〜ファイナルファンタジー10 〜

 

【強い願い】

 

 誰かが、泣いている。
 それは、誰?

 誰かが、何処かで泣いている。
 それは、何処?

 誰かが、何処かで独り寂しく泣いている。
 それは、何故?

 何処かで悲しみに閉ざされている誰か。

 そこに行ってその誰かを優しく慰めたいのに。
 独りで震えているその肩を温かく抱きしめたいのに。

 自分は何もできず、ただ、此処にいるだけ・・・。

 どうしたらいい?
 どうすれば君の元へ行ける?

 君の傍らに在り続けたいのに・・・。

 「あのね、ユウナ。悲しかったら・・・・・・泣いてもいいのよ?」
あの苦しかった旅の間中、いや、初めてあった幼い頃から見守り続けてくれている、姉のような存在である年上の女性が、少し悲しげな眼差しを自分に向けていることに、ユウナは唐突に気づいた。どうやら他のことに気をとられるあまり、周囲をすっかり忘れてしまっていたようだ。
「あ・・・」
ユウナは驚いたように二、三度目を瞬かせ、改めて傍らで佇む女性に視線を注いだ。そして労りのこめられた優しい優しいその眼差しに胸が熱くなり、ユウナはそっと睫を伏せた。
 まるで泣き方を忘れてしまったかのように、今にも泣き出しそうな顔になりながらも決して泣こうとしない少女が切なくて、ルールーはそっとその身体を抱きしめた。
 暖かい腕の感触に、ユウナは一瞬泣きそうに顔を歪めたが、それでも色違いの双眸から涙がこぼれ落ちることはなく、そのままその胸に顔を埋めるのだった。
 幼子のような仕草で胸に縋ってくるその髪を優しく梳いてやりながら、ルールーは心のうちで今はもういない少年のことを思い返していた。
(ねえ、どうしていなくなってしまったの?ユウナの心、乱すだけ乱して、いなくなってしまうなんて、最低・・・よ)
呟かれる内容は相手を責めるきついものだったが、その瞳に浮かぶ色は悲しみに満ち溢れている。
(でも、あんたも、いなくなりたくていなくなったんじゃないのよ・・・ね)

 少年が雲海へとその身を投じる寸前、その顔に浮かんでいたあの表情が忘れられない。

 自分の存在がやるせなくて仕方ないくせに、総てを許し受け入れていたあの顔。
 逃れられない運命に翻弄されながらも、総てを覆し勝利を勝ち得たあの顔。
 それでも、少女に対する思いだけが諦めきれずに哀しいまでに滲んでいたあの顔。

 少年という年齢に相応しくない、鮮やかすぎる姿の消し方に、ルールーは切なさを覚えずにはいられなかった。

 どれほどの思いをその胸の内に隠したまま、あれほど明るく振る舞っていたのだろう。
 どれほどの苦しみから己の心をすくい上げ、あれほど前を見据えて進んでいたのだろう。

 ふっとルールーは物思いから我に返った。
 誰かが遠くで自分たちを探している声がする。
 腕の中でユウナが身じろいだ。
「そろそろ・・・時間だね」
言いながら、心地よいルールーの腕の中から身体を離すと、真剣な顔つきになった。
「みんなに話さなくちゃいけないよね。もういない人たちが、どれだけこの世界を大切に思っていたかってこと、どんなにこの世界を愛していたかってこと」
正面を見据える眼差しにはもう涙の影はなく、確固たる信念に基づいて行動している者特有の強い光が宿っていた。
「ええ、そうね」
ユウナの放つ迫力に少々気圧されながら、ルールーは大きく頷いた。

 ブリッツボールの大会に使用されている会場に集った人々に向けて、ユウナは世界が救われたことを端的に説明した。

 喜びにわき返る人々。
 でも、そのなかに『彼』はいない。

 それを思ったとき、ユウナの唇が微かに震えた。しかし、涙は流れることはなかった。

 平和が訪れたことに狂喜する人々に向けて、ユウナは自分の思いを告げた。
「一つだけお願いがあります」
それほど大きい声ではなかったが、凛とした響きのその声は一瞬にして会場に静寂をもたらした。
「いなくなってしまった人たちのこと、・・・・・・時々でいいから、・・・思い出してください」
深々と頭をさげるその姿に、人々は胸を打たれ、言葉をなくした。

 少女の声が微かに震えている。

 誰もが、泣いているのかもしれない、と感じた。

 しかし、そんな観衆の予想を裏切るかのように、再びあげられたその顔には涙の跡はなかった。

 (どうしたらいい?)
 (どうすれば君の元へ行ける?)
 (君の傍らに在り続けたいのに・・・。)

(あああ、なんて鈍くせえやつ)
不意に新しい思念が荒々しく響き渡った。
(そんな風に言うものではないよ。この子はこの子なりに努力しているのだから・・・)
さらに新しい思念が、優しい波動を放ちつつ、誰かの傍らへ行くことを強く望む思念に近づく。
(おまえはいつまでこんなところでぐずぐずしているつもりなんだ?)
またひとつ、厳しい感を与える新しい思念が増える。
(あんたたち・・・・・・)
自分の周囲を取り囲むようにして存在しているのが感じられるそれらに、最初からこの空間に存在していた思念が戸惑いがちに意識を向ける。
(さあ、目を開けてごらん)
優しい波動の思念がそっと促す。
(でも、俺、もう・・・)
その戸惑いを感じたのだろう優しい波動の思念がそっと囁く。
(大丈夫。怖がらずに目を開けてごらん)
(さあ、目を開けやがれってんだ!)
荒々しい波動の思念が命令口調で声高に告げる。

 それに一瞬むっとしながらも、恐る恐る目を開ける。

 その途端、視界に水が映しだされた。

「何故!?」
驚きのあまり周囲に問いかけるそれは思念ではなく、声だった。
 慌てて自分の身体を見遣ると、確かに以前と同じ格好の自分が水の中に漂っている。
「俺、どうして・・・」
半ば呆然と呟くそれに、荒々しい波動が呆れかえった調子で言葉を返す。
(本当に鈍くせえやつだな、おまえって・・・)
視界のなか、三筋の光が自分の身体にまとわりつくようにして漂っていることに『彼』は気づいた。そして思念の主がその光たちであることも瞬時に理解した。
(親ばかと笑ってくれてもいいよ。でも、どうしてもあの子には君が必要だったから・・・。君は私たちの『夢』になったんだ)
優しい波動の思念が、柔らかく笑っているかのように瞬く。
(俺たちの代わりに、あの娘を守ってやってくれ)
厳しい波動の思念が、慈愛に満ちた波動をそっと投げかけてくる。
(まあ、そういう訳だ。だから、もうちっと頑張ってこいよ)
荒々しい波動の思念が、ごくあっさりとした調子で告げた。

 思念たちに励まされるようにして、水面に向けて水底を蹴る『彼』の顔は希望に満ち溢れていた。
(待っていてくれ。もうすぐ君に会いにゆくから。そうしたら、今度こそいつまでも一緒にいるから・・・)
 水面に顔を出して初めて、『彼』は自分は今まで海の底で微睡んでいたのだと気づく。

 彼方には見覚えのある建物が見えた。

 水底へ一瞬懐かしむような視線を『彼』は注いだが、心に宿った想いを振り払うように大きく頭を振る。そして、彼方にある建物へ向けて力強く泳ぎだした。
(そこで、待っていてくれ。俺、もうすぐ君の元へたどり着くから・・・)

 

END

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