君への贈り物


「あれ? おーい。マルセル。何そんなに急いでるんだ? こっちに来いよ。」
 良く晴れた日の曜日の午後。
 通りの向こうを走っていく緑の守護聖マルセルを見つけた風の守護聖ランディが大声で呼びかけ手を振った。
「あっ。ランディ。ゼフェル。ルヴァ様。オリヴィエ様。リュミエール様。オスカー様も。……お茶会ですか?」
 名前を呼ばれたマルセルがテラスでティータイムを楽しんでいた先輩守護聖達に笑顔を見せる。
「あー。マルセル。良かったらあなたも飲んで行きませんか?」
「ありがとうございます。ルヴァ様。でも僕ちょっとやらなきゃ行けない事があるんで、また今度にします。」
 カップを差し出す大地の守護聖ルヴァにマルセルは屈託のない笑顔で頭を振った。
「どうしたのですか? マルセル。珍しいですね。あなたがお茶を断るなんて。あなたの好きなお菓子もあると言うのに……。」
「そうよ。マルセル。何をそんなに急いでやらなきゃいけない事がある訳?」
 マルセルの甘い物好きを知っている水の守護聖リュミエールと夢の守護聖オリヴィエが交互に尋ねる。
「だって今度の日の曜日はアンジェリークの誕生日なん……………。」
 マルセルが言いかけて慌てて口元を押さえる。
「お嬢ちゃんの……? マルセル。何でお嬢ちゃんの誕生日を知ってるんだ?」
「……だって僕さっきまでアンジェリークと一緒だったんですもん。それで教えてもらったんです。じゃあ。僕もう行きます。来週までにアンジェリークにあげるお花を決めないといけないから。ルヴァ様。また今度お茶をごちそうして下さいね。」
 驚いた顔で尋ねる炎の守護聖オスカーにマルセルは口を尖らせて返答をして、駆け足で自分の私邸へと帰っていった。
「……ルヴァ。済まないが用事を思い出した。今日はこれで失礼するぜ。」
「ルヴァ。私も帰るわ。まったねぇ。」
「ルヴァ様。私も失礼させて頂きます。おいしいお茶をごちそうさまでした。」
「あー。そうですか? じゃあ。これでおひらきにしましょうかねぇ。」
 マルセルが立ち去ったしばらく後、立ち上がったオスカーの後を続くようにオリヴィエ、リュミエールといった面々がそれぞれテラスを去っていった。
「アンジェリークの誕生日…か。俺も何かプレゼントしようかな? ルヴァ様。ごちそうさまでした。俺。家に帰ってアンジェリークへのプレゼント考えてきます。後片付けもしないですみません。」
「別に構いませんよ。ランディ。私も後でゆっくり考えるつもりですから。」
 明るい笑顔を見せたランディは、ルヴァに対して一度ペコリとおじぎをして走っていった。
「……………けっ。くっだんねー。」
 それまでずっと黙っていた鋼の守護聖ゼフェルが小さな声で呟いていた。


「いけない。いけない。嬉しくってついうっかり喋っちゃった。ホントは内緒にしておこうと思ってたのに。でも……何がいいかなぁ? アンジェリークへのプレゼント。本当はバラの花が一番良いんだけどそれは絶対! オスカー様が贈るだろうから別のを考えなくちゃ。やっぱり彼女のイメージに合ったものが良いよなぁ。んー。チューリップ? ひまわり? ……何かお花だとありきたりだなぁ。」
 温室の中で辺りをキョロキョロ見廻しながら一人呟くマルセルは、視界の隅に青々と葉を茂らすアジアンタムを見つけた。
「……あっ! そうだ! アジアンタム。これにしよう! ふふふ。これ。この間アンジェリークが来た時『可愛い』って凄く気に入ってた奴だもの。きっと喜んでくれるだろうな。それにちょっと世話が大変だから僕が毎日行って世話してあげるって言えば毎日アンジェリークに会えるもんね。これに決ーめたっ。」
 満面に笑みを浮かべたマルセルは、花壇に並べてあったアジアンタムの鉢の一つを別の鉢に移し変え始めた。


