駅のホームから、列車が出て行く。
ホームの片隅に置かれているベンチから、リノアは何となくそれを見送った。
待ち合わせの時間はとっくに過ぎてしまっているのに、待ち合わせ相手はまだ姿を見せない。
ベンチの背もたれに身を預けるようにして見上げれば、そこには雲一つない青空が広がっている。
それをぼおっと見上げながら、リノアは本日何度目になるのか判らないため息をついた。
最近、思い人と会えていないのだ。
改めて数えてみるまでもないのだが、両手の指では全然足りないくらいその顔を見ていないし、その声も聞いていない。
自分から会いに行っても良いのだけれども。
それだと何だか悔しいし。
リノアはもう一度、大きくため息をついた。
大変な仕事をしていて、そしていつも忙しいのは判ってる。
でも、時々は連絡してきてくれてもいいと思うのに。
私のこと、すっかり忘れちゃってたりするのかな〜。
思考回路が愚痴っぽくなってきたことに気がつき、リノアはがっくり項垂れた。
そして唇からまたひとつ大きなため息がこぼれる。
もうちょっとだけ待ってみよう。
あともう一本だけ。
連絡を貰えないということは、それはとても忙しいという証。
それを判っていながらも、会う約束を強引にとりつけたのは自分なのだからと、リノアはもう少しだけその場で待つ決意をした。
背もたれから身体を起こすと、大きくその場でノビをひとつ。
背中が伸びていくにつれ、身体中に新たなエネルギーが満ちていく気がする。
ついでだから、大きく深呼吸。
息を大きく吸い込む度、すうっと新鮮な空気が身体の中に入ってくる。
パワー充填完了。
いつでもいらっしゃい。
気分を新たに、リノアは次の列車の到着まで空を見上げることにする。
雲一つない青空。
久しぶりの快晴が其処には広がっている。
ふと、いつかラグナロクで飛んだ空を思い出す。
二人きりで過ごした大切な時間。
あの時、自分は本当に彼を好きになったのだと思う。
胸のうちに甦るのは温かくて強い思い。
彼と一緒にこれからさらに育んでいくはずの素敵な感情。
リノアは思わず笑みを浮かべていた。
つい先刻までの落ち込んでいた気分は何処へいったのやら。
ベンチに腰をかけて空を見上げる少女の姿は、とても幸せそうに見えた。
ホームに滑り込んできた列車の存在にも気づかず、少女は空を見上げている。
次の列車が到着したのに気がついたのは、列車から降りてきた乗客たちがベンチの横を通り過ぎていってからだった。
リノアは慌てて駅の出口へ向かう人並みに視線を投げる。
混雑する人並みのなか、ある場所だけぽっかりと空間が出来上がっていた。
それを認めたリノアの顔がぱあっと明るくなる。
そして。
リノアはそっと両目を閉じた。
少しでもたくさん、会えた時に喜びを感じられるように。
少しでも深く、視線を交わしたときの嬉しさを感じられるように。
足音が近づいてくる。
リノアの居る場所を目指して。
躊躇うことなく足音が近づいてくる。
手を伸ばせば届きそうなくらいの距離で、足音がぴたっと止んだ。
『リノア』
久しぶりに聞いたその声に、リノアは全身が震えるのを感じた。
END