スウィート・ダイエット


「はぁ〜。やっぱりまずいよなぁ………。」
 ローズ・コンテストの予選が始まってから数日が過ぎたある日。
 スウィートナイツの1人であるランディがぶつぶつと呟きながら街の中を歩いていた。
「あ。ランディ先輩〜。」
 突然の明るい声にランディが身体をビクッと硬直させる。
 前方からローズ・コンテスト予選参加の少女が2人、笑顔で走ってきたのだった。
「………どうかしましたか? 先輩?」
「や…いや。何でもないよ。こんにちは。アンジェにコレット。2人でレシピ集めかい?」
 硬直してしまった自分を首を傾けて不思議そうに見つめる少女達にランディはその場を取り繕うように慌てて笑顔を見せた。
「はい。だけどランディ先輩も探していたんですよ。ほら。コレット。」
 と言うのは金色巻き毛のいつも元気なアンジェ。
「あ…あの。ランディ先輩。これ、私が作ったんです。良かったら食べてください。」
 アンジェに促されて遠慮がちにお菓子の入っているらしい箱を差し出すのは控え目で大人しいコレット。
「これを俺に? 嬉しいな。ありがとう。コレット。」
 半分…引きつるような笑顔になりながらランディがコレットから箱を受け取る。
「ほらね。やっぱりあげて良かったでしょ。コレット。」
「う…うん。」
「……やっぱりって何なんだい?」
 笑顔で話し合う少女達にランディは不思議そうに尋ねた。
「だってね。先輩。コレットったらお菓子を作っても恥ずかしくて誰にもあげた事が無いって言うんですよ。だから私がランディ先輩だったらどんなお菓子でも喜んで受け取ってくれるよって言って………。怒っちゃいました?」
「いや。そんな事ないよ。でも…俺じゃなくて他の人でも喜んで受け取ったと思うよ。」
 途中まで言いかけて自分の失言に気づいたアンジェが上目遣いにランディに尋ねる。
 そんなアンジェに苦笑しながらランディは答えていた。
「でもね。先輩。私この間、ゼフェル先輩にお菓子あげてもの凄ーく嫌な顔されたんですよ。」
「あいつは甘い物が嫌いだからね。でも…君ら2人の組合せって珍しいね。いつもだったらアンジェにはロザリアだし、コレットにはレイチェルだろ。」
 今日に限っての2人の組合せにランディが心底不思議そうに尋ねる。
 アンジェとコレットはランディの言葉にお互い顔を見合わせてクスクスと笑った。
「何だい? どうかしたのかい?」
「今日はロザリアとレイチェルが一緒に街を歩いているんですよ。先輩。」
「へぇー。珍しいね。」
「あの…この間、2人で偶然同じ街を歩いてたらしいんです。レイチェルの行く所行く所、全部ロザリアが行った後だったらしくって………。」
「全然レシピが集まらなかったレイチェルが、この間のリベンジよ! って言ってロザリアを連れて行っちゃったんですよ。それで今日は私がコレットと一緒なんです。」
「へぇー。そんな事があったんだ。」
 2人の少女の言葉にランディは残りの2人の少女を思い浮かべて苦笑した。
 お菓子作りの天才と言われているレイチェルとローズ・コンテスト優勝者を多く輩出している名門の出のロザリア。
「どっちも負けず嫌いだから今頃もの凄い勢いでお店を回ってますよ。ね。コレット。」
「うん。きっとね。」
「そうだろうね。それじゃあ俺行くね。君らもレシピ集めやるんだろ。コレット。本当にありがとう。今度は他の皆にも渡してごらんよ。皆、喜んで受け取るから。」
「はい。ランディ先輩。」
「先輩。今度は私も作ってきますねー。それじゃコレット。行こっ。」
「うん。」
 手を振りながら去っていく2人の少女を笑顔で見送っていたランディは、少女達の姿が完全に見えなくなってから手にしていたお菓子の箱を見つめて深い溜息をついたのだった。


