そばにおいてほしい


「よぉ、何やってんだぁ?」
 ある日の昼下がり。
 何やら真剣に取り組んでいる様子の女王候補アンジェリークに鋼の守護聖ゼフェルが声をかけた。
「あ、ゼフェル様。こんにちは良い天気ですね。」
「おめぇ、こんな所で何やってんだよ。」
「ぬいぐるみを作ってたんで…痛っ。」
 そう言うアンジェリークの手の中にはピンク色の物体があった。
「指でも刺したのか? 不器用な奴だなぁ。」
「あっ、そんな事言いますけど結構むずかしいんですよ。これ。」
 と、アンジェリークは一冊の本をゼフェルの目の前に差し出した。
「……これ、ウサギだったのか?」
 開かれた本とアンジェリークの手の中の物とを見比べてゼフェルが尋ねる。
「何だと思ってたんですか?」
「モンスターか空想の動物かと思った。」
「ゼフェル様ひどい!」
 アンジェリークは真っ赤になって怒った。
「だってよ、どう見てもウサギにゃ見えないぞ。これ。どうやったら本見ながらここまで違う物が作れるんだよ。」
「そんなに言うんならゼフェル様も作ってみて下さいよ。本当にむずかしいんだから。」
 アンジェリークは自分の脇に置いてあった袋の中からピンクの布を取り出してゼフェルに渡した。
「な…なんで俺が……。」
 材料を無理矢理渡されたゼフェルは、アンジェリークの迫力に押され、ぶつぶつ言いながらも本を眺め眺め渋々作り始めた。
 ややしばらくして。
「出来たぞアンジェリーク。」
 そこには本の中にある物と寸分違わぬウサギのぬいぐるみが一つ。
「……わぁ、ゼフェル様上手ですね。本に載っている写真と全然変わらない。」
「あのなぁ、俺は一応器用さを司る鋼の守護聖だぞ。これ位出来なくてどうするんだよ。」
 あきれ果てたようにゼフェルが言う。
「あ、そうですよね。でもいいなぁ。私もこういう風に作れたらなぁ。」
 うらやましそうにアンジェリークがつぶやいた。
「鋼の器用さをおめぇに送ってやろうか?」
 ゼフェルがそう提案する。
「いいえ! これは私の力で作らなきゃいけないんです。だからお気持ちだけで十分です。」
 そう言ってアンジェリークは再び自分の手の中の物と格闘を始めた。
「………おめぇ、そこ縫い方が違ってるぞ。」
「えっ? ああっ、ホントだ。あ〜ん、またやり直しだぁ。何回目だろぉ。」
 肩を落として糸をほぐしていくアンジェリークにゼフェルは溜息をついた。
「鋼の器用さを送らねぇ代わりに作り方のコツを教えてやるよ。」
「ゼフェル様……作り方わかるんですか?」
「今さっき一つ作ったから大体な。」
 そうして、ゼフェルとアンジェリークのぬいぐるみ作りが始まった。