「ほう。アンジェリークの誕生日? 次の日の曜日が……か?」
「はい。マルセルが嬉しそうに話して下さいました。」
 ルヴァの元を去ったリュミエールはその足で闇の守護聖クラヴィスの元を訪れた。
「それで……。お前はあの娘に何をやるのだ? リュミエール。」
「私は彼女をイメージした曲を作り彼女に贈ろうかと思っております。」
 静かに尋ねるクラヴィスにリュミエールは笑顔で答えた。
「そうか。……リュミエール。お前に頼みたい事がある。」
「何でございましょう?」
「この紫水晶の角結石。大事にしていたのだが二つに割れてしまってな。……イヤリングに丁度良い大きさだとは思わぬか?」
 机の引き出しから柔らかな布に包まれた紫水晶を大事そうに取り出しながらクラヴィスが笑みを作った。
「……彼女の金色の髪によく映えるでしょうね。早速、加工するよう職人に頼んで参ります。」
「すまぬ……。」
 照れくさそうに詫びるクラヴィスから水晶を受け取ったリュミエールは笑顔で部屋を後にした。


「そうだ。次の日の曜日に取りに行くから準備しておいてくれ。……そうだな。三分咲きが良い。お嬢ちゃんに良く似合うだろうからな。おっと。トゲは全部処理して置いてくれよ。可愛いお嬢ちゃんの白い指に刺さったら大変だからな。」
 私邸に帰ってすぐに行きつけの花屋に連絡をしているオスカーであった。
「何色がいいかだって? おいおい。俺が女性に贈る花と言ったら赤に決まっているだろう。真っ赤な薔薇に。……そうだ。全部真っ赤な薔薇にしてくれ。数が揃えられないかも知れない? そこの所は何とか頼む。何が何でも俺が言った数だけ揃えてくれ。俺にとって一番大切なお嬢ちゃんの聖なる日なんだ。他の色が入っても良いならって……。それじゃあ意味がないぜ。お前さんとこの店とは古いつきあいなんだ。頼りにしているから頼むぜ。じゃあな。」
 電話口でまだ何か言っている花屋の声を無視してオスカーは電話を切った。
「これで準備は良し。と。後は………。」
 再び受話器をあげてダイヤルを廻す。
「よぉ。レディかい? 俺だよ。オスカーだ。すまないが日の曜日に仕事が入ってしまってな。君に会えなくなってしまった。……あぁ。そう泣かないでくれ。俺もつらいんだ。レディに会える日を毎日指折り数えて待っていたってのに……。残念だよ。レディ。悲しいがまた次に会える日を楽しみにしているよ。」
 日の曜日に会う約束をしていた女性に見事な断りの電話をするオスカーであった。


「……あのー。オリヴィエ様。入ってもいいですか?」
「あら。ランディじゃない。どうしたの? そんなにしょぼくれちゃって。」
 自分の家を訪れたランディにオリヴィエが目を丸くする。
「……あの。アンジェリークへのプレゼントを何にしようか考えていたんですけど。俺…全然分からないからオリヴィエ様に相談しようと思って………。オリヴィエ様は何をあげるんですか?」
「んふふ〜。ひ・み・つ。ってのは嘘だけど。私はね。あの娘にこれをあげようと思ってるのよ。」
 オリヴィエがいたずらっ子のような目をして、しょんぼりとするランディの目の前に小さな瓶を差し出す。
「……これって。香水…ですか?」
「そぉよ。よく分かったわね。まだちょっとあの娘には早い香りかも知れないけど女の子って背伸びしたいモンだからね。ちょっと大人っぽいものをあげる事にしたの。それで? ランディはどうするの?」
「それが……………。」
 ランディが言葉に詰まる。
「……ランディ。私がアドバイスしてあげても良いけどね。でもそれじゃあランディらしさが無くなっちゃうわよ。」
「俺らしさ………ですか?」
「そうよ。今頃他の連中もそれぞれ自分らしいプレゼントを考えてるわよ。その方があの娘も喜ぶと思わない? ランディ。」
「……そうですね。俺、もう一度自分で考えてみます。ありがとうございました。オリヴィエ様。」
 艶やかな笑顔を見せるオリヴィエにランディが爽やかな笑顔を返した。
「………俺らしさか。ん?」
 私邸に戻ったランディは足下で丸くなっている犬に視線を落とした。
「……そうだ。ヌイグルミにしよう。アンジェリークの部屋って一つしかヌイグルミが無かったから……。よーし。やっと決まった。ははは。サンキュー。」
 ランディは嬉しそうに尻尾を振る犬の頭を撫でた。


