〜ファイナルファンタジー10 〜
「ねえ、お姉ちゃん、どうしてそんなに哀しそうなの?」
不意に袖口をひっぱられ、ユウナは慌てて背後を振り返った。すると、幼い少女が、自分こそ今にも泣き出しそうな顔つきで佇んでいた。
ユウナは小首を傾げると、少女と目線の高さを同じにするべくその場にしゃがみ込んだ。
「哀しそうに、見える?」
ユウナ自身理解していなかったが、そう告げる声音はやや震えていた。
少女はこくり頷くと歩み寄ると、ユウナを優しく包みこむように小さな身体全体で抱きついた。
ユウナはふわっと微笑み、少女の身体を抱き返す。
それが嬉しかったのか、少女はユウナの頬に自分の頬を擦りつけた。
腕のなかの少女の温もりを感じた途端、ユウナは哀しそうな顔つきになった。
幼い少女、この子は大いなる災厄『シン』のために目の前で両親を失ったのだ。
自分はそれをどうすることもできず、ただ、『シン』によって大切な命を喪った人々が彷徨わないよう安息の地へと導いてやるだけ・・・。
自分のあまりの不甲斐なさに、ユウナは唇を噛みしめる。
腕のなか、苦しそうに少女が身動いだ。無意識のうちにきつく抱きしめてしまっていたらしい。
「あ、ゴメンね」
ユウナは小さく謝ると少女を腕のなかからそっと解放した。
離れたくなかったのか、少女はおずおずと腕を解いていった。そしてそれでもユウナの片袖をしっかり手のなかに握りしめたまま、潤みかけた眼差しを色違いの双眸へまっすぐ注ぐ。
少女の眼差しに何を見たのか、ユウナはこくりと力強く頷いた。
途端に少女の表情が明るくなった。
ユウナもつられて柔らかい微笑みを浮かべてみせる。
少し離れた所で、波の音が響いていた。
はにかんだ笑顔を見せた少女が愛おしくて、ユウナが再度その身体を抱きしめようと手を伸ばしかけた瞬間、遠方で自分を呼ぶ仲間の声が聞こえてきた。
一瞬ユウナの意識が少女から離れ、そちらへ気をとられる。
それを敏感に感じた少女は再び泣きそうな顔になると、脱兎の如く駆けだした。
「待って!」
ユウナの制止の声も聞かず、少女は走り去ってしまう。
少女の背中へ差し伸べられた手が、空を掴む。
ユウナは哀しげにそれを見つめていたが、不意にぎゅっとその手を握りしめた。
(私、『シン』を倒します。貴女のためにも、みんなのためにも。みんなが心の底から笑えるように、私、『シン』を倒します)
自分に言い聞かせるように何度も何度も心のなかで繰り返すその顔からは、先刻まで漂っていた哀しみの色はなく、変わりにはりつめた糸のような緊張感が漂っていた。
ユウナは顔を真っ直ぐ上げて、彼方から走り寄ってくる仲間を見つめた。
「おおい!ユウナ〜」
大きく手を振りながら明るい調子で自分の名前を呼んでいるのは、『ザナルカンド』から来たという少年だった。
何も知らない少年は無邪気に明るく自分に接してくれる。
当たり前の、同年代の少女として自分を見てくれている。
そのことがユウナの心をどれだけ明るく、軽くしてくれているのか、少年は気づかない。
それでもユウナには十分だった。
召喚士としてではない、ただのユウナとして自分のことを見てくれている、それがとても嬉しかったから。
(もう少し、もう少しだけ、こうして暖かい思いを感じていてもよいですか?)
誰にともなく、ユウナはそう願う。今の状態にいつか終わりがくることを十分承知していながらも、それでも願ってしまう。
ユウナの思いをまるで知らず、少年はその傍らまで走り寄ってくると荒い息のなか、
「そろそろ出発だって。もう少しのんびりさせてくれてもいいと思わない?」
まるでユウナの心の声に気づいたかのようにそう呟く。
ユウナは驚いて、軽く目を見開く。
少年、ティーダは珍しいびっくり眼のユウナの表情が面白くてつい吹き出してしまう。
「あはは、何変な顔してんだよ〜」
「!」
失礼な言い様にユウナは眉を軽く吊り上げる。そして次の瞬間には自分も声をたてて笑い出していた。
二人の笑い声に何事かと、他の仲間たちも近づいてきた。
どうにか笑いを収めたユウナは極上の笑みを浮かべ、
「それでは皆さん、よろしくお願いいたします」
丁寧にお辞儀をした。
ユウナの旅は続く。
『シン』を倒すまで、自分で自分に課した使命を果たす日まで。
常に笑顔を絶やさすことなく、ユウナの旅はこれからも続いていく。
END