「ゼフェル様。この耳が垂れちゃうのどうしたらいいんでしょうね。」
 不器用ながらも一個目を作り終えたアンジェリークがゼフェルにそう尋ねた。
「耳が垂れてちゃ、まじいのか?」
「だってウサギって耳がピーンと立ってますよね。やっぱりその方が可愛いと思うんだけど……。」
「そんなもんかね。俺なんか耳が垂れてる奴の方がマヌケな感じがして好きだけどな。」
 そう言ってゼフェルは自分が作ったウサギをひょいと持ち上げ口付けた。
「まぁ、おめぇが耳が立ってる方が良いってんならそれでも良いけどな。この厚紙かなんかで芯になる部分を作りゃ良いんだよ。」
 ゼフェルは厚紙を手際よく耳の形に切り抜き、アンジェリークに手渡した。
「…そうですね。これで芯を作れば垂れませんね。」
 ほんの少し顔を赤らめながらも晴れやかな笑顔を作り、アンジェリークが作業を再開した時。
「ちょっと、アンジェリーク。」
「あっ。ロザリア。」
 声の主はもう一人の女王候補ロザリア。
 ロザリアの手の中にはやはり何やら白い物体が。
「あんた、何ゼフェル様に手伝わせてるのよ。私達だけで作ろうって決めてたでしょ。」
「手伝ってもらってないわよ。教えてもらってるの。ほら見てロザリア。これゼフェル様が作ったのよ。」
 と、先程ゼフェルが作ったぬいぐるみをロザリアに見せる。
「まぁ…。さすが鋼の守護聖ゼフェル様。器用ですわね。」
 感心しながらロザリアはゼフェルに向きなおった。
「ゼフェル様、私にも教えて下さいな。」
 にっこり笑うロザリア。
「別に構わねぇけどおめぇは何を作ってんだ?」
 ロザリアの手の中の白い物体を広げてみる。
「………犬か?」
「くまのぬいぐるみですわ。ゼフェル様。」
 ハァーと大きな溜息をついてガックリと肩を落とすゼフェル。
「まぁ、アンジェリークの作ったウサギもどきのモンスターよりはマシだけどよ。」
「あんた、何作ってたのよ。」
「ゼフェル様! そういう言い方ってあんまりです。私が最初に作ってたのはゼフェル様の言葉を借りればモンスターもどきのウサギでしょう。」
 アンジェリークがプッと頬を膨らませる。
「どっちにしろウサギには見られなかったのね。でもあんた、自分で言ってて悲しくならない?」
 ロザリアがあきれた様に尋ねる。
「いいもん。ゼフェル様に教えもらってるからもう少し上手になるもの。」
「そうね。とにかく日にちが無いから急ぎましょう。」
「よぉ、何だよ。その日にちが無いってのは。」
 ゼフェルの問いにロザリアとアンジェリークがにっこり微笑み、声を揃えて言った。
「ヒ・ミ・ツ。」


 それから数日後のある日。
「ゼフェル〜。」
 風の守護聖ランディと緑の守護聖マルセルが両手に何やら白とピンクの物体を抱えてやってきた。
「おめぇら、何持ってんだ?」
 よくよく見ればゼフェルが製作を手伝ったぬいぐるみであった。
「かわいいでしょ。アンジェリークとロザリアがくれたんだよ。」
「初めて作ったからヘタですけど……って言ってくれたんだ。かわいいよな。ロザリアがくれたこの白い犬。アンジェリークのくれたのは耳が長いからウサギだろうと思うけど……。」
 ランディが嬉しそうに言っているのを聞いてゼフェルは心の中で呟いた。
『やっぱり、くまには見られてねーぞロザリア。』
「ゼフェルはまだ貰ってないの? ルヴァ様やオリヴィエ様も貰ってたよ。」
 返事をしようとしたゼフェルの言葉はランディの声に遮られた。
「おい! あそこのテラスにいるのはロザリアとアンジェリークとオスカー様だ。」
 ランディの指さす先に確かに三人の姿があった。
「何話してんのか、行ってみようか?」
 三人は興味深げに近づいていった。
「…で、お嬢ちゃん達。それを俺にくれるってのかい?」
「はい。いつもお世話になっている皆様に何かお礼がしたくて…。」
「ロザリアと二人で一つずつ作ったんです。こっちのピンク色のが私の作ったウサギでこっちの白いのはロザリアが作ったくまです。」
「………犬じゃなかったのか…。」
 ランディが茂みの中で小声でつぶやいた。
「そうかい。ありがとうよ。それにしてもお嬢ちゃん達。俺としてはお嬢ちゃん達の愛情こもったチョコレートじゃないってのがちょっと残念だぜ。」
「チョコレート?」
 茂みの中の三人が顔を見合わせる。
「…オスカー様。バレンタインデーをご存じなんですか?」
 ロザリアが目を丸くして尋ねる。
「もちろん知っているさ。女性が愛する男性に自分の想いを告白するすばらしい日を俺が知らないはずないだろう。すべての女性が美しく光り輝くこの日を俺は毎回楽しみにしているんだぜ。」
 そんなオスカーの声を背に三人はその場を離れた。
「バレンタインデーか。そういえばあったなそんなのが。」
 ランディがテラスの方を振り返りながら言った。
「あったあった。俺の嫌いな甘いもんが飛び交う日が。」
 ゼフェルが嫌そうな顔をする。
「でもさ、嬉しいよねチョコレート貰うと。僕近所のお姉さん達から何個か貰った事あるよ。」
「俺も学校に行ってた頃、よく貰ったな。」
「ゲロゲロ〜。俺ぜーんぶ断ってた。甘いもん嫌いだからって。そしたら酒くれた娘もいたな。」
 それぞれの思い出を口にする。
「アンジェリークとロザリアはチョコレートは作らなかったのかなぁ。ちょっと気になるよね。」
 マルセルの問いにしばし考えていたゼフェルが指を鳴らして答える。
「チョコレートを作ったかどうか確かめる手があるぜ。付いてこいよ。」
 そうして三人がやってきたのは大地の守護聖ルヴァの執務室。
「よぉ、ルヴァいるか?」
 部屋に入ると二つのぬいぐるみを机の上に並べて赤くなっているルヴァがいた。
「あっ、あーゼフェル。おや、ランディとマルセルも。何かご用ですか?」
 独特の口調でルヴァが尋ねる。
「あのよ、何日か前にアンジェリークかロザリアがルヴァんトコから本借りてっただろ。その本が何の本だかわかんねーかな?」
「あーそれでしたらわかりますよ。ええっと、あれは確か……。」
 言いながら書庫へと向かうルヴァ。
 ランディとマルセルは納得とでも言いたげに顔を見合わせる。
「ああ、あったあった。この本ですよ。」
 ルヴァが出してきたのはゼフェルにも見覚えのあるぬいぐるみの作り方の本。
「…これだけかよ。」
 ちょっと拍子ぬけした声でゼフェルが言う。
「ええ、これ一冊ですよ。何に使うんですか? って聞いたら内緒だと言われてしまったんですけどまさかこうなるとは……。」
 真っ赤になってしどろもどろ話すルヴァに別れを告げて三人は部屋を出た。
「結局、作んなかったんだねチョコレート。」
「ぬいぐるみを作るのに精一杯だったんだろ。」
 ゼフェルがぬいぐるみと格闘しているロザリアとアンジェリークを思い出して答える。
「そうだろうな。でもいいじゃないかマルセル。二人の手作りのぬいぐるみを貰ったんだから。」
 ランディが明るく言う。
「そうだね。じゃ僕そろそろ部屋に帰るよ。ばいばいランディ、ゼフェル。」
「マルセル俺も帰るよ。じゃあな、ゼフェル。」
「ああ。」
 ぬいぐるみを抱えて走っていく二人の姿を見送り、ゼフェルは自分の執務室へと足を向けた。