「くだらぬ! 何の話かと思えば………。ルヴァ。そんな事をいちいち私に知らせに来ずとも………。」
「あー。そうは言いますけどね? ジュリアス。私は後になって、何故私に知らせなかった。と怒られるのは嫌ですからねぇ。」
 光の守護聖ジュリアスの言葉にルヴァが笑顔で反論する。
「そんな事は……………。」
「無いとは言い切れませんでしょう。ジュリアス。あなただって。」
「〜〜〜〜〜。」
 にっこり笑うルヴァにジュリアスは何も言い返せなかった。
 お堅いジュリアスもアンジェリークには弱い事を十分に知っているルヴァであった。
 だからこそ、わざわざジュリアスに知らせに来たのである。
「じゃあ。そう言う事ですんで。私は失礼しますね。」
「………ルヴァ。参考までに……。そなたは何を贈るつもりなのだ?」
 ジュリアスがルヴァを呼び止め尋ねる。
「はい? あぁ。いえね。この間アンジェリークに書庫の整理を手伝って貰ったんですけど、その時に遥か昔に書いた私の本が出てきましてね。彼女がそれを読んでも読まなくても構わない。だけど持っていてもらいたいなぁと思っていますよ。」
「そなたらしいな。………ルヴァ。次の日の曜日。私の家でティーパーティを開こうと思う。もちろん女王候補にも参加してもらう。その事。他の者達に伝えてくれ。」
「……………。実にあなたらしいですね。ジュリアス。」
 顔を赤くして告げたジュリアスの言葉にルヴァは苦笑していた。


「けっ。莫っ迦みてー。どいつもこいつも浮かれやがってよー。あいつの誕生日だからってどうって事ねーじゃん………。」
 自室で呟くゼフェルであったが、それでも何をあげたらアンジェリークが喜ぶのか考えてしまっていた。
「……誕生日か。何がいーのか見当もつかねーや。俺だったら何がいーかな。」
 ベッドの上に寝ころんであれやこれやと考える。
「……そうだよな。やっぱ寂しーだろーしな。……よし!」
 何か思いついたのかゼフェルは大急ぎで部屋を出ていった。


「誕生日おめでとう!」
「おめでとう。アンジェリーク。」
「あ…ありがとうございます。」
 日の曜日。
 ジュリアスの私邸で行われているティーパーティの席上で、アンジェリークは守護聖達からのプレゼント攻撃を受けていた。
「アンジェリーク。偶然にも今日はそなたの誕生日だと聞いた。そこで本日の主賓をそなたとする。存分に楽しむと良い。」
「えっ? …はい。ありがとうございます。ジュリアス様。」
「あー。あー。何が偶然にもなのよねぇ。ルヴァからちゃっかり教わって今日の段取り決めた人がよっく言うわ。」
 ジュリアスの言葉を聞いていたオリヴィエが呆れたように呟く。
「僕がアンジェリークから聞いたのに…。僕が………。」
「口を滑らせた坊やの負けだ。それに黙っていようなんて考えるから悪いんだぞ。」
 膨れっ面をするマルセルにオスカーが人の悪い笑顔で笑った。
「ぶー。そうだけど…そうだけど………。えーん。なんかすっごく悔しい〜。」
 マルセルが小さな声で呟いていた。


