頑張れ女の子


「あっれー? アンジェリークじゃなーい。何してんの? そんな所で?」
 長い髪をなびかせて公園を一気に突っ切ろうと走っていた女王候補のレイチェルが茂みの中に見覚えのある大きなリボンを見つけ歩み寄った。
「レ…レイチェル! しっ! しぃー。静かにして。……あそこ。あそこ見てみて。」
 栗色の髪の毛についた葉っぱも気にならない様子で青い瞳を輝かせたもう一人の女王候補のアンジェリークが茂みの向こうを指さした。
「……………? えーっ!?」
「レイチェルっ! 声が大きいってば。」
「だ…だってぇ……。あれってさぁ……。」
 二人の女王候補の見つめる先に木漏れ日の中を嬉しそうに歩く金色の巻き毛の少女の姿があった。
「あ…あの人……ってさぁ。」
「そ…そうだよね。絶対……。」
 驚愕の眼差しで少女を見つめていた二人は互いに確かめ合うように頷いていた。
「………そこに誰かいるの?」
 ビクッっ!
 突然声をかけられた二人が身体をすくませる。
「あの……。誰かいるのなら出てきたら?」
 にっこりと笑顔を見せる少女にレイチェルとアンジェリークは遠慮がちに茂みの中から姿を現した。
「……まぁ。レイチェルにアンジェリーク。うふふ。見つかっちゃったわね。」
 宇宙を統べる女王が舌をペロリと出して肩をすくめた。
「じょ…女王陛下。……ですよね。」
「ええ。」
「宜しいんですかぁ? こんな所をお一人でぇ……。」
「んー。ちゃんと書き置きをしてきたから大丈夫でしょ。たまにはね。こうやって普通の格好で聖地の中を歩かないと……。肩がこっちゃって………。」
 尋ねる二人に女王はそう言って肩に手をやった。
「ねっ。二人とも私が女王の服を着ていない時は普通にしてね。だって私達ってほとんど年が離れてないのよ。仲良くしましょうね。」
「は…はぁ。」
 自分達の両手を握り笑顔を見せる女王に二人の女王候補は気抜けしたような返事を返して歩き出した。
「あ…あのぉ。陛下? どちらに行かれるんですか?」
 先を歩く女王にアンジェリークが遠慮がちに尋ねた。
「えっ? あぁ。あなた達はこの先に行った事ないのね。」
 驚いて振り返った女王は二人の顔を見て笑顔を作った。
「……あなた達。最近ルヴァ様にお会いしてる?」
「いいえ。陛下。ルーティスに地の力をねだられているんですけどルヴァ様はいつ行ってもお留守でした。」
「そうでしょうね。」
 レイチェルの返事に女王は笑顔で頷いた。
「ロザリアの話だとね。あなた達が育成している新しい宇宙に生まれた生命体について調べていらっしゃるそうよ。一度何かに夢中になるとね。他の事に気が回らなくなってしまうの。ルヴァ様って。そんな所はゼフェル様も同じなんだけど……。この先にはね。ゼフェル様がお作りになった秘密の家があるのよ。その家の事を知っているのはルヴァ様とゼフェル様。それに私とロザリア位なの。だからルヴァ様はきっとそこにいると思うの。心配だからちょっと様子を見に行こうと思って……。あなた達も一緒に行きましょう。きっと歓迎してくださるわよ。」
 女王はそう言ってアンジェリークとレイチェルの手を握るとそのまま歩いていった。


