〜FINAL FANTASY 8〜

【It was good that your face was seen】

 

 

 どうにか本日の執務を終わらせ、大統領官邸内にあるプライベートルームに戻ることが出来たのは、あと少しで日付が変わろうかという時分だった。
  室内の壁時計で現在の時刻を確認した男の唇から重いため息がひとつこぼれ落ちる。そして、ついうっかり昨年の今日の出来事を思い浮かべてしまい、そのあまりの落差に再びため息を漏らしてしまっていた。

 

 本日は、男の、エスタ大統領ラグナ・レウァールの誕生日だったのである。

 

 例年ならば、大統領という肩書きを持つ人物の生誕の日ということもあり、本日は官邸全体の公休日、国家的な祝日として取り扱われることはないが、として、官邸内に勤務する職員全て静かに一日を過ごすのが慣例となっており、開国して以来祝祭日返上状態できりきり働いている彼らにとって、とても貴重な祝日だったりする。
 だがしかし、今年はそうは上手くいかず、大統領を筆頭に官邸全体が慌ただしく動き回る羽目に陥っていた。
 年の瀬も差し迫った昨年末、重要な案件が突発的に舞い込み、その処理に追われて例年になく慌ただしい年越しを送り、現在に至っている。国内に関しての案件であれば、優秀な補佐官が揃っている関係上、一日くらい大統領が関わらなくても対処してしまえるのだが、今回は運悪く外交絡みの、しかも機密レベルでの案件であったため、ラグナが気軽に手放しで処理してしまえるものではなかったのである。

 

 そういう事情であったため、ごくごく内輪のみでのささやかな祝い事をする時間すらとれず、本日も残すところあと数十分程度となっていた。

 

 自分の胸に宿る寂しさという感情を持て余したラグナはそれを少しでも紛らわそうと、部屋の一隅に存在するドリンクバーへと赴き、普段は滅多に手を伸ばそうとしない、少々酒精の強いそれを手に取った。
 明日も引き続き同じ案件にとり組まなければならないため、酒を過ごしてしまうことはできない。
 グラスに氷を適当に放り込むと、そこへ少しばかり酒を注ぐ。
 透明なそれに琥珀の色が新たに加わり、瓶の中に在った時よりも淡く変じた琥珀は芳醇な香りを馥郁と漂わせた。
 グラスを片手にソファに戻ったラグナは手にしたそれをすぐに味わおうとはせず、手の中でゆっくりとグラスを揺らし、グラスに氷があたった際に生じるカランという澄んだ音をしばらくの間楽しんだ。

 

 いい加減良い年をした男であるから、自分の誕生日が取り立てて嬉しいわけではない。誕生日というものは、あくまでも自分がこの世に存在することを始めてからどれだけの時間が過ぎ去ったのかの確認の日に過ぎず、周囲の人々に祝われるのは、正直なところ気恥ずかしい限りなのである。
 それなのに、こうして誕生日という日に拘りを覚えてしまうのは、滅多に合うことの出来ない人々と合うために絶好の口実となるからだった。
 特に、近年になってその存在と所在が明らかになった息子を自分の元に招き寄せるのに、誕生日パーティーへの招待が丁度良い言い訳になっていたのだ。
 ラグナの息子であるスコール・レオンハートという人物は、ガーデンという特殊な傭兵集団に身を置く優秀な、優秀すぎる人間で、多方面からの依頼が絶えることなく、ラグナと同様忙しい日々を送っていたりする。
 初めて顔を合わせてから二人が言葉を交わした回数は両手の指の数にも満たず、それ故、誕生日パーティーへの招待は数少ない親子交流の場となっていたのだ。

 