「うん。おいしい。おいしいよ。けど………。」
 小高い丘の上に立っている大きな木の根本に座ったランディがコレットから貰ったお菓子を一口食べて食べるのを止めて箱に戻す。
「はぁ〜。毎年の事とは言え…どうしようかなぁ。これ以上はさすがになぁ。………痛てっ。」
 膝を抱えるように顔を伏せていたランディの後頭部に突然何かが落下した。
「……靴? ………ゼフェルっ! お前っ! こんな所にいたのかっ!」
「うわっ! ば…莫迦野郎っ! ランディ! いきなり大声出すんじゃねーよっ! 落ちっとこだったじゃねーか。」
 後頭部を直撃した物を拾い上げて上を見たランディが大声を上げる。
 そんな声に驚いたのか、同じスウィートナイツの1人であり同級生でもあるゼフェルが木の枝から滑り落ちそうになりながら怒鳴っていた。
「お前…今日の集まり。サボっただろ。ジュリアス先輩が怒ってたぞ。」
「どーせコンテストの途中経過の報告だろ。いちいち全員集まってすることでもねーよ。」
「うん…まぁ。それはそうだけどさ。」
 うざったそうに毒づくゼフェルにランディは沈み込むように座り直した。
「……? …んだよ。不気味に元気ねーな。それに………。そこにあんの予選に参加してる奴の作ったお菓子だろ。珍しいな。おめーが残すなんてよ。」
 ランディのすぐ脇に置かれていた食べかけのお菓子の入った箱を木の上から眺めていたゼフェルが不思議そうに呟きながら地上に飛び降りる。
「ゼフェル…………………………。」
「…んだよ。ホントに気味悪りぃな。言いてー事があるなら言えよ。」
 隣に腰掛けた自分を黙ったままマジマジと見つめるランディにゼフェルは眉間に皺を寄せた。
「お前………。細いよな。」
「はぁ?」
 ポツっ…と呟いたランディの言葉にゼフェルは思いっきり呆れたように聞き返した。
「いや…やっぱりさ。お前…甘い物嫌いだろ。だからなんだろうけど、細くて羨ましいな…って………。」
「女じゃあるめーし、細いからってどうしたってんだよ。第一! おめーだってんなにデブってる訳でもねーだろ。」
「そうじゃないんだっ!」
 真剣な顔で否定するランディにゼフェルが目を丸くする。
「そうじゃないんだ。俺…俺の父親も親戚筋もどっちかって言うと太ってるんだ。俺も体質的には太りやすい方だから気をつけないといけないんだ。でも…コンテストがあるだろ。参加してる彼女たちがくれたお菓子は食べないと悪いし……。それで最近太りだして………。」
「それで様子が変になってる…てか?」
 ランディの言葉を続けたゼフェルが肩を震わせ始めたと思ったら次の瞬間、お腹を抱えて大声で笑い出した。
「ゼフェルっ! お前には…確かにお前には笑い事なんだろうけど、俺にとっては真剣な問題なんだぞ。コンテスト前と比べて3キロも太っちゃったんだからな。」
「わ…悪りぃ。悪りぃ。つい…よ。んでもよぉ。そんなに太った風にゃ見えねーぜ。」
 真っ赤になって怒るランディにゼフェルは目に涙を溜めて笑いながら呟いた。
「見た目には変わってないかもしれないけど………。身体が重いのが自分で判るんだ。」
『身体が重い…ねぇ。………そう言ゃ俺も最近ベルトがきつくなってたよな。』
「……………。」
「……………。」
 暗いランディの言葉にゼフェルが最近の自分の体型を思い返す。
 2人とも無言のまま風に吹かれていた。
「……先輩達。」
「あん?」
 長い沈黙を先に破ったのはランディだった。
「先輩達はどうしてるのかな。だって先輩達だって俺達と同じで中等部の頃からスウィートナイツとしてやってきてたんだろ。やっぱり体質なのかな。ジュリアス先輩とかオスカー先輩は少しも太ってないもんな。」
「あいつらなら…ここ最近、フェンシング場でよく見かけるぜ。」
「フェンシング。」
「あぁ。んで、リュミエールの奴はよくクラヴィスを誘ってプールに行くらしいぜ。」
「水泳か。……オリヴィエ先輩はどうなんだろ?」
 ゼフェルの言葉にランディがそう言うことに一番気を遣うだろう人物を思い出す。
「ルヴァの話じゃ…あいつコンテストが始まると同時にエアロビとエステに通ってるらしいぜ。」
「エアロビとエステ………。ルヴァ先輩って身体を動かすタイプじゃないけど痩せてるよな。」
「あいつの好物は和菓子だからな。洋菓子よりは和菓子の方が太らねーだろ。」
「……………。」
「……………。」
 お互い顔を見合わせて再び黙り込む。
「皆…色々してるんだな。」
「このコンテストを素直に喜んでんのは俺達より1級下のマルセルだけだろーよ。」
「ゼフェル………。」
「…んだよ。」
 縋るような目で自分を見るランディにゼフェルは赤い瞳を細めて尋ねた。
「これから…ジョギングでもしようかと思うんだけど付き合わないか?」
「冗談じゃねーよ。」
 にべもなく断り立ち上がるゼフェルにランディがうなだれる。
「………よぉ。スカッシュ…付き合えよ。俺の顔パスで無制限にコート貸してくれっとこがあっからよ。ジョギングよりずっとエネルギー消費が激しいぜ。」
「あ…あぁ。」
 ボソっ…と呟いて先を歩くゼフェルをランディは慌てて追いかけた。


「で〜きた。アンジェお手製なまチョコふわふわババロア。ゼフェル先輩にあげよっかな。それとも甘い物が好きなマルセル先輩? 憧れのオスカー先輩とか。……あ。でも昼間約束したからこれはランディ先輩にあーげよっと。」
 スウィートナイツの面々の、体型維持のための努力も知らず、コンテスト予選参加の少女達は今日も元気にお菓子を作り続けるのだった。


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