今時の女の子


「あんら。ちょっとオスカー。あんた、そんな所で何してんのよ。」
 夢の守護聖オリヴィエが、茂みの中に身を隠すように身体を丸めている炎の守護聖オスカーを見つけ、背後から声をかける。
 呆然と振り返ったオスカーが、放心しきった表情で指さす先に、女王候補アンジェリークと鋼の守護聖ゼフェルの姿があった。
「それでね、聞いてる? ゼフェル。ジュリアス様って本当に頭に来るんだから……。」
「あのなーアンジェ。ジュリアスの野郎がむかつくのは今に始まった事じゃねーぞ。」
「それはそうかも知れないけど……………。」
 二人の会話を耳にしたオリヴィエが、先程自分を見たオスカーと同じ様な表情でその場に固まる。
「アンジェ? ゼフェル? アンジェ……。オリヴィエ! あの二人いつからあんな呼び方をする仲になったんだ?」
 錯乱したオスカーが、オリヴィエをショールごと掴んでワシワシと揺する。
「ちょっと離しなさいよ。あたしが知る訳無いでしょ! んっとに。だけどまぁー、よくあれだけクルクルと表情が変わるもんね、あの娘。」
 乱れたショールを整えながらオリヴィエは、自分の前では決して見せないであろうアンジェリークの、クルクル変わる表情を見つめていた。
 おそらく、隣にいるオスカーも同じ想いで身を潜めていたのであろう。
「解ったから少しは落ちつけって。大体おめえは…!」
 アンジェリークを宥めようとしたゼフェルが、突然口を押さえて、しまった! と言うような顔をする。
「あっ! ゼフェル。ペナルティ一つ。はいキスして。」
 アンジェリークが嬉々として自分の頬を指さす姿に、茂みで固まっていた二人が更に固まる。
「……なぁ、アンジェ。そのペナルティだけどよ、他のに変えねーか? どう考えたって俺の方が不利だぞ。お…アンジェは、俺の事を様抜きで呼ぶだけだから良いけどよ。俺はアンジェリークとも呼べねーし、おめえとも言っちゃいけねーし……。」
「はぁーい。ゼフェル、今のでペナルティ二つ目。」
 アンジェリークの言葉に、今のは例えだと叫ぶゼフェルが焦りのあまり、彼女を再び『おめえ』と呼んでしまい、ゼフェルのペナルティは三つに増えてしまった。
「………汚ねーぞ。アンジェ。ハメやがって。」
「あ、ひどぉーい。そんな事ないもん。んー、じゃあ、ペナルティのキス三回分ここに一回でも良いけど?」
 と、アンジェリークが人差し指で自分の唇を指さす。
「せ……積極的なのね………あの娘。」
「そ………その……よう…だな。」
 完全に毒気を抜かれてしまったオスカーとオリヴィエが呆然と見つめる中、ゼフェルがアンジェリークにペナルティのキスをしようとしていた。


「チュピ〜。ゼフェル見つかった〜?」
 ばさばさと言う羽ばたきと共に、林の奥から聞こえて来る緑の守護聖マルセルの声に、ゼフェルは触れる寸前のアンジェリークの側をもの凄い勢いで離れた。
 ゼフェルの姿を見つけたマルセルは、大地の守護聖ルヴァが呼んでいた事を伝え、隣にいるアンジェリークに笑顔を見せる。
 そんなマルセルに笑顔を返すアンジェリークは、背中の後ろで作った握り拳を小刻みに震わしていた。
「じゃあ、ゼフェル。ルヴァ様が待ってらっしゃるから早く行ってあげてね。」
「……………。さっ、ゼフェル。続き。」
 マルセルが立ち去った後、アンジェリークはゼフェルの腕を取り瞳を閉じる。
「……。ペナルティ三回分、これで終わったかんな。」
「何よそれ〜。ゼフェルの意気地なし〜。」
 両頬と額の三箇所に掠るようなキスを受けたアンジェリークが、ルヴァの館へ走るゼフェルの後ろ姿に、抗議の声を上げていた。


