【執務室へ行こう!〜オスカー編〜】

 

(目の前にある扉を貴女は軽くノックしました)

 

 入れ。

 

 ああ、お嬢ちゃんだったのか。

 すまなかったな。

 君みたいな素敵な女性に対して乱暴なことを言ってしまって。

 いくら扉越しだったとはいえ、その麗しい気配に気づけないなんて、俺ともあろう者がとんだ失敗だ。

 

 気にしていないって?

 心優しいお嬢ちゃんだな。

 ますます気に入ったぜ。

 

 ああ、立ったままで話をするのも何だな。

 そっちにある椅子へ座って話さないか?

 まあ、お嬢ちゃんがこのままここでっていうんだったら話は別だが・・・。

 お嬢ちゃんのご要望のままに。

 

 誰か、お嬢ちゃんにお茶を持ってきてくれ。

 俺にはいつものやつを・・・。

 

 そうそう大事なことを忘れていたぜ。

 俺は炎の守護聖オスカーだ。

 お嬢ちゃんの名前は?

 

  、か。

 春風のように心温まる優しい響きだ。

 お嬢ちゃんに相応しい名前だな。

 

 

 だが、その名前を口にすると俺の心が妙に落ち着かなくなってしまう。

 

 お嬢ちゃんの名前をうっかり呼んでしまうと俺はいつもの俺でなくなってしまいそうだ。

 

 俺はいつでもお嬢ちゃんにとって誠実な男でありたいんだが・・・。

 

 どうやら俺はお嬢ちゃんの名前を口にしない方がいいようだな。

  、君は俺に「お嬢ちゃん」と呼ばれるのはイヤか?

 

 そうか。

 

 ああ、お嬢ちゃんのその笑顔は朝露に濡れた薔薇の花びらのように綺麗だな。

 お嬢ちゃんのそんな笑顔を俺が独り占めにしているなんて、とんだ贅沢だ。

 頼むから、いつも俺の前ではその微笑みを見せてくれ。

 

 ああ、すっかり話が逸れてしまったな。

 お嬢ちゃんが俺の執務室へやって来た理由は女王補佐官殿から聞いているんだが・・・。

 

 なあ、お嬢ちゃん。

 お嬢ちゃんのその可憐な唇からもう一度聞かせてくれないか?

 その水晶のように澄んだ声でお嬢ちゃんが俺のところに来た理由を聞きたいんだ。

 

 なるほど。

 これからその愛らしい唇がこぼす質問すべてに答えればいいんだな。

 

 わかった。

 だが、職務上、答えられない質問もあるってことを忘れないでくれ。

 お嬢ちゃんの望みすべてを叶えられないってのは俺もつらいんだが、そういう訳だ。

 許してほしい。

 それ以外だったら何でもお望みのままお答えするぜ。

 

 じゃあ、お嬢ちゃん、俺に何が聞きたいんだ?

 

 クラヴィス様について知りたいだと?

 一体全体どうしてそんな質問をこの俺に?

 俺よりも適任の奴がいると思うが・・・。

 

 ああ、いや。

 質問に答えたくない訳じゃない。

 お嬢ちゃんの質問が意外だったんだ。

 

 クラヴィス様のことだったら、大抵の奴はリュミエールに聞こうとするからな。

 まあそんなことは聡明なお嬢ちゃんにはよく判っていることだと思うが。

 そこを敢えて俺に尋ねるとは何か訳があるんだろう。

 

 それで、お嬢ちゃん。

 俺は具体的にどんなことをクラヴィス様について話せばいいのかな?

 

 なるほど、な。

 俺があの方をどう思っているのか。

 それを俺なりに答えればいいんだな。

 

 そうだな。

 一言で言うと、俺にとってあの方は理解不可能な御仁だということだ。

 

 何が楽しくて一日中ああ暗くした執務室に籠もられているのか。

 執務室に籠もりっぱなしだからといって、執務を真面目にこなされる訳でなし。

 大抵は執務そっちのけで瞑想にふけっておられる。

 そうじゃなかったら、カードを繰っておられるか、水晶球を覗いておられるかのどちらかだ。

 

 外はいい感じに太陽が輝いている。

 そしてその柔らかい日差しのなか、素敵な女性たちが楽しそうにさざめいている。

 それなのにあの方は麗しい女性たちに意識を向けるでなく一人暗い執務室におられるんだ。

 

 俺に言わせれば、正気の沙汰じゃないぜ。

 

 そして何よりも許せないのが、あの方が執務において怠惰だということだ。

 ジュリアス様は毎日執務に忙殺されておられるのに・・・。

 ひどい時には日の曜日まで仕事をこなされているんだぜ?

 それなのに、同じ筆頭であるはずのあの方は何処吹く風で、のんびり執務室で過ごしておられる。

 

 同じ筆頭のクラヴィス様がちっとも忙しくないってのはおかしいって?

 ああ、何のことはない。

 本来だったらクラヴィス様に回されても構わないはずの書類をジュリアス様が捌いておられるんだ。

 

 つまり、クラヴィス様は必要最低限の仕事しかこなしておられないと、そういう訳だ。

 あの方だってやれば人並み以上にできるのにそれをしようとしない。

 俺が筆頭だったら喜んでジュリアス様のために尽力するのに・・・。

 あの方は怠惰に日々を過ごしているんだ。

 ・・・・・・悔しいぜ。

 

 つまり俺にとってあの方は、一生分かり合えない部類の御仁だってことだ。

 

 こんな感じなんだが、お嬢ちゃんのご期待に添うような答えを俺はできたかな?

 おや?

 もうこんな時間か。

 素敵な女性と過ごす時間はどうしてこう短く感じられるんだか。

 もう少しお嬢ちゃんと楽しく語り合いたいってのに・・・。

 残念だが、時間オーバーだ。

 

 いや、礼なんかいい。

 それよりももう一度俺のために笑ってくれないか?

 

 ああ、やっぱりお嬢ちゃんの笑顔は最高だ。

 花が綻ぶ笑顔ってのは、お嬢ちゃんのその微笑みのためにある言葉だな。

 

 そうだ。

 なあ、お嬢ちゃん。

 お嬢ちゃんさえよければ、今度俺とデートしないか?

 こうした堅苦しいのを抜きにして、お嬢ちゃんと楽しく一日を過ごしたいんだ。

 

 え?

 俺の馬に乗りたいだって?

 

 判った、俺の前はお嬢ちゃんのためにいつでも空けておくぜ。

 ただし、これはお嬢ちゃんと俺だけの秘密だぜ?

 

 それじゃ、またな。

 お嬢ちゃん。

 

 END

 

退室

 

 

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