 部屋に戻ったゼフェルは自分の机の上に二つのぬいぐるみが置いてあるのに気が付いた。
 机の上にはメモが残されていた。
『お出かけ中の様なので置いて行きます。可愛がって下さいね。製作中は大変お世話になりました。ロザリア&アンジェリーク』
 二つのぬいぐるみを眺めていたゼフェルは、ふと違和感を覚えた。
 ぬいぐるみをまじまじと観察する。
 先程見たランディやマルセル、ルヴァのぬいぐるみとゼフェルのとでは明らかな違いがあった。
「アンジェリークの野郎。一番ぶっさいくな奴を俺によこしたな。」
 明らかな違いはアンジェリークの作ったウサギのぬいぐるみの耳にあった。
 ゼフェルの机の上に乗っているそれは、耳の垂れているウサギだった。
「しかも腹んトコがほころびてるじゃねーか。…ったく、しょーがねーなぁ。」
 ゼフェルがほころびを直そうとウサギのぬいぐるみを手に取った時、何か固い物が中に入っているのに気が付いた。
「………ん? なんだこりゃぁ。」
 ほころびている糸を取り除くと中からきれいにラッピングされた包みが出てきた。
 開けてみると、メッセージカードの添えられたハートの形のチョコレート。
『ゼフェル様へ。耳の垂れているウサギの方が好きだっておっしゃってたので一番最初に作ったウサギを差し上げます。いつまでも側に置いて下さいね。ゼフェル様が作って下さったのは私が持ってます。私達二人だけお揃いですから大切にしますね。それと、そんなに甘く無いのでチョコレートも貰って下さい。本当はロザリアと二人で話し合ってチョコレートは無しにしようって決めてたんですけど、やっぱり渡したかったので……。アンジェリーク』
 ゼフェルはチョコレートを一つ口の中に放り込み、残りを机の引き出しの奥にしまい込んだ。


もどる