 略式ながらも華やかに行われているティーパーティの会場が落ちつきを見せ始めた頃、もう一人の女王候補のロザリアがアンジェリークに近づいていった。
「おめでとう。アンジェリーク。これ。私からのプレゼントよ。」
「ロザリア。ありがとう。何? これ?」
「私と色違いのワンピースよ。……次の謁見の日にお揃いで着ましょうね。」
 大判の箱を受け取るアンジェリークにロザリアがそっと耳打ちをした。
「やぁ。二人で何の話をしてるんだい?」
 そんな二人の元にランディがやってきた。
「女同士の秘密ですわ。ランディ様。……それにしても。ずいぶん色々なものを頂いたわね。あんた。」
「うん。本当に。ジュリアス様はご自分が主催のパーティの主賓にして下さったでしょ。クラヴィス様は、ほら見て。紫水晶のイヤリング。綺麗よね。ルヴァ様はご自身が書かれた本を下さったし。オスカー様は薔薇の花。リュミエール様は私に曲を作って下さったし。オリヴィエ様は香水。ロザリアにも貸してあげるね。マルセル様はアジアンタムの鉢植え。それでランディ様がいぬのヌイグルミ。」
「ごめんよ。子供っぽいもので……。」
 アンジェリークの言葉にランディが照れたように頭をかく。
「いいえ。とても可愛いヌイグルミで嬉しいです。ありがとうございます。ランディ様。」
 顔一杯に喜びが溢れているような笑顔を見せるアンジェリークにランディが顔を赤くした。
「………ゼフェル様からはないの?」
 プレゼントを指折り数えていたロザリアがアンジェリークに尋ねる。
「えっ? ……そう言えば。ゼフェル様からは……。だって来てないみたいだし。」
「そう言われればいらして無いわね。」
 アンジェリークとロザリアがゼフェルの姿を探して辺りを見廻す。
「……やっぱりいらっしゃらないわね。今日があんたの誕生日だってご存じないのかしら?」
「そんな事ないよ。俺達がマルセルから話を聞いた時ゼフェルも一緒だったんだから。……全く。しょうがない奴だな。ゼフェルは。アンジェリーク。ごめんよ。折角の君の誕生日に……。後で俺からきつく言っておくからさ。」
 ロザリアの言葉を否定するランディが、アンジェリークに謝罪する。
「良いですよ。ランディ様。ゼフェル様ってこう言う事に気を使う方じゃないし。それにゼフェル様。ジュリアス様が苦手でしょ。だから来てないんですよ。きっと。」
 ランディの言葉にアンジェリークは笑顔で答えていた。


「はぁー。疲れたぁ。……うふ。プレゼント一杯貰っちゃった。」
 夕方になり、部屋へ戻ったアンジェリークがベッドの上に倒れ込む。
「何だか嬉しい。こんな所で誕生日のプレゼントを貰えるなんて思ってなかったからなぁ。……あら? 誰かしら?」
 部屋のチャイムが急かしく鳴り響き、アンジェリークは慌てて扉へ向かった。
「どなたですかぁ? って…ゼフェル様。」
「よぉ。アンジェリーク。……来いよ。」
「えっ? えっ?」
 肩で息をするゼフェルは短くそう言うとアンジェリークの手を取り歩き出した。
「あの。ゼフェル様。一体何処へ……。」
「いいから! 黙って来いよ。」
 尋ねるアンジェリークにぶっきらぼうに返事をしてゼフェルは私邸の一室へアンジェリークを連れてきた。
「………入れよ。」
「えっ?」
「いいから早く入れ!」
 怒鳴られたアンジェリークが訳も分からぬまま扉を開け室内に入った。
「……おとうさん。おかあさん。」
「アンジェリーク。」
 室内に入ったアンジェリークは、その場に自分の両親がいる事に我が目を疑った。
「ゼ……ゼフェル様っ!」
 アンジェリークが驚いてゼフェルを見る。
「安心しろよ。ちゃんと女王陛下とディア様の許可は貰ってあっからよ。今日……。おめーの誕生日だろ。だからよ。……じゃあな。ゆっくりしてけよな。アンジェリーク。うわっ!? おい?」
 手を振り背中を見せたゼフェルは突然しがみついてきたアンジェリークに慌てた。
「ゼフェル様。素敵なプレゼントをありがとうございます。とても嬉しいです。」
「べ…別に気にすんなよ。……今夜一晩だけだけどよ。俺はルヴァのトコにでも行くから親子三人でゆっくり過ごせよな。……………ア…アンジェリーク!?」
 自分の頬にキスをするアンジェリークにゼフェルの声が裏返る。
「素敵なプレゼントのお礼です。本当にありがとうございました。」
 真っ赤な顔をしたゼフェルにアンジェリークは笑顔を見せた。


「ゼフェル。今日は何処に行ってたんですか? それにその頬の絆創膏は……?」
「……木に引っかけたんだよ。」
 日が暮れて自分の家にやってきたゼフェルの頬の絆創膏に、ルヴァは不思議そうな顔を見せていた。


もどる