「よぉ。ルヴァ。ルヴァ先生よ。いい加減に出て来いよ。人にはやれ食事しろだちゃんと眠れだ言っといて。てめーはそうしてんのかよ。ルヴァってばよ。」
 女王達三人が秘密の家の前までやってくると鋼の守護聖ゼフェルがしきりに扉を叩く姿があった。
「……ゼフェル様? どうかなさったんですか?」
「へ……? よぉ。おめーかよ。……って。何でこいつらまで一緒なんだよ!」
 声をかけられ振り返ったゼフェルは女王の後ろにいるアンジェリークとレイチェルの姿にほんの少し怒ったような声で女王に尋ねた。
「来る途中で一緒になったんで連れて来ちゃったんです。構いませんでしょう。ゼフェル様。……ねっ。」
「ま…まぁよ。連れて来ちまったモンはしょうがねーけど……。頼むぜ。おい。これ以上他の奴等にバラすようなら俺りゃあ別の場所にもう一軒建てるからな。」
 小首を傾げて笑顔を作る女王に幾分顔を赤くしたゼフェルがそっぽを向いて呟いた。
「そうしたらまた捜しますよ。この聖地の中で私にまで秘密の場所を作らないで下さいね。ゼフェル様。」
「へいへい。勝手にしろよ。………おめーらよ。ここの事他の奴等には絶対に話すなよ! いいな。」
「は…はい。」
 ゼフェルに念を押されたアンジェリークとレイチェルは元気良く返事をした。
「それで。どうしたんですか? ゼフェル様。」
「……あっ! そうそう。忘れる所だったぜ。」
 あらためて尋ねられたゼフェルが慌てたように女王に向き直った。
「ルヴァの奴がよ。もう三日もこの家にこもって出て来ねーんだ。あいつの事だから研究に夢中になってメシも食ってねーんだろうし……。いい加減オリヴィエ辺りが心配しだしてよ。で、迎えに来たのは良いんだけどあの莫迦。中から鍵かけてやがんだ。いくら呼んでも返事は返って来ねーし……。……ったく。まいったぜ。」
 頭をかくゼフェルの姿に女王は心配そうに扉を見つめた。
「……ルヴァ様。私です。聞こえてますか? ルヴァ様。」
「無駄だぜ。さっきから俺が散々やってんのにカタンとも反応がねーんだからよ。」
 扉を叩く女王にゼフェルが諦めたように言った。
「でも……。だからって……。」
「そうですよ。ゼフェル様。」
「地の力をルーティスに与えて貰わないと困ります。」
「ば…莫迦野郎っ! 俺に言うなよ。俺にっ!」
 三人の少女に囲まれるように詰め寄られたゼフェルが慌てて叫んだ。
「……ですけど原因の一端はゼフェル様にあるんですから何とかして頂きませんと困りますわ。」
 突然の声にその場にいた四人が声のする方へ顔を向けるとそこに女王補佐官のロザリアの姿があった。
「……ロザリア。」
「ロザリア様。」
「あちゃ〜。うっせーのがもう一人増えたぜ。」
「ゼフェル様? うっせーのとは私の事ですの?」
 渋い顔をして顔を背けるゼフェルにロザリアが笑顔と共に冷ややかな視線を送って尋ねた。
「ちっ。分かってんなら聞くなよ。……別に。おめーまで何の用だよ。」
「王立研究院のエルンストから相談を受けたのですわ。どちらの聖獣も地の力を強く望んでいるのに女王候補達は一向にそれに答える気配を見せない。何故なのだろうかと。それで二人の部屋に行ってみたのですけど出掛けている最中で……。それなら直接ルヴァ様にお話を伺おうと思ってこちらに来たんですわ。……本当はこの事を陛下にもお知らせしなければと思っていましたけど……。その必要は無かったようですわねぇ。」
「……ごめんねぇ。ロザリア。」
 アンジェリークとレイチェルの後ろに隠れたまま謝罪する女王にチラリと視線を送ったロザリアは諦めの響きを含んだ言葉と共に深い溜息を漏らしていた。
「………そんな事よりよ。どうしてルヴァが出て来ねー原因が俺にあるってんだよ。」
 先程のロザリアの言葉に釈然としないものを感じていたゼフェルが憤慨したように尋ねた。
「……中から鍵をかけられてしまったら外からはどうやっても扉を開けられないような設定をなさったのは何処のどなたですの?」
「そ…それは……………。」
「そうでございましょう。ゼフェル様。外からも鍵を開けられるようになされば宜しいものを……。」
「そうしちまったら誰にも邪魔されたくねー時に邪魔者が入ってくるかも知れねーじゃねーかよ。そうならねーようにわざわざ設定したんだぜ。」
 鋭く詰め寄るロザリアにゼフェルが応戦した。
「だけど……。それでこんな事態になっちゃうのは困りますよ。」
「そうですよ。ゼフェル様。」
「今からでも設定変えられないんですかぁ?」
「ほら。ご覧なさい。私の言う通りでしょ。」
「ば…莫迦野郎っ! てめーら揃って好き勝手言うんじゃねーよ。……あー。そうだよ。どーせ俺が悪いんだよ。そうなんだろ? ……っくしょー。」
 ついつい口が先走ってしまうゼフェルも四対一ではさすがに勝てる筈もなく、四人の少女に詰め寄られて不承不承己の非を認めたのだった。
「分かって下されば宜しいんですわ。」
「……でも。ロザリア。ちょっと可哀想だよ。」
「そうですね。」
「自業自得って事で仕方無いんじゃない? それよりルヴァ様どうするんですか?」
 レイチェルの言葉に少女達は家の中で調べものを続けているであろう大地の守護聖を思い出した。
「……どうしよっか?」
「呼んでも出ていらっしゃいませんものね。」
「……ゼフェル様? この家には本当にここ以外に出入り出来る場所は無いんですの?」
「……ああ。出入口はここ一つだし窓にも鍵がかかってっからよ。どっからも入るのは不可能だぜ。」
「………いっその事。壊しちゃおっか?」
 ゼフェルの言葉にややしばらく考え込んでいた女王がポツリと呟いた。
「へ…陛下っ!」
「お…おいっ! なに言って……」
「だって……。ルヴァ様の事が心配だもの。」
「だからってなぁ。壊すにしたって家ってのは簡単には壊れねーんだぞ。」
「そんな事無いですよ。簡単に壊す方法がありますよぉ。」
「えっ? そうなの? レイチェル。どんな方法?」
 あっさりと言うレイチェルにアンジェリークが不思議そうに尋ねた。
「爆破しちゃえば良いじゃん。そうでしょ。」
「ば…爆破……って。それじゃあ。中にいるルヴァ様が危ないでしょう。レイチェル。」
「大丈夫ですよ。ロザリア様。火薬の量さえ間違わなければ壁に穴が空く程度で済みますから。そうですよね。ゼフェル様。」
「……………そりゃ。そうだけどよ。」
「じゃあ。そうしましょう。」
「お…おいっ! だけどな………。」
 笑顔で結論を出した女王にゼフェルが慌てて反論しようとした。
「ゼフェル様っ! ゼフェル様はルヴァ様が心配じゃないんですか?」
「それは……。」
「そうですわ。もしかしたらルヴァ様。部屋の中で倒れているかも知れませんわよ。」
「……………。」
「あの……。ゼフェル様が爆破装置を作って下されば大丈夫ですよ。」
「……………。」
「何だったら私が作りましょうかぁ?」
「……………分かったよっ! やりゃあ良いんだろ。やりゃあ……。どうなっても責任持たねーからな。俺は。」
「きゃあ〜っ。」
 怒鳴るようなゼフェルの言葉に少女達は歓喜の悲鳴を上げていた。


