テレビにイエスさまが

 試練と艱難とを通して神様が私の人生に介入して下さり、大きな御業をなしてくださったことを感謝いたします。
 以前私は熱心な仏教徒でした。朝晩、念仏を唱えて先祖供養をおりましたが、そこには喜びも平安も無く、奇跡も起こりませんでした。姑はアルツハイマーで徘徊や垂れ流しを年々も続けた後、植物人間となり、その看病を八年。続いて主人が脳梗塞で倒れ、そのうえ失語症にもなりました。主人の看病は十年間続き、言葉では言い表せない苦しい日々でした。
 
 約二十年の看病生活の結果、私は倒れてしまいました。C型肝炎から肝硬変になってしまいました。そして二年間の入院生活を終え、自宅療養をしておりましたある日のことです。何気なくテレビを見ていますと、突然その画面が消え、そこにイエスリストが十字架に架けられた姿が大写しになったのです。一瞬の出来事でしたが、体中に電流が走ったようなショックを受けました。
 クリスチャンではない私に、仏教ではなくキリスト教に残りの人生を捧げなさいと神さまが教えてくださったのだと悟りました。ご先祖様に深くお詫びを申し上げ、仏壇の扉を閉じました。


教会への導き

 しかしその後、私はノイローゼ状態になり、精神科の病院に入院することになりました。その頃の私の姿は無表情で能面の鬼婆のようでした。四ヶ月で退院したのですが、家に戻るとまた同じ状態となり、今度は東大阪市内の病院に再入院しました。その時、病院の近くに住んでいたクリスチャンの妹が、聖書や牧師先生のメッセージ、讃美歌のテープなどを持ってきてくれ、二人で庭に出て初めて讃美歌を歌いました。
 それからは、ベッドの上で聖書を読み、屋上に上がって祈りを捧げるようになり、日曜日ごとに妹に導かれて大阪シオン教会に通うようになりました。おかげさまで、その年の年末には病は癒され退院することができました。
 そして1995年10月に洗礼を受けました。神さまを受け入れることによって私の人生は180度変わっていきました。神さまが、これまでの私の苦労をあまりにも哀れに思し召して、助けてくださったのだと思います。


ガンとの闘い

 ところが喜びもつかの間、1996年に肝臓ガンの告知を受けました。死の宣告を受けたようなショックでした。肝臓の右側に5センチ、表側に1.5センチの悪性腫瘍があり二回に分けて手術を行うといわれました。すぐに入院し8時間余りの大手術を受けました。クリスチャンの甥が外科医で、手術に立ち会ってくれました。
 一週間ぐらいはうわごとを言ったり、幻を見たり、地獄の底を這いずり回るような状態で、生と死の境を彷徨いました。神様との出会いがなかったら、私はとっくに死んでいたと思います。同じ病室の方々が次々と亡くなっていかれるのを見て、次は私の番だと覚悟を決めていました。しかしそんな私を神さまが救って下さったのです。このとき、私はどれほどの愛や恵みを頂いたか分かりません。神さまに心から感謝いたします。
 続いて、1998年の3月に2度目の手術を受けました。一度目は死ぬほどの苦しみを味わいましたので、割合楽に過ごすことができました。このときは体の右側を35センチ、腹部を20センチに亘ってメスを入れました。
 そして昨年10月30日にエコーの検査を受けたのですが、肝臓の数値を示すGTPやGTOが正常値に戻っていて、先生に「肝臓はきれいに癒されています。」と言っていただきました。私は嬉しくて思わず先生(女性)に抱きついてしまいました。先生からは「今までずいぶん苦しい思いをしたのだから、海外旅行や温泉旅行など楽しみをいっぱい見つけて楽しんでいらっしゃい。ガン細胞が転移したり、術後悪くなっている人たちが多い中で、森岡さんは恵まれていますね」と言っていただきました。
 すべて神様が守ってくださったお陰です。この感謝をどのように表せばいいのか言葉が見つかりません。神様は今も生きておられます。これほどありがたい神さまを世の人々に知っていただけたらと願っています。祈りは必ずかなえられ、病はいやされるのです。入院中は、教会の皆さまが熱心に祈ってくださり、心より感謝しています。そして大阪シオン教会にご縁をいただけたことを本当にありがたく思っています。

この記事は2004年4月4日付「リバイバル新聞」に掲載された記事です。
(リバイバル新聞社様より2004年7月5日転載許可済み)
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