(目の前にある扉を貴女は軽くノックしました)
ああ、扉は開いている。
入ってくるがいい。
ああ、おまえか。
話の方は、まあ、一応聞いている。
何が楽しくて私の元までわざわざ足を運んできたのか知らぬが・・・。
私に何かを期待して来たというのならば、とんだお門違いだ。
まあ、よい。
そちらに適当に腰をかけるがいい。
誰か、茶を・・・。
さて、詳細はディアより聞き及んでいるが、まずは自己紹介をしよう。
私は闇の守護聖クラヴィスだ。
おまえの名は?
ああ、気が向かなければ答えなくてもよい。
私にとって人の名前というのはそれほど重要な意味を為さないのだから。
人は、状況によってはあっさり己の名前を捨て去ることが出来る生き物なのだ。
人が他のモノと区別するためにつけた名など覚えなくとも、それは確かに存在し得るのだ。
『月』は己が『月』という名を人から冠せられていることを知らずとも確かに存在している。
おまえとてそうだ。
私はおまえの名を知らぬがこうして言葉を交わしている。
おまえという存在は確かにそこにある。
これに今さら名前というものを与えてみても、そこに意味は生じるのだろうか?
そのように途方に暮れた顔になるとは・・・。
このような言い方、おまえの気に障ったか?
何?
ああ。
というのだな、おまえは。
これは・・・。
判るか?
水晶球が輝いているのが・・・。
なるほど、どうやらその名はおまえにとってとても重要な意味を持つもののようだな。
おまえに相応しい、おまえという存在を見事に表した名のようだな。
大切にするがいい。
ああ、そうか。
名前を知るということは互いの繋がりが深くなるということなのだな。
私がおまえの名を口にした途端、おまえの心の輝きが強くなったようだ。
ということは、私の心も・・・。
さて、 よ。
私にいくつか質問があるのではないか?
違うのか?
私はそのように聞き及んでいたのだが・・・。
ああ、そういうことか。
私が知っていてなにゆえあれが知らなかったのか気になるのか。
それならば気にする必要はない。
大方、ディアがあえてあれに何も伝えなかったのであろうよ。
事前にそうと知っていたならば、あれから素直な答えなど望むべくもなかったであろう。
あれは生真面目な性質ゆえ、あらかじめ幾通りもの答えを用意していたことだろうし、な。
どうした?
今度はそのように嬉しそうな顔になって。
私があれについて話すのがそんなに楽しいのか?
どうしてそう思うのだ?
判らぬ。
このような話よりも、別に何か聞きたいことはないのか?
私への質問など用意してきたのであろう?
そのような顔をするな。
、おまえを咎めているわけではない。
ただ、おまえの聞きたいことというのに少々興味があったのだ。
それでは質問とやらを聞かせて貰おうか。
私の好む飲み物は何か、だと?
不思議なことを聞くものだ。
私が好んで口にするのはアイリッシュカフェという飲み物だ。
これはコーヒーをベースにしたカクテルのことだ。
アルコールが入っているとは思わなかったと?
ふ、名前からは想像がつけ難いかもしれぬ。
これを私に教えてくれたのは、酒好きなあの者だったのだから致し方ない。
眠りの浅い私が少しでも心地よく微睡めるよう、あの者なりの心配りだったのだろう。
いや、もしかすると単に私にアルコールを勧めたかっただけなのかもしれぬがな。
これを口にすると常より優しい眠りにつける気がするのだ。
これのもたらす温かさが心地よいのだろう。
おまえもよければ今度試してみるがいい。
が、アルコールが入っているゆえ、自分が口にしてもよいものかどうかよく考えてみるのだな。
ああ、もうこのような時間か。
ついおしゃべりが過ぎてしまったようだ。
このように話こんでしまうなど、私にしては珍しいこともあるものだ。
よ、おまえのもたらす柔らかな雰囲気がそうさせるのであろうな。
そう照れることはない。
私は感じたままを口にしているだけなのだ。
私がそう思う以上、おまえの周りにいる者たちもそう感じているに違いない。
おまえの存在は心地よい。
ともすれば闇に沈んでいこうとするこの心を温めてくれる。
ああ、 よ。
おまえのその温かさをもう少し分けてはくれまいか?
おまえの都合のよい時で構わぬゆえ、もう一度こうして私と会って欲しい。
ああ、一度といわず何度でも・・・。
そうか、それではこの次に会える日を楽しみにしている。
END