「……ゼフェル様。まだ出来ないんですかね?」
「時間がかかるものなのよ。きっと。」
「そうよ。火薬の取扱いは慎重にやらなきゃいけないんだからね。」
「……あらっ。いらっしゃったわよ。」
 爆破装置を作るために私邸に戻っていたゼフェルが小一時間ほどしてお茶会をしている少女達の元へ戻ってきた。
「……出来たぜ。」
「じゃあ。早くセットしましょう。」
「……ホントにやるのか?」
 女王の言葉にゼフェルが半信半疑で尋ねた。
「ルヴァ様が中で死んでいたら………。」
「……分かったって。……離れてろよな。」
 なおもしつこくルヴァの身を案ずる少女達にゼフェルは離れるように指示を出し爆破装置を家の壁にセットした。
 ドッカーン。
 安全圏まで避難したゼフェルが爆破スイッチを押すと、もの凄い爆音と共に土煙があがった。
「うー。ゴホッ。ゴホッ。」
「ルヴァ様っ!」
 土煙の中からむせたような咳をしながら出てきた大地の守護聖ルヴァに四人の少女達が駆け寄った。
「ルヴァ様。」
「ルヴァ様。……良かった。」
「ルヴァ様。ご無事でなによりですわ。」
「あっ。あー。アンジェリークにレイチェル。陛下にロザリアまで……。ここは危険ですからとにかく離れましょう。……ゼフェルっ! 危ないじゃないですか。こんな所で火薬を使うなんて……。」
 少女達に囲まれていたルヴァは自分を遠巻きに見ているゼフェルの姿を見つけ抗議の声をあげた。
「……莫〜迦。誰のせいだと思ってんだよ。」
「そうですよ。ルヴァ様。ゼフェル様にお願いしたのは私なんです。」
「……陛下が? あの。何故?」
 ルヴァは不思議そうな顔で女王を見つめた。
「鍵をかけたまま出て来ないから……。」
「ルヴァ様ぁ。育成のお願いをしたいんです。」
「私もお願いします。」
「ルヴァ様。この家にいる間、キチンと眠っていらっしゃいましたか? お食事は………?」
「あのー。皆さん………。何を言って………?」
 思い思いにルヴァに声をかける少女達にルヴァが不思議そうな顔で尋ねた。
「………ルヴァよ。おめー。もしかして家の中にいて時間の感覚が狂ってんじゃねーのか? おめーがこの家に鍵をかけてこもってから三日がたってんだぜ?」
 腑に落ちないルヴァの様子にピンときたゼフェルがルヴァにそう告げた。
「は……? えっ…ええっ? み…三日もですか? ……はぁ。道理でお腹が減る………。はらっ?」
「きゃー。ルヴァ様っ!」
「お…おいっ。ルヴァっ。しっかりしろよ。」
「ルヴァ様。しっかり。」
「……おめーら。邪魔だから退けっ! 家まで運ぶぞ。」
 よろけるルヴァの姿に慌てて駆け寄ったゼフェルはルヴァを背負うと引きずりながら私邸に運んでいった。