「あーあ、あそこでマルセル様が邪魔に入らなかったら良かったのになぁ……。」
「しつけーぞ、アンジェ。とにかくこれでペナルティ無しだかんな。」
 翌日、デートを終え部屋まで送ったゼフェルに対し、昨日の事を思い出してアンジェリークがぼやく。
「だって、ゼフェルってあんまり自分から何かしてくれるって事無いんだもの。もうちょっと積極的になってくれても良いと思うんだけどな……。」
 口をとがらせるアンジェリークに、ゼフェルは嫌そうな顔で自分にオスカーの真似事をさせる気かとこぼす。
「オスカー様程じゃ無くてもいいから……。」
 突然、廊下をパタパタと走る音が聞こえ、もう一人の女王候補ロザリアが泣きながら入ってきた。
「ロザリア! どうしたの?」
 部屋の中に飛び込んできた途端、自分に泣きつくロザリアに驚いたアンジェリークが尋ねるが、ロザリアは泣き続けるだけだった。
「……ゼフェル! お茶の用意して! 早く!」
「はい!」
 元気よく返事をしたゼフェルが用意したお茶を飲んで落ちついたのか、ロザリアはオスカーに告白して振られた事を、しゃくりあげながら話した。
「……私、もうここにはいられないわぁ。」
 再び泣き伏すロザリアの姿に、アンジェリークが恐い顔でゼフェルを睨む。
「ゼフェル! 今度守護聖様が全員集まるのっていつ?」
「へっ? んーと、確か……今度の土の曜日に定例の昼食会があるぜ。飛空都市時間で十二時からな。」
 アンジェリークに問われたゼフェルが、かったりーんだけどよ、とつけ加える。
「土の曜日、ね。……泣かないでロザリア。敵はとってあげるから…一緒に最後まで女王試験頑張ろ。ねっ。」
「アンジェ〜。」
 優しく笑いかけるアンジェリークにロザリアは、子供の様にすがりついていた。


「ゼフェル。行儀が悪いぞ。」
 土の曜日、定例の昼食会の真っ最中に、この前のアンジェリークの言葉を思い出したゼフェルが、光の守護聖ジュリアスから注意を受ける。
 言われて初めて、自分がテーブルの上に頬杖をついていた事に気がついたゼフェルが、慌てて姿勢を正す。
「悪りぃ。考え事してたもん……。」
「オスカー様! いらっしゃいますか?」
 唐突に、アンジェリークが後ろにロザリアを引き連れて室内に入ってきた。
「アンジェリーク! ロザリア! そなた達、今日は大陸へ視察に行く日ではないのか? 何をしに……。」
「ジュリアス様は黙ってて下さい! 用事を済ませたら、ちゃんと行きます!」
 怒鳴るジュリアスに怒鳴り返したアンジェリークが、つかつかとオスカーの前に歩み寄る。
「お嬢ちゃん? 何か俺に用……。」
 振り上げられたアンジェリークの右手がパシーンと良い音を立てて、オスカーの左頬に鮮やかな手形を残す。
「私……オスカー様の事、見損ないました! どんなにチャラチャラした事を言ってても、オスカー様だけは違うって……信じてたのに……。」
 俯くアンジェリークの声が小さくなる。
「その辺にいるただのナンパ男とは違う。オスカー様はきっと誠実な方だ……って信じてたのに………。その気も無いのに気を持たせるだけ持たせておいて、こっちが本気になると簡単に突き放して……。これじゃあ、ロザリアが可哀想です。ロザリアは本気で……心の底からオスカー様の事が好きなのに……。」
 顔を上げたアンジェリークの瞳から、一筋の涙が頬を伝って流れ落ちる。
「オスカー様の莫迦!」
 バチーンと、今度はアンジェリークの左手がオスカーの右頬に手形を残した。
「失礼しました! 行こう。ロザリア。」
「おい、待てよ。アンジェリーク。」
 頬に伝う涙を手で拭いながら、ロザリアを促して部屋を出ていくアンジェリークの後を追うように立ち上がったゼフェルは、廊下にアンジェリークの落とし物を見つけて慌ててそれを拾い上げた。
「あの……莫迦。」
 拾ったそれを素早く隠したゼフェルは、ようやっと我に返りオスカーに詰め寄る他の守護聖達の姿に、アンジェリークの落とし物を見られていない事を確信した。
 一方その頃、アンジェリークとロザリアは……。
「あ…あんたって何考えてるのよ。あんたと守護聖様の仲が悪くなったらどうするのよ。」
「そんなの平気よ。気にしないでロザリア。でも、これで少しはすっきりした? これからどうするの? オスカー様との事。諦めるの? もし、諦めるなら試験を頑張って女王になって、オスカー様の事、顎で使っちゃいなさいよ。それとも諦めきれない?」
 問われたロザリアは、まだ解らないと首を横に振る。
「…そう。とにかく大神官も待ってるから大陸に行きましょ。あっ、そうそう。一緒に行ってフェリシアを見学しても良い? 色々参考になる事が多いんだもの。」
 笑うアンジェリークにいつもの調子を取り戻したロザリアが、仕方ないわねと言いたげに苦笑していた。


