…私……。ゼフェル様に嫌われちゃったから……。もう、どうしたら良いのか解らなくって………。」
「いいえ。そんな事ありません。大丈夫ですよ。アンジェリーク。ゼフェルはあなたの事を決して嫌って居ません。私が保証しますよ。」
 ルヴァが自分を見上げるアンジェリークに笑顔を見せる。
「ホントに? ルヴァ様。本当にゼフェル様、私の事嫌いになってませんか?」
「ええ。本当ですよ。あの子はちょっと短気な所がありますからね。きっと自分の思い通りにならなかったので苛立っただけだと思いますよ。それに天の邪鬼な所がありますからねぇ。素直に自分を出せないだけでしょう。あなたもその辺の事は解っているのでしょう。アンジェリーク。」
「はい……。ルヴァ様。そうですよね。私……これからゼフェル様の所へ行ってきます。もう一度……。もう一度自分の気持ちをゼフェル様に伝えてきます。」
「そうそう。その意気ですよ。アンジェリーク。頑張って下さいね。」
 瞳に涙を浮かべたまま笑顔を見せるアンジェリークに、ルヴァが満足そうな笑顔を見せた。


「アンジェリ……………。」
 オスカーの元から全速力で走ってきたゼフェルは、互いに見つめあい笑顔を交わすルヴァとアンジェリークの姿に言葉を失う。
「ゼフェル!」
「ゼフェル様!」
 驚いた表情で自分を見つめ、慌てて距離を取る二人にゼフェルは背を向ける。
「あ…あのよ! アンジェリーク。その……。さっきは…悪かった。俺……。おめえの言葉が嬉しくて……。有頂天になって……。自分の事しか考えて無かった。おめえの気持ちを無視してた。もう…もう遅せぇかも知れねーけどよ。俺……。おめえの事…嫌いじゃないぜ。それだけは知っていて欲しいんだ。じゃ。………あばよ。」
「あ……。ゼフェル様!」
 ゼフェルはそれだけ言うと、あっと言う間に走り去ってしまった。
「追いかけないんですか? あの子は足が速いから追いかけるなら今の内ですよ。アンジェリーク。」
「……………はい! ルヴァ様。」
 ルヴァの言葉にアンジェリークは最高の笑顔をその場に残してゼフェルの後を追いかけていった。


「………ジュリアス。あそこを走っているのはゼフェルとあの娘のようだぞ。」
「何!」
 クラヴィスの言葉にジュリアスがバルコニーへと出る。
「あそこだ。」
 クラヴィスの指さす先に、走るゼフェルの後を追いかけるアンジェリークの姿があった。
「どう言う事なのだ? これは一体……………。」
「さてな。ルヴァの報告を待つのだな。」
 黙って見つめる二人の耳にアンジェリークの声が聞こえてきた。
「ゼフェル様! 待って下さい! ゼフェル様……きゃあ!」
「アンジェリーク? だ…大丈夫か?」
 地表にせり出た木の根につまずき、派手に転んだアンジェリークの元へゼフェルが慌てて駆け戻る。
「……やっと捕まえた。」
 心配して顔を覗き込んだゼフェルの腕を、アンジェリークがしっかと掴んで笑顔を見せる。
「……………ゼフェル様。私…あなたが好きです。大好きです。だから………。」
 アンジェリークが捕らえたゼフェルの掌を自分の胸に押しつける。
「な……………。」
 驚いたゼフェルが手を引っ込めようとするのをアンジェリークがギュッと握った両手で阻む。
「良いんです。あの…。心の準備……出来ましたから。」
「………無理すんなよ。震えてるクセによ。」
「良いんです! あの……。本当の事を言うと…少し…恐いです。でも……私。ゼフェル様に背を向けられる方がもっと恐いんです。だから……あの………。」
 アンジェリークが真っ赤になって俯く。
「良いのか? 本当に。俺……また歯止めが利かなくなって突っ走っちまうかも知れねーぞ。それでも良いんだな。」
「……はい。私もまた…嫌って言っちゃうかも知れませんけど、あの……気になさらないで………。先に進んで下さって結構ですから。本当は……嫌じゃ…ありませんから。その………。」
 言葉を続けようとするアンジェリークを軽く上向かせ、ゼフェルが口付ける。
 驚いて見開いたアンジェリークの視界に、バルコニーに立つ二つの人影が映った。
「んーっ。んーっ。」
 どんどんと胸を叩きもがくアンジェリークに、ゼフェルがゆっくりと唇を離す。
「何だよ。」
「あ……あそこ……………。」
 アンジェリークが真っ赤になって指さす先を振り返ったゼフェルは、そこにジュリアスとクラヴィスの姿を見つけ顔を赤くする。
「ば………場所! 変えるぞ。アンジェリーク!」
 ゼフェルは裏返った声でそう叫ぶと、アンジェリークの手を取って聖殿の中へ姿を消した。
「……………。」
「新しい女王は決定したな。」
 呆然として言葉を失ったジュリアスの隣で、対照的なクラヴィスの静かな声が部屋の中に響いていた。


 それから数日後、女王謁見の間で女王試験終了と共に、新女王ロザリアの就任と新女王補佐官アンジェリークの就任が守護聖全員に告げられた。


もどる