 それなのに、今回はそのとっておきの口実、ガーデンの経営者である学園長夫妻が親子水入らずの場を設けることに積極的に協力してくれているお陰で、スコールのパーティー参加は確実なのだ、が完膚無きまでに粉砕されてしまったのだ。
 そのことを改めて思い出したラグナは苦虫を噛み潰したようなしかめ面になり、グラスの中身を一気に煽った。
 たいした量ではなかったから悪酔いをすると言うほどでもなかったが、それでもあまり得意ではないアルコールが体内に吸収されていくと、少々酔いを覚える。それと共に蓄積されている疲労が自覚されるようになり、ラグナはこのまま寝てしまうことに決めた。
 アルコールの影響なのか、かなり重く感じられるようになってしまった腰を何とか気力で持ち上げたラグナは、ふと、自分の体臭が気になり眉根を寄せた。
 これでは寝る前にシャワーのひとつでも浴びないと気持ち悪くて仕方ないと、すでに眠気が差し始めて回転が鈍くなりつつある頭でそう思い至ったラグナは、やれやれとさらにため息を重ねた。そしてシャワールームへ向かおうと頭を巡らせたその時、少し離れたところにあるデスクに設置されている通信モニターに明かりが灯り、何処かより何らかの通信が入ったことを知った。
  プライベートルームに設置されているそれは緊急時の連絡が入ることが多く、ラグナの顔が一瞬で緊張状態のそれへと変わる。そして大股に部屋を横切り通信モニター前に佇んだラグナは、通信内容の重要度を知らせるランプがグリーンであることを確認した瞬間、一気に雰囲気が緩んだ。
 時間が時間だけに、一瞬無視を決め込もうかとも考えたのだが、もし通信を入れてきた相手があの口うるさい筆頭補佐官だったりしたら明日の朝が大変そうだと、渋々ながらも応じることにした。
 手短に済ませるつもり満々のラグナはデスクの席に着こうとはせず、立ったままモニターの電源を入れる。そしてモニター画面に映し出された顔を見た瞬間、あんぐりと大きく口を開けた少々間の抜けた顔を相手に曝すこととなった。
 どこか電波状況の悪い場所から連絡してきているのだろう、画面は時々大きく乱れてしまうが、それでも相手の端整な顔立ちは十分見て取れた。
「ス、スコール?」
相手が誰であるか一瞬で理解したラグナの唇から、当の本人でも素っ頓狂だと思ってしまう声が溢れ、モニター越しのスコールも呆れたような表情を浮かべた。そしてそれを見てしまったラグナの表情が一気にしまったという顔に変わっていく。
『・・・居たのか』
安堵とも、落胆ともつかない声音が淡々とスピーカーから聞こえてくる。
「ここは俺の部屋。居るのがあったり前だろ?」
言葉の意味を額面どおり受け止めたラグナが少々呆れ気味にそう返答すると、青灰色の瞳が微かにだが苛立ちの色を宿し、何か言葉を紡ごうと唇が震えたが、それが音としてラグナの耳に届くことはなかった。
スコールの様子がいつもとは違うことに何となく気がつきながらも、少々酒精の入った頭ではそれがどうしてなのか思い至らず、またそれを深く考えてみようとは思わなかった。
「そんなことより、どうしたんだ?こんな時間に・・・」
お前の方から連絡してくるなんて、珍しいよなとぶつぶつ呟く。
『・・・別に』
短くぶっきらぼうにそう返答しながら、スコールの視線が僅かにモニターから外された。
何に気をとられたのだろうと思っていると、スコールの表情がみるみるうちに怒ったようなそれへと変わり、やがて睨みつけるような視線がモニター越しにつきつけられた。

 

  妙な緊張感が背中を走り抜け、ラグナは思わず足がつりそうになった。

 

 二人はそうしてしばらく見つめ合っていたが、やがてほんの少しだけ眼差しを和らげたスコールの唇が言葉を綴った。
『誕生日おめでとう』
一瞬何を言われたのか理解できず思考が停止してしまったラグナだったが、じわじわ言葉の意味を理解するにつけ表情が驚きへと変わっていく。
『とりあえず、それが言いたかったんだ』
間に合って良かったと呟くスコールは微かに笑みを浮かべて見せる。
 その瞬間、滅多に見ることの叶わない笑顔を見せつけられたラグナの思考は再び機能停止状態に陥ってしまった。
ラグナが硬直してしまったことに気づいたスコールは笑みを消し、いつもの冷めた無表情に戻ると、
『用件は以上だ』
固い声音でそう告げ、通信を切ってしまった。

 

 ラグナが我に返りモニターがすでにブラックアウトしていることに気がついたのは、しばらくしてからのことだった。

 

 

 

 翌朝。
 目の下にくっきりと隈を浮かべながらも妙に上機嫌な大統領がいつも以上にてきぱきと執務をこなす姿があった。そしてそれを見つめる筆頭補佐官の口元には満足げな笑みが浮かんでいた。

 

 

END

 

 

 

 

 

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