「よぉ、主演女優。忘れもんだぜ。」
 チャイムの音と共に部屋に入ったゼフェルは、アンジェリークにポケットの中の物を手渡した。
「あっ、良かったぁ。やっぱりゼフェルが拾ってくれてたのね。どこで落としたか解らなくて……。誰にも見つからなかった?」
 落とした目薬を受け取りながら尋ねるアンジェリークに、ゼフェルが片目をつむって答えた。
「俺が、んなヘマするかよ。それに他の奴等、お…アンジェに毒気を抜かれてたからな。我に返ったら返ったでオスカーに詰め寄ってたしよ。」
 ゼフェルは、アンジェリークが出て行ってからの守護聖達の様子をリアクション付きで話して聞かせた。
「今頃オスカーの奴はロザリアのとこに行ってるぜ。…でもよ……あの二人がうまくいっちまうとアンジェが女王になっちまうんじゃねーか?」
「そうね。」
 サラリと答えるアンジェリークにゼフェルがコケる。
「そうね…って。そしたら…その………俺とは……俺との事はどうなるんだよ。」
 そんなゼフェルの言葉に笑い転げるアンジェリークを見て、耳まで赤くしたゼフェルが怒鳴る。
「ごめ〜ん。だってゼフェルがそんな心配してるとは思わなかったんだもの。平気でしょ。前の女王試験の時、ジュリアス様やルヴァ様がいたって事は、守護聖の方が寿命が長いって事でしょ。もし私が女王になった場合。ゼフェルのサクリアが衰え始めたら女王試験を始めちゃえば良いし、私の方が先に力を無くしたら最後の力を振り絞って次の鋼の守護聖を誕生させちゃう。……ね。」
 明るい笑顔で小首を傾げて自分を見るアンジェリークにゼフェルは肩を落とす。
「……んなに簡単に行くと思ってんのか? 楽観しすぎじゃねーか? アンジェ。」
「そんな事無いわよ。物事何でも成せば成る! よ。」
 両手を腰にあて胸を張るアンジェリークに、ゼフェルの顔が近づく。
「ん……。ゼフェル……………。」
 目を大きく見開いたアンジェリークが真っ赤になる。
「ま、たまにはな。主演女優賞の賞品だと思えよ。」
 真っ赤になったアンジェリークよりも、更に赤い顔をしたゼフェルがボソリと呟きソッポを向く。
「ね、もう一回。」
 ねだるアンジェリークに、耳まで赤くしたゼフェルがソッポを向いたまま叫ぶ。
「たまにはっつったろ。なつくなよ。暑苦しいな。」
「だって嬉しいんだもの。ゼフェルの方からしてくれたのって初めてだから。いっつも私がきっかけ作って……。」
 アンジェリークの言葉は途中で途切れた。
「……ねえゼフェル。私とロザリア、どっちが女王になっても私達はず〜っとこのままでいましょうね。」
 長い口付けの後でアンジェリークは、ゼフェルの腕の中で呟いていた。


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