「……あっ! ルヴァ様。こんにちは。もうお身体は宜しいんですか?」
 公園を走っていたアンジェリークは前を歩くルヴァに気付き声をかけた。
「ああ。こんにちは。アンジェリーク。ええ。もう大丈夫ですよ。心配をかけてすみませんでしたねぇ。」
 隣を並んで歩き出したアンジェリークにルヴァは笑顔で答えた。
「良かったです。もう無茶はなさらないで下さいね。」
「ええ。陛下やロザリア。ゼフェルにまで怒られましたからねぇ。ところでアンジェリーク? どこへ行くんですか? それにその紙は……?」
 筒状に丸められた紙を手にするアンジェリークにルヴァが不思議そうに尋ねた。
「この間の秘密の家に行くんです。陛下やロザリア様。レイチェルと待ち合わせをしているんです。」
「はー。そうなんですかー。私はゼフェルに用があったんですけど留守でしてねぇ。多分あそこにいるだろうと思って今から行くところなんですよ。」
「じゃあ。一緒に行きませんか?」
「そうですね。」
 笑顔を見せるアンジェリークと並んでルヴァは秘密の家へとやってきた。
「アンジェリーク! 遅いよ。……あっ! ルヴァ様。」
「まぁ。ルヴァ様。もう大丈夫ですの?」
「ええ。もう大丈夫ですよ。ゼフェルを知りませんか?」
「ゼフェル様なら家の中の整理をしていますよ。」
「あー。そうですか。ありがとうございます。陛下。」
 家を指さす女王にルヴァはペコリと礼を取って家の中に入っていった。
「……よぉ。ルヴァじゃねーか。もう良いのか?」
「はい。心配かけてすみませんでした。……ところで何をしているんですか?」
 散乱している部屋の中のものを拾い集めているゼフェルにルヴァが尋ねた。
「ん……? ああ。壁に大穴空けちまっただろ? それで修理するより建て替えようって話になってな……。」
「はぁ……。あのー。それで彼女達は一体なにを……?」
 それぞれ手にした紙を広げ笑顔を見せる少女達を窓越しに見ながらルヴァが尋ねる。
「……新しい家の設計図だとよ。外。出ようぜ。」
 ゼフェルに促されてルヴァは家の外へと出た。


「凄いわね。レイチェルの考えたのは。でもアンジェリークの案も入れたいわ。」
「ロザリア様。ワタシは陛下のこの部屋とロザリア様のテラスは絶対作って欲しいな。」
「私も!」
「うふふ。大丈夫よ。なんだったら全部取り入れてゼフェル様に設計し直して貰えば良いんだから。」


「……………なぁ。ルヴァ。」
「はい?」
 壁に寄り掛かって座っていたゼフェルが隣りに立つルヴァに声をかける。
「あいつらのあのパワーはどっから来んのかな?」
「そうですねぇ……。私達、男にはきっと永遠の謎なんでしょうねぇ。」
 きゃわきゃわと楽しげに話し合う少女達の姿に疲れたような声で尋ねたゼフェルにルヴァは目を細めて笑顔で答えていた。


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